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21 空母に乗った猫・吾輩の事だよ

 考えてみれば吾輩も船酔いをする。

 吾輩は潜水艇をヘルメットで操縦しなければならんから、薬で意識を朦朧とさせるわけにはいかん。

 やっちゃんに用意された馬の尻に打つ様な大型注射ではなく、吾輩用に軽い飲み薬を貰って出航した。

 目的地が分かっていれば気楽なものである。

 上陸用舟艇と連絡をとり、さっさと酔い止めの注射を渡すと、吾輩は一足先に外洋に浮かぶ大型船に向かった。

 レーダーでもはっきり大型船だと分かる船は、衛星画像でもその役割が分かる巨大船で、人類はこの戦闘用巨大船を航空母艦・空母などと呼んでいる。とにかく大きい。

 連絡はしてあるのに、一般的な船と勘違いしたか吾輩の船が小さ過ぎて、いくらここだよと無線連絡しても発見してもらえない。


「へえー!」

 吾輩の船を引き上げた船員が、あっけに取られている。

「こんなのに人間が乘れるのか?」

「通信用のカプセルじゃないかな?」

 中から吾輩がお前達を見ているだろ。気付けよ。

 猫用の潜水艇だよ。

 吾輩は潜水艇ごと指令室に運ばれた。

 目的地に着くまでこのままかと不安になったが、吾輩を見るなり艦長が艦長室へ船ごと運び込んだ。


「聞いてはいたがー、本当に猫?」

「ああ猫だよ。猫で悪いか」

「猫がしゃべった」

「聞いていないのか。休む間もなく驚いていられるとこっちの方が困惑する。いい加減に慣れろ」

「いい加減に慣れろと言われましても、初対面ですし」

 そうであった。コヤツとはここで始めて会った。

「ならば自己紹介してやろう。吾輩は地球防衛軍猫部隊所属アルベルトアインシュタインノヘヤである。して、御主は何者?」

「私はこの艦の艦長です」

「艦長だくらいは猫でも解る。名前を聞いておる。正直に白状せい」

「はっ? 恐れ入った猫だな。白状か。私の名は山本九十九です。これでいいかな」

「さっきから大人しく聞いていればお前な、吾輩を個室に連れ込んでから僅かの間に猫猫猫と猫を三回も言ったぞ。そんなに猫が珍しいか」

「いや猫は珍しくないが、話す猫に会ったのは初めてで」

「おおよそ地球に生存している人類は初めてである。軍人ならばちょっとした事で驚くな」

「軍ではなくて、自衛官です」

「やっている事は同じじゃろ」

「微妙に違いますが、その辺のところはグレーゾーンという事にしておいて。どういった御用件でしょうか」

「御用件などない。やっちゃんの流刑先まで便乗したいだけである」

「海上タクシーじゃないのでそれはちょっと御勘弁願いたいのですが、何か他の方法はありませんかね」

「だったら最初から引き上げるなよ。自力でも行けるよ」  


 吾輩はこの船に歓迎されていない猫と知ると、急に気分が悪くなった。

 館内は腐食防止のペンキがいたる所塗りたてで、船酔いの薬が効かない。

 有機溶剤酔いになったのである。

 鉄が安いのは分からんでもないが、常に塗装を繰り返し不愉快な臭いの中で任務を熟すのは辛かろう。

 せめて船内だけでも、ステンレスのペンキ無しにしてはどうか。

 どうせ馬鹿高い建造費を、国庫から支出して造る戦艦である。

 今更一億十億高くなっても、後のメンテと居住性を考えれば安いものであろう。

 とか何とか一瞬で思ったが、体は正直に倒れ、次第に意識も薄れていく。

 歓迎されていない者ならば営倉に放り込まれ、港に付くまで飯も水も貰えない。

 参った困ったなんてもんじゃねえ。

 

 どれだけ意識不明になっていたのか、気付けば営倉の中ではなく、八畳の真ん中に囲炉裏があって、そこで炉端焼きをしながら何人かが酒を飲んでいる。

 既に船から降ろされたのでもなく、ゆったりまったり上下に揺れているのが分かる。 

「猫が起きたよ」

「やっぱ囲炉裏に猫は絵になるね」

「おい猫、御前も飲むか」

 こやつ等が何者かは分からんが、飲めと言われて素直に飲んだ。

 断る勇気を吾輩は持ち合わせていない。

「具合が悪くて寝込んだ病み上がり猫に飲めと言うからには、上手い肴があっての事であろうな」空酒は体に悪い。

 とりあえず、胃袋に何かを入れてから飲むべし。朱莉ちゃんの医療教育で教わった。

「本当に話すんだ」

「んな訳ないだろ。ロボットだよ」

「ロボットも酒飲むのか」

「アルコールも燃料になるんだよ。きっと」

 酔っ払いどもが、勝ってな能書きをほざいていろ。

 目の前にあったカツオのたたきを一切れ食うと、吾輩は五本指手袋で手酌酒とした。

 水っぽい安酒であるが、いたしかたない。

 飲まないより飲んだ方がいい。


 暫く炉端の者をからかって遊んでいると、シロと何時か宿にやってきた警官が、酔い止め薬で爆睡しているやっちゃんを抱えて部屋に入って来た。

「アー、疲れたー」

 二人がやっちゃんを畳の上に放り出す。

 すると、勢い余ったのと船が傾いたのが同時で、やっちゃんがゴロゴロ転がって一段下の床に落ちた。

 そのまま転がり続けてあちこちにぶつかっているが、強烈な薬の威力でまったく気付かず寝ている。

 良かったんだか悪かったんだか。

 知らぬままでいればヤクザも仏である。

 このまま本物の仏さんにならんでもない状況に見えなくもないが、息をしているからまだ放置しておいても良かろう。


 疲れてぐったり座り込んだ二人が吾輩を発見する。

 炉端の連中に薦められ酒を飲み出すと、幾分落ち着いた様子である。

 シロに、なしてこんなケッタイな状況になっているのか聞いてみる。

「僕も詳しくは分からないんだ。そこの兄ちゃんに聞いて」

 一緒にやっちゃんを担いで来た警官に同じ質問をしてみる。

 この警官、酔ったらばとびきり口の軽い男で、やっちゃんを含め山城組の連中には随分世話になったのだと言う。

 この業界で世話になったとは、こっ酷く虐められたとも取れる。

 ならば、先程意識のないやっちゃんを放り投げた後、転がり出してゴツゴツしていても知らん顔をしていた理由が何気なく共感できる。


「俺はよ、警官としてあの警察署に居たけど、本当は自衛官なんだ。潜入任務ってやつでさ。作戦決行までは極秘事項だったけど、もう終わったからいいんだろうな。しゃべっちゃっても。猫だし」

 一々どいつもこいつも猫ねこって、癪に障る奴ばかりである。

 それよりも、猫だからしゃべってもいいと言う前に、シロは民間人だ。

 既にエチルが脳に行き渡り、正常な判断能力を失っておる。

 もっと言ってしまえ、全部話してスッキリしろ。


「警官A、まだまだ御前はしっかりしているぞ。はっきり分かり易く説明してみたまえ」

「はい」素直な酔っ払いである。

「本当の事言っちゃうと、自衛隊は空母持ってないのね。この空母は民間の所有物。自衛隊員は僕と艦長と、兵器扱ってる部署の人だけなんだな」

 民間保有の船に大和並の大砲付けて戦闘機乗せて、どいつが民間人も自衛官もあるまい。

 しっかり憲法違反の船じゃろう。

「先生、しっかり聴く事は聴くがの、なんぼ民間所有だと言い張っても、国際的に問題が山積しておらんか。この船」

「うん、そりゃ一応もっともな質問だな。しかしこんな非常時に理屈ばかり捏ねていても問題は解決しないから、細かい事は気にしない方がいいよ」

「それより、一千億からする空母が民間保有と言うのが異常事態である」

「それね。いいんじゃないの、あそこは核弾頭積んだ原潜も持ってるって噂だよ。空母なんて可愛い方だね、ヒック」

 理屈を捏ねる気は全くない。

 こいつの話を聞く限り、理屈が通じる相手がこの船を所有している筈がない。


「この船は誰が持っておるのか」

「やっちゃんの猫なら知ってるだろ、診療所のあおい先生」

「あおい? こんな物をコレクションする危険人物には見えんかったがの」

「そうじゃねえよ猫。未来科学研究所って所が持ってるんだけど、そこの代表があおい先生の従姉妹で、磯家三従姉妹の一人、遙未来って人なんだ。会った事ない?」

「あおいに従姉妹が二人いるのは聞いていたが、そいつには会った事はない。巫女には会った事があるぞ」

「そう、その巫女と遙が仲悪くて、巫女は科学技術で先手取って、遙は武力で対抗してるって勢力図だよ」

「そんな、つまらん従姉妹喧嘩で戦争がどうこうと騒いでおるのか! けしからん」

「それも違うな。戦争する気はまったくないみたいだよ。そこまでの馬鹿たりじゃないってよ。磯家の人間は昔から皆頭いいから」


 潜入という重大任務を任された者でも、所詮は一兵である。

 これ以上の事となると国家機密で知り様がないと説明されたが、国家機密どころか世界の極秘情報を売っている奴がいる時代である。

 どこぞの悪徳医者に聞けば知っているに違いない。

 以前は人間語 が話せずあの野郎の言い成りに家出まで付き合わされたが、これからは言葉で吾輩の意思表示が可能となっておる。

 言いたいい事はもらさず言ってやる。

 それでも吾輩の意見を聞かぬようであれば、引っ掻いてやる。

 それでもなお聞かぬなら、パックに頭の毛を全部むしり取ってもらう。


「僕も磯家の事は不思議に思ってたんですよね。何であそこまで強大な勢力があった一族が、一夜で支配下の土地から消えてしまったのか」

 少し酔ったのか、黙って聞いていたシロが話に乘って来た。

「磯家の話は入組んで ますからねー。それに殆ど噂話だし。どこまで本当か。深入りしない方がいいよ。それこそ遙に捕まったら核弾頭に縛り付けられるさ」

 警官Aがブルッと身震いをする。

「大事にならんのは良いとして、くだらん親戚同士の諍いもあるものだの」

 吾輩がシロに向かってこれ以上の情報は得られんと評すると、シロは「しかし、親戚の諍いに巻き込まれて右往左往している周りの人間の事を考えると、放置していて良い問題でもないと思いますけど」

 盃の酒を飲乾し、一升瓶からコップへと酒を注ぐ。


 暫くして、シロは何を思ったか「磯一族は一時期絶えたと言われていたんですよ。それが今回の騒ぎでいきなり行方不明になっていた三人が揃って表に出て来るなんて、何かおかしくありませんか?」

 他人の家庭環境について、恐ろしくディープな内輪話まで知っているとみえる。

 こやつ、三人のどれかのストーカーか。

 それとも全員のストーカーか。

 おかしいのは御前の磯家に対する執着だ。

「まるで自分の家の事の様によく知っているようだが、どこでその情報を仕入れたのだ」

「随分と前に新聞記者と郷土史研究家だかが、磯家について村中聞き廻っていてね。それに僕もちょっとだけ関わった事があった」

「ならばその二人に聞けば何か分かるだろうに、いままで気になっていながら放置していた御前が悪いといった話になってくるの」

「そりゃそうだけど、あの二人いきなり村から出て行くって言ってそれっきりだもの、どこへ行ったのかも知らないし」


 なにやらここでも怪しい話が持ち上がっておる。

 磯家の事情については吾輩も少しばかり聞きかじったが、複雑なのと当時は人間の家がどうのこうのに興味がなかったから、知る必要もないと放置してきている。

 辿って行けばおあいも卑弥呼も、未来科学研究所の遙も今回の騒ぎにずっと以前から深く関わっていたと勘ぐれる。

 機会があったら、あおいに直接聞いてみるとするか。

 教えてくれると、チョットだけ嬉しい。


 シロは酔うと、ベンゾでも注射しない限り黙っていられない性分と見えて、また取り留めのない事をしゃべりだした。

「僕も人間には随分と虐められて来ましたが、貴方は猫だからと人から虐められた事はないですか」

 僕もと言うからには、コイツも吾輩同様人間でないのを肯定した 発言である。

「おぬしも本性は猫か狐なのか。犬だったら友達に成りたくないところだが、良かったら教えてくれないか」

「ああ、言ってませんでしたね。僕は貴方の遠い親戚です。虎ですよ。ホワイトタイガーとか白虎とか、まあどうとってもらっても良いですが」いやに謙虚な自己紹介を述べると「なるべく目立たないように暮らしていたんですけどね、毛が白く生まれたもので、何処へ行っても人に追い掛け回されて大変でした」辟易したような顔付をする

「そうか、人間が騒ぎ立てて辛かったんだな。辛いばかりが積もり積もって変化したのか」

「まあ、そんなところですよ」

「吾輩は親の顔をよく覚えておらん。幼い頃に見放され、ずっと人間にこびて何とか食いつないで来た。御前と違って吾輩 は、悪い人間ばかりでなく好い人間にも廻り合えた。しかしおぬしの話を聞けば、幸かったと言えるな」

「僕もね、人間に変化してから人間社会で暮らしているうちに、悪い人間ばかりではないと気付きました。でもやっぱり悪い奴は大勢いますよ」

「それは人間に限った事ではなかろう」

「いえいえ、人間の悪は底が有りませんから。動物の悪とは質が違いますよ」

「それはかねがね吾輩も感じているところである。本に人間は加減を知らんから恐ろしいの」

「考えが似ていますね。とにかく、その人間に最近結婚を申し込まれて、まだ返事をしないうちに指名手配されて逃亡中なんですわ」


 誰に結婚を申し込まれたか、おおよその察しはつくが、変に恋路の邪魔してただで許してくれるほ仁徳のある者でないのは確かである。

 ここはそうなんだと適当にはぐらかしておいた方が無難だ。

「水瓜が食いたくなったんだがね」

「何だって?」とシロが不思議な顔をする。

 シロばかりではない、炉端で白目を剥いて気絶していた者達も、申し合せたように吾輩を見ると首をひねりちょっと考えている。

 吾輩は構わずどんどん話を進行させる。

 船員に水瓜はあるまいか聞くと、中の一人が「なんぼ空母だって水瓜くらいはありますよ」御盆に水瓜を山盛りにして持ってくる。有るのかよ。


 折角出してくれた物は有難くいただくべきである。

 山盛りの水瓜をことごとく平らげてシロの様子を伺っていると、自分の分を食い終るか終らんうちに腹が痛いのかウッゲーと唸りだした。

 急に冷えた物を食い過ぎて痛くなったのだから、放っておけば治ると毛布を掛けて寝かせて置いた。

 それでも治らないから胃薬を飲ませたがまだ治らない。

 どこから憑いてきたのか夏目幽霊が、寝込んでいるシロの頭に爪先立ちしている。

 こいつは幽霊のくせに足がある。

  この場で幽霊の話を持ち出すと、周りの連中が過剰な反応を示す。

 したがって、吾輩は猫の語で夏目に質問する。

「ニャーンニャコニャゴクギャ! ※訳 何処から憑いて出た。変態幽霊」

「憑いて出たのではない、憑こうとしている奴から守ってやっているのだ。吾輩の頭上をよく見ろ。化け猫がこやつに憑りつこうとして必至こいとろう」

 夏目幽霊の頭上は既に天井である。

「何もおらんわ、天井じゃ」

「天井の向こうを見ろ。ボケ猫」

「どんな利口者でも、天井を透かした先までは見えんのが生きている者の証しじゃ」

「なるほどそうであった。暫く死んでいるから生きていた頃の事を忘れていた」


 夏目程の霊力が有るならば化け猫如き、額に拳固の一つもくれてやればたちまち退散してくれる。

「化け猫の急所は額じゃ! そこに一撃くれてやればよかろう」

「ナンボ吾輩でもそれくらいは知っている。額が狭すぎて上手く当たらんのじゃ。御前が一撃入れてやってくれ」「できん指令じゃの。吾輩は上の階に通り抜ける術を持っておらん」

「ならば隣にいる三毛猫に頼む」

 三毛猫に頼むと言われても、ここにいる猫は吾輩だけである。と………隣を見れば、三毛子がニャッと笑って吾輩を見ている。

 どこまで付いて来るんだよ。


「もう憑りつかれたりしません事よ。御手伝い出来る事が有ったら何なりとお申し付けくださいまし」

 これまでの会話を聞いていなかったのか。とぼけているのか。

「上に化け猫が漂っていると夏目が言っておる。行って様子を見てはくれんか。なんだったら退治してくれてもいいぞ」

「承知いたしました」

 素直になった三毛子は好きであるが、付き纏ってほしくない。

 この気持ちを打ち明けると、いずれ歓迎できない事態になるから今は黙っている。


 三毛子が上の階に吸い込まれて行くと、船が大きく揺れてなかなか治まらない。

 嵐の中に突っ込んだのではないから、化け猫対三毛子が上で大暴れしているのは容易に想像が付く。

 ウトウトすると上でギャービーと幽霊猫対化け猫が騒ぎ出す。

 昨夜は眠るに眠れず、明け方に成ってようやく決着がついてから寝に入った。

 朝になって、腹の痛みがすっかり取れたとシロが食欲旺盛である。

 吾輩はというと、ずっと揺られていたものだから酔い止め薬も切れて幾分具合が優れん。

 睡眠不足は船酔いを助長する。

 薬も一回分では用を成さない。

 夏目は相変わらず吾輩と遊びたいとみえてチョッカイを出してくる。


「昔、吾輩が飼っていた猫はよく言う事をきいたものだがな、御前はなんとも扱い難い猫だな」

「だったら他へ行って遊び相手を探せばいい。何も吾輩から頼んで化けて出てもらっているのではない」

「まあそう邪慳にするな。こうして知り合ったのも何かの縁だ。第一にだ、吾輩がいなければ御前は今頃化け猫に憑りつかれているのだぞ」

「何故吾輩が憑りつかれなければならん。おぬしの勝手な思い込みであろう」

「いやいやそれは違う。何度もあの化け猫を追払ってやっている。その度他の者に憑りついてしまっているがの」


 こん畜生の話を信じるならば、化け猫は吾輩に憑りつきたいばかりに何度もチャレンジして、その都度夏目に追い払われている。

 追払われてもなおその都度、吾輩に憑りつく機会を狙い、直近の者に憑りついていたとなる。

 三毛子を連れて来た時も、宿に着くまでは真面な幽霊であったと言う。

 吾輩の近くにいた化け猫を夏目が追払った時は、勢い余ってクロの所に辿り着いた。

 クロに憑りつこうとしたのも、吾輩のすきを狙いやすいからとの策略であったらしい。

 しからば、何故に化け猫は吾輩に憑りつきたがっているのか、その辺の処はどうなってんのよと夏目に聞いたが、そこまではいかに古株の幽霊でも知らなかった。

 何とか化け猫を捕えて白状させたいものである。


 どれ程進んだか、夜が明けたデッキに出て辺りを見回すと、昨日とたいして景色が変わっていない。

 大きな船でエンジン音が聞こえんのかと思っていたが、全く動く気配がない。

 海流に身を任せっきりのプランクトンでも、もそっと西に東に動いていそうなものである。

 いつになったら流刑の島に着く事やら。

 嵐が迫っているから波は高くなっているが、この大型船が航行できないまでの高波ではない。

 船長のやる気のなさが、船員ばかりか船全体に満遍無く染みわたっている。

 戦う船がノンベンダラリとしていられるのは平和だからよいとしても、このまま船の上で一生を終わるつもりはない。

 早く動いてさっさと目的地に着いてもらいたい。


 船に据え付けられたテレビのチーバ君ニュースで、やっちゃんとシロが重要指名手配犯として全国に手配されている。

 しかしながら、全国ネットのテレビニュースでは一切二人の報道はされていない。

 指名手配にしておいて、報道規制などありえん。

 千葉だけのローカル事件では済まされない凶悪な事件なのに、どの放送局も災害の情報を流すばかりで全く相手にしていない。

 これだけの事をやらかしても、ローカルで終ってしまう二人に若干同情する。


 治療中に逃げ出した悪徳警官を殴り飛ばした時から、二人の逃亡生活は保障されたも同然である。

 いかなる理由があろうとも、医療従事者が患者を殴ってはいかん。

 とは言ってみたが、それだけで死刑確実の逃亡犯にされたのでは可哀想が過ぎる。

 やっちゃんは死刑になってもいいとして、シロは動物仲間という事で勘弁してやってほしい。

 動物に人間の法は適用されないのである。


 シロはこれから自分が何処に連れていかれるのか知っているのだろうか。

 罪に問われていない吾輩でも、暇つぶしの興味本位野次馬御付き合い旅行の行き先が気になる。

 指名手配犯となり逃亡している者ならば、尚の事気が気でない筈なのに、自分のこれから先より磯家の方を気にしている。

 そんな様子から思うに、シロは自分の置かれている状況を理解しない愚図か、この先どうなるのか知った者である。


「ここにきて随分と落ち着いているが、何も知らず船に乗っているとは思えん。よく分からんと言ってはいるが、何か奥深ーい事情を知っているのではないか?」

 シロの様子に対して当然の質問であるが、皆が皆して意外といった表情で吾輩を見る。

 猫が人間の発言に疑問を持つのがそんなに不思議か。

 人には分からんだろうが、猫は何時でも周囲の状況に本当にこれでいいのか? と疑問を持ちながら生活しておる。

 シロに不自然な動向があるのは明らかだ。

 挙動不審で職務質問をして何が悪い。

 吾輩は地球防衛軍猫部隊々員第一号だぞ。


「この船は何処に向かうのかくらいは知っておろう。おぬしの態度がそう語っておる」

「流石に人間でも壊れちまう特別訓練を受けて生還した猫だけの事はあるね。洞察力まで教育システムに組み込まれていたのかな」

「そんな生半可な褒め倒しでは騙されんぞ。知ってる事を総て白状せい」

「これから行く所くらいなら知ってるよ。前に僕が働いていた病院だよ」

 その病院なら、訓練の時に毎日見て過ごしていた。

 そういえば、ハリネズミが「行先は地下の診療所だから」とか言っていた。

 吾輩にパシリをやらせるための詭弁と思っていたが、満更嘘でもなかったようである。


「あの病院はなんだ?」

「何だって、病院は病院だよ猫」

「病院は分かるが、人の出入りが殆どなかったぞ。白虎」「そうだろうな。他の施設と病院は一体化してるから、外に出なくても用は足りるもの。外を歩くのは外気に当たりたい人間だけだよ」

「外気? でっかい地下室で外気も内気もなかろう」

「それがさ、上手く出来てるんだよ。中と外の空気成分を変えてあるんだよ。あの地下室」

 つまらん事に余計な金を使った施設である。

「そこまで気遣う必要はなかろう。地上に出ればいいだけではないか」

「地上に出られる人はいいけど、何か月も地下に入ったきり出られない人には有り難いんだよ。現に僕は三年地上に出なかった」

 何年も地上に出なかったのは御前が出不精なだけである。


 それはそれとして、通常の生活を人間が続けようとしたら、内外の区別は有った方が気軽に過ごせるとするシロの言い分は分からんでもない。

 猫も長い間狭い檻に閉じ込められていては気分が優れず、何年も外気に当たらずに暮らせば体も弱ってしまう。

 詳しく地下で生活する者の事を聞けば、親子何代も地下施設の建設に携わり、地上に住民票のない者までいる。

 地下に造られた一大都市で一生を終えた者も多くいる。

 何処で暮らそうと住めば都である。

 地上であれ地下であれ、住む者が心地よく過ごせればそれに超した事はない。

 しかし、人にあっては病院だ買い物だ学校だと決め事仕事が多過ぎる。

 生活するに便利と不便な地域差が大きいのである。

 それを踏まえるに、地下の施設は人間にとって住み易い地域としてよい街である。


 日が高くなってから船がようやく動き出した。

 動くのは有難いが異常に遅い。

 水上をカタツムリが這ったならこの程度の速さである。 

 ノットではなくノロットとしている。

 目的地が診療所近くの地下施設病院ならば、恐ろしく日数のかかる旅になる。

 酔い止め薬はすでに底をついておる。

 船員に頼んで船医から、三日分ばかり奪って来てもらった。 


 ハリネズミからシロに連絡が入ってきた。

 やっちゃんの具合を偉く心配している。

 酔い止めの注射だと吾輩に持たせたのは、噴火のストレスで落ち着きのなくなった肉牛君に、赤チンが打とうとしていた安定剤で、人用に用意した注射を牛用のと取り違えて吾輩に持たせていた。

 やっちゃんは相変わらず寝ている。

 生き返ってもこの話は聞かれていないし、具合が悪くなって死んじまえば尚秘密にしておける情報である。


 辺りが薄暗くなった頃、空母に高速ステルス船が横付けされた。

 ここから先はこの船に乗り換えるからと、吾輩も潜水艇ごと 運ばれた。

 始めからこの船で移動すればいいものを、なんとも回りくどい事をする連中である。

「何でこんな面倒な異動をしておる。始めからコイツに乘ればよかったのに」

 吾輩は何時もの癖で、薬猫の独り言。

「空母は隠し様がないけど、こいつならレーダーにひっかかりませんから」警官A君が親切に答えてくれる。

「これでちょっと動いてから、次は潜水艦に異動です」

「何度乘り替えねばならん」

「潜水艦で直接未来科学研究所の港に入れるよ」

「未来科学研究所は潜水艦まで持っているのか?」

「宇宙船も持ってるって噂だけどね、それはないよなー」

 吾輩、その宇宙船の話は本当だと思う。


 追う者に痕跡を発見されない為に何度も乘り替えているのだが、漁船で移動した方が目立たないと感じるのは吾輩だけであろうか。

 どいつもこいつも何の疑問も感じず、ただ上からの指令に従順し動いている。

 軍隊としての動きからすれば統制がとれて非常によろしいが、上の者がハチャメチャな指示をしてもそれが正しい方向だと信じて従ってしまうのは悲しむべき事である。

 船を移動する度やっちゃんは冷凍マグロの扱いで、特に潜水艦での移動の時は、艦内が狭いのであちこちぶつかっている。

 ぶつかっても熟睡しているから、苦情が一切なかったのが唯一救いである。



 潜水艦から出ると既に地下ドックで、そこから病院のある地下都市まではトンネルを使っての移動となる。

 普段から頻繁に使われている様子はない。

 車での移動中、診療所にいた頃に起こった病院占拠事件実行犯の一人らしき奴を見かけた。

 一瞬であったが、確かに見た事のある目だった。

 あの事件から随分と経っているが、未だに犯人の一人がここで彷徨っているのだとガイドされた。

 動物園の猿ではない。

 御前等、トンネルでひたすらサバイバルしている凶悪犯を何とかする気にならんのか。


 人一人サバイバルできるとなると、地上からすれば別世界の地下都市にあっても、トンネルの中は格別の異空間である。

 霊体やら虎だワニだのと、何処から連れてきたのか、どうやって入り込んだのか分からん生き物が見え隠れしている。

 未来科学研究所の遙と、地下都市を建設しているペロン星人の地球代理人である卑弥呼は、子供の頃から仲が悪かったと聞く。

 磯家の代表であるあおいが仲裁に入り、互いの施設を繋ぐとして造ったのがこのトンネルらしい。

 作ったはいいが、急激に緩解改善するでもなく、月日ばかりが流れているとシロが言う。

 手っ取り早い話が、殆ど使われていないのである。


 これまでの経緯を聞くに、いずれ世界の事情が変わって来れば嫌でも協力して事に当たらなければならん者達である。

 危険な物を沢山持っているとはいえ、地球を破壊する気はないのだからいいだろうと、警官Aが御気楽に構えている。

 地球に向かって来ている知的生命体については知っているのかいないのか、こいつは口が軽いから教えてはならん気がする。


 未来科学研究所と地下都市を結ぶトンネルの中間に検問所がある。

 両組織からすれば国境線と同じである。

 とはいえ、警備員同士は殆ど人が通らない地下道で互いに毎日顔を合わせている。

 恰好の茶飲み友達に成っている。

 適当に慣れ合いチェックを済ませると、地下都市側へ入るゲストカードを渡された。

 吾輩はカードを持ち歩けんので、ゲスト首輪を貰った。


 国境の長い隧道 を抜けると、そこは地下都市であった。 

 創られた新緑が虚ろに季節を演出している。

 軷は直ぐに赤信号で止まった。

 後ろの席から体格のいい男が前に出て来ると、吾輩の席の窓硝子を素手で勝ち割る。

 硝子越しの景色では感じ得ない春の息吹が流れ込んで来る。

 男は窓いっぱいに乗り出して、遠くを見乍ら「新鮮な空気を吸えば酔いも治まる」

 嵌め込みで開かない窓をさりげなく割ってくれた男は、マスクが口と鼻を覆い、肩から聴診器を垂らしている。


 ここは春区域かとシロが外を眺めると、菜の花畑が広がる風景の中には藁葺屋根の家が散立するだけで、菜花の色は遠く広がる冬区域の眩しい雪に溶け込んでいた。

「ここ、どこ?」

 以前見学した地下施設には見えない。

 訓練でしばし住まった病院前の動物実験棟も見当たらない。

「ひ・み・つーーー」警官A君が緊張感の欠片もない発言をしてヘラヘラしている。

 吾輩は我を忘れてしまい、気付いた時には不良警官君の顔が引っ掻き傷だらけになっていた。

 警戒心皆無である。

 吾輩の攻撃を受けて掻き傷だけで済んで有り難いと思え。

 暫く教えろ云えないと根気任せの交渉をする。

「地下都市の中間層ですよ。上が居住区になっていて、下に病院とか研究施設があるんです」

 住んでいただけの事はある。シロがそれらしくガイドをしてくれた。


 やっちゃんを病院に降ろすと、シロと吾輩は朱莉ちゃんの地下診療所モドキ動物実験棟へ顔を出した。

 クロが中でマカロンを食っている………ハリネズミとマカロン工場見学に出て行ってから、ずっとこの調子で喰らい続けていたのか。

 幾分、体の線が太くなっている。

「おお、久しぶりじゃねえか。ここは良いぜ。何でも揃ってる」

「どうせ君の何でもは魚と肉と菓子の事だろう」

「そうだ、何でも御見通しだね。まあ食って見なよ、美味いから」

「なんであるか? 妙な色具合だが」

「新製品。生肉味マカロン」

「………」

「霜降り牛の生肉味だよ! 美味いんだって」

 牛肉の生は好きだが、マカロンがその味では売れない気がする。

 体良く失敗した試作品を食わされているだけだと、何故気付けない。


「試作の処分を任されただけじゃろ」

「試作じゃねえよ。地上の菓子屋で売っててな、これが好い味出してるって評判だよ。本当だぜ。現にほれ、この袋にだって値札が付いてるだろ。一袋六つくらいだったかな。ハリネズミと一緒に地上へ散歩に出ると、向こうから大きな声をして女の子達が寄って来てな。今度のマカロンは超美味しいと言ってたぞ。俺達がちょうど診療所の角へ出ると、何時かパンを盗んだ時に俺を追い掛け回したガキまでこいつを食ってた。今度診療所に行ったら道中を見てみろよ。昔俺をボコッた魚屋が評判を聞いて、早速菓子屋に変ってら」

 クロはこの菓子を、さも自分が開発したかのごとく自慢する。

「君がそこまで言うなら食ってやらん事もないが、君は食う側かい売る側かい」

「そうさなー、今じゃ新製品の開発部長だからな。売る側だ」

 困った事に驚いた事に、動きの早い企業である。


 クロが工場見学に出てから一月もたっていない。

 それが、恐らく牛生肉が食いたいと言っただけに違いないクロの発言で、そのまま新商品開発に走り、たまたまヒットしたからと猫を部長にした。

 将来性が有るのか無いのか、いかに収益が鰻登りになっている企業とはいえ、銀行が融資に二の足を踏むパターンである。

 もっとも、いまは大金を手に入れたハリネズミが仕切っている会社だから、銀行とは無縁で何でも有となっている。

 思い立ったら吉日などと古くから言い伝えられておるが、このような成功事例を見るに、確かに素早い反応は事業に不可欠である。

 であるが、無分別の人事はいかがなものか。

 人事以前の問題で、クロは人でさえない。


 朱莉ちゃんは先ほどから、やっちゃんとシロが指名手配され逃亡中とのニュースを見ている。

「やっちゃんは病院にいるぞ。シロならばここに来ておる」

「えっ! 有名人がここに来てるの?」

 無差別ミーハー朱莉ちゃん。振り向いたその手に、生肉味マカロンがしっかり握られている。

 シロは挨拶をする前にまず鷹揚な咳払を一つして見せたが、それからわざと落ちついた低い声で「私が御指名手配をいただきました、シロこと城嶋です」軽く会釈をする。

「本物ゝ」朱莉ちゃんがシロの頭をペシペシして確認している。


 世の中が複雑になって、朱莉ちゃんの頭の中はもっと複雑になっている。

 それでも壊れないでいられるのは、考えない時は完全に脳の思考スイッチを切った状態に切り替えられるからである。

 特にテレビを見ていたりゲームをしている時は、配線が別の脳に繋がっているのではないかと思う。

 シロはこの様な人格の者を、解離性同一障害などと診断している。

 しかし、朱莉ちゃんにあっては自分でこの解離をコントロールできるのだから、障害とすべきか才能の一部とするべきか意見の分かれるところである。

 ちなみに吾輩は現在、人と猫の性格が入れ代わる障害に見舞われている。

 朱莉ちゃんは二十一世紀の人間だけあって、吾輩のような生物との遭遇に驚く者ではない。

 それ以前に、我等猫部隊を創りだした張本人なのだから、今後吾輩に如何なる超猫的変化が現れようとも、予想の範囲内の出来事である。


 シロは無防備になった朱莉ちゃんにペシペシされたからと怒る男ではない。

「仰せの通り私が本物の城嶋です。警察署を攻撃し、て警官ばかりか署長まで誘拐してまいりました。多分今頃誘拐された者達は、日本海溝の底に到達した頃かと思っております。元気してましたか、朱莉さん」

「何を基準に元気って言ってるのか不明だけど、きっと元気だよ」朱莉ちゃんが冷笑する。

「棘のある発言を有難う。何時もの君だね。安心したよ」 

 こやつ等、ずっと以前から知り合いであるな。


 朱莉ちゃんは回転が速すぎる頭脳を持て余した時期、シロの安眠治療を受け自身の切り替えスイッチコントロールに成功していた。

 適当にやっているとしか見えん城嶋療法だが、朱莉ちゃんには絶大なる効果を発揮している。

 シロと出会わなければ、今の朱莉ちゃんはいなかった。 

 世界の運命がかかっている研究を続けるのだから、そのストレスは凡人の計り知れるものではない。

 天才と精神科医は、到底切っても切れない関係にあるのである。

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