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34 地下都市最下層

 逃げ隠れバタバタやっていても、そこは根っからの医者で自分の巣を心得ている。結局、病院へほと戻ってきた。

 応急処置を済ませると、南部と遙は病院脇の蛸壺に退避する。

 ヤブから隊長が会いたがっていると知らされて南部は困った風である。

「隊長ってどこの戦争の時の隊長だ」

「戦死しなかった誰かよ」遙はそんな事どうでもいいだろうと呆れている。

「生き残りはいないはずだけどなー」恐ろしい経歴の持ち主である。


 治療テントに、昭和会の爺婆が招待したマスティマ・ベリアル・ベルゼブブ・アザゼルがやってきた。

 堕天使のくせに治癒能力があるとか。

 回復役として呼ばれていたのである。

 地上には天界から追放された者が他にもいて、現場には大勢が手伝いに来ていた。

 医療テントからスタッフ用に用意されたロケ弁を、人数分と言いながら大量に持ち出している。

 本当にそんなに来ているのか、適当にその辺で叩き売るつもりではなかだろうな。

 前があるだけにチョイと気にかかる。

 追放された者達は、歓迎される天使となっているというのに。

 今更来てくれなくてもいいが、追放した側は何をやっているのだろうか。

 初めから当てにしていない連中だからどうでもいいがの。


 戦場を走って来たので、ヤブの白衣はボロボロである。 

 戦闘経験豊富な南部と遙も治療に参加する。

「来てくれたー。ありがたいねー。久ぶりだねー。心の無い天使達ー」

 ヤブが男性の堕天使代表をよけて、女性にハグした。

「元は私達の力不足から起ってしまった事、できるだけの協力はさせていただきます」

「いやー、本当に助かります」ヤブは無条件に喜んでいる。 懐がでかいのかただの御人好しか、天のみぞ知るである。 あー……この場合は天も知らないかも。


 あちこちで手術が行われている。

 あおいが難病で多臓器不全だった子供の頃、震災で脳死状態になった母から臓器移植を受けた事を思い出したのか、ボーとしている。

「先生こんな場面……」ボソッとあおいがヤブに問い掛ける。

「君の記憶は確かだねー」

「臓器密売」

「違うでしょー。君の移植手術でしょうにー」

「麻酔きいてましたから」

「僕が執刀したのよ。大変だったんだから、これより酷かったよね、あの時は、たぶんそうだったと聞いたから」 

 手術が終わって痛みを訴える患者に、堕天使が痛み止めの治療をしている姿を見ながらヤブが言う。

「あの人達みたいな能力者はね、ずっと昔から世界中に住んでいたんだよねー」

「先生もそうなんですか」

 自身も能力者であるあおいがヤブに聞く。

「僕はただの医者だよ。特別な能力なんてないよー」

「でも、天才って言われていましたよね」

「運がよかっただけだよ、天才なんていないよ。失敗もするし、んー、しょっちゅうね……悪魔に取り付かれなかったから患者を治せた、それだけだよー」


 異星人からの攻撃が収まり、夜になってから焚き火の前でヤブと遙がコーヒータイムをしている。

「さっきさ、ペロン星人の一人に聞いたんだけどー、この異変てさー、君の実験で起きた異変じゃないみたいよー」  

 自分の実験が異変を招いているのではないかと気にしている遙かに、ヤブがよろしかろう情報を流す。

「どう言う事ですか」

「彼らとは別のタイプの異星人がさ、やってるらしいよ。長ーい地球生活でストレスたまっちゃったんじゃないのー」

「そんなー、勝手過ぎませんか、それって。」

「勝手って言ってもねー。基本的に生物ってさー、勝手だからみんな。君の実験で奴等の計画より異常現象の規模が、かーなり縮小してるみたいよー」

「そういう問題じゃなくて、被害を最小限に食い止める必要があるんじゃないですか。私に心当たりがありますから、相談してみます」

「あの地球防衛軍みたいのー、頼りないなー。僕なんかもう手配しちゃってるもんねー。まあ枯れ木も山の賑わいってさー、そっちはそっちでやってみればー」

 この事態を打開する作があるのだろうか。

 あったにしても、今表れているタコに効くと言うだけの事である。

 姿形があるならば駆逐のしようも有るが、形のないエネさんの様な異星人に効く攻撃など思い浮かばん。

 それより、どうしてこのタコが現れたのかの方が問題である。


 戦闘も小康状態である。

 こんな時に爺婆はどうしているのか、情報では被害はないとの事であったが、まったく気にならんのではない。 

 ちょいと様子をうかがうついでに、飯でも食わせてもらおうと出かけてみる。

 ホームの臨時会議室には【知的地球外生命体による地球人家畜化計画阻止作戦本部】と戒名が下がっている。

 爺婆は、アクエネが金属採掘の労力として地球人を使う為、下請けを使って予め地球人を奴隷化しておく計画が、今回の攻撃と見ている。

 しっくりこないが、世の中なんてそんなものだ、細かい事は気にせん方が長生きの為にはよろしい。


 村人が互いに協力しあって地球外知的生命体の陰謀から世界を救う為の作戦会議としているが、内容は有るようなないような。

 吾輩は出せされた飯を食いながら聞き流していただけで良く覚えておらんが、概ねこんな会話であった。


「作戦としては、まずここできゃつらをやっつけると」

「いいやここで奴らをぶちのめす」

「同じ事だろ」

「要はここで奴らを叩きのめせばいいんだろ」

「だから、同じだって」

「ところで、誰の依頼、基本的に私等中立だから」

「ヤブ先生だってば、何度も言ってるがね。だから断れないんだろが、このボケナス」

「ボケナスはナスに失礼じゃろ」

 あー、本格的なのは放っておいて、腹もふくれたので再び戦場に戻るとした。


 地域一帯が、対異星人との最前線になっている。

 何処へ行ってもレーザーが飛び交い、上空から見ていると野外ロックコンサートの様である。

 不可視化して低空飛行していると、異星人を捕らえた部隊員が対処に困っている。

「殺すなよ、まだ必要なんだから」

 別の隊員が止めているが、タコの足がチョロチョロ絡まって来るから、捕まえた隊員は銃でタコの足を打っている。

「約束は出来ないねー」

 ちよっと先では、遙と南部が隠れている蛸壺の前を、北山と黒岩が通りかかる。

 おーいと声をかけたら、狭い蛸壺に二人が飛び込んで来た。

 見えてはいないが、吾輩の飛行艇は皆に押し潰されている。


 遙が「行っけー、元テロリスト。こんな所に燻っていても問題は解決しない」南部をけしかける。

「元付けるな、テロリストじゃねえよ。自由の戦士だ」

 南部が応戦するものの、蛸壺から出て行く気配はない。

 そこへ、自衛官がキョロキョロと蛸壺前までほふく前進して来る。

「卑弥呼さん知りませんか。卑弥呼さん見かけませんでしたかー」

「知らねえよ」当然、吾輩も知らん。

 すると自衛官は、ほふく前進で去って行った。

「卑弥呼さーん。卑弥呼さーん、どこですかー」

 何のために卑弥呼を探しいてるのか、戦場は何処も混乱の中にあるものだが、ここではそれが際立っている。


 夜の戦闘が始まって三時間ばかりすると、事態が落ち着いてきた。

 何が起きたのか、未だに誰も分からない。

 したがって、ちっこくて敵に発見され難い吾輩が偵察に出る。


 静まり返った戦場の真ん中で、悪しき地球外知的生命体を一人で制圧する物がいる。

 看護師薬剤師三姉妹の一人メイサである。

「石にしたろかビーム」

 メイサがこう叫びながら辺りをにらむと、見る物総てが石になっていく。

 異星人の石像を、石材屋がリヤカーに乗せてはせっせと運んでいる。

 相思相愛の人と一緒になったと言っていたが、最近は上手くいってないとの噂もあった。

 この光景を見る限り、家庭は円満である。それにしても……メイサ怖い。

 ヤブが頼んだ者とはメイサであったか、これならば爺婆の考えなど必要ない。

 休んでいた方が脳の為にいいぞと知らせに飛んでやる。


 ホームに着くと、みんなでテレビを見ている。

 逃げていたアナウンサーが帰って来て、何時もの放送になっている。

 どの爺婆も勢力予想ダービーなる番組にクギヅケである。

 まだテレビ画像のあちらこちらに、自由の戦士スタイルのスタッフが残っているが、いたって平和的にニコヤカな番組放送となっている。

「はいはいはい、帰ってまいりました【今日も元気に天国へ】でお馴染み、超高速道路協会提供【ハイウェイトゥヘブン・村を制するのは誰だ】始まりましたよー。大本命の知的地球外生命体同盟がこけちゃってねー。大変な事になってますけど。片田舎村征服レース。先が見えなくなってまいりましたー」

 久蔵の店に屯していた三つ子が掛け金を集めている。

 地球の一大事を賭け事の対象にするとは、ブックメーカーよりも逞しい博徒魂である。

 これはもう吾輩がどうこう言える段階ではない。一つ張ってみるか。



 診療所の地下に作られたシェルターから、地上への物資補給が認められた。

 昨日まで続いた異星人との戦闘で、地上の物資が不足しているのを受けての緊急放出である。

 例によって、怒ると見境がなくなるヤブが、地下施設の連中に『飢え死にほど飛散な状況はない』とわめき散らした結果である。

「私がここで一番偉い人じゃなかったのかい」珍しく権力の誇示をした。

 代表だ総代だ組長だと持ち上げるだけ持ち上げておいて、いざと言う時には蚊帳の外では納得が行かないといったところであろう。

 これまで適当な地位でやりたい放題出来ればいいからと、頑なに否定していた代表の肩書を、自分で認めて権限を行使してしまった。

 もう後には引けない、あとの祭り。


 感情を上手くコントロールできない奴だとは知っていたが、とうとうやっちゃった状態である。

 怒りに任せた発言からというもの、毎日大量の決裁データーが診療所に送られてくる。

 朱莉ちゃんが手伝ってあげなかったら、きっとヤブは最高責任者の重圧に耐えられなくて圧死している。

 それに比べて朱莉ちゃんは、研究所で長い事代表をやっているから決裁処理が堂に入っている。

 ヤブが忙しいのに付け込んで、自分が発明した銃火器の試用に関する決裁書を勝手に作っている。


 野戦病院は敵味方なく手当てしている。

 ここのところの戦闘で、政府軍は防弾装備しているので重傷者は少ない。

 これに対して反政府軍は身軽な装備である。

 担ぎ込まれる者は、ほとんどが反政府軍側の兵士である。 朱莉ちゃんは病院の悲惨な状況を目の当たりにして、銃弾を改良したのである。

 デモ隊ならばゴム弾で済むが、銃火器を持った相手には生温い。

 かといって、鉛の弾を打ち込んだのでは怪我人が増えるばかり。

 そこで考案したのが、着弾したらば強力な睡眠ガスを散布する催眠弾である。

 銃に限らず、政府軍の使う対人兵器で、この弾に対応できる銃火器総てに催眠弾の使用を推進すると、議会もヤブも通さず決定してる。

 究極の反則技ではあるが、なかなか良い処理である。

 吾輩は密かに褒めてやるぞ。喜べ。


 タコ宇宙人との戦闘が終わったからと、あおいも決済処理を手伝っている。

 彼女が今までやっていた仕事だから手慣れたもので、表示された内容を見ているのか見ていないのか。

 ヤブが一時間かかっても理解出来ない報告内容に、可・不可の判断を一瞬で下してしまう。

 超能力を使っているのかもしれん。あおいはズルをしている。


 世界中に散らばった地域再生部隊のリーダー達からは、順調にメンバーを増やしていると報告が上がって来ておる。 ペロン星人が勝手にやった事なのに事後報告が上がって来るとなると、ヤブには彼等の行動についての管理監督責任まである。

 実に面倒臭くも厄介で危険な事態になっている。

 再生部隊のメンバーは元々反政府軍のリーダー格だった者ばかりである。

 人望は厚いからペロン星人に教わった地球の危機を、丁寧に昔の仲間に伝えている。

 少しでも彼等の力になれたらいいとの思いも有って、備蓄物資の放出を無理矢理決めたが、これにはハリネズミがやった種牛肉牛君のクローン化成功や、地下施設での農園が完成した事も手伝っている。


 これまで備蓄していた物資を放出しても、これから生産する地下農園と地下工場の物資で、極秘にされている都市の住人が生活するに十分な食糧生産が可能となった。

 シェルターから放出する物資の量は大量でも、受け取り手に分配されたら個々の取り分は微々たるものだ。

 一日分の食料にも満たない。それでもないよりはよかろう。

 吾輩の所にも、この備蓄品の配給が届いた。

 家庭菜園で野菜にはそれほど不自由していないし、猫は野菜を多く必要としない。

 加えてハリネズミの店でタダ食いしている。

 特に欲しいとも思わんが試食と思ってもらった。


 冷凍庫には、元囚人達が持ってきた物資がある。

 これはサバイバル訓練で獲れた物で、何の肉だか分からない。

 今直ぐに食さなければならない程に困ってはいなかったが、皆も貰ったし消費期限も迫っていた。

 物珍しさも手伝って試食会とあいなった。

 しかし、いや-、ゲロ不味!

 一食限りで、餓死寸前の緊急事態になるまで封印する事になった。

 空腹と言う名の最高位調理人以外、この味は修正できるものではない。

 化学力を誇るペロン星人が、この上ない傑作だからと言っていた。

 ダマされたのか、あいつらの味覚が異常なのか。

 世界中に配給するのを、スタッフが嫌がっていた理由が薄っすら見えた気がする。

 いくら非常食と言っても、関わった人間の味覚センスを疑われる危険な味である。

 ありがとうの一言も打電して来ないのが失礼ではなく、攻撃して来ないのがせめてもの礼儀と吾輩は感じた。

 ヤブの作るバーベキューソースを究極の美味と称賛してしまうペロン星人に、保存食を作らせてはいけない。

 ヤブの舌は三分の一が味覚消失しているが、それでも不味くて食えないと騒いでいる。同感である。

 彼等の味覚中枢には、何等かの重大な障害が有るに違いない。


 俺が大将だと言ったのが良かったのか悪かったのか、ヤブは周りの者から今まで秘密にされていた最下部フロアに入れるようになった。

 出来れば知らずにいた方が良かったと思うのは吾輩だけであろうか。

 施設が完成したから入れるのではない。

 最下層プロジェクトで、最も重要とされたシステムを構築した朱莉ちゃんが要望したからである。

「ロボットしか入れない建築現場に知り合いは居ないよ。何処の誰が私を弄って遊ぼうとしているの? 」

 聞こえてはいけない独り言が、周囲にダダ漏れしている。 其れを聞いた朱莉ちゃん。自分を指さしている。

「この私、先生を弄って遊ぼうとしているのは、ア・カ・リ。朱莉だよ」


 朱莉ちゃんは最下層施設設計の最高責任者だったから、用事が有ると言って診療所の治療旅に同行しなかった。

 天才ばかりが集まった周辺大学の生徒の中にあって、主席卒業の実力派である。

 今後千年先まで待っても、地球には現れないであろうずば抜けた天才。

 今では周辺地域三つの大学教授を兼任しているとか……知らなかった。

 世間では奇跡を起す科学者と呼ばれている。

 まだ十代である。

 しっかりファンタジーの主役を張れる年齢なのに、目立たず脇役に徹している。

 数学年飛び級して大学を卒業し、博士号を五つも持っている。

 それ以上は面倒なので、論文を書いていないとか言っちゃって、少し鼻についてきた。


 朱莉ちゃんの主だった仕事は、施設の人体保存装置開発である。

 計画としては、施設建設当時から必要とされていた装置だが、彼女が現れるまで開発が進まないでいた。 

 あおいに連れられて、色々な施設を見ているうちに科学技術の知識を身に着けた。

 生体科学に疎いペロン星人に比べ、看護師を母親に持ち診療所で生活している彼女は、自然と人体についての知識も蓄えていた。

 機械と生体両方の科学に精通したスーパー科学者は、日常の延長線上に誕生したのである。


 釜軍団が入ったケースの前で、ヤブが立ち止まったまま動かなくなってしまった。隠しておくべきである。

 この人体保存装置、単純に極低温で冷凍するといった、マグロも人間も一緒にした乱暴な装置ではない。

 人体の生命維持に必要な代謝を、極限まで低下させる人口冬眠システムとなっている。

 加えて、黒岩がサイボーグになった時に使われた治療機能まで備えている。

 神をも恐れぬ恐ろしい機能を持った機械なのだーあよ。

 装置の維持保守専門エリアが最下層で、地下施設の総てが最下層維持と警固の為に造られている。

 最下層が稼働しない限り、上層は不要で無意味な施設である。

 上層階の警固が不十分な段階で人が住まえば、最下層の施設維持に支障をきたしかねない。

 それゆえ、いかに外界が混沌としても難民を受け入れずに来ていた。


 朱莉ちゃんは最下層建設の最高責任者という立場にあって、外界の残酷なまでの事態を知って居ても鬼となり、地下施設の建設を続けて来た。

 まだ十代の子供には、精神的にキツイ仕事である。

 家に帰って何時もボーとしていたのは、自信の精神崩壊を予防する手立てで、仕事の時以外は放心状態に自分を置き総てのストレスから解放していた。

 そんな努力をしていても、世界の状況は彼女にとって心を壊し続ける病魔に他ならない。

 既に彼女の心はボロボロに傷き、壊れる寸前まで来ていた。

 何とかしてやりたいが精神科は専門外と言うか、吾輩は無免許医師である。


 こんな相談とも愚痴ともつかぬ事をしゃべくっていたら、「私なら城嶋先生に診てもらってるのよ」と説明された。

 シロの治療が非常に優れているのは実証済みであるが、それでも追いつかないだろう程に傷ついた精神は、そう簡単に修復できるものではないと思う。

 仕事が総て完璧に完了したこれからはだだの子供、キリちゃんの娘の朱莉ちゃんとして平穏に過ごしてもらいたいものである。


 最下部施設は完成したが、釜軍団以外にはまだ使われる気配はない。

 始めて最下層に入る人類に選ばれて、良かったのか悪かったのか。

 地下都市の真下は総て人口冬眠装置でいっぱいの状態である。

 人がすっぽり入れる棺桶に似た瑪瑙質の装置が、千機を一ブロックにして千五百ブロック設置されている。

 百五十万人分である。

 地下なのに向こう側の壁が見えないで、地平線まで並んでいるのだから瑠璃の海となっている。

 上部階層では警備隊とその家族が、引っ越しで忙しい動きをみせている。

 そんな人達と入れ替わりに、今まで地下シェルターの建設に携わっていた行方不明者扱いの人達が、地上での生活を始めた。

 シェルター周辺地域がこの時期には考えられない程急速に発展している


 最新情報によれば、過激派エネの部隊がアクエネの宇宙船に向かった。

 途中ペロン星人が一部は撃墜したものの、早くに地球を離れた過激派エネは逃げ切って、既にアクエネの母船に合流していた。

 すぐさま地球に総攻撃をかけて来るかと緊迫した日が数日続く。

 すると、アクエネは道中観光しながら来る気か、方向を大幅に切り換えて地球から離れて行ったとの一報が入った。

 どうしたのか、逆に不安になっていると、女子部隊の船からクロの連絡が入ってきた。

 追い駆けて行ったアクエネの偵察部隊との話し合いは結局まとまらず、巨大な宇宙船が現れて中に消えてしまった。

 この機会を逃しては攻撃する事もできないからと、女子部隊は特攻を仕掛けた。

 すると、アクエネは急旋回して地球から遠ざかって行ったので、暫くは安心していて良いとの事である。

 これにより、思いがけずヘタレだったアクエネのお蔭と言うしかない平穏な日々が流れる事となった。



 地球規模の大災害から都市部を中心に復興が進むと、しだいに避難生活をしていた人達は都会に帰り、診療所周辺も今は平静を取り戻している。

 この村の人間は地下施設に関わっていた者ばかりで、元の住人は総て他の地へ去って行った。 

 ヤブは健康診断で引っ掛かってしまった。

 地下に居ると何時でも見張られているから、飯も好きに食えないと地上へ逃げて来た。

 そこまではいいが、あまりにも暇だからと診療所のペンキを塗り直している。

 そんな事をしても誰も来ないぞ。 

 何とも面白い光景だ。

 吾輩が面白いと言うと、余程変わった事が起っているのだろうと思う人がいるかも知れない。

 話してやってもいいが、笑い転げる面白さではないから覚悟しおいてね。


 人間にせよ猫にせよ、自分が何者でどういった理由があって此の世に生きて居るのかを考えるに、これは生涯を通して答えの出ない難問である。

 自分を他人の目線で見極められたなら、猫でも人に尊敬されるくらいだと昔の人が言っていた。

 夏目も同じ様な事を言っていた。

 自分では見えていない重要な事柄だが、はたから見るとその人間のするべき仕事が分かってしまうから不思議なのである。

 先程面白いと言ったのは、吾輩から見ると今やるべきヤブの仕事はペンキ塗りでないと分かってしまう事である。

 ヤブは最近利口に成って来たようだが、やはりどこか抜けている。

 磯家の長だの地下施設の責任者だのと持ち上げられているが、これからどうすればいいのかさえも理解出来ないでいる。

 猫のクロでさえ自分が何を成すべきかを見極め、生きて帰れぬかもしれん宇宙に旅立っておるというのに、このままこいつに任せていたのでは地球が幾つ在っても足りん。

 いつまで経っても生き様を書けんロクデナシを見ていてもつまらん、地下に潜って朱莉ちゃんの診療所でクロと与太話でもするか。


 最近では毎日の様にクロと長距離通信で話し込む。

 何もなく静かなばかりの宇宙にも、日々変わった事件が起こるのだそうである。

 何時ぞやは、タコの様な生物がクロの船に助けを求めて来たと聞いた。

 そいつはアクエネの手下で、地球を侵略しようとして失敗した宇宙人の残党だと教えてやった。

 宇宙で一匹、考える事が多くて幾分賢くなったか。

 クロはタコが母船に帰る所だと聞いて、宇宙船に追跡装置を付けてアクエネの本拠地を突き止めていた。

 近くに行っては戦闘になる。

 そうなったら確実に消滅するのはクロの船である。

 小型の探査機を飛ばし、遠くから母船を監察していたら、これがなんとも壮絶な光景であったと驚いている。

 出来るだけ詳細に調べてこちらに資料を送ると言っていたが、どうなったものやら。

 遠くの通信だから、時間がかかるのが難点だ。

 だが、一方的に話してくれる分にはタイムラグを気にしなくて済む。


 地下診療所に送くられてきていた資料には、以前出会ったアクエネの船は母船ではなく、偵察用の船を何基か収納して、宇宙のあちらこちらを探査している小隊らしい事が記されている。

 実際にタコを追って撮影した映像には、アクエネの船が数十隻も入れる巨大な探査母船が何隻もあって、その中心には直径二十キロ程の球体が青白くボンヤリ光っている。

 球体に出入する探査母船にへばりついた小型偵察機は、中に幾つもの球体が所狭しと収まっているのを送信していた。

 この画像を見たペロン星人は、あの小さな球体一つに、少なくとも一億以上のエネルギー生体が入っていると推測した。

 だとすれば、地下施設に作られた瑪瑙の棺桶の様な装置が地球の有史で満員になっても、まったくアクエネの数に追いつかない勘定である。

 それどころか、地球の全人口がエネルギーになったとしても、数で圧倒されている状態となる。

 しかし、この事態になっても朱莉ちゃんはあまり驚かない。

 既に地下最下層施設の長になった時から、この事は予想されていたから驚く筈もない。

 千倍近い数の不利を、土偶の増幅効果でカバーする計画である。


 クロが今日の通信で、アクエネ船団は地球よりも先に行く所ができたとみえて離れて行ったと報告してきた。

 ならば、一旦地球に帰るようにと朱莉ちゃんが呼び戻す。

 今日の明日に帰って来られる距離ではないが、暫くすればクロが帰って来る。

 そうしたら、ハリネズミから貰ったプラチナカードでたんまり御馳走してやろう。

 ところで、プラチナカードを貰ったはいいが、ここのところ使える店に行っていない。

 未だにしゃべる猫を見ると気絶してくれる店員がいるので、誰かと一緒でないと行けないで困っている。

 ハリネズミの知り合いはつまり吾輩の知り合いでもあるから、大抵はカードを貰っている。

 わざわざ吾輩を誘わなくてもタダ食いが出来るのである。

 偶然、これから店に行く所に出くわさなければ誘われる事もない。

 甚だ扱い難いカードだが、ないとなると困るのも事実である。

 しかも、最近は外食に飽きたのか、道で行き会っても一緒に飯を食いに行こうと誘ってもらえない。

 そればかりか、地上の住人が地下世界の事情を知った者だけになってからは、宅配弁当が地下まで配達されるようになっている。

 もっぱらの弁当ばやりで、地上の店に行く者が減っている。


 地上では、都会や医療施設が有るシェルター周辺は一大コロニーが出来上がっているというのに、すぐ足元の地下施設は公表されない極秘施設である。

 いかに優れた病院が有っても、人は流出するばかりになっている。

 大分前から消滅危惧自治体に指定されていた。

 そこまで切羽詰まっても市の職員は、住民の事など御構いなしに我がまま怠慢のやりたい放題。

 土偶効果のエネルギーバリアで隕石や噴火などの被害が他より少なくとも、いくらヤブの診療所が最後までがんばっていても。

 他からの物資を平気で横流しする地域は、ついにゴーストタウンとなってしまったのである。


 物資を放出しておきながら、地下施設の開放をしなかったのが、今まで住んでいた住人や不良職員を締め出し、地下都市の人達が地上で生活する為の計画ならば、惨酷に見えるが要を得たなものである。

 収容所の者達が開拓した地域も、今となっては戦闘の傷跡だらけに荒れ放題である。

 それを、今度は地下からの移住者が開墾している。

 何度も破壊と再生を繰り返すのは人類の得意とするところであるが、如何せん今回のサイクルはその動きが目まぐるしく、生きる者に容赦しと辛く当たってくれる。

 人間だけにではなく、総ての生物に厳しいのが自然の性質であるが、その厳しさが生きる糧を生み出してくれるのもまた自然である。

 この自然がなければ、我らはこの地に生まれる事はなかったし、生まれたにしても一日と持たずに死んでいる。

 生かすも殺すも自然の成すままがそのまま自然なのに、人間はこの自然に対して敬意をはらう事を知らん。

 数百年もの時を経て育った大樹でさえ、物の数分で切り倒す。そうしておいて平然としておる。

 その性を隠そうとしないのは正直だからではない。

 ただの無頓着からであって、これまで自然に対して行なって来た傲慢無礼を正当であるかのごとく錯覚しておる。

 羊の皮を被った狼などと言う者があるが、人間こそはまさに人の皮を被った魔物に違いない。


 南総里見には、八犬伝なる語部伝えが残されていると聞く。

 真に自然と調和して生きておったのは、日本においては悔しいかな猫ではなく狼であった事の言伝えでもあるのだろう。

 しかし、その狼さえ人間は絶滅たらしめたのだから恐ろしい。

 自然の恩恵を受け自然に生かされながらも、人は感謝を表す術を知らんのか。

 いや、知らん筈はない。

 目に見えて己を育ててくれた父母や隣人恩人には、事あるごとに感謝の意志を表し何某かの贈り物・貢物をさしあげている。

 それがいかんのではない。

 そこまで出来る者が、何故に人類をここまで育ててくれた自然に感謝できないのか。

 自然に「お疲れでしょう少しは休んでくださいな」と何故言えぬ。

 毎日毎日、地球が貯えた地のエネルギーを吸い尽くし、何万年もかけて培って来た大地の栄養を使いきって砂漠を作る。

 太古よりこの地に生きる総ての者が、ようやく作り上げた大気をぶっ壊して平然としているのである。


 人類についての愚痴はこのくらいにして、さて吾輩は何を考えていたのか。

 そうであった。朱莉ちゃんがやけに呑気に構えている事についての疑念を晴らそうと考察していたところである。

 クロから、アクエネは人類の数より多いとの報告を受けても一向に動じる気配すらさえない。

 それより嬉しがっている風である。

 常より激務に耐え一段落ついたとあって、ヘラヘラの朱莉ちゃんに戻っていたが、そのままずっとの毎日が続き、心の片隅に有った緊張の糸がすっかり消えてなくなったと見える。

 一時は病んでシロに治療を願っていたものの、自己管理の出来る者だから、今ではそれさえ必要とせず元気に過ごしている。

 しかし、危機感がまったくなくなった者が、危機管理の職についているとロクな事にならない。

 それはヤブを見れば了然たるものである。

 土偶の増幅効果によって、ある程度はまかなえるとしても、地下の瑪瑙棺桶は有っても精々百五十万である。

 宇宙のダークエネルギーを取り込み千倍にそのエネルギーを増幅したにしても、地球に生息する人口と同等か少し多い程度のエネルギー体にまでしか成長できん。

 しからば、玉砕の覚悟をもってしても、アクエネには数で勝てん勘定となる。

 まして我らが持つ船は、ペロン星人の家となっている宇宙船だけである。

 地下施設総てを宇宙船に改造したとて、クロの報告に有ったアクエネ宇宙船とたいして変わらん。

 おまけに一機とあっては、アクエネのように大球体の中に更に小球体となって分かれている総てを殲滅するのは困難である。

 一小球体でも残っていれば、地球を破壊できる程の威力をもった者達である。

 これを相手に、どういった作戦によって勝算をはじきだしているものやら。

 吾輩は朱莉ちゃんの脳が、ヤブ並に退化していないのを願う事しかできん。


 とやかく考えを広げていると、朱莉ちゃんがまたもや千年に一度の大発明をしでかした。

 しでかしたというのは、その発明が有っていい物かいかん物かの判断ができんからそうした。

 千年に一度とは大げさと思うかもしれんが、人類が物質の変換という錬金術をもってして行って来た発明が、有史以来数千年有った。

 機械を使って物の本質を引き出す発明は、過去千年以前よりも前にはなかったのである。

 したがって、人類史上というばかりか、地球の歴史が始まって以来の大発明である。

 ところが、朱莉ちゃんはこの大発明を、ペロン星人の宇宙船と久蔵が作った土偶をくっつけただけの実用新案だとしている。

 発明とは言わないのだそうな。


 誰もが大発明とする実用新案は如何様な物か説明すると、猫が一口に解説するのは非常に困難である。

 人間並の知能を有した吾輩でも、ボンヤリ理解するのがやっとであった。

 これを説明せよと言われると、確かな解説になるかは不明である。

 しかし、分かっている事だけでも伝えねば話が先に進まん。

 これより若干認識に不安要素を含む事柄を伝達するが、必ずしも総てを知り尽くした上での話ではない事を予め了承しておいていただきたい。


 さて、朱莉ちゃんが創った機械だが、クロが宇宙に旅立つ時に飛行燃料としてダークエネルギーを蓄えるのに必用とされた土偶を一つ粉々に粉砕する事から始めている。

 八つ揃わなければ完璧なエネルギー変換装置とならない土偶の重要性を誰よりも知った科学者が、後先考えずに微粒子に成るまで粉砕したとは思えんが、やる事が思い切っている。

 土偶の製造者である久蔵が、今現在此の世に存在しているから、何かの拍子に必要になったら再び作り出す事が可能とはいえ、作った当初は理由も使い方も効果さえ知らずにいた者が、まったく同じに作れるとは限らん。

 それでも、一部を削って実験するのなら可愛いが、全体の強度や特性を見るためと言って、煮たり焼いたり叩いたり凍らせたりと、やりたい放題やってから一体そっくり粉ひき器にぶち込んだのだから回りの迷惑など考えていない。

 一体でも、診療所周辺の半径五キロ圏内に防護バリアを張れるほどの力を持った土偶を、水車で回る粉ひき器にかけるのは、並の人間ならば心臓が口から飛び出る程の勇気がいるものである。

 朱莉ちゃんは、ジューサーにリンゴを入れる感覚でぶち込んでおった。


 結果として判明したのは、土偶の効果はどうしたら発せられるかであった。

 久蔵が作ったとしているが、誰がどんな形に作っても効果を期待できる金属が使われていた。

 どこで手に入れたかまでは不明であるが、例え金属の粒が元素にまで細分化されても、一個体の許容エルネギー量が小さくなるだけで、金属と同化した生体エネルギーの意志を受けてダークエネルギーを吸収し、強大な力を製造するのに変わりはなかった。


 ここで一つ、気になる事ができた。

 朱莉ちゃんは、我等が乗っている飛行艇や潜水艇の動力源となる玉っころは、ペロン星人が持っている宇宙船と同じ原理だと言っていた。

 しかるに、この宇宙船が飛べる理屈が、土偶金属の特性と酷似しておる。

 もしや我等は、ペロン星人から飛行艇を貰った時点で、土偶効果の実験台にされていたのではなかろうかと推察できる。

 そこん所はどうなっているのよと聞いてみた。

 彼女は平静を装い、我等を実験台にしたりペロン星人の科学力を玩具にして遊んでいた事などすっかり忘れている。 答える気がない。

 科学者と名のつく以上、何も心配せずに付いて行けばいいものとばかり信じていたが、ここにきて吾輩を含めて周囲の者を使った生体実験を好んでやっているとしか思えん挙動が目立つ。

 地球をアクエネから守るのに、吾輩ごとき短い命で済むならいくらでも差し出すが、御遊びでむしり取られるとなると話は別である。

 何故にこの様な無茶をやったのか途中までは不明で有ったが、発明品を見て成る程と納得した。


 遠くまで行ったわりに早く帰ってきたクロが、猫ではなく人間に化けて出てきた。

 幽霊になったか、それならば尚更猫のままである筈なのに、二足歩行までは許すとしても、ピノキオの様に木の人形が人間になるのは許すとしても、猫が人間になるのだから趣味が悪い。

 ツンツンしてカジカジして本当にクロか確認したが、人間の形はしているがこれは精巧に出来たロボットである。 

 ロボットにクロの習性を習わせただけの人形だろうと手品の種を勘ぐったものの、有り得んほど性格が似通っている。本物のクロかとも思える出来栄え。

 吾輩がどうしても理解できないのを見るや、朱莉ちゃんが猫人間型ロボット化という奇怪な現象の仕組みを解いてくれたのは有難い。が、何処まで信じていいものやら。

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