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26 怪しすぎる久蔵

 人間は見掛けばかりを気にするの動物である。

 裸の猿と遺伝子は際どく似通っているが、そのままではない。

 人前での野生をはばかる人間にあって、着物をつけないのは風呂に入る時かへコニョロする時、絵画の中に描かれし裸婦やフリ珍彫刻のモデルとなった時程度である。

 厭らしくも恥ずかしい裸体を披露している以上、単なる風呂遊びではなくモデルとしてここに戯れていると見るべきである。

 何とも物好きな趣味だ。

 たとえ絵画の制作に関わる事態にせよ、黙っていれば両性の裸体とて幾分綺麗に描かれよう。

 だがしかしBUT、其の口から出て来る言葉はことごとく人間としての品位を害する単語ばかりである。


 ピー音の連続に集中力を途切れ途切れに描くから、呆れかえるばかりの絵画に仕上がっておる。

 釜達は脈絡なく悪ふざけの過ぎる連中だとは思っていたが、何しろ相手は男女両方を越境する強者揃いである。

 噴火の折には欠くべからざる功績を残し、市長より感謝の証しとして化粧道具一式を贈呈されている。

 失礼が有ってはならん。

 今時貴重な宿泊客でもある。

 プラプラも慣れてしまえばさほど気になる物ではない。 

 慣れるまでに時間がかかるだけである。


 久蔵が描いた似顔絵は、いずれどれもが遺影として使われる事になると聞いている。

 伝説とはいえ気分のよろしい絵ではない。

 憑りつかれてはいなくとも、不可解なのが久蔵である。

 以前から素性を知りたいと思ってはいるが、誰も本性を知らんと言う。

 少なくとも今は、泥棒家業に精出さない絵描きでいる。

 貧乏神に憑りつかれた状態ではないが、分からん事だらけの男だ。

 それらの事情を知っても、なおもって似顔絵を描いてもらう彼奴等の気持ちが理解できん。


 絵に描かれた者の、その目が閉じたれば一週間もせずに必ず死神が迎え来ると言伝えられし似顔絵である。

 何故、こんな危ない奴に自らの裸体を描かせているのか。

 生態はおろか、何一つとっても釜達の考えを察する事が出来ん。

 知る人ぞ知る、知らぬものは知らん顔をしておればよろしかろうと、今日まで久蔵の正体をあやふやのまま過ごしてきた。

 しかし、よくよく思い返すに、既に吾輩はこの者に似顔絵を描かれてしまっておる。 

 こやつがどうこうする事により、吾輩の貴重な生命線が短くなってしまうのならば、放置してばかりはいられない。

 ところで、肉球の生命線とはどの辺りか、知った者がいたら教えてほしい。


 吾輩の疑問をよそに、釜達は裸の風呂にあって個性的な風態をしていたが、夜間ロビーに屯する時は心底女である。

 気に成る男が宿前の道を歩けば、肌蹴た浴衣の肩をすぼめる。

 胸をかくし腕を包む。

 どこもかしこもことごとく見えなくしてしまうのみならず、足の爪一本でも人に見せるのを非常に恥辱と考えている。

 これで考えても、釜なる者は一種の頓珍漢的作用によって、男の肉体と女の精神が相談しあって成立したものだと分る。

 それが口惜しいかな、二十一世紀の人間にあっても、この悲運の者を蔑み嘲笑うを正当として疑わぬ愚なる族がいる。


 肩と胸と腕を出して見せるがいい。

 同じ人間にそれほど違いがあるものか。

 それを、見掛けが違う考えが違うで生きるのにまで偉いが出るものなら、ついでに誰も彼も鋳型に入れて同じ形にしてしまえばよい。

 自分の個性は大事にしているのに、人様の個性を踏みにじれば、さもそれで自分が優等であるかのごとく周りから認められるのか。

 己を良く見せたいばかり、他人の心根を蔑ろにしても許される人間の世界は甚だ残酷なものである。


 何故に人は皆同じに生きなければならんのか。

 その因縁を尋ねると何もない。

 ただ他の大勢の者がそう言うからだけである。

 自分もその意見のまま生きると言うまでの事である。

 大勢は強いから、無理でも馬鹿気ていても従わなければやり切れないのだろう。

 子供の頃より同じが優等と教え込まれて来たから、理不尽にも悪行にも目を瞑って聞かぬ存ぜぬ。

 人間の歴史は単に差別の歴史であると申したいくらいだ。

 だから、見掛けが違う人間を見ると、まるで化物に接近遭遇したかのように振る舞う。


 その昔、自然は人間を平等なるものに製造して世の中に抛り出した。

 もし人間の本性が平等ならば、此の世に差別など存在しない筈である。

 剥げ・でぶ・ブス・チビ。

 終いにはかたわだ気違いだ。

 白いの・黄色いの・黒いの・と肌の色まで差別の原因とする。

 この差別がなければかつらは売れず、ダイエット食品など不要の食い物である。

 化粧品や美容整形などは存在せず、踵の高い靴は危ないばかり。

 身体の欠損に悩む者もいなくなるし、気の病を案ずるあまりに気を病むなどといったややこしい病気もなくなる。

 暴動や戦争・犯罪等の争い事がなくなる一方で、世界の経済が混乱を極めるは必至である。

 だから、どんな人間でも少しばかりの差別をもって生きねば、人間として居られなくなってしまっているのである。


 吾輩が名を貰ってやったドイツの物理学者アインシュタインは「物質は観察するまで存在せず、観察された時のみ存在する」という猫でも分かる量子物理論を、死ぬまで理解できなかったという。

 歴史が天才と認める者でさえ、知り得ない真実が有る事を忘れて人は生きている。

 此の世の総てを解明する為、人の寿命は短すぎる。

 猫にあっては尚更である。

 にもかかわらず、いかなる事象も己が持つ定規・秤で総て計れると勘違いしている者が、天下人などと言ってのさばっている。

 善悪はもとより優劣を決めるにしても、誰かの創った天秤にかけて決めるしか出来ない自分自身の思いを持たぬ。

 数の多き事、これ即ち正しき事としてしまっている風潮は嘆かわしいばかりである。


 争い事で私腹を肥やせる者の言い成りで、国家天下の為などと大義名分を打ち上げている。

 人と人がいがみ合い争い殺し合う事の、何処にも大義名分などあろう筈がない。

 これ等の化け物に比べれば、風呂で暴れている者は可愛い方だ。

 先程吾輩がボイラー室より見上げた釜達は、脱ぐべからざるパンティーもブラジャーもボディースーツも浴衣もことごとく棚の上に上げ、無遠慮にも本来の姿を露出し平々然々と久蔵に裸体を描かせていただけである。

 先刻一大奇観と思ったのはこの事で、吾輩は近未来起るであろう一大事変を予見し、諸君の為ここに謹んでその一部始終を紹介するかしないか決められる猫である。


 と………言っては見たが、何だかとっ散らかって収拾がつかない。

 プロットがないから、秩序立った証明をするのに骨が折れるのである。

 まずは一言確認しておく。

 風呂で裸体を披露し描かれていた釜達は化け物ではない。

 そう、化け物ではない。悲運な少数派である。


 それでは、湯槽の様子から述べよう。

 湯槽だか酒池肉林だか分らないが、大方は湯槽だったと記録しておく。

 幅が一間半くらい。長は二間半もあるか。

 それが一室で、その向こうのもう一室には露天がついている。

 露天の付いた風呂場はボイラー室から見えないから、どれ程の破廉恥が行われていたか想像の域を出ない。

 もはや鼻血も出ない。


 何でも、潮の湯とか号するのだそうで、泉質はナトリウム・カルシウム塩化温泉である。

 したがって、関東平野に有触れ出ている鉄錆び色の温泉と違い、無色透明透き通っておる。

 源泉の宿であるから温泉は使い放題にできるが、真水の湯は作らねばならない。

 燃料で苦労するのはここのところである。

 温泉となると、気になるのはやはりその効能だろう。

 詳細な記載をそのまのまコピペすると、神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・打ち身・くじき・慢性消化器病・痔病・冷え性・病後の回復期・疲労回復・健康増進・切り傷・火傷・慢性皮膚病・虚弱児童・慢性婦人病と、医者に掛かる程ではないが医者が見放す病には粗方御利益があるとされておる。

 もっとも、ただ浸かってドンチャン宴会騒ぎで暴飲暴食をしていたのでは効果はない。


 洗い場の方に突っ立っている若いのが二人。

 立ったまま向い合って湯をチャプゝ腹の下へかけている。

 念を押すが、立たせたままではない。

 しかしいかん眺めだ。

 双方共ビキニ焼けで色の白い黒い配置は同じとなっている。

 〇〇に揺れる物はするするっと情けないサイズに〇〇すと、素手で〇〇〇〇〇〇見せる。

 するともう一人がそれを見て「随分大きなヘルニアねー」と言う。

 そんなこんなの前を横切って、二十五六才で薄く髯が生えちゃっているのが、どぶんと湯船に飛び込んだ。

 とたんにわんさか体に付いていた石鹸の泡が浮きあがる。


 呆れてなおよく風呂の中を見渡すと、久蔵が乱痴気騒ぎにはついていけない様子である。

 絵を描くどころではない。

 誰もそんな事は気にも留めず、今度は久蔵の着ていた服を剥ぎ取って悪戯を始める。

 こうなって来るとすっかり閑念した久蔵も、釜達と一緒になって風呂場で大暴れする。

 角でじっとしていれば無傷で済んだものを、走り回って騒いだものだから、石鹸の泡で滑って床にしたたか頭を打ち付けた。

 意識朦朧としている久蔵は、鼻血と頭からの血が混じって顔中血だらけである。

 それを、釜達が捕まえて湯船に漬け込んで放置ときた。

 どちら様も御苦労な事である。


 吾輩は、今回の宿代を払う者の事を少なからず心配した。

 すると、放置された久蔵がプカプカ浮かんでくる。

 近くに浸かっていた者が「これはちょっと利き過ぎたようよー、背中の方からも赤いのが漏れ出しているわよん。どうしましょ」

「温泉ですものー、怪我は浸かっていれば治りますわん」

「一体この湯は何に利くのでしょう」

「いろいろなものに利きますわよ。神経痛―~―中略―~―慢性婦人病ですってー」

「そんなに効くなら、もう少し漬け込んでおいても大丈夫ね」

「入れたてより、三日目か四日目がちょうどいいようですわー。今日はこのまま漬けておきましょう」

 久蔵が幾分膨れ始めているのは、温泉の効果による回復期と見るべきらしい。


「飲んでも利くのかしらーん」

「久蔵さん引き上げた後は、出汁が出ているから美味しいかもよん。一杯飲んで寝ると、感動的な悪夢が見られるからー、やって御覧なさいよ」

 化け物の本性をさらけ出しているのだ、風呂で何をしても構わない。

 飛び出た〇〇がヘルニアだろうが腫物だろうが知った事ではない。

 ひとたび風呂を出てロビーに出れば、それはもう化け物ではない。

 いや、はなから化け物ではない。不幸な少数派である。



 極めて偏見に満ちた分類による釜達も、我がままな多数派の生息する娑婆へ出たらば衣服をまとう。

 従って、女らしい行動をとらねばならん筈である。

 しかし、今。釜達が踏んでいるのは久蔵である。

 ロビーのソファーに腰掛けた足の下でぐったり伸び、虎皮同様の分厚い敷物になっている。

 いかに馬鹿でも憑りつかれていようとも、人間でないかもしれなくとも生き物に変わりはない。

 似顔絵をタダで描いてもらっただけの仲ではあるが、猫だって希薄な恩義を感じない者ではない。

 微かに久蔵の身の上が不憫に思えている。


 気の毒だと言う念が胸一杯になったため、ついそちらに気が取られて女将の観察を怠たっていると、突然バーベキュー広場の方面から釜一族を呼ぶ声がする。

 あそこでも出鱈目をやっていたのか出て見ると、広い焼き場に一寸の余地もないくらいに食材や酒が並べられ、そこに化物達が取りついている。

 いや、化け物ではない。釜である。ではない。不埒じゃなくて不幸な少数派である。


 毛のある脛と毛のない脛が入り乱れて動いている。

 折から秋の日は暮れ、一面に食材を焼く煙が立ち昇る。

 かの釜族ひしめく様が、その間から朦朧と見える。

 熱いゝと言う声が、吾輩の耳を貫ぬいて左から右へ抜けていく。

 その声には、異なのも青ざめたのも赤っ恥のも、黒いの太いのもあるが、互に遠慮がないからロックコンサート会場の如き大音響を近所迷惑に漲らす。

 ただ混雑と迷乱をかき混ぜたのみで、ほかには何の役にも立たない声ばかりである。

 吾輩は茫然としてこの光景に魅入られ立ちすくんでいた。


 やがて、わーゝと言う声が混乱の中に混じって来る。

 山城私学の子供達である。

 固まっていた吾輩を発見すると、猫猫猫とツンツンして喜んでいる。

 まさか、純真無垢な子等を前に、釜達が本性をさらけ出すとも思われぬ。

 これにて吾輩は平常心を取り戻し、賑やかな夕食の宴に参加できた。


 宴も盛りの時に一人の巨漢が立ちあがり「これより幾日かで我等は特攻に出る身である」と演説を始める。

 国内で暴動が起きているとはいえ、ごく限られた地域での事である。

 他国と戦争しているでもなく、二十一世紀の今日に特攻隊とは時代錯誤も甚だしい。

 のみならず、既に薄っすら髭が伸び始めている。

 塗りたくった化粧の色が、顎の辺りで幾分蒼く変色している。

 これから何事が起るのか見ていると、巨漢の後ろでおーいと答えたものがある。

 おや、そちらに視線を逸らすと、段ボール箱の中に久蔵が押し込まれていた。

 箱の中から顔を出して目をパチクリさせている。


「スポンサーに対してこの扱いはないだろう。もう少し大事に扱えよ。これでも生物だからな、死んじまったらどうするんだ」えらい剣幕である。

 それも当然で、スポンサーと言うからには今日の掛かりは総て久蔵持ちである。

 その資金提供者を、湯船に漬け込み膨れるまで放置した揚句、敷物にした後は箱詰めにして宴会場に放り投げ置いただから、やる事が抜かりなく御茶目である。


 吾輩は会場の景色が物凄くなったから、早々に引き揚げて部屋に帰る。

 帰りながらも考えた。

 憑りついた貧乏神が泥棒ゆえに、何時でも自宅には気付かぬうちに盗んだ物金が増えていく。

 憑りつかれている時は元の自我意識がないとなると、気付いた時には盗品の山の中に過ごしているのに不思議に思わんのであろうか。

 元々不可思議な生態であるから、身の回りで何が起ころうと気にしない性格として片付けて しまうべきかどうか。

 やはり、どうしても久蔵の正体が知りたい。


 三柱の神は、吾輩と話してもさして気にかける様子もなく、ただ憑りついている事を内緒にしておけと言うだけであった。

 それに、何時か卑弥呼から預かった朱色のガラス屑を、人間が有り難がる金以上に貴重な物として扱っている。

 もっと上の神を暗殺する事さえ、朱色のガラス屑のためならいとわない。

 彼等にすれば、大変貴重な物に違いない。

 卑弥呼はまだまだ沢山持っている様子である。

 今一度、今度は吾輩が卑弥呼より朱色のガラス屑を貰い受け、三柱神のどれかに聞いてみるのが久蔵の正体を知るにはてっとり早い。


 はてさて、どの神に聞くといって、憑りついている貧乏神に聞くのが一番よろしいが、一度卑弥呼にあって朱色のガラス屑を貰わねばならん。

 今日は先程の宴会で少しばかり酔ってしまった。飛行艇で一っ跳びとはいかん。

 一旦部屋に帰って、朱莉ちゃんに連絡をして転送をと思ったものの、酔っている時に転送されたらどうなってしまうのか、ちと不安である。


 考えがまとまらんまま部屋に入って見ると天下泰平、吾輩が土産に持って来た生肉風味マカロンを、女将が今まさに頬張った所で途端に吐き出した。

 遺伝学的に、二十一世紀の人類に近い種には好まれない味の様である。

 結局このマカロン。以後は吾輩とクロのおやつ専用マカロンとなったのは御察しのとおりである。


 部屋のテレビを使って朱莉ちゃんから卑弥呼に連絡をとやっていると、地下の診療所へ遊びに来ていて直接の交渉とあいなった。

 久蔵について詳しい事が聞きたいならば教えてやるが、それより憑りついている貧乏神や他の神とかいう鬼の成り上りが気にかかると言い出した。

 本来、神と人の間に立って諸々伝えるのが巫女の生業、神の事なら何でも知っている風であったが、知らんでもいい久蔵の事は知っているのに、神共が悪巧みをしている事も知らんとは職務に怠慢な巫女である。


 朱色のシーグラスならばまだまだ沢山あるから、久蔵の事を聞くふりして、成り上り神や周りでジタバタしている神について、もっと詳しく調べ上げなさいと言うのは簡単である。

 元は久蔵について知りたいから始まった事だが、まったく調査対象が別物になっている。

 いくら性格の穏便な吾輩でも、この場合はいくらか報酬を貰わねば引き受けられる相談ではない。


「あんた、ハリネズミと付き合うようになってから随分がめつくなってない? 最近、クロの方が徳ある猫に見えて来てるけど、そんなんじゃこれから先の任務に差し障るわよ」とかなんとか。

 嫌な言い回しで吾輩を黙らせようとしているが、これから先の任務がどんなものか未だに聞いておらん。

 分からんものに差し障るも障らんもありはせん。


 卑弥呼がチラチラ指差す机の上に置かれた膳を見ると、金に物言わせた贅沢牛肉がどっかり塊で置いてある。

 不味いマカロンに成る前に、ハリネズミの工場に行って一塊バックに詰め込んで来たと威張っている。

 それを人間界では泥棒と言っている。

 我等がそれをやると、泥棒猫として最悪の場合は死刑である。

 猫界での馬牛泥棒に対する刑罰は、西部開拓時代の法律からまったく変わっておらん。


 牛の生肉に釣られたのではない。

 今より地球の将来を思うに、やんわりやって来る異星人の侵略から此の世の生物を守るのに、神も仏も敵も味方もない。

 動ける者は体を使い利口な物は頭を使う。

 誰もが一丸となって、困った奴を懲らしめねばならんのである。例外など有りはせん。

 しかし、懲らしめると言っても吾輩はその手立てを知らん。

 したがって利口な者に考えてもらうしかないが、政治家にまかせていたのではこの世界に将来がない事くらい猫でも容易に予想できる。

 ペロン星人だけではない誰かが、裏で危機に備えて動いているらしい事変は、ここのところ多々有った。

 それが何者かを知る手掛かりになるかもしれんと言われては、引き受けんわけにはいかない。


 ところでその牛肉………そろそろ例の肉牛君の年季が開ける頃なのか違うのか、どうにも引っ掛かる。

「その肉は何処から仕入れているか知っているか? 知っていたら教えてほしいのだがの」

「これはシェルターにある牧場産だよ」

 朱莉ちゃんが早速、生肉をカジカジしながら教えてくれた。

「吾輩少しばかり酔っているのだが、酒を飲んでいて転送されるとどうなるのかの」

「まだやった事ないから分からないのね」

 何気なく、朱莉ちゃんがフッと画面から消えたと思ったら、部屋の戸が閉まった。中から何をやっても開かない。

 吾輩で実験しないでって言ったのに。


 一瞬目の前が真っ暗になったが、苦もなく扉が開くと朱莉ちゃんが生肉を吾輩に差し出す。

「食べる?」

「うん、食べる」

 やはりマカロンに成っているのより、牛は生の肉をそのまま食った方が格段に美味い。

 したがって、ハリネズミは商売の為に貴重な牛の生肉を、無駄な手間暇かけて不味くしているとの結論に達した。

 卑弥呼の行為は悪ではない。

 極めて純粋に、食のあるべき本来の姿を追求した結果である。

 いくら上等の肉でも、焼かれたり煮られたりしてはたまらん。

 まして、菓子にするなど以ての外だ。

 こう考えて膳の前に座り、チビリゝ頂きながら、ついでに卑弥呼の持って来た濁酒で酔っていると久蔵の話しが始まった。


「久蔵はね、昔からこの辺りにうろついている奴でね、本人も自分の素性を知らないのよ。とにかく見掛けによらず長生きでね、私達の叔母さんでヤブと一緒になった琴音さんがね、久蔵の家族に会ってるんだけども、全員超長生きなんだって」

 長生きと言っても限界がある。どれ程長生きしているのか。

「どれだけの長生きか気になるでしょ。誰も知らないのよ。完全に化け物、妖怪よね。昔は私達の能力を使っていろんな人の願い事を叶えてやる商売していたんだけど、私達がもう嫌だって言ったもんだから、今じゃ訳の分かんないヤクザな商売ばかりやってるのよ。診療所に出入していた爺さん連中居たでしょ。あの年寄り連中の仕事もやってるわ。いつもデレデレしてるけど、あの年寄り、この辺りで一番危ない極道だから。いくらも残ってないから、自分の命を粗末に扱うの平気だもの。これ以上怖い人ってなかなかいないわよ」爺婆の事でなくて、久蔵の話しだって。


「神だか悪魔だかが創って、創りっぱなしで忘れちゃった生物みたいに言われてるんだけど、その辺になると神話の世界になっちゃうから、どうやっても本当の事は分からないわよ。あいつら一家について調べたって無駄。自分達でも分からないんだから」

 卑弥呼はしきりに無駄骨になると言って、自分が知りたい神について調べるよう勧める。

 しかしながら、曲がりなりにも神ならば、憑りついた者の素性くらいは知っている筈である。

 生肉の御礼に、神とかいう成り上りについて調べはするが、あくまで吾輩の調査対象は久蔵である。


「最近ていうか、戦後からの久蔵の動きだったら、北山の連中が書いたノートがあるから後で貸してあげるわよ」「何? 北山も久蔵について調べておったのか」

「調べていたっていうか、北山からすれば久蔵は一族の仇だから。でも重大な錯誤ってやつなのよ。久蔵は死んだ北山の御爺さんと父親を助けたかったって言ってるけど………二人とも変人でしょ。どっちの話しを信じていいんだか。これも分かんないのよね」

 増々謎が増えた様な気分になるのはなぜだろう。



 ヤブの親父殿がホスピスに入って随分になる。

 どうしているのか、何時もならば病院内へは猫立入禁止だが、ホスピスと言われる一角は何でも有りの無法地帯である。

 吾輩が出入しても、ひたすら猫可愛がりするだけで叱られはしない。

 気に入っているから時たま遊びに来るが、何が忙しいのか、親父殿には会う機会がない。

 今日も一時間ばかり遊んでいるのに、まだ見掛けない。


 第三病院には、ペロン星人から第二病院に紹介された三姉妹が移動となって勤務している。

 二人は看護士で、一人が薬剤師である。

 当初はペロン星人だと思っていたが、心肺が有るのでペロン星人ではないと分かった。

 本性を隠す必要はないだろうと言ってみたが、何時になっても素性は明かしてくれない。

 この三姉妹がホスピスの担当で、気兼ねなく言葉を交わせるのが有りがたい。

 他の患者にうっかり話しかけようものなら、日本語を話す猫に驚き、患者もうっかり彼の世に昇天しかねないのがホスピスである。


 吾輩が親父殿の行方を薬剤師に聞くと、幾分薬の試用で酔った風に、あっちこっちそっちと差す手が定まらない。 

「何処に居るのだ」もう一度聞くと「礼拝堂ー」と教えてくれた。

 礼拝堂は回りをぐるっと生垣が囲い、病室からは見え難くなっている。

 この生垣の外をまわって行けば、建物の正面に出る。

 近付いて行くと、中から何やら唱える声がする。


 ホスピス礼拝堂でキラキラ光る金属製の土偶を祀った親父殿が、周りにいる信者らしき者達と一緒になってナンダラカンダラ唱えているのである。

 この期に及んでも、まだ人の上に立ちたいのか。

 往生際の悪さに呆れたが、余命を考えるといきなり飛び出て引っ掻いてやる気にはなれん。

 日々暮らす分には何の支障もない施設だが、本人の余命だけがどうにもならんから切ない病人達である。


 ホスピス仲間と土偶の前で談笑する親父殿と患者達。

「この土偶はさー、人の命と引き換えに何でも願いを一つだけ叶えてくれるんだってよっ」それはまた珍なる物である。

 どうりで、皆して一生懸命になる訳だ。

 ただ………親父殿は今恐ろしく余計な事を喋っちゃっているのではなかろうか。どうなのか。

 土偶の事を吹聴するのが薬や病のせいではないなら、それなりに考え有っての行動としても宜しいが、これまでの親父殿の行動を振り返るに、思慮深く徳のある人格者とは思えん。

 宗教法人に税はかからんからと、この一角だけでも無税にして、後々病院に都合よく使う算段ではなかろうか。

 この、宗教は別物とするのが騒動の種である。


 本来ならば同一の物を別の施設と偽り、両側から都合の良い様世間を誑かし、いかにも優れた施設と互いに褒め合いをして評判を得る。 

 見え見えの茶番でも信じて救いを求める者は、似非宗教に盲目である。

 常人の思考ができる状態なら不正も見抜けようが、病の淵にあってはいかなる知識も無力となり、言われるがままに信仰を唱えてしまう。

 親父殿は無論、堂内の霊猫たる吾輩にすら気付かず、ひたすら信者を煽り立てている。


 噂で聞いた土偶伝説によれば、一つの願いは一つの命と引き換えとされている。

 全員で同時に願ったら、誰の命と引き換えに隕石を降り止ませればいいのか、土偶さんだって分からない。

 いくら末期とはいえ、ロシアンルーレットのような願掛けに命を使うとは信じがたい光景である。

 親父殿はずる賢い奴だがしかし、これより彼方の世に行く者には何の徳にもならない願いである。

 ホスピスで楽しく過ごすべき余生を、なおも人の為に使い果そうとする。

 損得勘定だけで出来る所業とも言い切れん。


 玉を抱いて罪ありと言う古語がある。

 土偶を持って使わぬは、桐を生やして銭なしと言ってもしかるべきもの。いわゆる宝の持ち腐れ。

 聖なる土偶を持っていながら使わんのは愚である。

 命と引き換えに願いを叶えてくれるなら、短い命くれてやるといった所だからと言っても、死神と取引して良いとはなかなか思えないのが人間である。

 人の生きたいという願いは、どんな願いよりも強いものだと思っていたが、そうとも限らなんと気付かされた。

 頭が下がる思いだが、異常に陽気である。

 薬でラリッてるいだけか? 


 金属制の土偶が、命と引き換えにどんな願いも一つだけ叶えてくれるなど、どうせ迷信である。

 それも山武家だけに伝わる怪しい言い伝えと聞いている。

 吾輩は別に親父殿に恨もないから、彼の悪口をこのくらいにして本題に戻る。


 この土偶が、第二病院乗っ取り騒動の種であると言う説を卑弥呼が話してくれた。

 決してヤブに言ってはいけない。これぎりの話しであると釘を刺された。

 そもそも、このホスピスに関して第一の不都合は、違法御免天下晴れての無法地帯と言う事である。

 いくら努力しても、願いどころか最低限の生活もままならない人が、広い世界には溢れかえっているというのに、善なる神と崇められる神は忌み嫌われる死神より人を差別する。

 宗教家は神の成す不平等を試練と言う。

 御試しになっているのですなどとのたまうが、重い病を抱えて生まれて来る子供はどうなのか。

 神は、生まれたばかりの赤子にも試練を与えるのか。

 いかなる理由があって、善良な人々を戦乱の渦に巻き込み試さなければならない。

 神が行う試練とは、人間社会では虐待とか虐殺と言われている。

 どれだけひいき目に見ても、それは所詮悪魔の所業である。


 悪魔と神は表裏一体。

 時と場合・解釈次第で、見えない力は神であったり悪魔であったりする。

 悪魔との取引にも見えるから、ラリパッパ祈祷会は中の一人がトランス状態から危篤になった途端に禁止されたが、無頓着なる親父殿は存外平気に構え、別段抗議もせずに日々過ごしていた。

 やがて祈祷会が再開されると、一週間ほどして隕石被害が収まった。

 流星は数こそ減ったが相変わらずで、噴火や地震といった災害は幾分大人しくなってくれた様子である。

 実害がなければ、流星とオーロラのコラボは夜空に美しい。


 世間様が落ち着いた夜。親父殿が家族や病院スタッフを呼んでバーベキューパーティーを主催した。

 近所に住まう人も混じっての宴会で、大声を出したからと苦情が出るでもないが、夜更に御開きとなった。

 ホスピスの患者は状態にもよるが、基本的には外泊自由である。

 遅くなったので、親父殿とヤブの兄姉が診療所に泊まった。

 元気にまた明日なーと寝床に入った親父殿が、朝には冷たくなって起きて来ない。

 これから先、この世界がどうなっていくのか、見届ける事もできずにさぞ残念であったろう。

 でも、それはどこで区切ろうと同じ事である。致し方ない。

 最後に皆で一緒に遊べた事。安らかな顔のまま逝った姿が気休めである。


 身近な者が亡くなったと言うのに、ゆっくり落ち込んでもいられない。

 徐々に減っていた隕石が収まったと思っていたら、今度は地面が揺れだした。

 地震ではあるが、大地より海底の揺れが頻繁である。

 大きくはないものの、津波が絶え間なく続いている。

 災害のせいで気の毒な者になったのがシロで、ホスピスの礼拝堂に奇跡を求めた信者が押しかけて来ている。

 この騒ぎは手に負えないと院長室に籠って、ヤブに助けて下さいとメールを送った。


 しばらくすると二三人の職人が来て、半日ばかりの間に院長室と礼拝堂の境に高さ三㍍ばかりの目隠し塀が出来上がった。

 これで安心だとシロは喜こぶ。

 しかし、シロもヤブも愚者である。

 見ざる聞かざる言わざるでも群衆の挙動は変化しない。

 遙率いる新興宗教団体【ずんだもち】と、卑弥呼が集めた【真迷神社】の氏子も加わって、病院礼拝堂での一大祈祷イベントが催されると、辺りは似非神が作り出す空気に包まれてきた。


 ホスピスへの出入りは患者とその親族に限るとしたが、患者の親族と称する人物が急増したのは言うまでもない。 

 見舞いもそこそこに土偶参り。

 土偶の前に賽銭箱を置いたのは芙欄である。

 病院の前では土偶せんべい・土偶ビスケット・土偶饅頭・土偶キーホルダー・土偶人形・土偶タオル・土偶Tシャツ・土偶ロゴ入り医薬品等々。土偶専門店が大繁盛している。

 オーナーは芙欄である。


 病院のマスコットキャラクター・ホワイトタイガーの着ぐるみと、神憑り土偶の着ぐるみコラボが実現。

 特設ステージで踊っている馬鹿者がいる。

 中身は芙欄である。

 お馬鹿企画で盛り下がっている間にも揺れは続いている。

 いい加減使い古された子供だましにもならない企画でも、一時地震を忘れさせてくれたという点では成功とするべきか。


 迷える人間を観察するのは面白いものである。

 吾輩のような猫ですら、手立てのなくなった者には招き猫として頼りにされる。

 曲がりなりにも第二病院の院長様であらせられます芙蘭がやっていれば、信じてしまう者も大勢出て来る。

 霊験あらたかなる土偶様に肖った、コバンザメ詐欺商法とでも言うべき悪行なれど、人に支持されているから迂闊に警察も手出しできない。

 これに不平なのは、恐らくヤブだけであろう。

 着ぐるみがカンパ箱を持って寄付を募っているのを見て「何の為の寄付なんだ。寄付金の使い道をはっきりしろよ。そこまでして小銭を稼ぎたいか、守銭奴!」一人で唱えている。 

 そんなこんな終末騒ぎが盛り上がると、相対して地震が収まった。

 ホスビスの患者には、地震が始まってから何人か御臨終あそばされた方がおったが、何方の仁徳祈祷で地震が治まったのかなど見当もつかん。



 ヤブの部屋に置いてあった自画像が、いつの間にか目を閉じた絵に変わっておる。

 吾輩がこの診療所へ厄介になった時から、ずっと机の下に置いたままホッタラカシであった。

 まさかと思って信じていなかった現象である。

 絵画に描かれた自画像の目が閉じるとは実に奇怪だが、こうなってしまうと、モデルになった人間は一週間程で御昇天の合図だと伝えられている。

 これ等の事を参考に推論してみると、吾輩の考えではヤブがこれより一週間以内に他界すれば、久蔵は何等かの能力者である。

 貧乏神に憑りつかれた身の喫茶店店主で、泥棒家業に精出すだけの者としておくのは勿体ない。

 貧乏神に対して勿体ないのではない、予知する絵を描く力に対して勿体ないのである。


 よく似ている絵だから、悪い噂があっても描いてもらう者が絶えないのは仕方がない。

 実際に絵画が変化したとなると、落ち着いていられないのはヤブである。

 暇を見ては顔を出していた喫茶店だが、ここの所の忙しさにかまけ、マイカップを手にしたのが何時だったか思い出せないとアタフタしている。

 昨日の事も忘れてしまう脳だが、憑りつかれていない時に久蔵と会っていないのは確かである。


 駅前の似顔絵喫茶どんぐりに、ヤブが慌てて顔を出す。

 吾輩は滅多にこの店まで来ないが、ヤブは数年前まで毎日の様に通っていた店である。

 店には北山の下で働いている三つ子が、三人揃ってカウンター席に座っている。

 仕事前に何時もここで食事をしている三人は、店主に留守を任されたのを良い事に、好きな食材でやりたい放題の食い放題をしている。

 店の客として唯一のヤブは知り合いとあって、いっこうに態度を改める気配はない。


 店主の所在を尋ねると、駅前に出来たマンションの何処かの部屋にいると言う。

 そのマンションならば、建てたはいいがバブル崩壊だーの災害が頻発だーのナンダラカンダラ影響で、まったく売れなかった物件である。

 終いには不動産屋と開発業者が夜逃げして、競売にかかったのを店主が五回目の特売時。

 丸ごと二束三文で買ったと聴いている。

 ヤブにも、郊外型リゾートマンションの薦めなる小雑誌が届けられていた。

 マンションよりも更に緊迫した郊外に住んでいる相手に、胸張って薦めるべき物件ではない。

 特売が四回も不調に終わった物件を買い取るようなイカレ者なら、人生まで賭けた博徒である。

 何処ぞの組織に所属したヤクザではないが、ヤクザには相違ない。

 付き合うには至極不適当な男と思える。


 喫茶店の経営は久蔵の隠れ蓑であろう。

 完全犯罪は自己の評判を上げる由縁で、似顔絵については、これまでの業績に対する評価の一部としてしかるべき結果とまで心得ている。

 危なっかしい中年だ。

 そんな男の所に向かっているとなると、条件が備われば自から死刑台に上って行く様なものである。

 それなのに店主を探し出し、廃墟となったマンションで何をしているのか尋ねている。

「部屋がいっぱいあるもんで、取り込み詐欺やってんだよ」

 人様に言う事ではないだろが、偉そうに久蔵が語って聞かせる。


 そもそも、北山の下で働いているとはいえ、喫茶店を手伝っている三兄弟は、診療所に出入しているヤクザOBの爺婆が作る昭和会の情報屋である。

 更に、競売の二束三文とは言っても、地元の不動産屋でさえ二の足を踏んだ物件である。

 二十数部屋のマンションの代金を、ためらいなく一括払い出来る程、久蔵は余剰資金を持っていない。

 昭和会と久蔵は、裏でしっかり繋がっていると見える。

 それを、ヤブは今頃になって気付いたらしく、もっと早く気付くべきだったと心の叫びが独り言になって漏れ出している。

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