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22 祭りの出し物とアルカディア

「ところで、僕達の冤罪はいつになったら晴らしてもらえるのですかねー」

 シロが初めて不安そうな表情になる。

 こうなるとどちらが精神科医か分からん。

「その件に関しましては、担当ではありませんので何とも申し上げられません。関西関東のトップクラスヤクザ弁護士が二人してやってるんだから、泥船 に乘ったつもりで待ってればいいんじゃないの」

「そうですよねー。僕にも生肉マカロンください」

 シロは根が猫科虎である。生肉は好物だが、さてどのような評価をするものやら

「旨っ! 馬鹿旨っ!」

「でしょー。見かけとか名前じゃないのよね。この場合」

「確かに見掛けや名前では不味そうにしか思えませんがね。なんとも美味ですね。売れるのは当然ですね」

「アインも食べる?」

「うん、食べる」

 朱莉ちゃんの薦めを無下にはできん。快く承諾し生肉味マカロンとやらを一つ頂戴した。


「なかなか美味いでしょう」

 シロが如何にも自分が作った菓子でもあるかの如く、鼻高々と吾輩が食すのを覗き込む

「旨い。旨いが、御前が作ったのでもあるまいに、自慢げに美味いでしょはなかろう」

「それもそうだが、美味い物を見つけた時ってのは、つい人に教えてやりたくなるもんだろ」

「教え方が些か美味いの強要であるな。気に入らん」

「そう細かい事を言うな。もう一つ食いなよ」

 そう言うと、シロが菓子袋からもう一つ出して吾輩の前に置く。

 いつからその菓子は御前の物になった。

「勝手に人の菓子を自分の物のように、増々もって怪しからん奴だな」

 あまりの奔放に軽く叱ってやった。

 すると朱莉ちゃんが部屋の奥を指し示す。

「いっぱいあるからいいよ」

 示した先には、キャベツの段ボール箱に入った生肉味マカロンが五箱ばかり置かれてある。

 売れているとは謀りで、やはりこの菓子は余り物ではないのか?

 美味いから許してやるが、今ではこの菓子が主食となっている朱莉ちゃんとクロの体調が心配である。

 ここへ巫女の卑弥呼でも来れば、診療所に出入する変人の集いとなろう。

 奇人変人以外の人種が訪れるのは珍しい診療所である。

 変人をことごとく網羅し尽くしたなら、ここに入りきらんが、菓子はすぐさま食い尽くしてもらえるだろうに。

 律儀にも、貰ったら自分達だけで食わねば失礼と思っている。

 盥回しでも皿回しでもして片付けてしまえばいいのに。

 ここで正直な気持ちを言って、そのとおりと菓子を配って回られたのでは勿体ない。

 運よく、たんとマカロンが山積みの日に来られたのを幸いとしておくべきである。

 今後生涯人間中に生活を続けても、この様な幸運には滅多に預かれない。

 潜水艇には、吾輩が乘ってもかなりの空間がある

 帰りに土産として、幾袋か貰ったとて差支えの無い量が目の前にある。


「おひさー。どうもゝご無沙汰こぶたさー」いきなり飛び込んで来る者がいる。

 お辞儀をして下を向いた顔と吾輩の目線が合う。

 診療所出入の変人、卑弥呼である。

 始めて出会った時は神々しくさえ思えたのに、今や他の変人とさほど変わらん者と気付いてしまった。

 来るべくして来るべき者がやって来た。

 顔だけならば世間は美人・別嬪・ミス神社程に褒めちぎるが、赤い袴姿で髪をキリリと縛り薙刀を持てば、たちどころに一級剣士の出来上がりである。

 境内に設えた藁人形をバッサゝと真っ二つに切り歩く舞は、見事ではあるが背筋が凍る光景。

 もう二度と見たくない。

 したがって、卑弥呼が持ち合わせている身体的特徴で、一般的な人間らしき所は顔と体つきだけである。

 人は見掛けで相手の良し悪しを決めつける生物だから、その点で卑弥呼は随分と得をしておる。


「あらら、猫まで一緒に。逃亡中なのに呑気に挨拶回りね。家にもいらっしゃい。村の人達が会いたがってますよ。もう、貴方英雄。指名手配、お・め・で・と・う」

 卑弥呼はシロを神社に来るよう誘う。

「先生は大分久しく村にはいらしてませんしね」

「銚子の病院に行ったきりだったから。出発の日、朱雀門の祭に行きました。その後御宮の祭りは何処まで廻りましたか。祭で飲む濁酒は美味かった。また貴方の舞も美しくて、僕は見とれながら大きな拍手をしていました。今日は濁酒ありますか」

 シロが乗り気で卑弥呼に尋ねる。

「今の時期は他の御宮さんでは作れないので、磯さんの御宮にしかないのね。あおいに言って別けてもらうから、猫も連れて来なさいな。この子、中々可愛いとこあるのよ」

 吾輩を目の前にして、そんなに褒めちぎっても何もやらんぞ。


 卑弥呼の言う村人とは、当然の如くペロン星人である。

 何かと理由をこじ付けては宴会にしたがる。

 どぶろく奪取の理由は、シロが久しぶりに帰って来ただけでよい。

「今度はいつ祭りがありますか」

 シロが出て行こうとする卑弥呼を停めて聞く。

「あおいが決めているからはっきりしないけど、ここのところの騒ぎで七八両月は休んで九月からは賑やかにやりたいって言ってたわね。何か面白い趣向でもございますか」

「あります!」シロが勢いよく返事をする。

「ハリネズミの創作を舞台で一つやらないかなんて?」今度は朱莉ちゃんが相手になる。

「ハリネズミさんの創作なら面白いものでしょうが、一体どの話を舞台にするんですか?」卑弥呼が問う。

「脚本は粗方出来ているんだ」シロが自信過剰に出る。

「このクソ忙しい最中に脚本を書けたとは、恐れ入った。御前は偉い! 喜劇か悲劇か怒劇か」

 吾輩が話しを進めると、シロはなお澄し返って「喜劇でも悲劇でもないさ。近頃はアイドルとか新喜劇とか大部流行っているけど、僕は一つ伝統芸を生かして能狂を作って見た」

「狂言?  歌舞伎みたいなクッサメゝやるあれ」

 朱莉ちゃんが生肉マカロンを卑弥呼に薦め乍らシロの方を向く。


「狂言と能を混ぜて、新しい伝統劇と言うのを詰めて能狂の二字にしたのさ」と言う。

 我等はシロの暴走考察で多少煙に捲かれている。

 卑弥呼が薦められた生肉味マカロンを一口頬張る。

「うんげっ、不味っ! 何これ」

「生肉風味マカロンだよ。なんか文句あるか」

 先程から只管食っていたクロが、不味いの一言に反応して反撃に出る。

「それで、その脚本と言うのは?」聞き出したのはやはり卑弥呼である。

 卑弥呼はクロを相手にする気などない。聞こえないふりをして話を進める作戦に出た。

「根は狂言の趣向だけど、あまり長たっらしいのはよくないと思って一幕物にしておきました」

「なるほど」

「まず舞台仕立てから話しますが、これも極簡単なのがいいですね。舞台の真中へ大きな柳を一本植え付けて、その幹から一本の枝を右の方へヌッと出させて、その枝へサウスバードを一羽とまらせる」


「サウスバードって何者?」

 物知りの朱莉ちゃんでも知らない鳥で、独り言のように聞き返した。

「知ってるでしょう、どうやっても南にしか向かない鳥」

「本当にいるの?」

「烏の足を糸で枝へ縛り付けておくんです」

 朱莉ちゃん は本当にいるのか居ないのか聞いている。肝心な所を飛ばすんじゃない。

「で、その下へ港屋の若旦那の幽霊を出しましてね。両の手を前に出して恨めしやーって手を振るわせるんです」

「それは危なくシュールね。第一、誰がその幽霊になるのよ」卑弥呼が聞く。

「何、それもすぐ出来ます。港屋で若旦那が人前に化出る練習をしてますから」

「何となく話が見えてきたにゃ。それって県警がやかましく言いそうだねー」朱莉ちゃんが心配している。

「それってよ、興行しなけりゃ構わねえんじゃねえか。村祭りの余興をとやかく言った日にゃ、何事かってマスコミが黙っちゃいねえだろ。それこそ藪蛇ってんで手出し出来っこねえや」

 クロが真っ当な意見を述べるのは何ヶ月ぶりか、この一ヵ月で恐ろしい精神的成長を成し遂げている。

 猫の惑星まで秒読み段階に入っておる。


「しかしあれは相手が相手だから。ただ見ているのとは少し違うわよ」

 卑弥呼がシロに少しばかり脅しをかけて見る。

「貴女方がそんな事を言った日には、奴等に適う者がいない事になってしまう。日本は終わったも同然です。若旦那だって浮ばれませんよ。女将だって口惜しいばかりで可哀想じゃないですか」シロが大いに気焔を吹く。

「まあ議論はいいがよ。それからどうするんだよ」

 クロ君、事によると自分にも役が回って来るかもとの了見と見えて筋を聞きたがる。

「続きね………花道から例の会長が、白いボルサリーノを被ったダブルのスーツ姿で出てくる。着付けは昭和の成金のようだけど、ヤクザだから出来るだけ悠々として腹の中には拳銃をしまってある体で歩かなくっちゃいけない。それで会長が花道を行き切っていよいよ本舞台に懸った時、ふと呼び止める声に眼を向けると大きな柳があって、柳の影で若旦那が恨めしやとやっている。はっと思って上を見ると、長い柳の枝にサウスバードが一羽とまって『死ねー。死ねーと』鳴いている。そこで会長が大に動揺した場面が五十秒ばかりあって、若旦那の幽霊とサウスバードの両方に追いかけられる。大きな声で『許してくれー!』を合図に、雷太鼓を轟かせて頭に高電圧を流してやる。黒こげになった所で幕を引く。どうだろう、こう言う趣向は」


「御気に入らねえな。猫が出て来ねえじゃねえかよ。それよりなにより、電撃喰らって黒焦げに成りたがる奴はいねえだろ」

 クロが何だか物足らぬと言う顔付で評価する。

「あんまり、あっけないようだ。第一、狂言としているのにそれでは怪談話ではないか。もう少し捻ったのが欲しいようである」吾輩は真面目に答える。

 今まで比較的おとなしくし話していたシロは、そういつまでも一本調子の男ではない。

 我等猫部隊の意見に水を得た魚の如く勢いづく。

「そうなんだよ。そこで君達の出番さ。この会長の役を猫部隊の御二方に演じていただきたい。ペロン星人しか集まらない御祭りだ。君達が演じたって驚きはしないさ。これなら立派に狂言だろ」

 確かに狂言と言えなくもない話になるが、このタイミングで何故? 


「御前の事だ、どうせロクでもない企みの一部であろう。本当の目的を話しておいた方が、後々御互いの親睦に亀裂が入らんで済むぞ」

 それと無く、疑問に答えてくれるようお願いしてみた。

「たいした事じゃないですよ。その祭に会長を御招待しようって相談がまとまってるだけです。最前列で観てもらいましょうよ。若旦那の幽霊がよく見えるように」

 なんとも悪趣味な企画である。

 こやつ等に恨まれた者は、たとえ地獄の底まで逃げても嫌がらせを続けられる。

 もう少し仲良くしておいた方が好いとの結論が、吾輩の脳内に凄まじい勢いで渦巻いている。くわばらゝ。


「たった其れだけで予想される効果は凄まじいね」

 何時から聞いていたのか、ハリネズミがシロの話に拍手しながら部屋に入って来る。

「一言二言いわせてもらうけど、其れだけでだけど其れだけではなのだよ。城嶋君の脚本は曖昧というか、滑稽さが少々不足気味だね。おまけに滑稽が話の内容とマッチしてないんだよ」

 褒めておいていきなりのダメ出しである。

「そんな中途半端なつまらない物をやって見たまえ。それこそクランク商事の連中から笑われるばかりだ。一幕だけでは茶番だ。あまりにも消極的で何をしたいんだか分からないじゃないか。失礼だが、城嶋君は物語の世界ではやはり机上の計算しか出来ない素人だ。患者を治してやっていた方が世の為になるよ。舞台もいいが、百二百創ったって悪い奴等はのさばり続けるものさ。創るだけじゃ駄目だ」

 シロは少々ムカッとして「そんなに消極的ですか? 張本人を目の前に演じるんですよ」

 見る者や吾輩からすればどうでも良い事で話が拗れ出している。


「会長が現場で見るまでを第一幕と考えたらどうだい。二幕を一緒に創ってあげるよ」

「二幕では長いし、舞台の仕込みが厄介です」

「何、そんな心配はいりませんよ。まあ聞きなさいな」

「聞きましょう」

「例の事件が不条理 に解決しているのは誰でも知ってますよ。若旦那を殺した実行犯は玄武さんに消されて、裏で糸引いてた議員も勘吉さんに吹き飛ばされた。ただね、この時もう一人の実行犯とされていたクランクの会長だけは生き延びて、今でものうのうとシャバでいい暮らしをしている」

「ごもっとも」

「その不条理を無雑作に言い放って、少しも無理に聞えない貴方の脚本はいいのだけど、そこから先がありません」

「そうかしら」卑弥呼が割り込んだが、ハリネズミは一向頓着しない。

「何故この話はつまらないかと言うと、これは心理的に説明するとよく分ります。実を言っておいて言いっ放しで終ってしまっている。こういうのは見る人にストレスをかけるばかりでスッキリしない。しかるところ、あのサウスバードは何故柳の木にとまっているのか。つまり、鳥がどうのこうのと言う訳じゃない、そこから動けない若旦那の霊に替わって復讐をする為に居るんだ。そうすれば最初は不自然な鳥の役目も、いずれ大事な主役に成って来る。笑いを取りたいばかりに出すだけなら出さない方がいいのさ。さあ、自分が復讐する眼で鳥と一緒に空から下を見たら客はどう感じる。若旦那の霊と鳥と自分が一体になって会長を退治する気分になれるものだから、ははあ、あいつは俺の攻撃を受けて参ってるなと勘違いをする。勘違いには相違ないが、そこが文学的でかつ積極的なところさ。自分だけじゃなくて、感じた事を自然と鳥が見ている上空にまで拡張できたら、話はよほど積極主義じゃありませんか。どうです城嶋さん」

「なるほど御名論だ。若旦那に聞かしたら驚くに違いない。だけど説明だけは積極だが、実際その劇をやるとなるとどう舞台を作ればいいのか、想像もできない。僕はどうしてもその二幕目を演じるのには消極的になってしまいます」

「まあまあ、どうも消極的過ぎるね」

 ハリネズミが真面目な顔をして答えた。


 卑弥呼は少々舞台の仕込みを考えてみたくなったと見えて「どうです、城嶋さん。舞台を作ると思いながら話を進めて見ては」

 二幕目の制作をしないか聞くと、シロは「いやあ、僕にはどうやっていいのか、まったく発想がないから書けません。近日中に見てもらおうと思いまして、稿本を幸い持って来てますから。続きはハリネズミさんに御願いしましょう」

 鞄から紫の大学ノートを出して、ハリネズミの前に置く。

 ハリネズミはもっともらしい顔をして受け取る。


 第一頁に【人の世に港屋事件程の無情が許されるのか問う】と一行に書いてある。

 プカプカ浮かんだ若旦那の幽霊が、ちょっと神秘的な顔をしてしばらく一頁を無言のまま眺めているので、吾輩が「何か言いたい事が有ったら皆に注げてやるぞ」と言覗き込む「やあ、たまげたね。城嶋君、思い切って読者に問うたのは偉い」としきりに賞める。

 ハリネズミは不思議そうに「城嶋さんさん、この問うと言うのは誰に対して問うているのですか」と聞く「へえ、普通は読者や観客と読むところを、誰に問うているのかと来ましたか。実はただ格好をつけようと思ってちょっと書いてしましたが、後から会長に問うのだと自分でも気づいた次第で」と真面目くさって述べる。

「城嶋君、それ二十世紀なんだよ。百年前ならそれでも通用したけど、この前口上は少しまずかったね。いきなり狂言でなくなってしまっている。入れない方がいいだろう。一番の難点は、これを聞いた途端に会長は差し迫る厄難を予見して逃げてしまうよ」

「逃げ出すくらい脅してやるのだから、それでもいいと思います」

「なるほどそうしてもいいが、本来君はこの舞台で何をしでかそうとしているのかね。だから僕は二幕を創ろうとしているのだが、君は書かないね」

「どう書いたらいいんですか。何も分かりませんよ」

「僕なら二幕は舞台から飛び出すさ。世の人に本当の舞台は、見る者の直ぐ近くで無限の広がりを持っている生物なのだと見せつけてやるね」

「増々分からない」シロは辟易する。


 どう斜になって構えても、ハリネズミの言う事が納得できないとした体である。

 ハリネズミはようやく一頁を返して巻頭から読み出す。

【会長:いや棺桶に片足入り最早これまでと思ったでござるが、命を助かったを良ひにして逃げて参ってござる。あとでバリバリと車の落ちるをとがしてござる程に、さだめて彼奴の一生終えたものでござらふ。

幽霊:言語道断のことをいひをる、最期も云ふことなく此の世を去れようもないでござろう。この棺桶は閻魔も御存知なされた、それがしの秘密が明かされし時こそのものにござる。恨めしや。

サウスバード:みなみちゃーん

会長:おお、おお。サウスバードとは珍なる鳥でござる。これはこの辺りに住まい致す鳥でござったか。あああ、なんと汚き泣き声。みなみちゃんにタッチタッチしたいでござる。

幽霊:これこれ、御前におりまする幽霊が汝を呼び出すは別なる事でもない。今晩暇があるによって、汝は大義ながら、地獄の底へ行て赤鬼、青鬼に甚振られてこい。

―――中略―――

幽霊:あのなー何でもない奴、退りおろ。

会長:ハァー。

幽霊:エーィ。

会長:ハァー。】


「これは僕の講談とは掛け離れている」ハリネズミは嘆息しながら卑弥呼に渡す。

「これは少々振い過ぎてる」卑弥呼は朱莉ちゃんに渡す。

 朱莉ちゃんは「なああるほど」と言ってシロに返す。 

 クロは相変わらず食っている。

「皆さん御分りにならないのは当然で、百年前の台本と現代のは違いますから。この頃は殆ど現代口語で演じる狂言師も出てきていますから、尚更分からなくなっています。書いた本人でもここがどうこう言われても、そこはこうだと説明できないのです」

 思いつきで書いたとしか解釈できん物である。

 それを見てくれと持ってきておいて、見せてからはアアダコウダと言い訳じみた解説を加えておる。

 書いてしまえば後は無責任に放置しても済まされると思い込んでいる。

 説明しなければ分からん様な物を作るんじゃない。アホタリが。

「狂言かもしれないけど、半端な終わり方ね」卑弥呼が言うと、ハリネズミが「二幕は必要だよね」簡単にシロの言い訳解説を打ち消した。

 結局、シロはこれから先をどうしていいものか案が出て来ないで、ハリネズミにそっくり台本の書き直しを御願いした。


 元々、この話でクランク商事の会長を驚かしてやろう程度の事しか考えていなかったから、作者の名が知れて後からとやかく言われるくらいなら、ハリネズミに丸投げした方が得策とシロは踏んだ。

 ハリネズミは何と思ったか、ふいと立って朱莉ちゃんのパソコンを借り、人間離れした速さでキーボードを打ち始めた。

「城嶋君の台本も参考にしたから、これは二人の合作として演じてもらおう」と言いながら、シロに書き上がった台本を見せると、些かどころではない。

 完全に正気の沙汰ではないものが出来上がっている。

 シロは合作連名に強く反対する。


「天然木瓜居士の墓碑銘まで作って、これじゃ公開処刑じゃないですか」

「まあ、黙っていなさい。城嶋さん、これは決して合法のものではありませんが、幽霊がやる事ですから微妙に我等は無罪です」

「是非そう願いたいです。それでなくとも死刑囚なんですから」

「君達もついでに聞き給え」

「ついででなくても聴きますよ。長い物じゃないでしょう」

「そうさなー原稿用紙で何枚かと聞かれると答え難いが、長くはないよ」

 ハリネズミはいよいよ創りたての台本を両手で広げ、小学生が作文を読む体で読み上げる。


「【『幽霊根性丸出しー!』と幽霊叫んで逃げる車を追い掛ける。

『どこへ行ってもいいから、早くここから離れろ』と会長。

『随分突然の移動ですね』と落ち着いて運転手。

『落ち着いてんじゃねえ。もっと速く走れ』と会長。

『そりゃ無理ですよ。前がつかえてるんですから』と運転手】こんな感じだけど、どうかね」

 第一幕と異なった指向なのは明らかである。

「それ変じゃない、聞いてるだけじゃ分からないわ。私にも見せなさい」

 祭の主催関係者としては、シロが言った公開処刑が気になるところである。

 卑弥呼がハリネズミから台本を取り上げ、サラッと一読する。

「馬鹿野郎!」卑弥呼の意見は一言で終った。

 後に続く言葉が出て来ないのである。

「なるほどね………」朱莉ちゃんは一人納得した風である。小さな声で「やっちゃえば」と続けた。

 クロは相変わらず食っている。


「僕はこの公演を、地下収容所に拘留されている丘の上リゾート未決囚の連中にも見せてやろうと思う」

 ハリネズミがどういうつもりかは分からんが、妙に乗り気になっている。

「未決囚に見せてどうするの」

「意味ないですよね。この事件とは無関係だし」

 卑弥呼もシロも二幕公開には否定的である。

「実はね、あの事件を解決してしまったから、臓器移植を待っていた人達が風前の灯なんだ。もとより余命が僅かではあったのだがね、費用も先払いで払い損さ。僕達が詐欺の片棒担いだ形になってしまっているのさ」

 珍しく責任感のある発言だが、親子でさえ不適合になる事がある臓器移植のドナーである。

 適当に見繕った未決囚で、そう簡単に適合者が見つかる筈がない。

 理由はどうあれ、この公開処刑同然の舞台を見たからと、ドナーに成りますと素直に立候補する連中ではない。


 吾輩の疑問は皆の疑問である。

 ハリネズミは誰の頭にもクエスチョンマークが浮ぶのを見越して話を続ける。

「移植臓器は適合しなくても、移植後に薬で拒絶反応を抑えられるんだ。まだこの薬の存在は公開されていないけどね。地下病院の薬学室での研究内容は、城嶋君なら聞いた事くらいはあるだろう」

「それらしいのは聞いた事がありますけど、何十年も先の話かと思ってました」

「朱莉君の開発した超が百個もつくスーパーコンピューターのおかげで、随分と早くにできた」

 ハリネズミが自分の成果の如く自慢げに話す。

「そんな所にも使っていたの? あれは私が作ったんじゃなくて、ペロン星人が持て余していたコンピューターをメンテしただけだよ」

 何時もの事で、朱莉ちゃんは自分が仕出かしている事の重大さを理解していない。

 兎角科学者にはこういった性格の者が多い。

 そんな意味からすれば、朱莉ちゃんは真面なマッドサイエンティストである。


「たぶん君達は人の不幸をエネルギー源として生きてきた連中が、快くドナーとして協力しないのではとの疑問も持っているだろうね。心配しなくていいよ。司法取引を用意してあるから。死刑になりたくなかったら、誰だって臓器の一つ二つ提供するだろ」

 快く承諾しているのではない。完全に脅迫である。

「無茶が過ぎませんか。確かに臓器提供を待っていた人には気の毒な事件でしたど、そこまでやりますか?」

「やらねばリゾートが詐欺で訴えられて、莫大な慰謝料を支払わなければならないのだよ。分かるかなー、城嶋君」ハリネズミが本音をはく。

 やはり、最後に行きつく所は金か。

 呆れ返るばかりの祭りとなるのだけは確かである。

 祭りに成れば何時もの事で、酔って正体がなくなった者達があちこちで寝込んでくれる。

 それを良い事に、財布を頂いて焼き烏賊を買うのがクロの楽しみとなっている。

 暫く開かれていなかった飲兵衛祭の再開と聞けば、クロの泥棒猫魂がうずくに違いない。

 人間の都合は適当に付き合ってやるとして、早速食うのが忙しくて聞く耳を持たないクロに、近々祭が開かれると知らせてやった。


 あくる日、クロが吾輩を訪ねて地下の診療所にやってきた。

 吾輩が診療所で待っていると云えただけだったので、ここにくる途中、地上の診療所に寄ったら妙な奴を見かけたと言う。

 面白そうだから、クロに誘われるまま地上の診療所に行って見る。

 白いシーツに頭が出る穴を開け、肩から被った変態がいる。

 それだけではだらしない変態に見えてしまうから、荒縄で腰の辺りをくくってクビレを作っている。

 顎から白い山羊髭を伸ばし、中には小銭がいくらか入っているだろう大きな竹籠を左手からぶら下げ、右手でくねった木枝の杖を地面に突き立てている。

 丁度いい頃合いに診療所へ着けた と見えて、妙な身成のおっさんは、これから本腰を据えて小銭を稼ごうといった風情が全身から溢れ出し、周囲に滞りなく広がっている。


「果てなくも思える宇宙の彼方から、湧き出た塵が地球を創る。真っ赤に溶けた溶岩の海。陸地もない原始の地球。志を持った魂が何億年もかけ、たった一つの命を創り出した。その者の名は神。

 神もまた無から産れた者ではない。人が思いも及ばぬ太古に、唯一の目的の為に創り出された。この世の総てを神が創りたもうたのではない。始神は多くの神々の誕生に立ち会った。自然の営みが創造する物の中から、始神は自分に似た者、あるいは自然の物から無差別に選び、自身を創った魂の願いを伝えた。

 始神の行いの総ては、魂が目的を果たす為。魂の願いを伝授されたる万神が目指す地もまた、魂の願いが果たされた地。後に人間は、この地をアルカディアと呼んだ。

 宇宙の誕生を知る者はいないとされている。誕生以前の空間には何者も存在していなかったからだと。間違いである。繰り返される宇宙の誕生に、その度引き裂かれる思いで傍観者となってしまった者達を私は知っている。十のマイナス四十三乗秒、絶望の時がこの一瞬で希望に向かって流れを変えた。次の瞬間から三十一万年、宇宙は無から光の空間へと変わる。

 数十億年かけて広大な宇宙は、銀河を形成しそして太陽が産れた。それでもまだ、勇敢な魂達は何もできず、滅亡の時までかえされる事のない宇宙の砂時計を、眺め続けるしかなかった。

 さらに五億年後、原始の地球が形を現した。今から四十億年前、魂達が働き出した。有らん限りの力を使い、無機なる物をぶつけ合い続けた。遂に、魂達は一個の命を創り上げた。それを神と呼ぶにはあまりにも未熟で無知であった。

 魂達は百万年前まで、ありとあらゆる生命に似せ、己の意志を伝える神を創り続けた。時には生命ではない、石や山、海や空にまでその意志を語り続けた。しかし、魂達の力ではこれらに意志を伝える事は出来なかった。人に似た猿が産れ、その者達にも魂の志が伝えられた。これもまた魂の願いを叶えてはくれなかった。

 一万年前、魂達は決心した。己の目的の為、総てを司る神として、人に似せた者を神の頂きに置く事を。宇宙の無限に続く歴史の中にあって、僅か一万年にも満たない歴史の人類に、魂達は地球の総て宇宙の総てを委ねたのである。数億回も起こった宇宙の誕生と消滅。人類が犯した罪で引き起こされる宇宙の悲劇に向かい、魂達はもう一度、人類を神の代弁者に選んでしまったのである。

 魂達は宇宙の誕生以前に人であったから。今度こそは未来を己が願う地に導いてくれると信じて。限りなく繰り返される魂の過ち。その過ちに後押しされて、人に似た神は地球を死の星へと導く。

 いずれは人類も気付く神の過ち。滅んでは産れる地球の守護者。守護者が己で有ると知った時、滅ぼす者もまた己だと思い知らされる。

 光の中からいでし魂達は、意志をつぎたる神に寄り添い、水辺に集う生を観察している。何時か大地を揺るがす程に、人が神の意志に背いた時、人類総てを滅ぼさんが程の戒めをこの地に下す為。時の流れなどなきに等しき魂には、人の生き死になど瞬時の瞬き。魂がいとしく思い、守りつづける唯一は人にあらず。繰り返し絶え間なく命を産み育む地球。魂が故郷。

 兆の年のその先で、滅び再生する地球をもって、魂は永遠の輪廻を見出したのだ。人の儚きを憂いる術を魂は忘れてしまった。人から苦難を乗り越えて変貌した魂は、数兆年の月日の中に総ての悲哀を消しやったのだ。もはや魂には人への思いなど微塵もない。魂の意志を受け継ぐ神の、僅かに残された慈悲に頼って、人はようやく生き長らえている。

 文明だ科学だと、地球の征服者の如き振る舞いに、神と魂は人などこの世に有っても故郷を汚すばかりの生き物と、幾度となく滅びを試みた。人が仕分けたる善なる者も悪なる者も、神や魂にはただの人。いずれ邪悪を産み、増やし続ける害獣でしかなかった。それでも人間はしぶとく生き残った。何万年かの知識を使い、神をたばかり魂を踏みつける。既に人と魂の和解など、この地球が果てるまで有りえぬと思われし時。神は魂を宥め、人を戒め、今一度道を示した。

 せめて一度なりともこの地の自然が、人に勝った息吹を見よう。幾度も廻る闇から光、光から闇へのその中でたった一度の地球の為に堪えよう。魂達は数億回もの地球を見て来た。その、たった一度の希望は、常に人によって押しつぶされた。それでも、人であった喜びが心の奥底に残っている。故郷か人かの選択で魂さえもが迷い苦しむ。

 神は魂の意志を伝えし者。魂もまた遙か昔に人の意思を継いだる者。怒りが収まれば人を思わぬ者ではない。

 人は見えぬ者の言葉を聞こうとはしない。文明科学の落とし子達は、地の願いを聞こうとはしない。滅びに向かうその時でさえ。己が我のまま地球の命を食い尽くす。されど魂は思う、我も一度は人で有った者。今一度、試みてみようぞと。きっと人は気付いてくれると信じて。争いのなき世を築く者と信じよう。何の隔たりもない世界を創ってくれると信じよう。幾度裏切られようとも、何時か何時かと信じて待とう。他に我らが成せる術はないのだから。

 人に隔てなきを求めたとして、それが成らぬのは太古より繰り返されたる己が地球ほしの歴史に記されし事。

魂の望を幾億回も裏切りし者達を、許し続けるもこれが最後と構えたる月日のなんと長き事か。

 それさえも裏切りの時に比ぶれば、瞬く間の閃きに似たり。一瞬に人は知恵を得た。道具を造り、そしていがみ合い。争い、殺し合い。幾度もの繰り返しを魂は見過ごしてきた。今に起こった事ではない。何度でも、何度でも争うがいい。何時か気付いたるその時こそ、真に望む世界の終焉の為。何の力添えを惜しむものではない。総てを捧げ華やかに消滅しようぞ。人が人として、地球ほしが生き、果て、蘇るのならば。何ものをも恐れる事など有りはせぬ。

 魂達は今度こそ、永遠とわを知ったる人の為、その強大な力をもって天を裂き、大地を揺らすであろう。逃げ惑えばいい。泣き叫ぶがいい。さりとて、傷付け合う事なかれ。共に助け合い、共に荒れた地を耕せ。何時かまた命の恵みを受けし時、人が人で有る為に。畜生道を生きて来た、先人の罪を掻き消す為に。我らも共に歩もうぞ。

 今一度この地球ほしが滅び行き、新たな旅を始めた時こそ、我らと人の真なる喜びの時。今この時共に生き、共に土となったとて、我らが魂は永遠の静寂の後に再びこの地に舞い戻り、歓喜に浸るに違いない。耐え続け、ようやくに遂げた魂の、そして人の心がいざないし大地。

 おお、アルカディア。今こそ我はここに立つ」


 我等は飛行艇に乘り、上空よりおっさんの演説を一部始終洩らさず聞いたが、何の事やら。

 何を言いたいのか、まったくもって訳が分からん。

 したがって、久しく診療所にも顔を出していなかったので、死にそうだった爺婆はどうしているかちょいと顔を出して、ついでにこのおっさんの事も聞いてやろうと診療所の西洋風縁台にクロと二人して並んで中を覗いてみた。

 とうとう爺婆は全滅したか、それともヤブの放蕩に呆れたか、患者は一人もいない。

 中にはあまり顔を出さない似顔絵喫茶店のオーナーと、消防署の下戸酔っ払いの相南が、やぶとこそこそやっている。

「おいおいおい、何か変なのが来ちまったよー、疫病。こら! 医者! 玉子酒なんか作ってねえで追っ払っちまえよ。あの野郎辛気臭くてたまんねえよ」

 喫茶店のオーナーで確か久蔵と言ったか、一度吾輩も似顔絵を書いてもらった事のある親父が、やぶを疫病と呼んでいる。

「なんでーすかー、貧乏神さん」

 今度は相南が久蔵を貧乏神と呼ぶ。

「死神に言ったんじゃねえよ。てめえは学がねえんだから黙ってろい。どうせあいつの素性なんか知らねえだろうがよ。おい疫病。知ってるかよ、診療所の前で訳の解らねえ御題目唱えてるいかれ金玉野郎。あいつぁ何者だい」

 久蔵までが、相南を死神と呼んでいる。

 どうやらこやつ等は、始末に悪い三柱の低級神に憑りつかれている。

 このまま何時もの様に入って行ったのでは、我等にどんな危害が及ぶやもしれん。

 ここはこっそり覗いて様子を知ったら退散すると決めた。

 クロと物陰から三柱を観察する。

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