第22話「燃ゆる戦場、刃が交わる刻」
「――まもなく敵陣が射程に入ります!」
兵士が声を張り上げた先、曇天の下に視線を凝らすと、広大な平野の果てにヴァル・アーク帝国の旗印が幾重にも翻っていた。
俺たち王国軍は各々の部隊に分かれ、事前に立てた策に従って配置に就いている。第三遊撃部隊はその要となり、指揮を執る俺の周囲では多くの兵が息を呑みながら敵の動向を窺っていた。
「いつきてもおかしくねえな。――よし、全員、準備を怠るなよ!」
背後にはラニア率いる魔法学院の学生たちが、魔法陣を試験的に光らせている。結界用の紋様が地面にうっすらと刻まれ、いつでも防御・援護に転じられるようスタンバイしていた。
第三遊撃部隊の隊長たちも、手勢を鼓舞するように動き回る。
「焦るな、うちの合図まではしっかり陣を維持しろ!」
「前線で一人でも抜け出すと全体が崩れるぞ!」
そして、前方の高台では騎士団長が本軍を率いて睨みを利かせていた。そこから離れた一角には、見るからに場違いな華やかな一群がある――王女セレスティアの護衛隊だ。
彼女が本当に戦場へ来るとは、と周囲は驚いたが、すでに国中に広まった“姫自ら兵の士気を高める”という噂が、逆に兵士たちの士気を鼓舞しているらしい。
「シチトラさん、王女殿下がこちらを視線で捉えているようです……」
ラニアが恐る恐る囁く。ちらりと高台を見やれば、純白のドレスに軽装の甲冑を添えたセレスティア・リュミエールが凛とした姿で立っているのが見えた。
――視線が合った、気がした。彼女は遠くからこちらを見据えて、傲然と顎を上げるように視線を送ってくる。まるで「あなたが噂の剣士かしら?」という無言の問いかけだ。
もっとも、今は挨拶の暇などない。敵軍から鼓声がとどろき始め、黒く波打つ兵列が平原の中央をゆっくりと前進してくる。
「来るぞ……!」
俺は部下に合図を送り、指示を徹底させる。砦に近い側面では別の部隊が隠れ潜み、こちらの合図で動く手はずだ。正攻法でぶつかるには兵力差が大きすぎる。巧みに地形と魔法の連携を生かし、敵の動きを乱さなくては。
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「大帝国の騎兵、前へ!」
遠方で大声が響くのが聞こえた。それと同時に、大きな蹄の振動が地面を伝う。大量の騎馬兵が一直線にこちらへ突撃を仕掛けてくるらしい。
空からは魔法砲弾のような閃光が放たれ、こちらの前衛を砕こうという狙いだ。
「弓兵と魔法班、迎撃準備!」
まだ距離はあるが、帝国の魔術師たちが放つ大規模呪文がこちらを射程に入れたら厄介だ。ラニアや学院の生徒たちが声を上げ、結界の初期展開を行う。
「防御結界――展開!」
瞬時に青白い光のドームがいくつも広がり、轟音を立てて落ちてきた魔法砲弾を弾き飛ばす。
バチバチと火花が散るが、まだ本格的ではない。敵も手探りのようだ。
「騎兵を突破させるな! 足止めの槍衾を構えろ!」
副隊長レオンの怒号が飛び、前列の兵士が長槍を突き出す陣形を作る。騎兵が突っ込んでも簡単に突破できぬよう、ここが第一防衛ラインだ。
第三遊撃部隊としては、その後ろや側面から動き出す。まだタイミングじゃない……焦るな……。
「シチトラ、準備はいい!?」
ベアトリクスが駆け寄り、杖を握りしめる。その眼差しはあの夜の優しさとは違って、戦う者の鋭さを帯びていた。
「まだ合図は出さない。敵がもう一段前に出たら、予定どおり動くぞ」
彼女は小さく頷き、魔法で強化した風の力を肌に纏う。魔法学院の高等魔法使いたちも傍らで詠唱を始める。
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激しい蹄の音が一気に近づき、帝国騎兵の突撃が始まった。
「押し返せっ!」
王国兵の前列が槍を突き立て、魔法使いが火矢や氷の弾丸を放つ。前線のぶつかり合いとともに、金属の咆哮と悲鳴が入り混じり、土煙が舞い上がる。
敵の前衛が崩れた隙を突いて、こちらの側面部隊が小規模のカウンターを仕掛ける。
「いいぞ、流れが止まった!」
一瞬の叫びが上がるが、敵本隊はまだ後方に控えている。騎兵を囮にして弱みを探っているのかもしれない。
どさりと騎馬から落ちる敵兵、立ち上がる間もなく弓矢に貫かれる者、戦場は瞬時に地獄へ変わった。
「押し返されてる……!?」
今度は帝国兵のほうから悲鳴が響く。こちらの連携が思ったよりも堅く、帝国は混乱をきたし始めたようだ。
「よし、今だ! ――合図!」
俺は懐の角笛を吹き、予定していた別動隊へ信号を送る。遠巻きの小丘に隠れていた騎兵隊が帝国の騎兵を横合いから襲う。
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しかし、敵も黙ってはいない。中軍からは魔法砲撃をさらに強化し、火炎弾や雷の槍が雨のように降ってくる。結界を敷いているとはいえ、大規模呪文を食らえば被害は甚大だ。
「援護、お願い!」
ラニアをはじめとする学院生たちが、さらに重ねて防御結界を張る。光の壁が何重にも連なり、一部の呪文を相殺することに成功する。
「……くそ、これが帝国の本気か。まだまだ数がいるんだな」
俺は歯を食いしばって戦況を見極める。ここで魔力を全開にするわけにもいかない――まだ“決め手”となる策を繰り出すタイミングではない。
血に染まる兵士の甲冑、魔法の閃光に焼かれた大地……戦場はひどく混沌としている。しかし、王国兵たちは王都の背を守るため、一歩も引かず奮戦していた。
ちら、と高台を見やれば、王女セレスティアがなおも堂々とそこに立つ。護衛騎士に囲まれつつも、高貴な姿勢のままで兵たちを見下ろしている。
「姫様が見てくださっているんだ!」「引くわけにはいかん!」
兵士の声があちこちで上がる。彼女自身もまるで舞台の主演のように、その美しさを保ちながら、国のために戦う者を見つめている。
「――あの方がセレスティア王女か。確かに噂に違わぬ美貌だけど、こんな戦場に……」
ラニアの驚きが隣で聞こえる。ほんのりとした嫉妬めいた感情も見受けられたが、今はそれを気にしている余裕などなかった。
俺は前方で苦戦する槍兵を見やり、刀の柄に手をかける。
「ラニア、すまんがここは任せる。俺は前線に出る。レオンの隊を支えねえとまずい」
「はい、気をつけてください……!」
駆け足で陣を離れ、血飛沫と硝煙に包まれる前線へ飛び込む。斬り結ぶ兵士たちの間をすり抜け、帝国兵を後方から一撃で仕留めながら進む。
「どけッ!」
血刀を振り払うと、帝国の小隊長らしき男がこちらに向かって槍を繰り出す。その動きは素早いが、呼吸を整えれば見切れないほどではない。
ザシュッ
刃が槍の隙を割り、相手の胸元を抉る。震えながら倒れ込む敵兵の死に様を、俺は確認する間もなく次の敵へと向かった。
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先ほどの奇襲で帝国騎兵は崩れかけているが、中軍がまだ余力を持っている。これを完全に崩すか、あるいは主要指揮官を討ち取るか――いずれにせよ、王国側に決定打が必要だ。
「シチトラ! そろそろおまえの策を……!」
レオンの声が聞こえ、俺は刀で敵兵を払いのけながら応じる。
「まだだ……あともう少し、敵が混乱してからだ!」
その瞬間、空を裂くような衝撃音が響き、土煙が視界を覆った。帝国の大魔法がこちらの前衛に一撃を食らわせたらしい。
「うわあああっ!」
兵士の悲鳴が上がる。しかし、それでも王国兵たちは踏みとどまる。
「退くな、まだ退くな……! 姫様が見ておられるぞ!」
誰かの叫びが戦場に木霊し、踏みとどまる兵の瞳には「守るべきもの」の存在が宿っている。
高台で見つめるセレスティアの姿は、遠目でも分かるほど美しいが、その眼差しには憤りも感じられた。自分のせいで、この国がこんなにも血を流している――そう考えているのだろうか。
それでも姫は、剣を取って戦うわけではない。ただ、誇り高き王女として、兵士たちが命を懸ける姿を、自らの目で見届けようとしている。
「戦え、わたくしの兵たちよ……。わたくしは逃げるつもりなどない。あなたたちが奮戦するなら、わたくしも最後まで……!」
どこかでそんな声が聞こえた。
俺は刀を握り直し、血塗れの戦線を見渡す。――そろそろ、次の一手を打たねば。
「ベアトリクス、ラニア、準備しろ。俺たちが仕掛けるときが来た!」
合図に応じて、学院の魔法使いが駆け寄り、陣形を組む。まだ全容は伏せてあるが、この“一手”が成功すれば、帝国の中軍を混乱に陥れられるだろう。
地面を染める赤黒い液体の上を踏みしめながら、俺は改めて誓う。
(どれだけ血が流れても、ここで退けば国が滅ぶ。民が苦しむ未来は見たくない。――この策で、光をこじ開ける!)
ここにいるすべての意志が、一点に収束していく――国を守るための決死の戦いが、いよいよ激しさを増す。
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