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ギャラクシーレース 宇宙最速を目指す二人

作者: Ruqu Shimosaka

今作はタイアップコンテストのため、自作ユニバース ロイヤーから世界観の設定を流用した、外伝的な短編小説です。

(ユニバース ロイヤーは只今改稿中です)

『エレメンタル王国、アカシア星系ラヴロック子爵領、砂の惑星ネイトよりギャラクシーレース地方予選をお送りします。実況は私、セレナ』

『解説はベイウッドがお送りします』

『本日のレースは惑星ネイトより九万キロよりスタート、惑星クヌム、惑星セベク、高重力惑星アペプ、恒星ラー。五つの惑星を回る十AU、十五億万キロのレースです』

『レースの最大速度は時速五AUで小型宇宙船では普通ありえない速度! 速すぎて専用のカメラでしか見られない世界です!』


 実況解説のライブ映像を空母シュービルの中に駐機した宇宙船ピーコックの船内で見る。

 レース仕様の宇宙船であるため前面がディスプレイとなっており、外の状況を流しつつ、実況解説のライブ映像を眺めていた。

 ライブ映像を見ている間にも、ピーコックの機体チェックは自動で進む。手元に小さく出したAR表示のチェックリストは異常無しの通知を積み上げていく。


「…………」


 チェックリストが進むのを注視している自分に気づいて、意図して視線を引き剥がす。

 レース前に緊張が限界を超えないよう精神をコントロールする。

 体を受け止めてくれる椅子に体を預ける。無重力状態でも、高重力状態でもしっかりと体を受け止めてくれる素晴らしい椅子。


「ふう」


 どうもオレはレース前に集中しすぎると碌な結果にならないようで、あえてレースのことは考えないようにしている。相棒からすると意味がわからないと笑われるのだが。


 実況解説のライブ映像がダメなのではないかと、最近好んで聞いているアクーラという、地方のコロニーでモデルとして活躍している女の子が歌う動画を再生する。可愛いというより、綺麗と言ったほうがいい見た目の女の子がアップテンポに歌う姿を大画面に表示する。


「かっこいい」


 彼女が歌っているのは、好んで聞いている男性歌手のカバー曲。偶然見つけて聞いた時からファンになった。


「ネイサン」


 相棒のハーヴィーがディスプレイの一部に表示される。

 ハーヴィーはかなり短めの黒髪をワックスで尖らせた大柄な男。オレと同じチームスポンサーが印刷されたパワードスーツを着ている。

 オレはハーヴィーへ返事をするため、オフにしていた映像と通話をオンにする。向こう側に短めの金髪を後ろに流した細身の男、つまりオレが写っているはずだ。


「ハーヴィーどうした?」

「こちらの最終チェックは終わった。そちらは?」


 わざわざ声をかけてくれたようだ。

 ハーヴィーに言われてチェックリストを確認する。


「終わっている。すまん、助かる」

「相棒のおかしな体質はよく分かっている。気にするな」

「おかしなって、オイオイ、ひどくないか?」

「腕は超一流なんだけどな。他は酷いもんだ」

「腕だけかよ。いや、レーサーとしてはそれだけあれば十分か」


 軽口を言い合えるほどハーヴィーとは気心が知れている。


「調子はよさそうだな」

「ああ、いい感じだ」

「スタート後にまた声をかける」

「おう」


 ハーヴィーのおかげでいい感じに力が抜けた。

 直前のミーティングはオレの体質からなく、宇宙船に入る前に終わらせている。

 ハーヴェーが声をかけてきたということはそろそろカウントダウンが始まる。また解説実況のライブ配信をつける。


『ベイウッド、今回の注目チームは?』

『特に注目しているチームはアークテリクスのネイサン選手、宇宙船は高速船ピーコック。ピーコックは名前の通り、孔雀のように翼を広げ、特殊な軌道を可能にする。翼を閉じれば超高速での飛行が可能になる特殊な機体!』

『チームアークテリクスのネイサン選手は、去年のギャラクシーレース本戦で上位入賞した選手ですね』

『はい。ハーヴィー選手の相方はハーヴィー選手、宇宙船はシールド艦グレイトホーンアウル。強力なシールドで、ピーコックを守ります。そして、触覚のように生えた二本の砲塔から強力なレーザーを発射し、道を切り開く』

『チームアークテリクスは攻守バランスの良い組み合わせということですね』


 オレたちの紹介をしているライブ配信を聴いていると、オープンにしたままの通信から入電する。


——外部電源カット、カタパルト稼働。


 四点で止められた特殊なカタパルトが機体を持ち上げたため、ピーコックのコクピットが揺れる。

 空母のエアロックが開き始める。空母の中を映し出していたディスプレイが宇宙を映す。


——点火シークエンス稼働。

——パルスジェットエンジン点火


 断続的な音が続くパルスジェットエンジンの独特な音がコックピットまで響いてくる。空母からのスタートとなるため、よく響く。

 カタパルトのシャトルが壊れないギリギリまでエンジンが出力を上げていく。


——カウントダウン、六十


 レースが始まる。

 一気に緊張感が身を包む。


——三、二、一、テイクオフ

『始まりましたギャラクシーレース地方予選!』


 カタパルトとエンジンによって、空母シュービルから飛び出す。急激な速度の変化でコックピット内が高重力へと変化する。パワードスーツのアシスト機能が動作し、体を締め付けることによって脳へと血が送り込まれる。

 身体的にきつい時間はピーコックの重力を安定させる装置によってすぐに終わる。


「くはっ」


 パワードスーツのアシスト機能が停止する。

 押しつぶされた肺に空気を入れるため大きく息をすう。酸欠で苦しいのに、その感覚がレースが始まったと体が反応して自然に笑顔となる。

 興奮状態からアドレナリンが出て、闘争本能が高まっているのを感じる。


 空母を離れると、パルスジェットエンジンから亜高速エンジンに切り替わる。亜高速エンジンは出力が大きすぎてカタパルトを破壊してしまう。そのためパルスジェットエンジンで初速を稼いでいる。

 エンジンが切り替わるとほぼ同時に翼が展開され始める。


 機構が複雑なため一番緊張する瞬間。オレは船体からエラーが出ていないかの随時確認と、チームが外部から撮影している映像を翼の展開が完了するまでチェックする。孔雀の羽のように中心部に丸い動力路、先には亜高速エンジンを備えた十枚の羽が扇状に展開していく。

 無事に機構が展開され、チェックは全て正常。チームスポンサーのロゴが入った翼が扇状に展開された。

 一気に速度を上げて前方の宇宙船を抜いていく。


 地方予選はスタートの初速が重要。

 本戦であれば空母を持っていないチームはない。しかし、地方予選では空母なしで出場している選手が大量にいる。そのような選手たちはスタート時点ではお互いに距離感をとっているが、進んでいくと最短のルートに沿って距離感が近づいていく。最終的には団子状態で走るため、抜け出すのが非常に大変となってしまう。

 先頭に立つ必要はないが、先頭集団にいなければならない。


「ハーヴィーついてきてるか?」

「後ろについた」


 速度は圧倒的にピーコックの方が上。

 最初はオレがハーヴィーのグレイトホーンアウルを引っ張る。惑星ネイトは居住惑星のため、周囲の小惑星は片付けられている。極小のデブリはあるが、その程度であればピーコックのシールドでも弾き飛ばせる。

 グレイトホーンアウルのシールドは出力が大きい分、シールドを展開すると速度が落ちる。後方集団に巻き込まれないため、シールドを展開せずに速度を優先させる。


『千隻近い宇宙船が青白い尾を引き、惑星ネイトを飛び出していきます。ベイウッドは惑星クアムまでに集団が形成されると予想されていましたよね?』

『セレナ、すでに集団が別れ始めていますよ!』

『おおと! 本当です! 先頭集団が形成され始めています!』


 惑星クアム通り過ぎるまでは安心できないとミーティングでも話し合った。

 ピーコックを先頭に周囲の宇宙船と距離をとりつつさらに速度を上げる。速度は時速四AU近くまで上がっていく。


 後半になると荒っぽい動きも増えるが、前半で荒っぽい動きをして他の邪魔すれば、お互いに順位を落として後方集団に巻き込まれかねない。今回はギャラクシーレースの本戦に出るための入賞を狙ったレース。後方集団に落ちれば当然入賞が遠のく。

 邪魔をした結果、互いにロクな結果にならないと分かり切っていれば、当然距離を取る。


「ネイサン、先頭集団が百を超えている、想定より数が多そうだ。空母なしの好スタートを切ったのがいるようだ」

「惑星アペプまでに減るといいが」

「作戦に支障はない」

「ああ」


 惑星ネイトから惑星クアムまでは一AUもないため、二十分程度で近づいていく。


 惑星クアムは水と氷の惑星、地表の存在しない青一色の惑星。地表さえあったなら、居住惑星へとテラフォーミングされていただろう。

 惑星クアムの青い惑星をきれいだと感じているまもなく、惑星の重力を使ったスイングバイを実行する。

 惑星クアムを中心に弧を描くように進み加速する。


 集団を形成する宇宙船の数が増えるほどスイングバイの軌道が難しくなる。後方集団が伸び分裂してていく。

 オレたちは先頭集団を維持できている。

 惑星クアムまでが最初の難関と考えていたため、先頭集団を維持している状況に安堵する。


「第二集団はまだ入賞射程圏内、第三第四集団は無視していい」

「第二集団の人数は?」

「二百ない程度で予想より少ない」

「なるほど。しかし、先頭集団と第二集団の合計が三百となると、当初の予想通りではあるか」


 同じ集団を走る数が多い場合、少々やりにくくはあるが、ここまで来て数が減るとは思えない。

 惑星クアムを超え、二AUの距離を三十分ほどで飛ぶと惑星セベクに近づいてくる。惑星セベクに近づくと大きなデブリや小惑星が増え始める。


「ネイサン、交代だ」

「ああ」


 ピーコックが逆噴射して速度を下げると、グレイトホーンアウルが前に出る。

 グレイトホーンアウルがシールドを展開すると速度が落ちる。シールドを全開で展開しているわけではないため、時速二AUは出ている。周囲の宇宙船もシールド艦を前に出し、集団全体の速度が落ちる。

 第二集団から一時的に距離を詰められるが、結局は同じようにシールド艦を前に出す必要があるため、距離は問題がない。

 むしろ問題があるのは真後ろに回られることだが……。


「ハーヴィー、最悪だ、後ろに回られた」

「想定より随分と早い」


 通信に映るハーヴィーの顔が歪む。オレの顔も同じように歪んでいるだろう。

 ギャラクシーレースはお互いの位置を常に発信し続け、事故をなるだけ減らす努力がなされている。時速一AUであっても時速約一億五千万キロの速度を出しており、そのような状態で宇宙船同士が直接接触するような事故が起きれば、シールドがあったとしても無事ではすまない。


「先頭を飛んでいるわけでもないのになぜだ」


 オレたちチームアークテリクスは最初から最後まで先頭を飛んで逃げ切る作戦と、第一集団の中段後ろから最後に一気に追い抜く作戦の二つをよく採用している。逃げ切る作戦は安全面の問題から地方予選では採用することは珍しく、今回も中段後ろから追い抜く作戦をとっている。

 そのため真後ろに回られるのはもっと後だと想定していた。


「ネイサン、船名がリストにない。空母なしの好スタート組だな」

「燃料の節約か」


 空母なしで第一集団に入り込むには運も重要だが、燃料を大量に消費して初速を出す必要がある。燃料を大量に消費してしまうと、問題になってくるのが宇宙船に積まれた燃料の量。


 ギャラクシーレースは宇宙船の大きさが指定されており、最長百十メートルまでしか許可されていない。百十メートルの正方形でも問題はないが、そんなことをする奴はいない。

 時速一AUを越えると宇宙空間にある塵や極小の空気抵抗すらバカにならないためだ。そのため宇宙船は基本的に流線型の形をしている。


 ギャラクシーレース用の小型宇宙船に普通は乗せないエンジンを載せている。そのため、エンジンなどの駆動部分が宇宙船の七割から八割を占めている。コックピットは一割にも満たないが、燃料のスペースは一割から二割程度しか確保できない。

 亜高速エンジンの燃料であるエレメンタルカートリッジは高効率、高出力の燃料であるが、レースで亜高速まで加速させると非常に燃費が悪くなる。

 十AUの距離は燃料配分に注意しなければ燃料が枯渇してしまう。


 オレたちの後ろに回ってきた宇宙船はゴールまで燃料が足りるか怪しいのだろう。少しでも燃費を良くするにはシールドに回すエネルギーを減らせばいい。


「オレたちの後ろにつかなくてもいいだろうに」

「優勝候補ってことで、マークされてるんだろ」

「くそ! 無茶な軌道はしてこないと思いたい。後ろから突っ込まれるのが一番怖い」


 ピーコックは翼を広げた先にもイオンエンジンや、亜高速エンジンが付けられているため、複雑な軌道が可能になっている。しかし、真後ろから高速で突撃されて咄嗟に避けられるほどの機動力はない。


「燃料節約目的ならこれ以上エンジンを噴かさない、と思いたいな」

「変なタイミングで出し抜こうって思わないのならいいがな」


 後ろについた選手が意図的に事故を起こす気はないだろう。

 しかし、勝負を仕掛ける時は絶対に来る。

 普段から入賞しているような選手であれば、動き出すタイミングがある程度は読める。しかし、運よく第一集団に入れたような選手はどんな動きをするか分からない。そんな選手を避けるためには、後ろを常に注意しなければならないため、注意が散漫になってしまう。


「衝突事故だけは避けるぞ」

「了解」


 後方の注意から返事も自然と短くなる。

 会話している間に惑星セベクを通り過ぎ、高重力惑星アペプへと向かい始める。


『先頭集団が惑星セベクを通過しました! ベイウッド、惑星セベクから高重力惑星アペプまでにはアステロイド・ベルトが存在しますね?』

『はい。氷や水を中心としたアステロイド・ベルトが存在するため、本格的にシールド艦の出番となります。小惑星を弾き飛ばすために、シールドにエネルギーを供給します。そのため、ここからは時速一AU以下へと速度が落ちます』


 ハーヴィー操るグレイトホーンアウルは徐々に速度を落としていく。

 小惑星や塵がシールドに当たって徐々にスピードが削られていっているのだ。オレはピーコックがグレイトホーンアウルに衝突しないよう、速度を細かく調整していく。

 その上で後方を確認しているため、非常に忙しない操縦となる。


『小惑星はどの程度まで弾き飛ばせるのでしょうか?』

『シールド艦であれば同程度の大きさや質量であれば弾き飛ばせますが、そこまでの大きさになるとエネルギー効率が悪い。基本は半分程度の小惑星までしか弾き飛ばしません』

『つまり百十メートルの船体の半分ですから、五十五メートルということですか。それ以上の小惑星は避けるということですね』

『氷や水という前提で、質量を考えなければその通りです』


 アステロイド・ベルトには大量の小惑星があるとはいっても、広大な宇宙の中では多いというだけ。実際のところは隙間がかなり空いており、速度を落とせばぶつかる心配はそうない。

 レースの場合は落とす速度が回避できるギリギリまでしか落とさないようにするため、小惑星と衝突の危険性が高い。


「ネイサン、小惑星を避ける。機首方向縦三十度、横四十度」

「機首方向縦三十度、横四十度」


 ハーヴィーの言葉を復唱する。

 自動で追尾するようにシステムは組まれているが、余裕を持って何重にもチェックする。間違っていたら小惑星に衝突する可能性がある。

 グレイトホーンアウルで避けなければいけない大きさの小惑星、ピーコックが当たれば当然船体が耐えられるわけもない。


「方向変更時間三秒、移動距離百五十メートル」

「方向変更時間三秒、移動距離百五十メートル」

「カウント三、二、一」


 カウントダウンが終わった瞬間、エンジンの角度が変わり進行方向が少しずつ変わっていく。

 グレイトホーンアウルとピーコックではエンジンの出力が違うため、ピーコックがグレイトホーンアウルに合わせて三秒間移動する。


「完了」


 ピーコックの船体に異常がないかチェックする。


「ピーコック、異常なし」

「グレイトホーンアウル、異常なし」


 後ろにいたチームが離れてくれていないかと確認すると、同じように移動してついてきている。空母なしでスタートを成功させたこともあって、この程度であれば追従できるか。


「ネイサン、想定通りに小惑星が多い。もう何回か移動する可能性がある」

「分かった」


 結局、同じようなことを二回ほど繰り返し、一時間近くアステロイド・ベルトを飛んで、ようやく通過できそうになってくる。

 同時に後ろについたチームに左右に揺れるような動きが出てきた。その動きはまるで苛立っているかのようだ。


「ハーヴィー、後ろのチームが我慢できなくなっている」

「中段後ろではあるが、こちらも想定より後ろにいるからな」

「想定していたとはいえ、避けなければならない小惑星が多すぎたな」


 先頭集団の中段後ろというより、すでに後方に入り始めている。

 オレたちの後ろにいるチームは、後方というより最後尾扱いだろう。


「ピーコックなら巻き返せるが、好スタートを決めた程度の宇宙船にはそこまでの速度は出せない」

「どこかで勝負する必要があるが、流石に早すぎるな」

「こればかりは試合で磨くしかない感覚だ」


 ハーヴィーと会話をしながらも、後方チームを確認していると本格的に動きがあった。シールド艦がシールドの強度を上げたのがセンサーでわかる。


「後方のシールド艦がシールドの強度を上げた」

「こちらもセンサーが反応した」

「ハーヴィー、大きく避けてくれると思うか?」

「小惑星を何回も避けたため、燃料が少なそうだ。ギリギリをかすめて行くだろうな」

「だよな」


 オレの希望的観測は即座に否定された。

 時速一AU以下だとはいっても宇宙船の距離はしっかり取らないと危ない。こちらが避ける必要があるということ。


「相手が動いた百八十度反対に一秒、五十メートル避ける」

「了解」


 相手次第の移動は神経を使う。

 いつ動き出すのかと精神をすり減らしながら待っていると、後ろの宇宙船が進行方向の左に少しだけズレた。事前の打ち合わせ通りに右方向へと五十メートル移動する。

 後方にいたチームは、オレたちとレースで取るような平均的な距離を保って追い抜いていく。オレたちが避けて平均ということは近すぎる。


「事故は防げたが、想定より随分と後ろになったな」

「仕方ない。ネイサンなら本戦出場のための入賞圏内である8位までには入れるだろ?」


 ハーヴィーはオレを鼓舞するように、煽るようなことを言い始めた。

 流石にここでできないとはいえない。


「問題ない」

「期待している」

「おう」


 ハーヴィーも厳しいのは分かっているのだろう。

 しかし、アステロイド・ベルトを通過したのは皆同じ、お互い燃料であるエレメンタルカートリッジの消費が多かったのは同条件と言える。先頭を飛んでいたチームは、最後の勝負で勝つのは難しいほどエレメンタルカートリッジを消費しているだろう。

 最善を尽くせば勝利する可能性はまだ残っている。


『第一集団はアステロイド・ベルトを抜け、五チームが順位を大きく落とし、第二集団へと取り込まれました』

『今回通ったアステロイド・ベルトの空間は小惑星が随分と多いようでした。順位を落としてしまうのも致し方ない結果だといえます』

『偶然とはいえレース展開は大きく動きましたね』

『ええ。消費が激しいため、高重力惑星アペプまでの期間で、第二集団から追い上げてくるチームが増えそうです』

『面白い展開となってきました、アカシア星系ラヴロック子爵領、ギャラクシーレース地方大会!』


 高重力惑星アペプへと近づいていく。

 高重力は一般相対性理論によって時間が遅くなる。一秒が年単位で変わるような高重力ではないが、外側から見ると随分と遅く飛んで見える程度には重力がある。

 宇宙船内は通常重力であるため、時間が通常重力の惑星と差はないが、宇宙船の外は遅くなっている。そのため時間の差から通信が難しくなっており、高重力惑星周辺をレースで通過する場合は追い抜きをしない。

 非常に危険な地域であり、資源回収の自動掘削機以外は普通近づかない。


『さてここで、ベストショット賞のお知らせです。ソーシャルネットワークよりハッシュタグ、ギャレクシーレースアカシア星系と入力の上ホログラムを投稿された方の中から豪華賞品を贈呈いたします』

『ベストショットには高重力惑星アペプを通過する時がシャッターチャンスです。普通の機材では他のシーンを撮影することは難しいですからね』


 ギャラクシーレースはエレメンタル王国が主催しているが、利益を度外視して開催しているわけではない。ショービジネスの一面が当然あり、実況以外でまともに見えないのは問題がある。

 高重力惑星の横を掠めるのは地方と本戦どちらも毎回同じ。

 高重力惑星以外にも、そもそもレース自体が非常に危険。

 出場する選手は危険なのは同意の上で出ている。


 高重力惑星は特に危険で、開催団体であるエレメンタル王国は無くそうという話題は定期的に出ているが、今まで一度も消えたことはない。

 オレを含めた選手たちは皆、高重力惑星の横を通るホログラムを見て憧れてきた。少年だった頃の夢を無くしたくない。

 高重力惑星を通るコースをなくさないため、出場する選手全体は安全を考慮して追い抜きをしないと取り決めた。


「ネイサン、既定重力になった。速度を一定にする」

「了解」

「既定重力になるまで通信を遮断する」

「ああ」


 当然追い抜きしないことで、つまらないという視聴者はもちろんいるが、高重力状態で事故を起こした場合、宇宙船が維持している重力が消える可能性が高い。救出されるまでの時間が伸び、助かる場合でも死んでしまうことがある。

 それに、実は飛んでいる選手としては宇宙船の内と外で重力が違うため、重力がない状態での操縦と違いすぎて難しすぎる。

 複数の事情から、運営が高重力惑星を通るルートを無くしたいのはよくわかる。


『先頭集団が高重力惑星アペプに——』


 つけたままだったライブ配信の実況が途切れる。

 高重力状態へと変わったようだ。受信自体はできているだろうが、通信状態が非常に悪いため自動でカットされる。

 センサーからの数値でもわかるが、音声が途切れるとわかりやすい。チームで通信して状況確認するような場合もあるらしいが、オレはライブ配信の実況をつけて確認代わりにしている。

 無音の中を数分走り続ける。


『——アペプを抜け出してからが本番ですね』

『ええ、一気にレースが加速します』


 高重力惑星アペプの重力圏を抜けたようだ。


「通信回復」

「ハーヴィー、前に出る」

「了解。主砲エネルギーチャージ」


 高重力惑星アペプ周辺は普段人が寄り付かない。

 そのため空間が掃除されておらず、小惑星が点在している。全力で飛んだ場合に小惑星に突っ込んでしまう可能性がある。

 砲撃でピーコックが通るための道を作るのだ。


「発射」


 グレイトホーンアウルの主砲からビームが発射される。

 オレたちより前のチームはすでに主砲を打っており、光の線が至る所に走っている。

 主砲発射の後、グレイトホーンアウルが横にずれた。


「ネイサン、行け!」

「おう!」


 グレイトホーンアウルが切り開いた道をピーコックが一気に加速する。急激な加速によって重力調整装置が間に合わないほどの重力が発生する。

 パワードスーツが肉体を締め付け、気絶しないように血を頭に回す。

 耳鳴りがするほどの時間を越えると、重力調整装置が重力を通常重力へと復元する。


「くは、楽しいな!」


 惑星ラーまでは今いる位置から五AU近くある。

 惑星間の距離としては最大だが、高重力惑星アペプの周囲を除けば障害物はないと言っていい。ピーコックは時速四AUを越える速度を出している。

 他のチームも高速船を出し、同じような速度で飛んでいる。しかし、燃料が足りなかったのか、速度が出しきれずに脱落している宇宙船もいる。予想通りの展開となった。


『優勝争いに残ったのは三十チーム!』

『普段なら六十チームはいますから、かなり少ない』

『これは波乱の展開です!』


 先頭を飛んでいた宇宙船は軒並み順位を落としたようだ。ピーコックは未だに後方にいるが、今追い抜いてしまうと燃料が足りなくなる。まだ我慢する。

 我慢だ、我慢。

 心の中で唱え続ける。


 残り四AU。

 エレメンタルカートリッジを使用しない燃料を使って、位置を変えて丁寧に他のチームを抜いていく。


 残り三AU。

 中段まできた、これは優勝を狙える位置。


 残り二AU。

 優勝を狙うため、開いていた翼を収納する。


 残り一AU。

 前方が空いていることを確認して、全ての亜高速エンジンを全開にする。

 一気に加速して、時速五AUを越えていく。

 無茶な速度に宇宙船全体が揺れて、振動が伝わってくる。

 前方にいた十三台の宇宙船を一気に追い抜く。

 ゴールラインを越える。


『ゴール! 優勝はチームアークテリクス! ネイサン選手!』


「しゃあ!」

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