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32 治安の崩壊と消えた肉牛君

 やはり現実に帰ると相南は悲壮な者である。

「ぐあー、婆様に殺されるー、あー帰りたくねえ、酔っ払っちゃうかな」

「下戸だろ」

 飲みたがりの死神が現れなければよいが、いささか心配である。

 さて、そろそろここを引き揚げて次の現場へ行こうとしていると、鼻歌混じりで店に入って来る者がある。

「サンダーバード・ララランララランランラー」

 建て付けの悪いドアを蹴り開けて遙の入店である。

 黒岩が音に驚いて銃を向ける。

「くーろーいーわー死んだって聞いたけどー、生きてたみたーいね。御薬ちゃんと飲みなよ、PTSDなんでしょ」

 自分のボディーガードにしておきながら、世間に知られたくないばかりに下手な子芝居を打ち、テーブル席に座る。

「しっかしタチワルだわねー、爆弾なんて。犯人どんな奴かしらね」

 むき出しの札束をテーブルに置く。

 帯封は未来科研のマスコット、泥酔ライオン印である。

 何時から両替商まで始めたのか、高利貸しだけで十分であろうに。


「梅酒、シェイクして」

 遙の注文に、黒岩がシェイカーに入れた梅酒をカウンターから飛鳥に抛り投げる。

 シェイカーを受け取った遙が札束をカウンターに投げる。

 カウンターにドッカと落ちた札束を、相南と黒岩が奪い合う。

 ここで北山が二人を睨むと、すごすご札束を差し出した。いかにも訳アリの報酬である。


 テーブル席では遙が、シェーカーのまま直に梅酒を飲んでいる。

「グゲッ、何これ! まっずー」

 カウンターにゆっくりと歩き出す遙。

 カウンターの下には北山が大口径リボルバーを構えている。

 何時でも緊張感漲る関係である。疲れないか、御前等。

「あたしを殺す気」飛鳥が水槽に梅酒を注ぎ乍ら「おすそわけ」と囁く。ピラニアが浮上してピクピクしだした。

「青酸強すぎた?」悪びれず北山は笑っている。

 相南が涙を流して水槽のピラニアを見ている「あー、俺のベジタリアン」

「こいつの名前か」黒岩は一連の展開に若干驚いている様子であるが、世間では自分の方が余程驚かれる存在なのだと早めに気付いてほしいところである。


 悲しみの絶頂にある相南に呼出しがかかった。

「火事だってー、黒岩さん送っていけないから、ほんじゃ」

 相南は勢いよく店を出て行ってしまった。

 残された黒岩が寂しそうである「どうせ帰る所ないですから」

 アイスペールのストローでハイボールをブクブクズズズズーとやっている。


 火事と聞いてはこんな所に居られない。

 急いで現場に行って見て驚いた。

 現場は消防署のすぐ隣である。

 久しぶりに降った隕石が、軽トラックのドラム缶を直撃してガソリンが爆発。

 田んぼに落ちたトラックが炎上している。

 有朋組の若い衆が乗っていたトラックである。

 若衆は腕が有らぬ方向に向いているのも関せず、今時珍し過ぎる太古の自動車用大型携帯電話で組事務所に電話をしている。

「すいません、車ぶつけちゃいました」

 御前のせいではない。何故にそこまで自分を責める。

 隕石がぶつかってきたと言いなさい。

「逃げちゃっていいですか」思考の方向が完全に悪党になっている。


 さてさて、火事は直ぐに消えたが、怪我人がいるのならば病院が忙しなくなる。

 それでなくとも何かと忙しくしている筈である。

 もとをただせば病院に向っていた様な気がしないでもない。

 患者より一足先に行って様子でも見ようと飛び出した。


 飛行艇での移動であるからあっと言う間に着いたものの、何時もの様子とたいして変わらん。

 つまらんから、北山が経営する病院前の【居酒屋・泥路狸庵・蕎麦焼酎有ります】に入って一杯。

 カウンターには院長の芙蘭が座っておる。

 流石に偽医者だけあって、患者との接触は極力控えている様子である。

 朝となく昼となく夜となく、ひがな一日居酒屋でクテレクテレしておるからすっかり常連。

 裏メニューの注文である。

「ブラッディー・ブラッディーおかわり、あー具合悪。献血するんじゃなかった」

 バーテンダーをしている三つ子の一人が、氷の入ったジョッキにマムシの血を入れ、次の一人がスッポンの血を入れて、もう一人がステアして芙蘭に出した。


「いいんですかー病院、消防署の隣で火事らしいですよ」

 三人が同時に同じ質問をする。

「サイレン聞こえたら行くよ」

「最近多いですね、火事」

「放火でないの。それで食ってる奴知ってるよ、火災保険詐欺のバイト。お前達もやる」

 やはり芙蘭を院長にしておいてはいかん。

 このまま放置していたら、終いには保険金目当で病院に火を放ちかねん。


 いくらもしないで芙蘭が呼び出された。

 直ぐ目の前だから、吾輩は店の中から病院の様子を窺う。

 救急搬送を待ち受ける病院スタッフの中に、ヤブが混じっておる。

 難聴だからか、やけに大きな声で話している。

 道路一本隔てた居酒屋にいても、奴の独り言が聞こえて来る。


「久しぶりだもんなー銃撃戦以外の急患、ワクワクウズウズだもんなー急患。先生、顔色悪いよ」

 隣りで蒼くなっている芙蘭を心配しているが、それより自分の大声を何とかした方がいい。

 間違って患者に聞かれたら、病院の評判は地に落ちる。

「副理事、サングラスかけたままですよ」

 そう言えば、ヤブは第二病院の副理事のままであった。 

 こいつも解任した方が世の為人の為である。

「おお、そーだったねー。血の色がねー、どうも苦手でねー。早くこないかな、急患。弾取り飽きたもんねー、何か息苦しいよね。久しぶりに事故の急患で緊張しちゃってるのかな」

「副理事、ガスマスクしたままですよ」

「おお、そーだったねー。血の臭いがねー。どうも苦手でねー。早く来ないかな、急患」

 血の色と臭いが苦手なのは知っていたが、ここまで酷くはなかった。

 暫く戦闘地域を廻っていたから、心的外傷後ストレス障害にでもなったか。

 どの道使えない外科医である。

 今更ながら、この急患を担当する意義があるのだろうか。

 ただの興味本位、野次馬的執刀としか思えん。

 とかく上に立った者が暇人になると、ロクな事にならない。


 腕を骨折した若衆が担ぎ込まれると、すぐに放射線検査室に向かった。

 ここには十五号が勤務している。

 ロボットの特性として、放射線には頗る強い耐性がある。 照射しているその脇で、直接観察できるのがこの病院の強みである。が、労働基準法や安全管理と言った面では無法地帯である。

 何時も通りに患者を観察している。

「放射線が漏れています、患者の知識も漏れています」

 知識が視覚的に感知できるものかどうかは別問題として、確かにこの若衆は幾分足りなくなってきている。


 腕の骨が五つに増えている。

 細かく砕けたのは放っておくとしても、腕の形は元に戻さねばならん。

 したがって、若衆は即刻手術室行きとなった。


 手術室ではヤブが信じていない神に祈っておる。

「神よ、我に力を与えたまえ。何か見たことあるよね、この人。ほらチン○《ピーーー》の先っちょ撃たれて、一回来た事あるよね。パンツ下ろして見る?」

 メスを握ったままパンツを下ろそうとして手が予期せぬ所を切っている。

「あらっ?」

 玉袋辺りから血が噴き出してきたが、特に慌てる風でもない。

 慣れている。

「副理事、またやっちゃいましたね」

「んー、成功率がかなり低くなりましたねー。神に祈りましょう」

「副理事、一昨日神様ともめてませんでした」

 神様とはどういった事か、世の中色々有り過ぎて、神はとうとうヤブとまで付き合う様になったとみえる。

 三柱以外の神に出くわした事がない、少しだけ羨ましい。


「麻雀のレートが高すぎてね。払えなかったのよ」

「始める前に聞かなかったんですか」

「ん、知らないうちに何時もの百倍になってたんだよね」

「いかさまじゃないんですか。神だってやる時はやりますよ」

 ヤブがボーと天を見上げている。

 こうなってくると、偽医者の芙蘭の方が医者に見えて来る。

 吾輩も透明白衣で立ち会っていたが、このままでは患者が死んでしまう。

 ついうっかりわざと白衣を脱いで、ボケヤブに言ってやった。

「ボケナス、患者が死ぬぞ!」

 局部麻酔の若衆が、異変に気付いて起き上がろうとする。

「先生、何かあったんですか」

「ねーねー、患者起きてるよ。意識あるんだけど」

 安心して無茶をやっていたヤブが慌てる。

 それより、吾輩が手術室に突如現れて話した事に驚いてほしかった。


「先生が局部麻酔でいいって言ったんですよ」

 妖怪もどきの看護師は、ふてくされながらも冷静である。

「あー、そうだった?  変更、眠らせちゃって」

 心変わりの激しい執刀医である。

 こんな奴に任せたら、患者の命が幾つ在っても足りん。

 阿保と偽医者より、ここは猫が手術した方が成功率が上がると判断できる。

 吾輩が変わって執刀する事とした。


 順調に手術が終わり、患者は病室で眠ている。

 早速、芙蘭は薬局で三姉妹の一人にチョッカイを出している。

 正体を知っていて色気づけるとは、並の心臓でない。

「偏食が治る薬、作って頂戴よ。それで僕の偏食が治ればさ、一緒に居られる訳だよね」

 偏食を治したら結婚してやるとでも言ってからかったのだろう。こいつにその手の冗談は効かない。

「あんたの食生活は偏食って言いません。バンパイアは薬じゃ治らないの。ついでに言えば、御間抜けを治す薬は研究しようとする人さえ存在しない。つまり、あんたに効く薬はないし作れないし作る気もない。ほらほら、あっち行ってよ。邪魔なんだからー。仕事しなよ」

 おや、芙蘭は何時からバンパイアになった。

 どこかでつまらん吸血女にひっかけられたに違いない。

 度胆を抜かれる御間抜けである。


 院内薬局の隣りにある花屋では、有朋が若衆の見舞いに花を見繕っている。

 悪さの限りを尽くして来た男でも、組の若い者には優しいと見える。

 花屋がバラを薦めている。

「お見舞いですか。今これが一番人気でして、新種でね、棘に毒があるんですよー」

 余計な事を教えるんじゃない。

「それ、いいね。致死量って分かる」

「ほんの一刺しらしいですよ」

「全部チョウダイ」

 本性に火がついてしまったではないか。

 折角怪我を治してやっても、毒で死なれては手術の甲斐がなくなる。

 透明白衣で隠れ、バラを一本残らず火炎放射器で焼いてやった。

 火災報知器が作動したのには、ちと驚いた。


 今後の展開が心配である。

 そっと有朋の後から、若衆の病室まで付いて行った。

 中では事故の状況を若衆が必至になって説明する。

「隕石が落ちてきたんですよ」

「麻酔でラリッてんのか、このタコ。どうせまた居眠りだろーが、こーのー腐れ干し金○《ピーー》」

「本当に隕石が落ちてきたんですよ」

「それ以上言ったら撃つ」

 有朋と一緒に来た運転手が、若衆に拳銃を突き付ける。

 病院の中で平気に銃を出すのだから、物騒な世の中になったものである。

 もっとも、以前からこやつ等は物騒な連中であったがの。

「だって、本当に隕石が落ちてきて、ドラム缶に当たって、ボーンて爆発したんですよ」

「撃っちゃっていいですか」

 なんと御偉い者で、人を殺す前に一応組長に判断をあおいでおる。

 流石に病室での銃撃は反則だと、思慮ある有朋が運転手から拳銃を奪い取る。

「ダメ、俺が撃つ」

 銃声が病院中に響き渡る。

 こんな時はサイレンサーを使え。

 二人が退室した後、ベッドには恥ずかしい浸みが浮かび上がっておる。

 若衆の股間から少し外れた所に、銃弾の貫通穴が開いている。


 そんなこんな大騒ぎになっているというのに、ヤブまで三姉妹の一人を院長室に連れ込んで何がしかしようとしている。

 外の偵察に出たのに、病院の中だけでもハチャメチャな事態である。

「検査の結果ね。ん、特に異常なしってー事で」

 院長室に居てどんな検査ができたのか……いやらしい事が吾輩の脳裏を過る。

「アー良かった」

 どんな検査をされたかは分からんが、妖怪か宇宙人かは知らんが、このいやらしい状況でなかなかに言える言葉ではない。

「そんでもってー、手術は何時にしようかねー」

「何で異常なしで手術になっちゃうんですか」

「んー、これといった理由はないんだけどね。いやー、何となく」

 戦場で色々あったのは分かるが、ヤブはそろそろ引退すべきである。

 こんな医者を使ってはいかんと忠告しようとしていたら、急患だとかで、またもやヤブが呼び出されて手術室に向かう。


 未来科研に泥棒に入った者らしいが、あそこにも銃弾を摘出する程度の医師が待機している。

 わざわざこの病院に搬送してきているとなると、遙はヤブが病院で手術をしているのを知っているに違いない。

 泥棒を殺す気か、もしくは拷問のつもりであろう。

 ヤブがテーブルのガーゼを傷口にあててグリグリすると、患者がバタバタしているのを見て喜んでいる。

 すると、三姉妹の看護師が患者を殴って気絶させる。

 麻酔はその後からである。

「先生、ちょっと時間いいですかね。言っておくべき事があるんですけど」

 遙が手術中のヤブに話掛ける。

 気を散らして失敗させる作戦と見た。

「んー、いいけどさー、治療しながらでいいかなー。まーた馬鹿チンどもが出入りで撃ち合いやっちゃったみたい。忙しいのよ」

 その患者は、出入りの撃ち合いで負傷したのではない。

 遙が腰からぶら下げている大口径のリボルバーで撃たれたと言ってやりたかったが、消えている筈の吾輩を遙がキッと睨むから黙っておいてやった。


「副理事、この人口心臓……」

 手術室に放置された人工心臓を、看護師がヤブに見せる。

「忙しくてさー、まだやってないんだよね。延期って言わなかったっけー」

「聞いてませんよ、患者さん退院しましたよ。先生は名医だって言ってましたけどー。傷跡も残さないって」

「……奇跡でも起きたかなー」

 恐ろしく大きな声の独り言である。

 手術室に居合わせた者が、聞こえなかったふりをするのに苦労しておる。


 病院ばかり偵察しているんじゃないと、朱莉ちゃんから指示が入った。

 自分だって、今までの出来事を笑い転げ乍ら見ていたくせに。

 はっきり、病院は飽きたと言えばいいのに。素直でないのはいかんよ。

「助けた堕天使君が気になるのよねー」

 吾輩は朱莉ちゃんの命令で、老人ホームに向かった。

 何が嫌かといって、以前は釜軍団の風呂遊びであったが、今は爺婆が地球に生存する生物集団の中で一番近付きたくない一団である。

 あそこの爺婆ならば、この非常時に腹を減らして猫でも食いかねん。


 ホームではシロが定期健康診断をしていた。

 ここの連中ならば大砲で撃っても死にはせん。健康診断などと余計な事をするんじゃない。

「最近、耳が遠くなってねーえー」

 補聴器も付けずに一キロ先の内緒話が鮮明に聞き取れる婆が愚痴をたれている。

「だったら近くに置いとけよ、訳わかんねえ婆あだなー」どっこいどっこいの会話を一生続けていろ。

 ロビーのテレビには、健康過ぎる爺婆が死体から湧き出る虫の様に憑りついている。凄まじい光景である。来るんじゃなかった。


 何時ものオフザケテレビのアナウンサーが、今日は何故か覆面を被っている。

 声と背丈でバレバレなのに、悪霊祭りだからのつもりなら、被らん方が悪霊に見えていた顔である。

 両脇には機関銃を持った目だし帽の連中が、迷彩服ゲリラですと書かれた襷をかけて手を振っている。

「こちらは自由の戦士臨時政府放送局です。いきなり臨時ニュースを申しあげます。本日未明、死刑の執行が予定されていた連続殺人犯、出井門左端が自殺未遂で入院しました。死刑の執行は、完治するまで延期される模様です」

「あれまあ、可哀想にねー。自殺未遂だってよー。何か深い事情でもあったんかねー」

 そのままにしておけば未遂に終わらずに済んだ者を、刑務所でも余計な事がまかり通っていると見える。


「臨時ニュースを申し上げます」

 何度臨時ニュースを申し上げたら気が済むのか、ここに来てからずっとニュースだけである。

 てっきりニュース番組かと思っていたら、世界征服レースのトトカルチョ番組とテロップには流れている。

 申し上げますと言ったきりアナウンサーは黙ったままで、放送は国際ニュースの画面に変わっておる。

 隕石がアメリカに振り、インドでは大地震。

 アフリカで干ばつが長く続き、草木は枯れ砂漠と化している。

 洪水が中国全土に広がり、台風は太平洋一帯で大暴れである。

 山火事・噴火・津波・疫病・妖怪・幽霊・竜巻などの放送は総て現地語放送で、字幕がないのに爺婆は納得しながら見入っている。

 素晴らしいばかりの言語理解力である。本当に分かってるのか?


「間もなく、片田舎村も異常災害に見舞われるでしょう。放送局員一丸となって避難いたします。騒ぎが収まるまでの間、放送をお休みさせていただきます」

 テレビ画面が突如、試験放送画面になってしまった。

 少ししてテロップが流される。

【一身上の都合により、現在放送を見合わせております。再開したいとお考えで、命の無駄遣いが趣味の勇敢な方は、当局規定により、自由に施設を利用し放送を再開できます。カギは玄関の鉢植えの下です】これを繰り返し流し始めた。


 堕天使は先程から、ロビーで煙草を吸ってラリッている。

 こうなってくると、こんな所に居ても何も変わった事は起こらんと朱莉ちゃんを説得。

 さっさと別の場所へ偵察に出た。

 暇になったら絶対に猫鍋が始まる施設である。

 吾輩が何時までもいる所ではない。


 やはり病院が面白ネタの宝庫と戻ってみる。

 ヤブが遙と未来科研に出かけて行ったとの情報を得た。

 これは何か企んでいるに違いない。慌てて二人を追って出る。

 未来科研の敷地は病院に隣接しているが、飛行場やヘリポートにゴルフ場まである広大さ。

 最近では、外に公安の監視員が張り付いて、内部の動きを警戒している。

 何年付きまとっても、尻尾の端さえ掴めん事に早く気付け。

 未来科研の中にあって、吾輩は何処へ行くにもフリーパスである。

 どうせ二人が行くなら、敷地内にある科学者のラボと見当を付けて行けて向かう。


 何やら神妙な顔つきで、パソコンの画面と睨めっこしている。

 薄暗がりで二人の顔だけが蒼白く浮かんで見えるのは気持ちが悪い。

 遙がパソコンのデーター解析画面で異常に気付いたとかで、二人で修復の為に試行錯誤を繰り返している。

 どんなチョンボをしでかしたのか、酷く混乱している様子である。

 しかし、いくら混乱していても携帯でメールも送れん機械音痴に手伝いをさせていいものか、いい訳がない。


「時間は未来にしか進まない」遙が訳の分からん言葉を呟く。

「時間とお前さんがやっちゃった事と何か関係ある訳ー」 

 能天気にヤブが質問しているが、聞いて理解できるのか?

「特に関係はないわ」関係ないなら言うんじゃない。

「これでダークエネルギーをいじくっちゃったのねー」

 そんな事を言うヤブだが、ダークエネルギーが何者が知っているとは思えない。

「うん、最近の異常現象が収まる筈だったんだけどね、ダメだったみたい」

「いいじゃん、元々この村は異常な事ばっかりだったんだからさー」

「そうはいかないわよ、村が破壊されているんだもの」

「村の破壊ってさー、御前がやらなくたって誰かがやったと思うけどなー」

 無責任もここまで来ると褒めてやりたくなるのは吾輩だけか?


 村を破壊していると言うが、先ほど見た世界の異常事態に比べれば頗る平和な光景が広がっている。

 悪霊祭で秩序に過激な乱れが生じている事を除けば、ここ数カ月間で最も平和な一日である。

 訳の分からん機械の話に付き合っていてもつまらん。

 朱莉ちゃんも、この馬鹿タレ共は放って置いて良いと言う。

 さっさと別の場所に行くと決めた。

 とはしたが、既に夜も更けていというのに、飲み過ぎたか船に乗りすぎかでフラフラして来た。

 地下の診療所に帰る途中、一軒だけ有朋の事務所に寄って今日は終いにする。


 事務所の前はつまり地上の診療所である。

 あおいとキリちゃんがテラスでまったりしておる。

 久しぶりだから吾輩も側でのったりしていると、事務所の方が騒がしくなってきた。

「ウラー、頚動脈切ったろか。貸した入院費早よ返さんかい。看護師組合なめとったら組ごとセメントに浸して地獄の天婦羅鍋にぶち込むぞ」

 三姉妹が、早くも若衆の入院費を取り立てに来ている。

 随分気の早い取り立てだと言うと、キリちゃんが「日本に来てから、あいつ等は一度も治療費を払っていないの」と教えてくれた。

 ヤクザを家業にしているのだ。保険には入れない。

 それなのに、医者と看護師を敵に回すとはいい度胸である。

 神の手違いでもない限り長生きはできん。


「ベッドにあった銃弾と、あんたが持ってる銃の線状痕一致したからね。弁償してもらうわよ。払わなかったら姉さんに呪ってもらうからね」

「そう申されましても、ただ今現金が底をついておりまして、近日中にはなんとか」組長みずから詫びを入れている。

 思い切って指の二三本つめれば許してくれるかもしれんぞ。

「ボケッ、あたしゃ病院サイドの優しくない弁護士なんだよッ、手ぶらで帰れるかい。腕の一本も貰って行こうかね」

 何時か磯家の弁護士だと言って、ヤブの所に来た奴まで出張って来ておる。

 本気で【御命頂きます】的な取り立てである。

「腎臓売れ! 角膜売れ! 肝臓削れ! 心臓取り出すぞ!」


 三姉妹だけでも地獄の責め立てである所へ、北山が拳銃を天に向けて撃ちながらやって来る。

「あーとーむっちゃん、遊びましょーって、よー。金返せ、期限五分も過ぎてるべー。俺が穏便な性格だと思って甘ったれてんじゃねえぞー、ウリャ」

 何があったかは知らんし知りたくもないが、闇金より金利の高い北山から金を借りるとは……呆れ返っているそばから、有朋がガラス窓を破って逃走した。

 こういった非常時には当然の行動である。


 北山が電話を貸してくれと診療所にやって来て、かけているのは110番である。

 携帯どうした。警察無線どうした。とか思っていると、より一層危ない話になってきた。

「緊急手配御願いします。自分のIDはLSD1152415。逃走犯は有朋亜斗夢。自動小銃を所持。五十代半ば。中肉中背。全身に泥酔ライオンの刺青。極めて凶暴。銃撃戦により警官二名負傷。内一名は意識不明の重体。本部より射殺許可が出ている。生死を問わない。至急確保を要請」

 緊急手配はいいとして……も、三姉妹は偉く感激している。

「兄ちゃん、やるねー」

 世間を知らず大人になって、最近ようやく開き直った人生を歩み始めた男が北山である。

 こんな事で褒めると、こいつは調子に乗って何をやらかすか分からん。


 飛行艇の操縦ヘルメットで警察無線を傍受していると、

婦警の声が流れてきた。

「緊急手配。警官殺し、有朋亜斗夢。自動小銃を所持。五十代半ば中肉中背、全身に泥酔ライオンの刺青。極めて凶暴、射殺命令が出ています。繰り返す。発見次第射殺すべし!」

 やはり、決定的な事態に発展しておる。

 棺桶の予約してやるべか。



 地上の診療所か地下の診療所か、今夜はどちらに泊まろうか迷っていたら、村の気象状態が急激に変化してきた。

 地震の後には雷が四方八方に落ちて火災が発生。

 火災の影響で小規模の竜巻まで発生している。

 雷を伴った豪雨は洪水を引き起こし、あとはエトセトラ・其の他大勢・何でも有りである。

 これが未来科研で騒いでいた異常ならば、奴等はとんでもない事を仕出かしてくれたものである。

 村の放送局は放送を再開したが、不法占拠した者達によっての再開である。

 放送されている映像は、局の台風前の戸締り風景。

 暴風対策措置の慌ただしい様子だけである。

 そんなものを放送する暇が有ったら、早いとこ逃げた方がいいと思う。


 地上でのんびりとはいかなくなったもので、皆して地下の診療所へと避難する。

 これでは飛行艇での偵察さえ行えない。

 急激な気象変化に、外では戦闘を繰り返している連中も避難している。

 自然の驚異に、思いがけず銃声の響かない夜が戻ってきた。

 地下でまったりしていてもいいが、港屋の事が気になっていかん。

 あそこにも地下シェルターはあるから大事ないだろうが、今の世界情勢からして、これから先温泉に行く機会も少なくなる。

 最期の風呂になるかもしれんから、心配するふりをして潜水艇で港屋に向かった。


 着いたのはとっくに零時を過ぎていたが、宿には大勢の避難客が不安を隠せずにいる。

 地下のシェルターとは別に、外には自衛隊が展開している。

 地下都市周辺と違って、一般人が多い地域は何と対応の早い事か。

 ひょっとしなくても、我らが活動している地域は政府から見放されている。

 診療所の周辺は、遙か昔から国家とは別に災害対策を続けてきた地域だ。

 少々荒くれた天変地異があろうともビクともしない。

 自衛隊が素早く対応しているのは、特別不服と感じる理由ではないが、何か損している感が拭えないのは猫のヒガミであろうか。


 こんな時でもやっちゃんは、地下の病院に籠ったきりである。

 最近になってようやく医師として研究したい事が見つかったと、自分のラボを作ってもらい一生懸命になっている。

 それはそれで良い事だが、少しばかり世捨て人の風格が出て来ておるのはいかがなものか。

 いかがなものかは宿の中も同じで、海岸に流れ着いた物を、駐車場で干しては室内に持ち込んで品定めをしている。

 この御時世に骨董屋でも始める気か、どんな時でも平和に過ごすのが上手い者達である。


「変な瓢箪ね。警察に届けた方がいいかしら」

 女将が黒塗りの瓢箪を取り上げ、まじまじ眺める。

 すると、小雪が小さな木箱を持って開けようとする。

 ところが、組木細工になっているからなかなか明かない。

「漂着物は国際法上、拾った人が自分の物にしてもいいと聞きました」細工箱の中身も自分の物だと主張するかの如く発言しながら、鬼の形相で組木をあっちこっち動かす。

 自然環境の激変で潮流が変わったか、海岸への漂着物が異常に多い。

 何時御客さんが来てもいいように、毎朝海岸のゴミを掃除しては使える物と焼却する物に別けている。

 客などあてに出来ないのは承知の上だが、今では避難している者達が娯楽の一環になっているとの事である。

 猫にあってはどの様な物にもじゃれついて、一時楽しむのが常である。

 人間もゴミと戯れていれば、金も物資も必要なくストレスを発散できるであろう。

 なかなかに趣味がよろしい。


 小雪が苦戦している組木細工の箱も、かように夢中になれれば浮世の苦労も少しは和らごうというものである。 

 女将は自分で組木の箱を持っている者だから、どうれ私に貸してみなさい簡単に開けてやるからと挑戦したが、五分程であきらめた。

 居合わせた者達が順繰りにやってみたが、誰にも開けられん。

 終いには、吾輩にまでやってみろと箱が回って来る。 

 吾輩の正体を知らぬ者も多いので、ここは一先ず猫が猫たるふりをして、猫パンチの後に猫キックをかましてやったらすんなり開いた。

 やってみるもんだー。

 開いて見れば何の事はない。

 以前、海岸で拾って卑弥呼に持って行った密輸ダイヤというやつがゴチャっと入っている。

「どうせ偽物ですわ。わざわざ忙しい時に警察に届けるほどの物でもないでしょ。ねえ女将さん」

 女将はそれほど容易い性格ではない。

 黒い布を敷きその上にダイヤを並べ、一つ一つ虫眼鏡で丹念に品定めする。

 たとえガラス玉であっても、なかなかよろしいカット技術である。一つ五千円にはなるだろう。


 広げて別けたのを、今度は厨房にあった一升瓶にあてて引き回し始める。

 どの石をもってしても、瓶にくっきりしっかり傷が付く。

 少なくとも、ガラスよりは固い。

 恐らく本物とふんで、居合わせた者で均等に分ける。

 吾輩にも御裾分けがあったが、こんな石ころの何が貴重なのか今もって理解出来ない。

 すぐさま、漁師が持っているクルーザーと交換してやった。

 後から警察沙汰になって取り上げられるより、早く合法の物にした方が利口というものである。

 石油が手に入り難くなっているので、漁船以外の船は持っていても使いようがないと思ったのだろう。

 しかーし、潜水艇の動力を繋いでやれば燃料は必要ない。

 はて……潜水艇は何を動力源としているのか? 貰ってから今日まで、一度も燃料補給をしていない。


 考えて見れば、未来科研の広大な施設といい、地下の巨大シェルターも、東電から電気を買っているとは思えない。

 あいつ等は真面に物を買う事を知らん。

 盗んでいるならそれでもいいが、電線などどこにも見当らなかった。

 原子力とも考えられるが、猫用の飛行艇や潜水艇に搭載できる原子力エンジンなどありはしない。

 有ったら携帯核爆弾である。そんな乗り物に乗っていられるか。

 今頃になって奇奇怪怪。

 まさか霊界エネルギーなどと、戯けたうつつを抜かす気ではあるまい。

 朱莉ちゃんに素朴な疑問をふりかけて見た。

「いい質問なのねー、教えてあげない」

「そんなー、御互いに秘密など持たないと誓い合った仲ではないか、そこを何とか御伝授願いたい」

「クルーザーくれたら教えてあげる」

 元をただせば、誰かが海岸で拾って来た石っころと交換した船である。特に惜しいとは思わん。

 朱莉ちゃんが持っているぶんには、何時でも借りられる。

 二つ返事で献上させていただいた。


「これで動いているんだにゃ」

 何時もLLでブカブカになっている白衣のポケットから、小さな銀色の球を取り出して見せてくれた。

 掌に乘っているようだが、フンワリと浮いて凄まじい勢いで回転している。

 どんな時でもそんな物を持ち歩いているのか。

 流石にイカレた科学者だけの事はある。

「ペロンの宇宙船に乗ってたエンジンを真似て作ったら、小っちゃいのもできちゃったのね。すごいっしょ、天才!」

「自分で天才と言うと、はたから白い目で見られるぞ。何を燃料にして動いておる」

「何も燃やしてないから、燃料いらないのねー。だから熱くないのねー。手の上に置いてもポケットに入れていても、カイロの替わりには成らないのねー」

「困った科学者であるな。カイロが欲しくて聞いているのではないぞ。何で回転しているのか聞いているのだよ。燃料と言ったが、そうではないのだよ! 分かれよ」

「そうだよね、テスラコイルって知ってる?」

 いかん、またテスラコイルである。知っているが理解はしていない。

「知っているが、それがどうした」

「同じ様な原理で、宇宙のエネルギーを引き寄せて動きに変えているのね。クロ君が乗って行った船も、このエンジンを積んでるんだけど、まったく元になるエネルギーが要らないでもないのね」

「ひょっとして、その元になるのって、生体エネルギーの事を言っているのか」

「せいーかいー。だから、酔っていてもいいから、君が飛行艇に乗ってないと途中で止まっちゃうのねー。分かったー」

 来る途中、海底で出遭ったばかりに、船盛りにされているマグロ君の切り身を、吾輩の鼻先にチラチラさせる。

「うん、わかった」

 有難くいただいたが、はて、何の話だったか。


 不運なマグロ君で思い出したが、肉牛君はどうしている。

 十分に食料が配給されていないとなれば、何時でも放牧されている肉牛君は恰好のターゲットである。

 人間に限らず、野生化した犬・猫・カピバラに喰われてしまっていてもおかしくない。

 軽く赤チンに電話して聞いてみた。

「牛君ねー……行方不明なのよ。あんた何か知ってるんじゃないの?」

「吾輩が知っているなら、わざわざ電話などせんじゃろ」

「あんた、ずる賢いからさー。自分に疑いがかからない様に仕込んでるんじゃないの」

 久しぶりに遊びに来てやったというのに、心外にも牛泥棒扱いである。

 どんなに美味そうでも、世話になった者をこの手で処理してミート君にしたりはしない。

 誰かが食肉に加工したのであれば有難くいただくが、さてどうしたものか。

「家出か? 誘拐か? お前に心当たりが有る筈ないの」

「あったりまえでしょ。門に鍵はかかったままだもの、飛び越えられる高さじゃないものねー」

「あの門は鍵がかかっても、板塀は傾いておったろ」

「基礎からちゃんと直したわよ」


 思いの外厳重な警備態勢の中で、肉牛君は守られ肥え太っていたとみえる。

 さらった者が御肉目当てならば、今頃は期待できる状態になっている。

 早速夏目を呼び出し、三毛子も呼んで肉牛君の捜索隊結成である。

 夏目と三毛子は肉を食わんから、発見した時のご褒美は吾輩だけの物となる。


 飛行艇で動物病院に行くと、赤チンが妹を引き連れ院内で待っていた。

 茶菓子を出す様子はない。

 仕方なく現場検証をする。


 確かに塀も門も直されて、アリの子は通れるが肉牛君の出入りは不可能である。

 自分で飛んで外に出たか、宇宙船が来て吸い込んだか、ユニックで吊り上げて連れて行ったか。

 防犯カメラが設置されておる。

 事件当夜の状況は映っておらんのか問い合わせれば、カメラはダミーだと白状する。

 こんなところでケチっているんじゃない。

 カメラが有るのは見えるのだから、泥棒ならばどの道写っていても足がつくような盗り方ではあるまい。

 宇宙船で吸い込んだのならば、カメラでは確認できない。

 鯨偶蹄目である肉牛君の足を思うに、自分で鍵を開け出て鍵をかけたとは考えにくい。

 そんなに奴は器用ではない。


「どうやってここから出たのか、それくらいは知りたかったのー」

「ええ、そうね。どうしても出て行った方法が分からないのよ。カメラ、本物にしとけばよかったと思ってるのね」

「いまさら遅い。いつから行方不明になっておるのじゃ。元来、警察に捜索を出せるのは人間だけである。盗まれたとなれば捜査もするだろうが、それさえ分からんのでは話も聞いてもらえんう。これだから、ここの警察はいかん」

「ここの警察がいけないって、警察署ぶち壊す手伝いしたの、あんたでしょう。」

「まあ、そうくるだろうと思ったから、こうして捜査をしてやっておる」とんでもないとばっちりである。


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