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31 行き倒れの【天使・キューピット】は【マスティマ・ベリアル・ベルゼブブ・アザゼル】

「あらそう、あんな呑気な顔をして? 此の世から消えるのが嫌だって、とっくに消えてるのが本当でしょ。けれども旦那さんと夏目は、消えたくないー嫌だっーて思うだけで化け出ていられるのよね。それでも死神だか閻魔さんだかは怒らないのね。此の世で言うと逃亡者みたいなものなのかしら。おかしいわね。猫、その辺の事情ってどうなってんの」

「幽霊の逃亡者って、どんなのかしら? 猫さん」

「そんな霊界の内輪話など知らんわい。若旦那と夏目のままじゃ。ああ、そうなってくると幽霊全部がアウトローになってしまうの。ンー、もっとも反則の塊が幽霊だからのー、やはり幽霊は全員アウトローでよかろう」

「それが誰にもとがめられないって事は、本当は彼の世も此の世もなくて、死神も閻魔も居ないんじゃないの? 知ってたら教えなさいよ、化け猫」

「葉瑠美、そこは猫だけにしておけ。化けを付けるでない。知っている限り、閻魔に遭った事はないが、貧乏神は人間として生活しとるぞ」

「まるで噺し家が創った洒落の世界に成って来たわね。そんなんで煙に捲いたつもり? ボケ猫」

「駄目ですわ、貴方猫ですもの。ごまかしもたいていにすればいいのに、嘘をついている時って必ず尻尾が右にクルックルピクピク動いているのよ。自分でも知らなかったでしょ」

 恐るべし小雪の洞察力。半分ばかりの嘘がばれておる。

 まるっきりの嘘をついたら尻尾はどうなるのか、ちと気になる。


「嘘ではない、便所神と鼻神とゼウスとポセイドンにも遭ったぞ」

「今のは全部嘘ね」

「何故嘘だと判る」

「耳がペタッて閉じてんのよ。御間抜け猫! 本当の事言いなさい」

「情報が有るでしょう。夏目先生が、貴方は吾輩より天界の事に詳しいっておっしゃてたわ」

 既に化け猫扱いされて随分になるが、百年間化け出ている者に敵う情報量があるとは思えん。

 化け物・幽霊が出て来た時も、恐ろしいからたいした会話をしておらん。

 夏目め、ほら吹きの分際でいい加減な事ばかり吹き込んでおる……ほら吹きだから適当でよいのか? いやいや良い訳がない。


「神様っているの?」

「どの神様ですか、どの神様にも出会っているという訳ではないので、一山にして神様と申されましても、些か返答に困る次第でありまして」

「そうね」

「小雪ー、そうねじゃないでしょ。いいから遭った神全部白状しなさいよ」

「遭った神ねー」

「ええ、ついでに悪魔に怨霊に化け物に…でも、身内の者は聞いちゃうと付き合い辛くなるから除外。それはまたおいおい聞くから、其の他大勢にはどうせ出会わないんだから全部言っちゃいなさい!」

「それでいいの?」

 こやつらの知り合いでない妖怪変化・幽霊・悪霊・怨霊についてなら語ってやっても差し障りがないであろう。


「まだあるよ。車屋とゴロツキを大勢雇って、七地蔵様の周りをホッくり返しひっくり返ししたそうじゃないの。ただ地蔵様を虐めてた訳じゃないでしょ。夜昼交替で騒ぐ祭りだって誤魔化してたみたいだけど、御祭りってあと百年位先に予定されてるあの祭でしょ。その裏話も知ってるわよね。自白剤打たれたくなかったら、その事も言っちゃいなー」葉瑠美が不要な真剣さで迫って来る。

 何処でそんな奥深くて聞かない方が良さそうな機密情報を仕入れている。

「御苦労様ですこと」

 小雪はしっかり冷めた目で我等を監察している。

「話さん事もないが、七地蔵の方も話せとは強欲だの」「それ……どうして?」今度は小雪が熱心に聞く。

「それね、ここのところ毎日毎日騒いでる災害が絡んでいるんだって。お金になる仕事がなくなって苦しくなって来たんで、車屋やゴロツキは一日でも日当になる事だから喜んでやったんだけど、何の事はないちっちゃな人形一つ掘り出しただけなんだって。この前温泉に来て騒いでたのよ」


「葉瑠美さん、日当ってなに?」小雪が質問をする。

「あんた、日当も知らないの?! どんだけ御嬢さんだったの。日当と言うのはね、御金。給料の事」

「御金をもらって何にするの?」宜しい風向きである。

 話しが横道にそれて別の路線を走ってくれそう。

「御金を貰ってどうするのって……ホホホホ、小雪さんて困った人ね。女将さん、御給料出すの出さないの。夏目に付き合ってたから今まではないにしても、これから手伝ったらいくらかは貰えるんでしょ。私達だって御世話になってるから有難いとは思っているけど、それとこれとは別物でしょ。貰う物はしっかり貰ってるわよ。そのへんのところは、働く前にしっかり決めておいた方がいいわね。復興だって何年かかるか分かんないんだし。何買うったって、全部が全部値上がりしてるんだから。ここは他よりはいくらか待遇がいいんだけど、それでも可哀想なものよ。自分で言うのもなんだけど」

「吾輩も招き猫座布団に座った時は、夕食にビールを一杯つけてもらう約束をしておる。約束事は書面に残した方がいいぞ。できれば公証役場で証書にした方がいい」

「猫のくせに偉いのね」

「なかなか偉い猫なのよ。皆がこの猫の言う事を聞いて、物は試しだどうせ駄目だろうが、まあやらせて見ようじゃないかって事もよくあるの。それから猫に頼むと、一も二もなく引き受けるから……そんな話をしてる場合じゃないでしょ。車屋やゴロツキを七地蔵の掘り返しに狩り出したのはどんな事情か聞いてんのよ。調子こいてバックレる気になってんじゃないわよ」吾輩が肝心な所ではぐらかそうとしたので、葉瑠美が苛立って見せる。

「小雪さん助けて、猫のお友達であろう?」

 小雪はどっと笑い出した。


「これからが本題ですわ」

「まだあるのか?」

「ええ、赤チン先生がね、あの猫は妙な妖術を使う変態だから用心しなさいって」

「話が微妙に脇道に逸れておらんか」

「元から何の話だったか分からくなってるのですから、脱線し様がないでしょう」

「二人ともお黙り!」

 我等の口論を制したのは葉瑠美である。

 そもそもの発端が行方不明になっておる。

 無駄な労力を費やして、これが本筋であるといった方向が定まらん。

 さて……吾輩は何故ゆえに、こやつ等と話込んでいるのか。

 辿って行けば神がどうのこうのといった、ややこしい現実を暴露せねばならん窮地に追い込まれていた。

 しかしながら、語るべき内容の条件を整理すれば、貧乏神についてだけ教えてやれば誤魔化せない状況でもないと気付いた。

 ならば、これから久蔵が貧乏神であるのは伏せておいて、貧乏神の日常でもちょいと掻い摘んで聞かせてやれば満足するに違いない。

 そうしようと僅か百分の一秒で考案した。


「グダグダしないで、知っている神と出会った幽霊だ妖怪だ変態何かの事、全部洗いざらい吐いちゃいなさいよ。あんた、慣れない秘密を貯め込んでいたらメンタルボロボロにに成るわよ。言っちゃいなさいよ。すっきはりするから。なんだったらおかあさん呼ぼうか?」

 葉瑠美が知りもしないで余計な事を口走る。

「母親は吾輩を捨て現在も行方不明じゃ。とっくに野垂れ死んでおるわ。生きていたにしても会いたくない。かえって精神衛生上最も会わん方が宜しい女ダントツ一位じゃい」

 人間は裏があればあるほど平常より雄弁に成る。

 何もかもすべて話して下さいと言う説得工作であるのは見え見えである。

 もっと素直に「どうか教えてください御猫様。ほれこのとうり、大好きな御酒も肴も御用意いたしました」この一言接待が何故できん。

 これはひとえに猫は人間より遙かに劣る生物で、人間が媚び諂い教えをこう対象の生物ではありえないとの偏見からの態度である。

 世界の端から声を大にして叫びたい。猫を馬鹿にするんじゃない!。


「へえ、それで小雪さんは、この猫に御願いするの?」

「やだわ、猫に御願いだなんて。そんなに大げさな事ではないわ」

 今までの話は何だったんだ。中心に有るべき吾輩を無視して事を進めるでない。

「赤チンさんて、そんなに有名で偉い学者さんなの?」「ええ、医学界では超新星扱いよ」

「あの人がねー。小雪さんの学校で公演したの?」

「いいえ、医師であり科学者だから、共同研究で学校に来ていたの」

「でも、スタイルはいいし顔だって女優なみでしょ。男あさりと酒癖と金銭感覚と料理の腕前に常識と思いやりなんかが反転するといい御嫁さんになれるのに、何であんな性格なのかしら」

「家庭に問題があったみたいよ。御母さんが亡くなった事故の後、お父さんの性格が急変しちゃって、悲惨な家になっちゃったみたい」

「そう、それでも医者になれたんだから凄い人ね」

「天は二物を与えずって言うでしょ。あの人は頭と器量の二物を得てるんだから、他で欲張っちゃいけないって事じゃないの」


 僅か千分の一秒で、話題の中心が吾輩から赤チンに変わっている。

 女心は写ろい易いと言うが、こやつ等の会話には脈絡というものがない。

 さっきまで幽霊・化け物・神様の話でむきになっていたのに、他人の家庭事情がどうだらこうだらと、情けない芸能雑誌の如き内容に急変するのは尋常ではない。

 このまま続けていたのでは、地球の平和に亀裂が入りかねん。ここはひとまず軌道修正をせねばならん。

「それでの、吾輩の知る限り神も化け物も幽霊も人間の数よりずっと多く存在しておる」

「ふんふん、それで」

「どんだけいるのよ。見えてるの?」

「見えるのは僅かでの、特殊な連中である。これと言って特に能力を持たぬ人間にまで見える若旦那や夏目などは、例外中の例外である。まず、吾輩がこれまでに出会った神だがの、三柱しかおらん。やはり神ともなるとそうそう容易く表れては価値がなくなるといった了見からだろうな」

「本当に神様っているの!」

「うっそー、神様なんて悪い冗談か詐欺ネタだと思ってた」


 二人は神の存在を真向否定して生きてきた者である。

 いきなり神がどうのの話は信じられんで当然だ。

「貧乏神と疫病神と死神に遭っての、元々は地獄で閻魔に仕えておった鬼が成り上った神なのだそうだ」

「へー、神様って元は鬼だったの?」

 小雪は何もかもが初めてで驚きの連続と言った風である。

「言われて見ればそうよね。やってる事たいして変わんないもの」

 葉瑠美は若干屈折した性格だから、神も鬼も根は同じだと聞いても驚きはせん。

「一まとめに貧乏神といっても大勢おっての、吾輩が出あった貧乏神は他のとはかなり性格が異なった者と推察できる。なにせ鼠小僧のように泥棒を生業としておってな、盗んだ物を貧乏人に配って回っておった」

「それでは貧乏神ではなくて、福の神になってしまうわ」「薬中毒か何か変な物食べて、脳味噌溶け出してんじゃないのそいつ」

「確かに好物はベニテングダケだが、その程度で壊れては神も鬼も勤まらんじゃろ」

「そりゃそうねー」

「この貧乏神が憑りついた男がこれまた人間でなくての、間違って性質の悪い妖怪に憑りついておる」

「御互いに災難な関係ですのね」

「じゃろー。ところがこれがまたまたよくできておっての、一方が出ている時は一方の意識がなくなるのだよ小雪君」「わお! 作り話みたい」

「あんた本当の話している? マジ自白剤打つわよ」


 未知の世界を理解しようという姿勢ではない。

 何処かに話の矛盾がないか探しているとしか思えない。

 どう構えても人間の常識とする次元の事ではない。

 今や並の人間より学識を積んだ吾輩でさえ、理解に苦しむ生物がかの三柱神である。

 幾分どころか、まったく足りないお頭では分かる話も難解なものである。

 こやつ等が信じられんと言うも仕方ない。

「理解できんのも無理からぬ話であるが、事実である。葉瑠美はついこの間、客室を掃除していて二千円のピン札を拾ってネコババしたろ。あれは二千円札をガッポリ貯め込んで値上がりを待っている強欲なコレクターから、貧乏神が盗んできた物の御裾分けじゃ。部屋の額に入れて飾ってあるじゃろ」

「なに、見てたんじゃないでしょ。証拠あるの?」

「拾い物をポッポしたのを責めているのではない。貧乏神の仕業を証明しただけじゃい。心配するな、御主を死刑台に送ったりはせん」


 この事実を突きつけた事で、疑っていた葉瑠美も少しばかりは信じてみる気になったと見える。

 この後の話には、何の疑問符も出さず神妙に聞き入った。

 酷く長い時間をかけ、二人にこれまで出会った神と絵画列島の話や、宿に巣食っている幽霊どもの事等を語ってやった。

「あんた、そんなに大勢異界の連中と知り合いになってるの?」

「すごいですわ、紹介して頂戴。私、異界とか異次元とか魔法とか大好き。ファンタジーよ」

「何がファンタジーじゃ、何でもかんでも魔法や妖術で簡単に片付けおってからに、そんなものばかり追い掛けているから現実が見えなくなって、つまらん詐欺に引っ掛かったり、あくどい計画に巻き込まれて命が危ない目にあったりするんじゃ」

「何も追いかけてなくても、あんたは危険な目に遭って来てるわよね」

「そうですよ。味気ない一生を送るより、虹色眼鏡で世の中見ていた方が楽しいわよ」

「それもそうだがのー……今の風潮を見るに、少し偏り過ぎている気がしてならんのだよ小雪君」

「あんたも少しは生活にゆとりを持ったらどう。そうすれば変な幻覚とか幻聴に悩まされずに済むわよ」

「ちょっと待たんか葉瑠美、さっきから時間をかけて懇切丁寧に話してきた事を、どういった風に受け止めた? 話の発端は、御前等が神について語れと言い出した事ではなかったのか、それを無理矢理話させておいて、最期には吾輩の幻覚・幻聴・夢幻うつつで締めくくる気か」

 話す気もなかった極秘事項を、総て聞かれてしまった。語ってしまった。


「やはりこの猫はお馬鹿ですね」

「でしょう、いくら知識詰め込んでも、機械使って人間並に動けるようになっても、経験知ってのが足りないのよ。だから、こんなのから秘密を聴き出すなんて簡単だって言ったでしょ」

「本当ですー。今度から私もこの手を使わせてもらうわ」 

 小雪が葉瑠美の作戦に感激している。

 まんまと引っ掛かったのは吾輩の方であったか、情けない。



 温泉で何日かゆっくりした後、朱莉ちゃんが診療所の連中の後方支援に出ると言い出した。

 ペロン星人の宇宙船から、小型宇宙船に積めるだけ治療機器を積んでいる。

 猫部隊にも旅の御誘いがあった。

 この様な事態になると何時も思う。

 朱莉ちゃんは危険な任務を遂行する時に、必ずと言って良いほど我等を同伴する。

 決して親切心からでないのは明白である。

 もしもの時の道連れが欲しいなら、知的生命体となった我等でなく、狭い所でも呑気に暮らせるウサギとか、何処まで行っても食われる運命の鼠を連れて行ってはくれまいか。


 旅と言えるのかどうか、行く先々で小型とはいえ宇宙船は人の目を引きつける。

 おまけに船体を白く塗り、でかでか赤十字マークを描いて有る。

 軽度の怪我や入院するほどでない病人が、停泊地にドカドカやってくるのである。

 自家用機か被災者用医療船か分からなくなっている。

 しかし、乗船した者は全員無資格の医師である。

 まして我等は猫である。

 船に入って来る患者は真っ直ぐ朱莉ちゃんの所へ行く。

 なかなか我等の診察を受ける者はいない。


 全自動の治療システムで、診断も何もなく、ただ機械に患者を抛り込むだけである。

 治療はいたってシンプル・簡単・確実・軽費用だが、何時に成っても次の地点に移動できない。

 診療所のロクちゃん救急車に追いつける自信がなくなってきた。


 気安く医者に診察してもらえた被災前と違い、ちょっと具合の悪い患者が一番受診しにくい事態となっている。

 ヤブ達は随分と前にこの場所を通過しているが、それからまた新に患者が出ている。まったくきりがない。

 倒壊した病院や診療所からかき集めた医療機器や薬が診察料代わりと、以前来た医師から言われている。

 律儀にも訳の分からん薬を持ってくる。

 必ず先行部隊に届けると約束して薬を受け取る。できれば食い物にしてほしい。


 我等が人間並みの猫として活躍すると、心臓の動きを停めてしまう患者も多い。

 普通に猫として船内をうろつき、待合室の患者を和ませるのが仕事となってしまった。宝の持ち腐れである。

 人間だ猫だと差別などせずに、有能な者は使うべきと提言したが、差別では無く危機管理だと説得された。

 確かに、軽い症状の患者ばかりである。

 治療に来たばかりで棺桶に入って返ったのでは、空飛ぶ無資格医師総合病院の名誉に関わる。

 仕方なしの治療行為自粛となった。

 もっと人間は広い目で世間を見るべきだ。

 さすれば今よりずっと明るい未来が開けようもの。

 猫はお馬鹿だとの自分勝手な常識にとらわれ、自分で自分の自由を縛り付け身動きできなくしている。

 空飛ぶ無資格医師総合病院は、病や怪我に苦しむ患者ならば誰も拒まない。

 病院そのものが移動するだけで、医師に資格がないだけで、時たま猫が手術をするだけで、普通の病院とどこも変わらない。


 平和だった時に旅に出た。

 その時は人間同士が傷つけ合えば事件と騒がれていたが、今では傷つけ合うのを仕事にしている者まで現れている。

 外の景色は別世界である。

 しかし、空飛ぶ無資格医師総合病院に来る人達から、生きていく意欲が感じられる様になってきているのもまた事実である。

 ロクちゃん移動診療所と連絡を取り合いながら、我等は先行部隊がやり残した治療の事後処理といった役割で追いかけている。

 行く所々で歓迎されるのは喜ばしいが、やりっぱなしの何と多い事か、次から次へとやって来る患者に散々な忙しさだ。

 目的地が有るでもなく、あっちフラリこっちフラリとどこにでも行くロクちゃん診療所の基本方針に、我等は振り回されておる。

 もはや無資格医師と猫二匹では到底追いつかん。


 地下シェルターからシロを呼び寄せ、地上の病院から一五号にも来てもらった。

 しかし、呼んでもいないのに、看護師と薬剤師のゴルゴン三姉妹が来たのには少々ちびった。

 ちびりはしたが、山間部を移動していて山賊に襲われた時は随分と助かった。

 三姉妹はいずれも人間界で魔族と称されている。

 過激な能力の持ち主だから、ちょいと止められて銃火器で脅されたとて驚く様子などない。

 カーッと一睨みしたら、ライフル銃が石に変わった。

 近くに診療所も病院もない。

 医者が居ない地域での事件だったので、下手して山賊に怪我をさせては後の手当てが面倒だ。

 しっかり脅して追い返したのである。


 こんな事が有ったので、今では上空から安全を確認してから、十五号が地上で再確認をするようになった。

 戦争の基本的ルールに従えば(殺し合いの戦争にルールというのもフザケタ話しだが)病院や医療関係施設や医師・看護師を攻撃してはいかんのだよ。

 国境なき医師団を空爆してはいかんのだよ。

 誤爆であったにしても、命令した者も間違っちゃった者も厳重に処罰されなければならないのだよ。

 猫を銃で脅すなど以ての外である。


 上空から山間部の過疎地帯を偵察していると、無人となった村の端に一人横たわっている者がある。

 行き倒れかただの旅人か拡大して観察すれば、眠そうにしているが息はしている様子である。

 空飛ぶ無資格医師総合病院を着陸させる患いではなさそうで、吾輩と三姉妹が飛行艇で様子を見に出た。

「何者だか分からんのう、本人もぼんやりしていて記憶がないのか、はっきりせん」半病人の状態を報告する。

「名前も分からないの?」

「名前は胸に付けた名札にちゃんと書いてあるのだが、どうも本気とは思えん名でのー」

 はっきりしない吾輩に苛立った三姉妹が手短に付け足す。

「弓矢が刺さっているハート形の名札に、天使・キューピットて書いてあるのよ。名前は天使・キューピット」

「それ真面目に言ってるの?」

 朱莉ちゃんの声が怒っている。

「真面目にキューピットなのよ。ほれ」

 三姉妹が集り、カメラで行倒れの半病人を隅々まで映している。

「いやーん、どう見ても普通の人よね。汚いおっさんよね。でも、羽付いてるの? どうせ偽物でしょ。ゴム糊かなんかでくっつけてあるんでしょー。キューピットのイメージ壊れるう。不細工すぎるうー。そんなのがキューピットだって世間に知れ渡ったちゃったら困るでしょう。ねえ、ねえ、ねえ」

 朱莉ちゃんが何時になくあたふたしている。


「吾輩は困りはせん。どうするんじゃい。兎に角船に運ぶがいいのであろうな」

「いいも悪いもないにゃーん。連れて来てちょうだいませー。羽のつけ物は邪魔だから取ってね」 

 朱莉ちゃんの夢を壊して悪いが、羽は本物だ。

 こいつは間違いなくキューピットという化け物である。

 宇宙人に始まり化け物・妖怪・幽霊・神様・サイボーグに妖精・ロボットと、いい加減出尽くしたと思っていたが、西洋の神々はまだ登場していなかった。まだまだいけそうである。


 船に天使の名札を付けた子汚いおっさんを運び込むと、中では既に夕食の支度が始まっていた。

 診療室の向こうから、たまらなく好い匂いが漂ってくる。 すると、天使がゴロゴロところがりだした。

 ひょっとしてもしなくても、腹がへっていただけか? 

 起き上がったと思ったら、勢いよく「めしー!」と言って駆けだす。

 辺りの様子を窺わぬまま勢いづいたものだから、閉まった戸に激突して其の場に倒れ込む。

 見境なく困った天使である。

 気絶したので放置して夕飯を頂いていると、暫くしてノソノソ這って来た。

 皿に餌を取り分け床に置いてやる。

 箸を持つのでさえ容易でない状態の天使は、そのまま犬食いである。


 天使は天から落ちてきたと見える。

 本当の名をマスティマ・ベリアル・ベルゼブブ・アザゼルというと、忙しく食いながら話すから飯が床のあちこちに飛び散っている。

 クロより行儀の悪い食い方をする者を始めて見た。

「いやあ、参ったね」

 天使が十五号にスリスリする。

 元気になった途端にセクハラとは、相手を派手に間違えている。


 すぐさま取り押さえられても、手に持った餌皿は離さない。

 船の外へ臨時に取り付けた檻に閉じ込めての移動となった。

 シロが天使の精神鑑定を行ったが、心神喪失・心神耗弱の状態ではないとの診断が出されておる。

 しっかり御勤めさせるべく、一旦診療所近くの収容施設に向かったのは言うまでもない。


 診療所に着くと天使が飲兵衛祭に行く途中だから、ここで開放してくれていいとぬかす。

 我らの船はタクシーではない、救急車の適正利用に協力する気はないようだ。

「御前を罪人としてこの地に連れてきたのである」

 自分が置かれている立場を理解していないので、一からじっくり説明しているところに玄武の爺がやってきた。

「昨日到着する筈だったからなあ、随分と心配していたんだナンダラカンダラ」と言いながら、天使を引き摺って連れ去ってしまった。

 結局、我々はフザケタ堕天使をここまで送って来てやっただけである。

 何とも癪に障る奴だ。何時かぶっとばしてやる。


 これだけ世間が大騒ぎしている時でも、村の祭は行われるのだからたいしたものだ。

 聞くところによれば、戦争があろうが飢饉だろうが続けられてきた祭で、内戦如きでは中止にならないとか。

 それならば、ヤブ達も帰って来るのか連絡をしてみれば、とっくに帰って港屋の湯に浸かっていた。

 援軍と思って一生懸命後から追いかけていたのに、連絡もなしに自分達だけ帰っていたとは、何時もながら他人迷惑な連中である。


 大至急、港屋に飛んで合流する。

 もはや苦情の告げようもない程に出来上がっていて、ハリネズミが連れてきた例の長火鉢シロイタチを転がしてヘラヘラやっておる。

「そのイタチ、純然たるイタチではない。無論真面な生物でもない。今に酷い目に遭うぞ。死ぬ気でからかわないと本当に死ぬぞ」言った側からイタチの最後っ屁、プー。

 止むを得ず、暫く宿の外に退避したのである。


 今日と明日。宿でのんびりしてから診療所に戻って、祭に行く予定でいるらしい。

 何時もの年なら何の心配もない祭だが、今年はエネさんに敵対する過激派の勢いが異常に強くなって、とっても危険な祭になるとの予想が成されている。

 昭和会の爺婆が万一に備え、天使だか悪魔まで呼び寄せているからと、少しばかり安心している風な事になっている。

 だが、呼び寄せたのが彼奴ならば、かえって逆効果である。

 今頃村は悪魔の巣窟になっておる。


 二日ばかり温泉にのんびりしたら、すっかり帰る気が失せた。

 このままここでゆったり過していたい。

 気乗りはせんものの、皆が参加すると言うから仕方なし村に向った。

 不穏な動きが活発な時期、夜間は危険だから昼間の移動である。

 しかしながら、村に近付けば近付く程帰らん方が宜しい雰囲気が増してくる。

 まだ昼間だというのに、酔って道路の真ん中に寝転んでいるのは可愛い方である。

 村外れの墓地を掘り起こし、半分埋まっている者までいる。


 毎年の事ではあるが、十月になると村は悪霊祭りで活気付く。

 神無月由来の神を無視した祭りで、起源は神代の昔までさかのぼるとされている。

 近年はハロインと混同した者達によって、コスプレとのコラボ傾向にある。

 数少ない村のイベントだが、残念な事に普段から危ない村の犯罪発生率は、この時期に急上昇して暫く下降しない。

 したがって、過激派が村を侵略するには絶好の時なのである。


 いくら濁酒がただで飲めるからといっても、命をかけて出かけて来る事もあるまい。

 村を見渡せば、何処も彼処もドンパチやっている。

 空砲なのか実弾なのか、どれが本物の戦闘か御遊びかの見分けがつかない状態である。 

 しっかり地下の診療所で御留守番を決め込もう。

 ナイトウェアーに着かえてテレビを点けたら、朱莉ちゃんに景気よく消された。

 クロが旅立ってしまった今、地球防衛軍猫部隊は吾輩のみである。

 今回の祭は名ばかり。

 しかしてその実態は、過激派エネに操られた反乱軍と政府軍の全面戦争だと告げられた。

 吾輩には飛行艇に乘って村をくまなく偵察し、朱莉ちゃんに報告する任務があった。聞いてねえよ。


 今日ばかりは飲み乍ら飛行艇に乘っても安全な様に、本部からの自動操縦にしてくれると言う。

 卑弥呼に貰った濁酒の徳利を抱えて船に乗り込んだ。

 しかし、ようく考えてみよう。

 酔っ払って寝ていても良い猫を乗せて飛ばすなら、吾輩は乘っていなくてもいいのではないか?


 外に出たれば、既に暗闇で銃撃戦の閃光が飛び交っている。 

 悪霊祭りで賑やかに飾り立てられたパーティー会場から少し離れた所は、宗教制限なしの混合型墓地になっている。

 この暗がりで、北山と黒岩がほふく前進しているのだが、ブッブブ・プヒッピリッ。

「くっさ。おめえだいぶ前に爆弾で死んだべ」

「死んではいない。生き返ったって言われたけど、死んでませんから」

 死んではいないが、生きていると言って良い者かどうか疑問である。


 二人が墓石にもたれ、ゾンビに向けて発砲する。

 ゾンビに出会ったのは始めてである。本物か?

 趣味の悪い仮装祭である、どいつが悪魔でどれが人間かの区別などつかん。

 黒岩が頭部に銃弾を受けた。血液らしき物が北山の顔に飛ぶ。

「いってー」

「よお、おめえの頭に穴開いたんじゃねえの。何か顔に付いたけど、脳ミソとかじゃねえべな」

「大丈夫、撃たれ強いから」

「それを聞いてんじゃねえよ」

 くだらん話しで盛り上がりながら、墓石の陰から二人で銃を乱射している。

 税金の無駄遣いもここまでくれば表彰ものである。

「医学の進歩はすげえなー」

「ヤブ先生がブードゥー使ったらしい。結構と調子いいんだ」とか言いながら、黒岩の額からは異物が流出している。

「本当に大丈夫かよ。ゾンビよりすげえ事になってんぞ。脳みそ垂れ流しじゃねえの、それってよ」

「だったら、死んでるますよね」

「だからよ、去年死んだべ」


 マシンガン並の凄まじい勢いで打つものだから、二十発の弾倉など一息で空になってしまう。

 弾丸の補充は一分に一度である。

 何処にそれだけの弾を抱えていたのか。

 今まで撃った弾の薬莢だけでも、自分の体重をはるかに越えておる。

「この時期のゾンビと人間て見分けつかねえべ、だから迷うんだよな」北山が躊躇しながら一発撃つ。

「迷いは命取りです。銀の弾撃ち込んで消滅するのがゾンビですよ」

 黒岩は、とりあえず目に映った物は容赦なく打っている。 確かにゾンビは消滅しているが、人間に当たった時の事は考えていない。

「おめえは迷わず爆死したよな」

 発砲して当たったが、敵は消滅せずにのた打ち回っておる。これが人間に当たった場合の反応である。

「当たって痛がるのが人間」今更言っても遅い。


 更にほふく前進すると、北山の目前にもっちりと膨れた風葬死体が現れる。

 実に具合の悪い光景である。

「あーんで生もんころがってんだか、痛んでるし」

「宗教上の理由だと思う」

 パーティー会場では【コンドルは飛んで行く】が流されている。特に深い意味はない。

 一っ処でもこの有り様である。

 村全体ではどれだけの負傷者が出ているか見当もつかん。

 祭で飲んだくれてやると豪語していたが、医者どもも今回ばかりは当てが外れたであろう。

 ちょいと様子を伺ってやるのに病院へ向かう。


 ナースセンターで、ゴルゴーン三姉妹がブードゥー人形を墓地ジオラマで転がしている。

 先程目撃した墓地と瓜二つの設定である。

 ジオラマの墓地では銃撃戦が終了し、北山と黒岩の会話として三姉妹が台詞を並べ立てている。

「北山。ブードゥーって嘘だべ、おめえ遊ばれてんだよ」「黒岩。無視。黒岩。犯人の銃傷に銃身をグリグリ」

「北山。少しは容赦してやれねえか、死んでも性格変んねえなー」

「黒岩の銃、暴発」「黒岩。ドッ! ……」「黒岩。一歩下がって銃を眺める」「黒岩。生き返ったら住む所なくなってたんですよね。今夜泊めてもらえませんか」

「キャハハー!」三姉妹が邪気の塊にも関わらず、無邪気に笑う。

 あまりにも恐ろしい光景なので、ここは適当に飛ばして他に行くとした。


 先程墓地で目撃したのは三姉妹の悪戯だったのか、ならば銃撃戦を演じていたのは虚像となる。

 では、あそこにいた二人は何処にいる?

 北山が経営しているカクテルバー【ワンョット・なんばしょっと】をこそっと覗いてみた。

 カウンター席には黒岩が座っている。

 隣席の相南がカウンター端に置かれた水槽のピラニアに餌をあげている。

 黒岩の額にガーゼ付き絆創膏が張られているところを見ると怪我でもしたのか、それにしては先程撃たれたのと同じ位置である。

 これも三姉妹が施したブードゥーの呪いとして片付けるべきか……。


「最近、世の中異常現象が多過ぎですよ」黒岩が話しかけると、相南が「はしご車欲しいんだよな、僕ー」欲望に正直な発言をする。

 北山がアイスペールにボトルからウイスキーを注ぎ、炭酸水メーカーから勢いよく炭酸水を入れる。

 ストローを付けると、相南の方を見て「人の話し聞けよ」黒岩に酒を出す。

「村には平屋しかねえべ、梯子車買うとなったら完全に道楽だべ。もう一度村長に聞いてみろ」

 相南は北山の言葉で、黒岩を吹き飛ばした事件を思い起こしている。


 吾輩は猫だが、超努力すると人の心根が読める様になっておる。

 便利な様な不便な様な能力だが、もはや化け猫扱いのこの身であるから隠す気にも成れん。

 この事を朱莉ちゃんは知っているから、相南が何を考えているのか読んで聞かせてとせがまれると、つい応えてあげてしまう今日この頃、相南が心の内を表現するとこうである。


「なー、とおちゃん。科学消防車はこれからの村に絶対必要だってば」

「硫安使って爆弾作るのはおめえくれえのもんだー」

 畑の中で相南が爆破実験をしている時に、知らずに巻き込まれた黒岩は見事に爆死しかけている。

 警察の取調べでは親子して知らないふりをしている。

 所詮、梯子車は無理な話である。


 現実に帰れば相南は悲観的である。

「あーあー、とおちゃんケチだからなー」

 そこへ黒岩が追い打ちをかける。

「消防署で小火出したばっかりだし」

 丼に盛られた柿ピーが出される。

 商売っ気も色気も飾りっ気もない店である。

「今月の消防署の地代、おめえ婆さんに払ってねえべ」

 北山がとどめを刺す。

 相南は何時も地代を使い込み、あぜ道で婆さんに追い回されている。

 毎月動く標的で訓練を積んでいるから、婆様が撃つ種子島銃の腕前は現役一流である。

 そんな過去が相南の頭の中に渦巻いている。


「このクソガキー、しょーもねえとこばっかりおやじに似やがって、まーた地代使い込みやがったなー」

「もうやんねえよお、ばーちゃん。走ると体にわりいからー、歩いた方がいいよ。もう勘弁してくれよー」

「走って悪けりゃ狙い撃ちしてやる」

 相南家の人間標的狩猟ゲームは、毎月末日に繰り広げられる村の名物行事である。


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