35 ハリネズミと久蔵の人生ゲーム
ペロン星人の小型宇宙船を一機スクラップにし、砕いた土偶の微粒子を混ぜて作ったカプセル。
これにクロの生体エネルギーを納め、乾電池の様に体内にセットしてあるそうな……。
これがアンドロイドクロ駆動エネルギー源の正体である。
生体エネルギーは不滅だが、何等かの個体に憑依して体を持った疑似体験をする事によって、その力を保持していると説明されたがー…?
エネルギー体だけの生物として長く居ると、消滅はしないものの、衰弱して終いには一番大事な個性の意識が失せてしまう。
そうなってくると、生きているような幽霊となってしまう。
この状態になるのを予防する意味もあってエネさんは、人間に限らず色々な者に憑依し疑似体験を繰り返していた。
そこで得た元気の元【経験】と言う個性の御礼として、生命エネルギーを憑りついた者に御裾分けしている。
カプセルに入ったクロも、生体エネルギーを維持強化するには、エネさんと同じに疑似体験をする必要がある。
どうしても肉体の様な物に入る必要があるから、人間猫になっている。
しかし当の猫は、どうにも具合が悪いから猫型ロボットを作ってくれと御願いしている。
そんな事をするよりも、元の体に戻ればいいと思うのは吾輩だけらしい。
アクエネもこの点は同様で、タコを船団に定住させている。
船のロボットやタコの他にも、自分達のエネルギー強化の為に、侵略した星の生物を利用して疑似体験しているのである。
土偶金属のお蔭で、地球のエネさんはアクエネより有利な立場にあると言える。
それより何より、侵略するのではなく共存するとした姿勢は偉い。
やはり吾輩は、地球のエネさんの為に働く猫になるのがよろしいと思う。
ただ、今日もヤブの頭髪を毟って喜んでいるパックを見る度に、エネさんの言っている事の半分が疑わしくなるのはどうしてか。
クロが人間型のうちに、ハリネズミから貰ったタダ券で食い歩きをしようと地上に出て見た。
勿論、釜……いや、女子部隊の連中も一緒である。
誰もが振り向くナイスバデーの美女ばかりが、ミスコンの主催地でもないのに団体で歩いている。
街は大騒ぎである。
どの店に行っても、店長が出て来て店の前で記念撮影をする。
ビートルズ来日以来の大騒動になっているとか。
いつからタレントになった。
疑問に思っていると、クロが店に張られたポスターを指している。
なんと、広告のモデルになっていた。
出発する時に整形したのだ。
帰ったばかりでこの様なポスターになれる筈はない。
どうやったらこんな芸当ができるのか、即効ハリネズミに電話をしてみたらば、ポスターは久蔵が描いた絵であった。
どうせ生きて帰りはせんだろうと、二人で釜……いや女子部隊を勝手にタレントに仕立て上げ、店の宣伝用ポスターに使っていた。
当然だが、肖像権料など払っておらん。
「あーら、私達ってネクストトップモデルよ。見て見て」
「いつ撮ったのかしらこの写真。服着てるし、ポーズもとってるわん」
「綺麗ねー。自分でうっとりしちゃうわああっあーん」
感想はそれぞれである。
リーダー格の元剛の者がハリネズミを呼び付けたが、この場に彼女達の姿を無断使用した張本人がやって来たらどうなるか。
御先真っ暗の予測しかたたないのは誰も同じで、絶対にそこには行かないときっぱり断られた。
そればかりかハリネズミは、アクエネが遠ざかって行ったのもあって災害が落ち着き始めているから。
ここで一気に、この地域が安全で豊かな所だと宣伝していた。
女子部隊が海岸を水着で走り回っている映像を捏造し、地域活性化キャンペーンを始めていたのである。
病院が地上にないから、その点では不便だが、健康な者にとっては避難所周辺よりも過ごしやすい環境が整えられている。
地下から上がってきた者達が農地を整備し、漁港や船も希望者に貸し出す方法を取っている。
職を求める者と食糧を求める者。
出入が頻繁になって来ているのは、ハリネズミの功績と言えなくもない。
暫く診療所近辺が寂しかった。
徐々に元気な者達が戻って来ているのは喜ばしい事だ。
ただし、新規の入植者に解放されたのは磯神様を中心にした半径二十キロ。
地上範囲内だけで、海は解放されていないし、地下都市は相変わらず入居者を募っておらん。
このエリアに千葉市は入っていないが、成田空港は入っている。
陸路があちこちで寸断されたままになっている現状では、ここで収獲された食糧の輸送には空港が欠かせないのである。
災害が起こって直ぐから解放された避難シェルターは、直径四十キロの外周に沿うように作られている。
災害のずっと以前から、これらの施設が作られていた。
この様に配置したのには、何か理由がありそうだが、説明してくれるのは知った者の中にはおらん。
吾輩が知る人間っぽい者の中で、これらの配置設計について一番知っていそうな長生きは、ハリネズミと久蔵である。
災害発生予測情報をあらかじめ手に入れていたとしても、ハリネズミの店舗買いあさりは度を越していた。
これから先どの様に人が流れて行くかまで知っていなければ、あそこまで思い切った買い物はできない。
となれば、地下施設から周囲のシェルター建設の裏事情まで、全て知っている久蔵が関わっているのは明らかである。
今後の計画まで知っているとは思えんが、どんな理由が有ってシェルターが妙な配置になっているか位は知っている筈である。
女子部隊から逃げ隠れして行方の分からん二人だったが、朱色のシーグラスが有ると宣伝して久蔵の行方を突き止めた。
何時でも容易く餌に喰らい付く貧乏神である。
今住んでいる所は明かせないが、どんぐりでなら待ち合わせてもいいと言うものだから、女子部隊は連れて行かない約束で店に行ってみた。
店には、片割れでも近付くのが息苦しい奴が、二人して人生ゲームをやっている。
正確には二人とも人間ではない。人生とは言わない。
人間並の知恵を得た猫の吾輩や、人間の形をしたクロとたいして変わらん立場である。
「ただじゃやらねえよ。負けた方が店一件進呈するんだぜ。いいかい」
久蔵が念を押すと、ハリネズミは例のごとくデカい股間をさすりながらこう言う。
「そんな事をしたのでは、せっかくの人生ゲームが俗っぽくなってしまう。賭けなどで勝負が左右されたのでは面白くない。欲得を超越した運だけに総てを任せてやるのが、人生ゲームの醍醐味ってものなのだよ。だーよ」
「また来やがったね。えげつない商売ばっかりに手出しやがって、ゲームの前にテメエの人生が博打のまんまじゃねえかよ。今更賭けたんじゃつまらねえってのは、どう言った理屈だよ」
「無我の境地さ」
「じゃあ、その境地ってのを賭けねえか」
「……君と賭け事はやらないよ」
吾輩は学も経験も狭いから、人生ゲームというものはやった事がないのだが、考えれば考えるほど妙に出来ている。
すごろくにしておけばいいものを、さも人生がルーレットの出目一つで変わってしまうかの如き設定である。
そうしておいて成金だとか、貧乏が浸み込んで死んだとか、終いには本物の人生まで賭けて騒いでいる。
人間の運命がゲームで予知できるものならば、ここでは逆に進んだ方が成功するからと、超簡単に将来設計ができるのに、実際の人生はというと一寸先も見えない。
したがって極端に勇気のない者は、ちょっとのリスクに怯えて何もできないままに一生を終えてしまう。
不細工だからと、それだけで己が他の者より劣っていると決めつけて、人様との間に壁を作ってしまう者までいる。
人間は富んで更に物欲の底なし沼に足を取られ、貧して他人の裕福を恨めしく思う。
どんな時でも呑気に構え、幸も不幸も一色淡にしても平気な二人には縁のない世界感であるが、生身の人間はこの様なゲームをしていていかが感じるものなのか。
所詮吾輩とて猫であるから皆目見当もつかん御遊びである。
吾輩を待つ間の暇つぶしにと引っ張り出したゲームであろうが、今日に限ってどういった了見から始めたものか。
この時期にあってもどんぐりは、以前客として来たまま調理場に住み付いた仮店長が、占拠したまま繁盛しまくっておる。
そんな中で両人の店一軒賭けた人生ゲームが始まると、店内に一種独特の雰囲気が流れてきた。
最初のうちはニコヤカに賭けなどしないだの、ラーメン屋はどうだ自分はどんぐりの他にも居酒屋を持っているからとやっていた。
それが、根っから酒好きハリネズミが、居酒屋とラーメン屋の賭けに乘ったから気合の入れ方が違って来た。
強力ではないにしろ、二人共に能力者である。
ルーレットを回す度、互いのスペックを駆使して目的の数字を出そうとする。
皆が見ているというのに、ルーレットの回転が途中から逆になったりしている。
暫く遠目に見ていた客が、異常な版の動きに気付いて近くで見物するようになる。
そうなってくると、元から目立ちたがり屋の二人だから能力の出し惜しみをしたり隠したりはしない。
今までなかった【強盗が時効になって大金を使えるようになった】だの【ドザエモンが持っていた密輸ダイヤを拾って高く売れた】などの項目が一瞬で増えたりする。
普段はいかに呑気でも、いかに能力が拮抗していても、傍から見ていて非常識な眺めになるのが当り前である。
「久蔵君、君のは乱暴だよ。そんな所に死刑判決を受けて脱走なんてのはなかったろう」
既にルーレットの動きを細工する程度では勝敗が永遠につかないと悟った二人がやったのは、人生の転機を能力で足したり書き変えたりする事だった。
「だったら、この無差別殺人鬼に狙撃されて死亡ってのはどうなんだよ。てめえが勝手に増やしたんじゃねえのか」
「君は、さっきから六回ばかり時間を停めて消しゴムを買いに行ったよね」
「つまんねえ所で洞察力の強ええ男だな、消しゴム買ったからって消える物じゃねえだろ。買って何処が悪いってんだよ」
「しかし、この兵士を殺さなければ、僕の方は少し負けに近くなりそうだから……」
ハリネズミの駒は、ぎっしり並んだ消しゴム兵士で進路を塞がれている。
「おまえは最初から負けても構わねえほど店持ってるじゃねいか」
「僕は負けても構わないが、君に取られたらラーメン屋の従業員が可哀想だ」
「とんだ極道だな。相変らず義理人情の世界に浸ってるのかよ」
「極道じゃない、起業家だよ。君の方がヤクザだ」
「はっ! 足洗って随分だと、ヤクザに【元】もつかねえ御偉い社長様ってところかよ。精々徳を積んで極楽にいけますようにって御願いでもしとくこったなー。そんな事したって、どうせおまえの悪事を日記につけるのが趣味って奴が死神やってんだ、地獄行きは間違いねえよ」
「どんな悪人だって、死ぬ時は善人に変わるものさ。どうしても地獄へ行ってくれと言うのなら、その時はいさぎよくあきらめるさ」
「へっ、御愁傷様」
話乍らルーレットを回し、ハリネズミの駒が進んだ先は、借金地獄につき返済完了まで二回休みとなっている。
さっきまでなかったのに、エゲツナイ勝負である。
店の奥で始めた二人の大博打、ギャラリーまで勝負の動きに一喜一憂している。
カウンターでは元客の仮店長が、次のルーレットで二人が何コマ進むかトトカルチョの胴元になって一稼ぎ始めた。 完全に店内は闇カジノになっておる。
気を利かせてテーブルに乗り、二人の反則をジャッジする吾輩を邪魔者扱いするとは、何を目的として店に来たのかさえ蔑ろに咲き誇る強欲の花。
「おい、いい加減にしろ‼ どうせ有っても無くても適当にほったらかしの店じゃろ。互いに交換して、暫く遊んでみればよかろう」
「ウルセエな猫。てめえが何か聞きてえっつうからわざわざ出張って来てやったんだ。大人しく待ってろ。チョッと一捻りしてラーメン屋をこいつから取り上げてやるから」
よそ見をしながらルーレットを回したものだから、久蔵の駒は冤罪で死刑執行のマスに停まって、そこから先の見通しが立たなくなった。
「考えて見れば猫の言う事にも一理あるなー。よう、どうだいハリネズミ。ラーメン屋と居酒屋の権利を半年ばかり交換してみるってのは」
「一年なら考えてやってもいい」
あっさり一年の交換契約が成立した。
勿論、文章にするでもない口約束だが、そこは根っから裏社会に住む人間。
言った言わないになると、命のやり取りになるので破ったりはせん。
だが・しかし・BUT、こいつ等は見かけよりも歳よりだから忘れっぽい。
変なトラブルに巻き込まれたくない。
元客の仮店長に証人になってもらい、証書を残してやった。
残したとは言え、こいつ等の妖力をもってすれば内容を書き変える事も不可能ではない。
意味が有る様な無い様な。
「博打が終わったなら吾輩の問いに答えよ」
「あー、何だったっけかな猫」
「そう、どんな疑問にも答えてやるよ。答えてあげるがだ、久蔵には朱色のシーグラスをあげて、僕には何もないというのはどういった贔屓なのかな。そこら辺りをまず最初に答えてもらいたいね。猫」
「猫猫言うな。どうせハリネズミは、シェルターの配置がどういった理由で磯神を中心にして半径二十キロより外に作られているか知らんじゃろう。だから御前は呼ばなかったろ」
「それもそうだな、まあいいか。明日から居酒屋に入り浸りでいられる。君のお蔭だとして、知っている事は教えてあげよう」
「はっ、これまた自分だけ良い子になりやがって。俺だって海岸に転がっているガラス屑で貴重な情報を流してやろうってんだ、善良な市民だろ。早く朱色のシーグラス出せよ」
朱色のシーグラスの出所は卑弥呼である。
ん……遙だったか、忘れてしもた。
それはそれで良いとしても、何を聞き出す為の餌であったか、それも忘れた。
人間並の知識を得たのはいいが、最近は物忘れが酷くていかん。
人間の頭に入れるならば、利用率一割程度の脳で足りる記憶回路でも、猫に換算すると異常に多いのだよ。
余計な情報は直ぐに消さなければ脳が持たない。
かといって、必要な情報まで消してしまうのは、この進化最大の欠点である。
なんとかならないか朱莉ちゃんに御願いしようと思っているのに、御願いするのを忘れている。
「実はよ、四百年ばかり前に色々とあってな、地下施設っつうか」
久蔵が話始めると、テレビの臨時ニュースで千葉県全域に避難命令が出された。
店に居た者は全員テレビにくぎづけである。
「俺の、俺の話を聞けー」
どれ程重要な話でも、今直ぐ県外に避難しなければ重大な災害に巻き込まれるとの報道には太刀打ちできない。
するとハリネズミが一言発する。
「そんなに慌てて逃げる事はないよ」
ハリネズミは例の如く、落ち着き払って店の者達を制する。
「そんなにって、誰も慌ててはいないぞ。ニュースを見ているだけじゃ」
「それもそうだなー。だからニュースを流した程度じゃここの連中は動かないって言ったんだ」
「ん、今のは独り言じゃろうが、妙な辻褄に聞こえるのは吾輩だけか?」
「ハーリネーズミ! 余計な事言ってんじゃねえよ」
「いいじゃないか、君だって『俺の話を聞けー』って言ってたろ。全部ばらす気満々だったじゃないか」
「物事には順序てのがあるだろ。おめえが全部語ったら話が終わっちまう。俺の出番がなくなっちまうだろよ」
「今更君が出てきたって、何も変わりはしないよ。それより、どうすればいいか皆に説明してやったらどうだい。話したくてうずうずしているのだろ」
「ああ、話したいね。この日の為に何百年待ったと思ってんだよ」
久蔵が大真面目な顔で立ち上がる。
「おめえら良く聞けよ。避難命令は出たがーだ、居残りたけりゃずっとここに住み付いてもかまわねえ。だがな、もうじきこの地域一帯は、地球のどの地域よりも孤立した状態になるのだけは覚悟しておけー。それが出来ねえんなら、早いところ荷造りして県外へ逃げるこった。この日の為に、千葉からの避難民受け入れ態勢は万全になってる筈だ。もっとも、こんな御時世だからー、どの程度の万全かは分からねえがな。特に、県外に親兄弟や親しい者がいる奴は出て行った方がいいかもな。一生会えなくなるぜ」
「概ねこういった状況なのだよ。これ以上はトップシークレットと言う奴で、その日に成って見なければ分からないのだがね。君達は選ばれた者ではあるが、選択の自由も与えられている。去るも残るも好きにしていい避難命令だとだけは教えてあげるよ。ここで知り合ったのも何かの縁だからね。ただし、残った時の命の保証はないよ。何処へ行っても保証できない命が現状だから、たいして変わりはしないのだがね。どうするかね。どうせ事前通知を受けていた者が、ここと同じ様に他の連中にも説明している頃だし、避難所の情報も持っている。僕は一番近い施設や住環境についても教えられるよ」
ハリネズミが久蔵の後から付け加えて話すと、事は一層真実味をおびて来る。
「おい、俺がいい気分で話してるのに、それよりもっと良い事言うなよ。事前に連絡が有ったって、俺は聞いてねえぞ、何で御前ん所にばかり連絡入ってんの」
「知らないよそんな事。ここで僕がやらなければならないのは、避難したい人に適当な避難場所を教えてあげる事だってだけの連絡だったしね」
久蔵ばかりがシェルターどうのこうのの詳細を知っているのかと思っていたが、数百年関わっていても知らされない事があるらしい。
一人に総ての機密事項を伝えるのではなく、時と場合に合わせて伝達する相手を決めているようだ。
中心にいるのは何者なのか全く不明だが、ここまできたらそんな事はどうでもよい。
「して、吾輩は何処へ避難すればいいのかの」まずは我が身の安全確保が先決である。
「君は避難できない。だって二本足で歩いてしゃべくり倒す猫がウロウロしていたら世の中危なっかしいだろ。だから千葉県から出たらいけない猫に指定されているのだよ。クロ君にもこの事は伝わっている筈だ。第一にだ、君達が外に出る理由があるのかい」
「だってー、避難命令が出ているから、何か災害でも起きるのであろう。出て行く理由は命が惜しいだけで十分であろう」
「残ったからって直ぐに死にはしないよ」
「しかしのー、御前は先程命の保証はしないと言うておったろう。なっ、皆も聞いたよな」
店にいる者は久蔵も含めおおいに賛同してくれておる。
「確かに命の保証はしないと言ったがね、危険が有って保証できないんじゃないんだ。寿命の問題さ。これを話すと長くなるから飛ばしていいかな。それでだ」
飛ばしていいかなと聞くふりしておいて、勝手に話を進めている。
都合が悪くなると相手の言う事を聞かなくなるのは、玄武といい久蔵といいハリネズミも同じである。
年寄りの特権とでも思っているのか。困ったものだ。
「もうすぐ地下に作られたシェルターが一般開放される予定になっているのだよ。そこに避難してもいいけど、さっき言った様に、完全に世界から孤立するから御薦めできる施設ではないのだよ。だーよ」
「だったら、どこへ避難すればいいんですか? 折角作った料理も持って行きたいし、調理道具だって食材だってまだ使えるのが沢山あるから運ぶのが大変なんだな」
元客の仮店長が、避難先で喫茶店を始める気で質問する。
「てめえ、店ごとそっくりくれてやった覚えはねえぞ、作った飯は持って行っても良いが、その他の物を一欠片でも持ち出しやがったら、地の果てまでも追いかけて行って地獄の窯で煮込みにするぞ」
久蔵の気持ちも分からんでもないが、今まで適当にやってきた店の一軒ばかり、真面目な元客・仮店長にくれてやってもよさそうだ。
しかしながら真面目な者で、言われたまま従って作った飯の荷造りを始める。
同席した者で出て行く気の者が手伝い始めると、仮店長が冷蔵庫からありったけの食材を引っ張り出し、調理を始める。
一人で十人分の働きをしているであろう、料理を作り出す早さは神業である。
「作った飯って……言ったけどよー。店の食材全部調理するかなー」
「諦めたまえ、普段の君は素行が悪過ぎる。仁徳のなさが人民をこの様な行為に走らせているのだよ」
ハリネズミは我関せずといった風で呑気に構えている。
ここへ電話がかかって来る。
ハリネズミの持っている店の従業員が、店の備品から食材から一切合財車に詰め込んだ後、速やかに避難して行ったという連絡だ。
一軒二軒ではない、持っていた店の総てで起っている現象である。
久蔵とハリネズミが経営する店に限らず、千葉のいたる所で、この様なパニックが引き起こされるのが目に見えている。
ところが、この事態に至ってもハリネズミは動じない。
「大丈夫だよ。県外には手荷物一つしか持ち出せない様なっているのだよ。厳重な検問が既に張られている筈だから、運び損になるよ。作ったら、全部食べ終えてから出て行く事だね。全県民が避難するまで、一ヶ月の猶予期間が設けられているから、本当に慌てる事ないよ。早ければ早い程遠くへ避難誘導されるからね。世紀の大イベントを見逃したくなかったら、最期の最期に避難する方がいいよ」
「遠くへ避難した方がいいのではないか?」
「さっきから言ってるよね。災害に対しての避難命令ではないって」
「戦争でも始まるのか、核が落ちて来るのか」
「そんな心配もないさ。久蔵君が言った様に、何百年も前から計画されていた事を実行するだけさ。危険は殆どないけど、間違って何十いや何百人かは死んじゃうかもね」
人間は犬猫の命を軽んじても、同族である人の生命には慎重な生物だとばかり思っていた。
元々ハリネズミは人間でも妖怪でもない半妖だから、十人百人は数の内でないといった言い草である。
手荷物一つで逃げろとの指示であれば、食える物は食って行くしかない。
一ヶ月の猶予期間に、最も良い環境の避難場所を探して行くのが良策だろう。
居合わせた者達が落ち着きを取り戻してきた。
「飲食いしながら、じっくり今回の避難命令について説明してあげるよ」
ハリネズミの提案も有って店の中は一段落したが、他ではどの様になっているのか気掛かりである。
「俺が知っているのはよ。この近辺じゃ、さっき解放されたシェルター以外は使い物にならなくなるって事だがよ。ハリネズミは何を知ってんだよ」
「久蔵君が言った事の他に僕が聞いたのは、現時点で地上生活している人達が地下都市へ入るには、超厳しい試験だか面接が有って、滅多な事では入れないって事かな。勿論、既に入居が決まっている人は別だよ。何代にもわたって住んで来た街を追い出されるって事はないよ」
「だがよ、千葉全域から住民を追い出すってのは聞いてなかったぜ」
「うん、それには僕も少々驚いているのだがね。朱莉ちゃんが現れてから随分と計画の全容が変わって来たみたいだね。色々と発明してくれたから」
「その朱莉ちゃんだってよ、憑りつかれてるから発明が出来てるって話じゃねえか」
「いや、ちょっと違うね。獲り付けたから発明できていると言った方が正しいのだよ。分かるかな」
こやつ等の会話にはついて行けん。
まったく我等と関係ないところを語られても面白くないので、ちょいと二人を引っ掻いてやった。
「あっ、そうだったね。避難の話ね。ここまでくると出て行くか残るかだけど、君達は多分地下都市のシェルターには入れないから、素直に地上で県外に避難する事を考えた方が無難だよ」
ハリネズミがやけに偉ぶって指導体制である。何時から大将になった。
「何百年も前からの計画とか言ってますが、そんなに古い計画がこの非常時に役立つんですか、江戸時代ですよ」
元客の仮店長が真っ当な質問をする。
すべからく他の者も同じに思っているから、ウンウンとうなづき倒す。
二人が化け物妖怪の類だと知らないもので、数百年前から関わっていたなどとは思っていない。
今更知られたからとて、どうでも良い様な化け物の正体だが、少しばかりは隠しておきたいとの心理が働いているようだ。
関わりの所を知られない様に説明するので考え込んでいる。
こんな所でオットリするんじゃない。
さっきまで人生ゲームで披露していたスペックの嵐を思い起こしてみろ。
ここにいる奴等は、御前ら程度の化け物では驚かん。
「災害の予想情報が流れとろうが、あれが数百年前から今日まで準備できた基本的な資料じゃい。二足歩行で話す猫を見ている御前等ならば、現代科学がこれまでの常識以上に進歩している事が分かるであろう。さっきから平気に吾輩の存在を認めておるが、此の地域だけだぞ。猫が話して気絶しない人間が住んでいるのは」ちょっとだけ演説こいてやった。
とりあえずこうしてやれば、二人が化け物だとカミングアウトしても、客が一気に引いて正しい避難方法を教えられない事態にはならんと思う。
すると、今回避難指示について詳しく知らされていなかった久蔵が吾輩を睨み付けた。
「猫ー、御前何か隠してないか? 朱色のシーグラスを餌に俺を呼び出しておいて、今話しているシェルターがどうだの事で聞きたいって言ってたよな。俺達なんか比べ物に成らねえほど進化してるよな……おまえ。何で猫が重大施設への出入り自由になってんだよ」とんだ藪蛇である。
おしなべて、人間は危機的状況に陥ると疑い深くなるものである。それは妖怪化け物でも同じと見える。
「それを言うならハリネズミの方が変じゃろ。半妖がなして人間の極秘事業の片棒担いでおる。御前だってそうじゃ。何千年前から生きてるか自分の正体も分からん化け物が、どうしてシェルター建設に四百年も前から関わっておる。何か裏があるのではないか」
「いっやー、それ言うかな、そこまで言うかな。酷くねえ。なー、ハリネズミ。何とか言ってやれよ」
「いや、猫の言うのも分からなくもない。どうして我らがこの計画に参加しているかは追々教えてやるが、猫、君が余計な事を言うものだから、客がビビリチビリブーしている。何とかしてくれないかな。僕から言っても聞いてくれそうにない」
「御前等の様に人間の形をした化け物が言って聞かない者に、猫の形をした生物の説得が通用すると思うか。タワケ」
困った事に、ここにいる客は自分以外の誰も信じられなくなっている。
「よかろう。どうせこの地から去って行く者達ばかりである。一時の夢うつつ・幻・悪夢・幻覚・錯覚と記憶してもらうしかあるまい。放置しておけば、そのうち適当に散らばって掃けるであろう」
「猫、てめえは本当に人間に対して冷たいね。どこでそんな性格になった」
「親に捨てられ人間に散々甚振られて育てば、どんな猫でもこうなるわい」
「まだまだ経験が足りないようだね。君にはやはり千葉に残ってもらって、あと二百年ばかり修行してもらいたい所だね」
勝手に吾輩を化け猫にして話を進めるんじゃない。
「まだ話が片付いていないであろう。ビビってはいるが聞く耳を持たん風には見えんぞ、とりあえず真面な人間には話してやって良い事を教えてやったらどうだ」
「それもそうだね。では、久蔵君は頭が古過ぎて執行部からエンガチョされているみたいだから、最新情報を僕から君達に伝えるよ。信じる信じないは別として、これから避難する時の参考にするといい」
こう前置きすると、ハリネズミが例の講談調にスラスラ避難方法や施設の場所等を居合わせた客に説明する。
その間、久蔵に外はどうなっているのか聞けば、他でも同じ様に小さなグループに分かれ、事情を知った者が説明会をやっているとの事である。
「どうやったって民族の大移動だからよ。片付かない所が何か所か出て来るのは仕方ねえんだが、それも後々出て行ってもらう方向で計画が進んでいるんだよ。結局、決行は二ヵ月ばかり先になるだろうな」
「決行? 何を始めるのだ」
「それは言えねえっつうか、当初の計画と違うみてえだからなー、こうなってくると俺も何とも言えねえな」
「ハリネズミなら知っているかの」
「あいつだって所詮は使い走りだ、全部は知っちゃいねえよ。聞くだけ無駄ってもんだ」
「では誰に聞けばいい」
「知るかよ。ヤブに聞いてみろよ」
「ヤブ? あのトウヘンボクに聞けってか」
「ああ、あいつに憑りついている奴が随分と詳しいぜ」
「憑りついているのは疫病神じゃろうが」
「そうじゃねえよ。御前がパックとか呼んでる奴だよ」
「パックはヤブよりもデレ助のオタンコナスだぞ」
「だと思うだろー。俺も最近知ったんだがよ、あいつは随分と前から磯家と山武家に憑りついていてな、色々と仕出かしている張本人だ。俺よりずっと前から生物ってのやってるから、地球の始まりまで知ってる勢いだぜ」
「でも奴は、そんな事御首にも出さんで盆暗をしている。そなんのがこの世をどうこう出来る筈がなかろう」
「と思うだろ。あいつ一匹ならそうだがよ、何だか大勢いるらしいぜあんなのが」
「そう言えば、御告げと出てきた時には誰かに言われて出てきたとかしておったの。誰かは知らん様子だったが……」
吾輩は、パックがエネさんの中の一個体であるのは知っている。
随分と昔に、チラッとそんな話が出て来ていた。
久蔵も、自分を作ってくれた者なのだから、産れた時から知っていなければ辻褄が合わない。
お互いけん制し騙し合いになっているようで、本当の事が読めん。
ここは直球流の質問をするしかなかろう。
「エネさんではなかろうかと言う事以外は、とんと見当がつかんのだが、パックは何者じゃ」
「やっぱりおめえは猫だね。そこまで分かってるのに見当もつかないのかい。俺を作ったエネさん達の頂点つうか、親方みてえのがいるんだよ。どこかに」
「会った事があるのか。おぬしはエネさん達の伝達係だから会った事があるだろう。パックが親玉なのか?」
「どいつが親分かなんて知らねえよ。会ったって私が親方ですなんて言う訳ねえだろ」
「んー、それもそうだの。結局誰がこの計画の首謀者かは分からんのか」
「分からねえな。いいじゃねえかよ、俺達はそれなりに生きてくしかねえんだから」
解釈次第で人は幸せになれるというが、久蔵はどこへ行っても、いつの時代でも幸せであろう人間。いや、化け物である。羨ましい。
「という訳だから、それでも残りたいというのなら僕が審査して推薦という形になるけど、残る人はいますか」
ハリネズミが一通りの説明を終え、残る者と避難する者を仕分けておる。
災害に関わる避難命令でないにしても、避難しろと言うからには、危険が一杯状態に成るのは分かりきった事である。
「地域が破壊されて壊滅するのなら別ですが、このままの状態で残るなら僕にはこの店が総てだから動く訳にはいきません。残ります」元客仮店長が居残り宣言をする。
「だーかーらー、てめえにくれてやった心算はねえって言ってるだろ」久蔵が店の引き渡しを拒否する。
「久蔵君も居残りと判断していいのかね、この場合」
ハリネズミが居残り組の欄に久蔵の名を書き込む。
「よう、何処に居残る事になるんだ?」
久蔵がこれまた訳の分からん質問をする。
「それは僕も知らないよ。時の運てやつじゃないのかな」
「それじゃあ困るんだよな。磯家に仕えている身としてはよ、俺が決められる身の振りじゃねえんだよ」
現代社会にすっかり馴染んでいるようだが、いつになっても久蔵は磯家の従者でいたい様である。
長い夜が明け、居残りを決めたのは元客店長代理と久蔵だけであった。
他の者はハリネズミに教わったとおり暫く街で過し、貴重な自分の手荷物一つと一緒に、県外のシェルターへ散って行く事となった。
地下都市が一般開放されると、避難命令の事情を知り慌てて避難しなかった者が、地下都市の様子を見てから避難しても遅くはないと集まってきた。
臨時の見学会が開かれるとの情報が飛び交って居る。
朝から診療所周辺は観光客で大賑わいである。
それでなくとも地下都市への入所希望者が多く、村に点在する審査面接会場と指定された神社の動きが、祭の時以上に忙しない。
普段は施設でまったりしている爺婆が現役復帰して、巫女になったり神主になったりしている。
社が倒壊して倒れた柱からペンペン草が生えて、今まで神主などいないと思われていた所にまで受け付けが設置されている。
俄作りの神守達が昔の記憶を呼び覚まし、面接の受け付け記名が終わった順に祝詞をあげている。
何か意味でもあるのか。まったく関係ない便乗商法にしか思えん。
審査費用の三千円に加え、一人千円からの祈祷料は誰の懐に入るものやら。
どうせここらの神社を支配しているのは卑弥呼である。
あいつに幾らかの上納があるのは明白で、この事態になってまで銭にこだわるあたり、流石に由緒正しき神に仕える詐欺師一族の末柄である。
千葉県内にだけ発令された避難命令の結果として、地下都市を取り囲み設置されたシェルター周辺コロニーから、移住希望者が集められている。
世界規模の災害が発生し、暴動や内戦を経て不安定な国際情勢になる以前、最初のきっかけともいえる災害の発生がこの村であった。
それからあっという間にすべての状況が悪化して、県民の大半は安全とされていた県外地域に避難した。
今、県内に残っているのは、元々地下都市建設に関わっていた者である。
他には、反政府組織メンバーとして活動していた者が、ペロン星人の収容施設で改心して、県内地域の再生に残った者となる。
あちこち逃げ回るのが面倒だといった理由であったり、代々住んでいるからどうしてもこの地を離れたくないなどと、思い入れの強い者も多く残っている。
世界中どこへ行っても同じだからと、あえて最近になつて千葉に移住して来た者までいる。
そのような者にとっては、踏んだり蹴ったりの避難命令である。
久しぶりに人口が激増したのをいい事に、有朋組の連中が屋台を並べて商売をしている。
「五つ買うってったってよう、銭が足りねえって言ってんだよ。まけて二つなら売れるよ」
「だって、これって駅前のハンバーガー屋で売ってるそのままでしょう。三倍値ってあんまりじゃない」
「だったら駅まで行って買ってくりゃいいだろ。無理に買ってくれなんて頼んでないよ。運び代の上乗せなら山小屋でだってやってるべ」
「いやいや、駅からここまで四キロしかないし、まっ平でしょう」
順番待ち列の客相手に、相変わらずあこぎな商売である。
駅前のハンバーガー屋ならば、当然ハリネズミが関わっているだろうと眺めていたら、店のスクーターで有朋組の連中に商品を配達している。




