第23話「運命を裂く剣──猛る炎と誓いの咆哮」
「――今だ、仕掛けるぞ!」
荒れ狂う戦場の中央で、俺は声を張り上げた。大地を揺らすような馬蹄と甲冑の擦れる音、魔法の閃光が交錯して、濃い硝煙が鼻を刺す。
ここはヴァル・アーク帝国の前衛と王国軍の主力が激突する最前線。血と火花が飛び散るなか、俺たち第三遊撃部隊はついに“秘策”を解き放つ合図を出した。
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天空に轟く魔法の咆哮
ラニアや魔法学院のメンバーが一斉に杖を掲げ、詠唱を重ねる。火と風の魔力が激しく渦を巻き、巨大な火柱を巻き上げる陣が遠方の丘で展開された。
「ラニア、負担は大丈夫か!?」
「は、はい……なんとか結界で制御して、広範囲の炎を向こうに流します……っ!」
彼女の額には玉のような汗がにじみ、目を強く閉じて魔力を集中させていた。仲間の学院生たちが援護しているが、まだ規模が足りないのか、何度も呪文が砕け散りそうになる。
けれど、それでも続けるのは“この演出”こそが俺の策の一端だからだ。
逆巻く炎が空を焦がし、帝国側が大きく動揺する。視界を遮るほどの火柱が湧き出れば、向こうは陣形を崩して警戒せざるを得ない。狭い視界では騎兵の突撃すら踏み込みづらいはずだ。
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一方、別の区域
ベアトリクスが率いる魔法小隊が、先ほどラニアらが生んだ火炎の一部をあえて“風魔法”で広げていた。
「風の刃よ、火を巻き上げ敵の動線を断て!」
怒涛の風圧が爆発的に燃え盛る火の帯を横へと伸ばし、帝国軍の中軍と前衛を二分しにかかる。ひとたび火が地面を走れば、煙と熱気で統率が乱れる。
「すごい、火と風の連携……まるで竜巻の壁みたいだ」
驚嘆の声を上げる騎士がいるが、これはまだ計画の前段階にすぎない。
「いま火柱を叩いているのがラニアたちか……ベアトリクスさん、一気に行きます!」
「ええ、かき乱してやりましょう!」
ベアトリクスの声にこもる冷然とした闘志は、戦場特有の緊張感を突き抜けて耳に刺さる。まるで夜の逢瀬が嘘のような鋭い目つきが、俺の背筋をも震わせた。
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いよいよ、帝国が陣形を乱し始める
火の壁に驚き、騎馬も歩兵も後退を余儀なくされる場所が増えた。そこで王国軍の側面隊が小刻みに刺突しては離脱を繰り返し、帝国の隊列をじわじわと解体していく。
兵と兵の間に割って入るかのように、第三遊撃部隊の連中が駆け込み、一撃を加えては素早く離れ――大量の火と土煙に紛れて再び消える。その繰り返しに、帝国兵は苛立ちの叫び声をあげ始める。
“奇襲における奇襲”
今度は帝国も対策をしていたはずだが、この火柱と風の組み合わせは想定の斜め上らしく、思うように指揮が取れていないようだ。
「今だ! 一気に進め!」
誰かの怒号が響く。地面を焦がしていた火が次第に鎮火しはじめるのを見計らって、騎士団長の本軍が左右に広がりつつ圧力をかけ始める。
馬が嘶き(いななき)、甲冑が吠え、地面には折れた槍が散乱していた。
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俺も刀を握りしめ、足早に敵兵の群れをかき分ける。兵たちは既に血で染まっており、激突のすさまじさを物語る。
「ぐああっ!」
目の前で一人の王国兵が魔法の電撃を受けて倒れ込む。背後に見えた帝国の魔法兵が杖を振りかぶったまま凶悪に笑っている。
――見切った。
俺は一気に踏み込み、奴が次の呪文を発動する前に刀を振り下ろす。
カキィンッ
鋭い刃が杖ごと敵兵を断ち、切り裂かれた肉が地に落ちる。見下ろす間もなく、横から矢が飛んでくるのを気配で感じ取り、体を捻って避ける。
剣と魔法が渦巻く惨劇
焦げた肉の臭いと、人が断末魔を上げる声が交じり合い、今にも吐きそうになるが、ここで引けばすべてが無に帰す。まだ俺たちの策は終わっていない。
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遠くから、「姫様!」という声が聞こえる。高台にいた王女セレスティアが自ら下りてきて、前線から少し離れた場所に立っていた。周囲には精鋭の護衛騎士が固めているが、視界にはっきり戦場が映る距離だ。
その美貌は烈風のような空気のなかでも微塵の乱れを見せず、しかし何かを訴えたいかのように唇を引き結んでいる。
「王女殿下、危険です。もう少し下がられたほうが……!」
「いいのです。わたくしは、あなたたちが血を流す姿を目を背けずに見届けると決めた。……民が逃げるのも仕方ないけれど、この国を去らずに戦ってくれる者たちを、放ってはおけません!」
高飛車な態度を残しつつ、誰よりも必死に兵士たちを鼓舞する王女。彼女の存在に奮起する兵たちも多い。“姫が見守っていてくださるのだから負けられない”と熱くなる者さえいる。
冷淡そうに見えて、彼女もまたこの国を想っているのだと――兵士たちは理解しているからこそ、散っていく者の背を押すのだ。
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王国兵の前に現れたのは、帝国の赤装束の騎兵隊。
前回の戦いでは見なかった精鋭部隊らしく、魔力を帯びた馬のいななきとともに激しく突撃してくる。鋭い槍と、盾を携えた兵の動きは連携が取れていて、一撃でこちらを分断しようという意図がありありだ。
「まずい、このままぶつかれば中央が割れるぞ!」
前線で防いでいる騎士が悲鳴まじりに叫ぶ。火柱による分断を嫌って迂回してきたのか、鋭い速度でこちらの脆い部分を狙っている。
「レオン、ベアトリクス、そっちへ回せ!」
俺が角笛を吹き、具体的な声を張り上げると、レオン率いる騎兵小隊が反応して砲煙のなかを走り出す。ベアトリクスは魔法使い数名を連れて迂回ルートを急行。
だが、相手も一筋縄ではいかない。強化魔法を駆使した騎兵たちは弓矢や火魔法を浴びせられても簡単には止まらず、真っ赤な陣形を保ったまま切り込んでくる。
危うい――と判断し、俺は咄嗟に刀を手に駆け出した。
(“呼吸法”はまだ温存しとくべきか……? いや、この局面で崩れたら策を続行できなくなる)
歯ぎしりしながらも決断し、心の奥底で呼吸を深める。緩やかな深呼吸に合わせて周囲の空気が静まる感覚――戦国で培った命の呼吸が、再び体を震わせた。
「――いくぞ……!」
瞬時に視界が広がる。赤い世界の中心に自分が立っているような錯覚を抱きつつ、敵騎兵の動きを明瞭に捉え始める。
「突破させるかよッ!」
一気に加速し、槍を振りかざした騎兵の懐に潜り込む。ザシュッと鈍い音が響き、馬の胸から血が噴き出すと同時に騎兵は投げ出される。隣の騎兵が驚いて槍を下ろした刹那、刀を振り向けて一閃。
ギンッ
硬い鎧を割り裂き、血しぶきが斜めに散った。立て続けに2人を落とすと、敵の陣形に綻びが生じる。
「シチトラさん!? そ、そんなスピード、見たことない……!」
ラニアの声が背後でかすかに聞こえる。けれど今、俺は“戦国の修羅の感覚”を呼び起こし、正面の強力な槍兵を次々と屠っていく。
爆発音が起きたと思うと、ベアトリクスたちの魔法が敵の退路を焼き尽くした。レオンの騎兵隊が逆サイドから突撃し、赤装束の兵の隊列を真っ二つに分断する。
「今が好機だ、潰せッ!」
周囲の王国兵が総攻撃で割り込む。赤装束の敵兵は素早く対応しようとするが、こちらは複数方向からの包囲で反撃を封じ込める形になった。
視界の隅では王女セレスティアがこぶしを握りしめ、何かを叫んでいる。高飛車な美貌と傲慢さを携えながらも、兵たちの奮闘を必死に見届けているのが分かった。
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一瞬の静寂が訪れ
敵の赤装束騎兵が壊滅しかけた影響で、局所的に戦いが止む。兵士たちの荒い息、地面を染めた血、死体の山……。不気味なほど耳にこびりつくのは、うめき声と風の音だけだ。
「ふう……あぶねえとこだった」
俺は呼吸を整え、“戦国の呼吸”を静かに収める。全身に疲労が波打ち、動悸は限界に近い。だが、まだ終わりじゃない。敵本隊は奥に残っているし、指揮官を討ち取らねば最終的な勝利にはならないだろう。
とはいえ、今回の策が奏功して、敵の先鋒および精鋭騎兵隊をかなり削ったのは大きい。うまく行けば、指揮体系が揺らいで総崩れに持ち込めるかもしれない。
兵たちが「おお……勝てるのか?」と希望に満ちた声を上げ始める。王女も、安堵の色を浮かべつつまだ崩れ落ちることなく、堂々と佇んでいる。
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俺は血塗れの刀を振って、血を振り払うと背後で待機するラニアに振り返った。
「ラニア、もうひと踏ん張り頼むぞ。まだ帝国の主力は崩れてない」
「は、はい……! 魔法陣の維持を継続します!」
周りの魔法使いも、各々が呪文を唱えて次の動きに備える。ベアトリクスと視線が合い、互いに無事を確認しあうように頷いた。
このまま押し切れるのか、帝国がまだ奥の手を残しているのかは分からない。だが、ここで萎れていては勝機を逃す。
轟々と燃え広がった火の残骸や、切り倒された騎兵の死体からは黒い煙が上がり、あたりを陰鬱に満たす。何ともすさまじい光景だが、兵士たちは口々に言う。「あと少しで奴らを押し返せる」「姫様が見ていてくださる!」と。
高台に立つ姫の衣裳には風が舞い上げる粉塵が付着しているが、その姿はまるで“勝利の女神”めいて、兵士の士気をさらに盛り上げる。
「――王女殿下……本当にこの場にいてくださるのか」
誰かがそう呟き、周囲の兵が感嘆の息を漏らす。高飛車な態度も今は逆に凛々しく映るようで、「姫様に恥じぬ戦いを」と意気込む兵が多数。
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俺は改めて刀の柄を握りしめる。
(これで終わりじゃない……だが、まずは先鋒を崩せたのは大きい。ラニアとベアトリクス、学院勢、そして第三遊撃部隊の頑張りが奏功した)
しかし先に喜んでいてはならない。帝国はこの程度で諦めるはずがない――むしろ、これからが本番だ。
「あとひと息……指揮系統を叩ければ、勝ちに近づく。次の合図で――」
そう、自分に言い聞かせつつ、俺は兵の鼓舞を続ける。遠方を見やれば、どうやら敵の中軍が幾分か乱れ、全体がゆっくり後退しているようにも見える。追撃するか、それとも次の策を温存するか――その見極めが勝敗の鍵だ。
「シチトラ補佐官!」
レオンが血で染まった鎧を引きずりながら駆け寄ってくる。背後にはベアトリクスの姿も見える。
「どうする? 今なら追撃して指揮官を狙えるかもしれんぞ!」
「焦るな。まだ奥に潜んでる魔法部隊を侮れねえ。もしかすると、あれは偽りの退却かもしれない……」
俺は刀を構えつつ、地図と照合した脳内プランを瞬時に再確認する。――敵がこれ以上入り乱れるなら、もう一段策を発動するタイミングだが、被害も膨れ上がる可能性が高い。
視線の先では王女が護衛騎士たちと話しているが、その表情は冷静さを保ちながらも何かを訴えるように険しい。
(あの人も、自分の決断が正しかったか迷っているのかもしれねえな。だが、こちらが負ければ嫁ぐどころか国が滅びる。何としても勝たなきゃならない――)
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戦場に充満する鉄と血の匂いのなかで、俺は深く息を吐く。
「レオン、ベアトリクス、ラニア――次の合図で、最終的な一撃を狙うぞ。ここで仕留めきれなければ、いつ逆転されるか分からん」
「了解だ」「任せて」「やりましょう!」
三人がそれぞれ目に闘志を宿し、即座に部下をまとめにかかる。勝負どころを逃さないためにも、ここで後退させず、完全に帝国の士気を折らねばならない。
遠方の空には一筋の光が溶け込むように夕陽が差している。長い戦いの果てに、今まさに運命が決しようとしているとでも言わんばかりだ。
王女セレスティアが自ら戦場へ赴いたことは、兵士たちの誇りと奮戦を呼び、ラニアやベアトリクスの魔法学院勢も総力を尽くしている。民の多くは国を出るか残るかで迷いに迷ったが、少なくともここに立つ者たちは命を懸けてでも国を護る覚悟を固めている。
「――あとは、俺たちが道をこじ開けるだけだ」
刀を強く握りしめ、再び胸中で呼吸を整える。回り続ける死線の音をかき消すように、自分の鼓動が頭蓋の奥で高鳴っていた。
これから始まるのは、“最後の仕掛け”――血と火と魔法が入り乱れる、この戦場の勝利を決するための切り札だ。
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