第19話「再び揺れる国」
騎士団本部の廊下を進む俺は、早朝にもかかわらず騎士たちが慌ただしく行き交う様子に胸騒ぎを覚えた。どうやら、隣国――いや、大国の侵略再開を示す情報が飛び込んできたらしい。
「シチトラ補佐官! 団長から至急です!作戦室へお越しください!」
声をかけられるや否や足早に向かい、重厚な扉をくぐる。そこには団長や副団長、レオン、ベアトリクスら第三遊撃部隊の面々が集まり、厳しい表情で地図を囲んでいた。
「どうやら、あの大国が兵を再編しているとの報告だ。前回の侵攻で分断され、指揮官を失ったはずが……また立ち直ったというのか」
団長が唇を引き結ぶ。せっかく追い払った大軍が、早々に態勢を整えてきたというのだ。
「こちらも被害は大きかったですからね。相手はまだ数の優位を維持している。次は正攻法で押しつぶす気かもしれません」
ベアトリクスが憂いを帯びた声で言う。戦場の混乱から回復しきれない国境の砦を思えば、再度の大軍襲来はまさに悪夢だ。
「王女殿下の政略結婚拒否が引き金だという話が絶えませんが……。大国は面子を潰されたと思い、いずれ本腰を入れるだろうな」
副隊長のレオンが厳しい眼差しで地図を指し示す。
「今のところ、小競り合いの兆候程度だが、油断できん。彼らの動きを読み違えれば、国境地帯は再び地獄になる」
団長が総括し、皆が一斉にうなずいた。かつてのように奇襲が通用するかは分からないが、少なくとも偵察と警戒を強化し、周辺の村や街道を守らねばならない。
こうして、軍議は再開された“戦争の気配”を前に、再び各部隊が動き出すことになる。
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その日の夕刻、俺たちは第三遊撃部隊の詰所で具体的な対策を協議していた。
「街道を封鎖するのは得策じゃないが、警戒網を張って民を避難させる必要がある。敵も前回の失敗を踏まえて、遊撃部隊を警戒しているだろうから、下手にこちらから仕掛けるのは危険だ」
レオンの言葉に、ベアトリクスや隊員たちが頷く。
俺は頭の片隅で、王女殿下の政略結婚がこの国難の大きな要因となっていることに思いを馳せる。政略婚を拒む――つまりは大国の顔に泥を塗った形だ。感情的な意地が絡んでいれば、徹底的に攻められる可能性もある。
「敵が本格的に押し寄せる前に、どこまでこちらが体制を整えられるか……。いずれにせよ、時間との勝負だな」
地図を眺めながら呟く。次なる戦火は遠くない。
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同じ夕暮れ時、王宮の奥深く――。
煌びやかな調度品が整然と並び、装飾の施された回廊を抜けた先にある王女専用の居室。その一室に、王女セレスティア・リュミエールはじっと窓外を見つめていた。
彼女は薄絹をまとった優美なドレス姿で、傍らの鏡に映る自分の姿をさして、わずかに鼻を鳴らす。
「……ふん。こんな綺麗な服を着せられたところで、わたくしの意志は変わりませんわ」
セレスティアはこの国の王女にして、次期王位の有力候補。圧倒的な美貌を持ち、隣国や大国からも“手に入れたい”と求められているほどだ。
しかし本来の彼女は、高貴ゆえのプライドもありながら、内には強い自我を秘める“高飛車”な性格。特に、婚姻を政争の道具にされるのは大嫌いだった。
「政略結婚ですって? たかが大国が何さまのつもりかしら。王族を自分たちの駒のように扱うなど、わたくしには受け入れられませんわ」
そう言い捨てると、近くにいた侍女が慌てて「お静かに……!」と窘める。
「姫様、今またその大国が王国へ侵攻を仕掛ける恐れがあると……。もしもの場合、姫様のご意志を改めていただくことも視野に……」
「うるさいわね。わたくしの人生を、勝手に大国の踏み台にされてたまりますか。民が苦しむのは当然心苦しいけれど、それとこれとは別問題ですわ。」
彼女は肩まで流れる漆黒の髪を翻し、わずかに睫毛を伏せる。その所作には教養あふれる上品さがある一方、“自分のことは自分で決めたい”という強烈な意思がにじむ。
「確かにわたくしは王家の人間で、民を守る責務があります。……でも、だからといって、自分の人生を犠牲にするなど、お断りですわ。誰かに諂うようなまねは絶対にしたくないの」
そう言い放ち、窓の外の夕闇を睨みつける。大国の威圧や外交圧力に応じて、嫁入り道具のように扱われる未来だけは、彼女の誇りが許さなかった。
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とはいえ、セレスティアも全く民を蔑ろにしているわけではない。
「……わたくしが拒み続けたせいで、国境では戦が絶えません。民は傷つき、騎士団は血を流している。そりゃあ胸が痛みますわ。けれど……」
一瞬、苦悩が走る瞳。王女として、民の安寧を望まぬはずはない。しかし“自分だけ犠牲になれば平和が保たれる”という考えには、強い反発を覚える。
「いずれ国王になれば、戦などしなくてすむよう策を講じたいけれど……今はまだ、父上や騎士団の力に頼るしかありませんわね。ふん、あの大国が好き勝手にするなんて許せません」
彼女がそこまで強気に出られるのは、王国の騎士たちに対する信頼もあるのだろう。先の大軍侵攻を退けた武功は、隣国や貴族社会でも噂になっている。
「“魔力を持たない剣士”が大活躍したとか……名前は確か、シチトラ・ハシダと言いましたかしら? いきなり騎士団長補佐に抜擢されたと聞きますわ。」
侍女が「は、はい……相当な手練れだそうで、姫様もいずれ正式にお会いするかもしれません」と返す。セレスティアは少し唇を尖らせて、鏡越しに己の姿を見つめた。
「ふん。どんな人物かしらね。王家の面倒を見られるほどの器量なのか、それともただの武功バカか……。いずれ一度会ってみたいわ。もし大国と再び衝突するなら、わたくしの“守り手”になるかもしれませんし」
高飛車な物言いではあるが、その奥には少しの興味と期待が含まれている。臣下に憧れられる“傾国の美女”という自身の美貌に相応しく、相手がどれほどの実力者かを見定めたい――そう思う彼女の内面は複雑だ。
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窓辺に立ち、彼女は夜の足音を感じながら、改めて呟く。
「さあ、来るなら来ればいいわ……大国がどう動こうと、わたくしはわたくしの道を進むだけ。政略結婚? 笑わせないで。民のために心を痛めることはあっても、余計な媚など一切売りませんわ。」
“王女”という肩書を背負いつつ、自分の生き方を押し通したい。美貌とプライドと責任感――それらが入り混じったセレスティアの意思は、決して折れない。
むろん、その裏で流れる血を知ってもなお、彼女の心は簡単には揺るがない。なにしろ王家の誇り高き姫として、彼女は生きてきたのだから。
――そして、大国がまた兵を起こすなら、この国を守るのは騎士たちの役目。
「シチトラ・ハシダ……? 面白いわ。どれほどの剣士なのか、いつかわたくしの目で確かめてあげます」
照らされた窓ガラスに映る自分に語りかけるように、セレスティアは不敵な笑みを浮かべた。
高飛車なその笑みは、彼女の誇り高さと強烈な個性を表す。民を想いつつも、自分を犠牲にするのは御免――そんな矛盾を抱えながらも、彼女は王女としての道を貫こうとしていた。
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