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20 テロリストやっちゃん・冤罪にて死刑

 はっきりしているのは、今日は我等に褒美としてこの施設をどの様に使っても宜しいという事である。

 三度確認したがそうだと言うのだから、空耳やクロの早合点ではない。

 それならば徹底的に使い倒すべしと喜んでいたら、山城学校の生徒達もやってきた。

 何処から連れてきたのか、以前やっちゃんの病院から去っていった医師と看護師も数名混じっておる。

 子供達がリゾートの舞台でライブの練習を始めている。ハリネズミはこの施設を引取り、生徒達の職場にするつもりなのである。


「オーイ。黒服の人間、今日は我等猫部隊がこの施設を自由に占拠使用してよいとの許可が出た。我等だけでは使い倒しきれん、協力せい」

 日本語で教え廻ってやったのに、信じられんといった風に我等猫部隊を見ている。

 日本語を話す猫がそんなに珍しいか、それとも御前等外人部隊か?

 告知には些か手古摺ったが、我等の言わんとする事は通じたようだ。

 殆どは私学の者達の通訳があって分かってもらえたようなもので、もっと正しい日本語を覚えねば頭の固い黒服連中には通じない。

 しかし、あの学習機に今一度入る気にもなれん。

 よく考えてみるに、黒服と一生のうちに何度も会う機会もなかろうし、有ってほしくない事だからこのままで良しとした。


 ジャグジーに浸かりながらハリネズミが言う。

「朱莉君の論文は幾つも出ているが、最近はどんな事に凝ってるのかね。何でもこなしてしまう人だから、地球上に数人しか理解できない論文でも出してるんじゃないかね」

「ダークエネルギーとダークマターの比率変化による宇宙形成速度が何とか感とかってやつだったっけかな。確かに訳分かんねえ事ばっかり書いて有ったよ」

 クロが何気なく答える。

「ほー、クロ君は論文を見せてもらったのか」

「いや、勉強の中でチラチラ出てくるんだよ、余計なのが」

 一緒にジャグジーに入っていた黒服隊員は、この会話に付いてこられないでいる。

 その隣の黒服隊員は、長湯をしたのかのぼせて気を失っておる。


「教わって理解できるものかね」

「さっぱりでえ」

「吾輩も理解できんかった。なんで宇宙構成物質の論文など我等に講義したのか、まったくもって奇怪である」

「そりゃ君達にとっては奇だね。さすがは朱莉ちゃんだ、 随分と先まで見越して授業を組んでいたね。どうだろう君達、今少し朱莉ちゃんに勉強を手伝ってもらう気はないかい。もっと宇宙について知りたいとは思わないか」

 ハリネズミは、あの学習機に繋がれた時の我等が精神状態を知らんから簡単に言う。嫌なこった。

 二度とあんな機械に繋がれたくない。

 上手いスキ焼とか超レアなステーキとかが食えるなら、もう一回くらいな付き合ってやっても良いが、もうマカロンでは釣られない。


「やる。やってやるよ。マカロンが食えるんだろ」

「ああ、いくら食ってくれてもいいぞ。なにせ工場を持っているからね。なんだったらこれから工場見学に行くかい」

 クロは吾輩が止めるのも聞かないで、さっさとハリネズミが持つマカロン工場見学に行ってしまった。

 吾輩は今回の任務の切っ掛けとなった、医師と新聞記者のその後の方が気になる。

 信頼できる情報筋からの報告によれば、二人は接収された病院に無事保護されている。

 まだ会った事はないが、吾輩が助けてやったのだから彼等には一言礼を言わせたい。

 それがないとなると、今回の救助活動はマカロン欲しさに任務を遂行したクロと同じ動機になってしまう。

 少しばかり違いを作りたいのである。


 飛行艇で接収病院に行くと、中ではやっちゃん達ERの医師が悪徳警官も救助隊員も関係なく治療に忙しない。

 加えてリゾートから運んだ患者の治療もするから、病院中を走り回っている。

 吾輩が院内を歩いていても、止める者も声をかける者もおらん。

 リゾートで我等が治療していた時、既に手の施し様のない者も数名いた。

 やっちゃんは人の不手際をとやかくいう者ではないが、助からぬ者がいれば痛く傷つく医師である。

 吾輩は医師でないが、治療に関わった猫として、その様な気持ちはよく分かる。

 ガックリ落ち込むのが分かっていても、最後は医師に委ねるのが申し訳ない気がしてならない。

 後できっちりゴロゴロしてやるから、それで勘弁してくれ。


 一方、捕えられていた二人は元気なもので、救出されたばかりだというのに、失踪医師は他の医師と共に怪我人の治療に当たっている。

 中には自分を監禁していた者もいるのに、人間の心理とは不思議なものである。

 たとえ敵味方・監禁する者監禁される者と立場が真反対であっても、長期間同じ空間に暮らすと連帯感というやつが生まれて来る。

 この様な心理展開は、強い社会性を持った生物であるからで、単独行動を常とする生物では観察できない現象である。


 新聞記者は豪気なもので、時が来たら新聞ネタにするのだと、自分が巻き込まれた事件の一部始終を記録するのに余念がない。

 病院の様子を写真に収め、治療の済んだ怪我人にインタビューをしている。

 救出部隊の隊員は、極秘任務だからと一切インタビューに応じないが、悪徳警官達は罪のなすり合いもからんで積極的に協力している。

 話したがらない警官の傷口に塩をすり込む場面も見え隠れしているが、悪意でやっているのではない消毒である。

 塩は雑菌から身を守る効果があると学習機で教わった。

 二人が無事元気に信じ難い速度で社会復帰したのが見られたので、礼は何時か会う機会が有ったらで良しとした。 


 今度こそ、宿に帰ってのんびりしようと飛行艇に乗り込む。

 チョイと浮いて進行方向を定めると、下の方で聞いた怒鳴り声がする。

 やっちゃんとシロが、他の医師と違った意味で忙しくなっている。

「逃げんじゃねえ! 頭撃ち抜くぞ!」

「警告を真摯に受け止めなさい。この人本当に撃ちますよー」

 松葉杖をついた警官が、病院から逃げようと走っている。

 杖をついた者がいくら必死になって走っても、体力の有り余っているヤクザに適う筈がない。

 道路に出る手前で捕まって、二人に袋叩きされている。


 通りかかった車が道の向こうからやっちゃん達を見ていたが、上空に浮遊してリンチを見学している吾輩の飛行艇に気付いてカメラを向ける。

  写真にとられては後々面倒だなー、何とかならないかなーと思ったら、飛行艇君が気を利かせ車めがけてレーザー照射してくれた。

「見てんじゃねえよ! ボゲー」

 やっちゃんが車に向かって怒鳴り飛ばすと同時に、車は急発進して走り去った。


 面白いから暫く上空に浮かんでいたら、警官は全員護送車に乗せられ、リゾートの者達同様沖のフェリーに向かって行った。

 やはり彼等も島流しである。

 これほど大勢の囚人を囲っておける島があるのだろうか、途中で何人かは船から放り投げられる運命がチラリと見える。

しかし、しでかした事を思えば当然とも思える。

 実は学習機に繋がれていた時、吾輩が人類の歴史も学びたいとリクエストした事がある。

 朱莉ちゃんは「ぎぼぢ悪い」と不平を言いながらも、学習意欲のある吾輩に感心したのか、人類史のプログラムを加えてくれた。


 吾輩としては猫特有の単なる気まぐれでしかなかったのだが、人間の歴史を学べば学ぶほど人の愚かさを感じたものである。

 そんな感想を休憩時間にクロへ伝えると、人のお馬鹿加減が分かるってのは面白そうだと、自分から人類史を学びたいと言い出した。

 我等が進んで学問に接したのはこれだけで、他に猫の歴史や生物について学ぼうとしなかったのは皮肉な心理である。

 人類史に見た何時の世でも悪漢とされて来た性質の者達が、どんな時代にも蔓延り同族である人間を苦しめてきた。

 その度人間は悪を退治するとし、争いを繰り返して来ている。

 しかしながら今もなお、悪は人の世に存在し続けている。

 今回島流しに成った者達より巨悪の者が、平然と同族に降りかかる災いを糧として優雅に暮らして居る。

 この凶悪者に媚び諂い、犬の如く尻尾を振り、更には弱者の生血を啜るが行為で富を得ている者が居るのが当たり前の社会である。

 人類が何千年もかけて築き上げた文明などと自負しているものは、弱き者を陥れ強き者が富を独占し、どの様な理不尽であろうとも己が意のままに押し通す仕組みでしかない。

 猫でも分かる人間界の愚かな決め事が、何故に数千年もの文明・化学を誇る人類に分からんのか不思議でならん。


 クロと人類史について語り合っていた時、朱莉ちゃんが「だからどうにかしようとペロン星人とヤブとあおいチン所の磯御三家が色々やってんのよ」とか言うとった。

 だが、磯御三家のあおいと巫女ともう一名はいいとして、ペロン星人が地球人の事を思っているのは信じ難い。

 ましてヤブは金の為なら何でもやる奴だが、世の為人の為に何かやるという性格の者ではない。

 どちらか考えるまでもなく、絶対に悪漢側の人間である。



 コソコソ火山活動は続いているが、落ち着いてきたから住民の不安も和らいでいる。

 避難して来ていた住民も、今は遠くに引っ越して行って別の災害と戦っておる。

 黙ってここに留まっていればいいものを、吾輩が解り易く日本語で今後の災害状況を説明してやった晩に、最期まで残っていた一家が家出した。

 人口がグッと減って病人は皆圏外の施設に移動したから、やっちゃんの病院のみならず地域の病院が暇を持て余している。

 接収されていた病院は既に閉鎖され、宿の幽霊共が大勢越して行った。

 少しばかり宿の霊界勢力図が書き変えられ、静かにのんびり過ごせるようになっている。


 人間と会話できる猫になってから、クロと吾輩は霊界でハリネズミと同じ妖怪の扱いになった。

 好むと好まざるに関わらず、我等はこの宿にあってトップクラスの霊体として認められたのである。

 まだ生きてるのに、悪ふざけが過ぎる幽霊達だ。


 患者が希薄な病院には緊張感の欠片もなく、今日もERの連中が臨時休暇を貰って駐車場のジャグジーで騒いでいる。

 有給ではないから収入がなくなって困窮するのが眼に見えているのに、慌てて仕事を探す気配もない。

 診療所の有った街で消防士をしている相南が差し入れてくれた牛の半身を削って、放置された畑から野菜を盗って来てバーベキューをして食いつないでおる。

 彼等はこのサバイバル的半失業生活を楽しんでいるとしか思えん。

 イコール、世の中が平和だから良い事である。 


 吾輩もここ数日はダラダラと肉肉肉の日々で、少々体が重い。

 動きも心持鈍くなっている。

 それをクロが見てデブと指摘するが、御前の方が遙かに体脂身豊富な体型になっている。鏡を見てみろ。


 ジャグジーからリゾートを眺めると、ハリネズミがリゾートのジャグジーに入っている。

 既に権利の譲渡が完了しているから、立派なオーナーである。

 それを知らないからやっちゃんが怒りだした。

「あの野郎、空家になったのを良い事に、勝手に人様の施設に上がり込んで好き放題やってやがる。一声掛けてくれりゃ付き合ってやったのに、薄情な野郎だ。それにあそこは事件現場だから立入禁止のはずだ。下手うったら豚箱行きだぞ。徹底的にフザケタ馬鹿野郎だな」慌ててリゾートに向った。

 当然、あそこにはやっちゃんの知っている医師も何人かウロチョロしている。

 事情を聞くより先に拳固を繰り出す男だから、平和な時に暴力事件でも起こして警察沙汰にならなければよいが。


 ロクデナシのヤクザ野郎でも、 一応主人となると心配と好奇心が入り混じってくる。

 飛行艇でリゾートまで飛んで行くと案の定。

「この野郎何しやがった」

 ハリネズミをぶっとばしている。

「手入れの最中、ドサクサ紛れにリゾートの権利書をかっぱらって、捜索が入る前に全部一括で買い取ってあった事にして登記したんだよ」

 本当の事を教える気はないと分かってはいたが、理由にかなり無理がある。

 いくら単純明快な思考回路しか搭載してないやっちゃんでも、不自然に気付く内容だ。

「まあ、戦争している連中が欲しいのは組織の全容が分かる資料だから、リゾートの持ち主が誰だろうが関係ないわな。これだけのリゾートを簡単に手に入れといて、挨拶無しかよ。面白くねえな」解り易い奴である。

 素直に信じている。


 ハリネズミは今回の一件で一部始終を知っていながら、表立って何の役割もなく傍観者となっていた。

 いつもなら俺にも何かやらせろと五月蠅い程催促する性格なのに、大人しくしていたのが不思議だと思うべきであった。

 其れなのにやっちゃんは、言われたままを信じて意見を言う。

「泥棒の上前跳ねる上前がでかすぎるぞ。絶対に俺より早く組織に殺されるぞ。俺より早死にしてくれなきゃ世の中信じられなくなるだろ。思い切って今直ぐこの場で俺が殺してやろうか」

 僻み根性もここまで来ると才能である。

「くつろいでいるのは、一度この街から逃げて行った医者みてえだし、こんな施設を横取りして何やらかす気だ」

 殺すのは後回しにして気になる使い道を聞いている。

 できればぼろ儲けの仲間に入りたいのに、素直に言えないのがやっちゃんである。


「医療施設とシェルター付のリゾートだよ。このままさ。客は来ないし、入会金や年会費の口座は差し押さえられないでそのまま使えるからね。たまに来るお客さんの話相手でもしてやるさ」

 今頃悔しがってももう遅い。

 スタートダッシュで完全に出遅れていたのだ。

 それどころかやっちゃんには、リゾート頂いちゃいましょう競走の号砲すら聞こえていなかった。

 日頃から自分はヤクザだからと言っているのに、ヤクザ家業はそっちのけで、今や完全に堅気の常勤医へと成り下がっておる。

 昔極道だった実父に勘当されたと聞いたが、納得できる体たらくである。しっかりヤクザやれよ。  



 ハリネズミがリゾートの権利を、やっちゃんからの贈り物だとして山城組に所有権を移行した。

 これで私学に通う生徒の仕事が安定する。

 一度は街から去って行った医師も、リゾートの病院で心を入れ替え精進しておる。

 街に残った者が何より歓迎したのは、リゾートの病院が一般開放された事である。

 同時にリゾート施設も一般開放した。

 この解放で、今でも青息吐息・自転車 操業を余儀なくされている近所の宿屋は、止めの一撃を喰らう形になった。

 我等が下宿となっている宿の女将を筆頭に、ハリネズミに対する反感がにょきゝ芽生え始める五秒前、旅館組合に一つの提案があった。

 リゾートは名義こそ山城組だが、実体は私学を卒業した者の仕事場となればいいだけの施設である。

 根っこから枝葉の先まで極道の山城組に管理を任せたのでは、将来闇カジノになるのが眼に見えている。

 そこでこのリゾート施設を、地元の旅館組合に管理してもらいたいとの提案である。

 当然、利益配当も出されるから、一人勝ち状態の宿泊施設収入が、地域旅館の規模に合わせて等分に振り分けられる仕組みである。


 この話がまとまると、ハリネズミは即行銀行に走った。

 リゾートの現金を当座の運転資金だけ残し、残り総てを自分の口座に移動したのである。

 面倒な管理運営を、あちこちに恩着せがましく押し付けておいて、自分は手っ取り早く現金を手に入れている。 

 元々転んでもただでは起きない男が、転ばず手に入れた施設だからどうにでもやりようがあった。


 現金は手にしたが、世界同時災害の発生で経済が不安定だ。信用度の高い日本円とてそれは例外ではない。

 日にゝ輸入物資が減ってインフレが進んでいる。

 ハリネズミは避難する人達から牧場や農園を借りている。 山城や地回りの組長に遊び人を集めてもらい、借りた農地の手入れもしていた。

 不足するのは輸入に頼っている食糧からと踏んで、自給自足も可能な体制作りを計画していたのである。

 ペロン星人&朱莉ちゃんの科学力と、あおい・卑弥呼・他一名、磯一族三従姉妹に借りた豊富な資金で遣り繰りしていた大博打だが、ここにきてリゾート会員権の金を横領して借金をチャラにしている。

 一段落付いた所で、病院の地下室に帰った。



 ハリネズミの家では、やっちゃんが古いガチャコンポンプから赤さび色の水を汲んで遊んでいる。

 そこへ、慌てて一人の警官が訪ねて来た。

 走って来たのか喉がカラッカラの擦れ声で、何を言っているのか分からない。

 やっちゃんが赤さび色の水を飲まてやせる。

「まだ警察にいたの?」

 やっちゃんとは以前から付き合いのあった警官である。

「急に辞めると疑われますから。そんな事じゃなくて、これから先生方を逮捕するのに、警官隊が病院を取り囲みますけど、逃げないで、暴れないで、素直に逮捕されてくださいよ。抵抗すると殺されちゃいますから」

「何で逮捕?」

「テロ事件の時に、逃げた警官ぶっとばしていたのを通報されて、警察署長とか警官誘拐の主犯にされてます。凶悪犯ですからー」

 以前吾輩が見かけた病院前での患者ボッコボコ事件により、やっちゃんはやっと凶悪犯となれた。


 其れだけ告げると、警官はすぐに走ってどこかに行ってしまった。

 やっちゃんは少し蒼くなって「あれだけでテロリストって………ありかよ」するとハリネズミが「これでやっと一人前の極道じゃないか。喜ぶべきじゃないのかい」と冷かす。

「この様子じゃ、他のテロ事件容疑も掛けられてるわよね。死刑確実でしょ。情報があれば終身刑で済むかも」

 これまた赤チンまでが冷やかし仲間になる。

「死刑で済みますかねー。拷問が待ってると思いますよ。公安もあれで中々隅に置けないサディストが在籍してますから」

 当事者のシロが、致命的ダメージを与える。


 つまらん御託をクネクネしている間に逃げればよかろうに、素直に逮捕されて下さいと言われて正直に待っている。 御人好しの指名手配犯出来上がりである。

 ハリネズミがここでダメ押し「何、そんなご心配には及びませんよ。今は死刑も薬殺になってるから、痛くも痒くもないまま極楽気分で彼の世に行けるって聞いてますよ。いくらテロリストといっても、拷問はやらないですよ。せいぜい自白剤じゃないですか」

 するとシロが「いえいえ、日本はまだ絞首刑ですよ。ドンッ・ブラーンてやつで、上手い事首の骨が折れてくれりゃ死にますが、やっちゃんは首の筋肉がありそうだから。無理に力を入れると、何時まで経っても苦しいばかりで昇天できません。力抜いてぶら下った方がいいですよ」愉快そうにしている。


 シロも同罪にて追われる身であるから、行き先は同じとなる。

 さすれば自分も死刑であろうに、何処まで行ってもポジティブシンキング。

 これでは死刑にする方も張合いがなかろう。

 もしかしたら、心神耗弱者扱いで刑が軽くなるかもしれんと今から予防線を張っているのか。

 ひょっとしたら、心神喪失者として無罪放免を狙っているのか。

 医師として通常勤務に付けていた者を、その様な扱いにする筈はない。

 往生際の悪い医者である。さっさとあきらめろ。


「そりゃ災難ですね。どうしますか」ハリネズミがとぼけた質問をする。

 こういう時、役に立つのは常日頃逃亡者と付き合いのあるやっちゃんの知識である。

 この事態で唯一有効な方法を知っているに違いない。

「病院の海岸に道路造ったままだったな、まだ撤去されてねえだろ。上陸用舟艇も停泊したままだろ。海保まで出張っちゃいねえだろうから、とりあえず海に逃げてそれから先の事はそん時に考えるか」

 悪さもしていないのに、普段から逃走経路だけは念入りにチェックを怠らないあたり、しっかり一人前のヤクザである。

 吾輩も少しばかり見習わなければならん所がある。


「先月海鮮料理屋に行った時に、ここの処誰も店に来てくれないからどうしてるかなって心配してたわよ。港まで逃げれば、彼奴のクルーザー使えるわ。連絡しておくから、急いで逃げちゃいな」

 もはや漁師は赤チンの下辺である。 

 否応なしにテロリスト逃亡の片棒を担がされても、何も言えん断れんとは、如何なる弱みを握られているやら。

 吾輩も漁師の弱みなら沢山知りたい。

 さすれば今後、輸入食料に頼らずとも生魚に不自由する事はない。


 ちょいと聞くと逃亡は簡単な様だが、警察署一つ破壊して警官や署長を誘拐したテロリストの主犯を追うのに、数人の警官だけでやって来るとは到底思えん。

 医者という族は平和にしか物事を考えられないのか。

 それとも、ここに居る者達が警察を甘く見過ぎているのか。

 答えは直ぐに出た。

「あらあらね。もたもたしてるから取り囲まれちゃった」 

 様子見に行った赤チンが、病院の周りは機動隊でがっちり固められ、SATが突入準備をしていると知らせに来た。

「誰か人質にとってずらかるか」

 やっちゃんが無謀な挑戦に素人を巻き込もうとしている。

「SATが出張って来てるんじゃ、人質なんか取ったら其の場で射殺されますよ。突入に備えた方がいいんじゃないかな」

 ハリネズミはいたって冷静である。

「てめえは逮捕されねえからそんな呑気な事言ってられんだよ。捕まったら死刑だって、おめえも言ってたろ」

「確かに言ったが、今ここで射殺 されるより裁判の後に死刑の方がいいだろう。ひょっとしたら無罪を証明できるかもしれない」


 それもそうだとやっちゃんが納得しかけた時、シロがまた余計な事を言い出した。

「現実的に考えたら、僕等が主犯だなんて思いませんよね。誰かの陰謀か、警察の威信をかけた即行逮捕の大博打に出たかですよ。この逮捕劇はどうせ冤罪だって分かっていてやってるなら、検察にも共謀者が居るって事になりませんか。判事にも僕等を主犯にしたいのが居るって考えるのが順当なんじゃないですかね」

「それもそうね。捕まったらあんたら確実に冤罪で死刑だわ。今から穴掘っても間に合わないしね。どうしましょ」 

 赤チンがシロの意見に一票を投じると、やっちゃんが戦闘態勢に入った。

 大人しく捕まってくれと念を押されていた事など、ここに居る者達全員すっかり忘れている。

 この場で対SAT戦に耐えられるのはやっちゃんのみである。

 それも一対一の対戦に限っての予測で、この戦いは限りなく敗戦確実。止めとけって。


「ここは言われたとおり大人しく捕まっておきましょう。暴れて撃たれて彼の世逝きじゃ、それこそ割りが合いませんよ」

 皆してやっちゃんを後押しする中、シロだけがやっちゃんに警告する。

「堅気の考える事は堅実だ。それもそうだな」と言っているそばから、突入して来たSATを片っ端から殴り飛ばして取り押さえられた。

 言葉と体がこれ程チグハグな人間がやっちゃんである。

「テメエらだって気に入らねえ奴の一人二人殴った事あるだろ。警官殴っただけで死刑って、信じられねえよな」

 やっちゃんが捕まった後、隊員に抗議している。

 そんな事を言われても知った事ではない。

 彼等は命令に従って御前をとっ捕まえに来ただけだ。

 訴える相手を間違えている。法廷で叫び倒してやれ。

 直ぐに退出させられる。いい気味だ。


「面白い事になってきたな」と言ったのはハリネズミで「面白いで済めばいいんだけどね」と言ったのは赤チンである。

 連行されるやっちゃんを見て、狸女が動揺を隠せずアタフタ院内を走り回っている。

 今更どうなるものでもない。仮にも理事長が、とんだ醜態である。

 そんな状態でもハリネズミだけは「そのうち何とかなるさ」と相変わらずにやけている。

「吾輩も大分やっちゃんの事はいい加減に考えているが、御前はその上を行っておるの」

「いや、いざとなったらどうにでもなるじゃないか。僕等のというか、朱莉君の科学力をもってすればアルカトラスからの脱出だって可能だろ」

「そりゃそうだが、アルカトラスはもはや観光地で脱出も何も出入自由じゃ。ついでに言っておくが、網走刑務所も観光地化しておるぞ」

「何時から?」

「吾輩が生まれるずっと前からじゃ。銭儲けばかりやっとらんで、少しは世情を観察しろ」

 ハリネズミは長生きばかりして身の回りの細かい情報には鋭いが、世界の歴史や情勢まで広い視野を持たぬ者である。

 しかしながら、彼の言う事ももっともで、生きた猫を転送する技術が有れば、やっちゃんの一人や二人シロの百人ばかりの脱獄はいとも容易い事である。


 病院での大捕り物が終わると、何時か宿にやってきた阿弥陀弁護士と大狸がハリネズミの所にやってきた。

「いよいよですかね」矢羅逗の大狸弁護士が一言発した。

「いいんですかね。私ら如きが出しゃばって」阿弥陀弁護士が考え込んで固い表情である。

「放って置けないでしょう。このままじゃ被害は拡大するばかりだし。戦争を始めた大悪党で歴史に残るのも………満更悪い気はしませんよ」ハリネズミから予想だにしなかった言葉が吐き出される。

「暴動くらいで治まってくれればいいんですけどね」阿弥陀は何とか事が穏便に運ぶのを願っている。

「日本はそれで済んでも、世界的には核が使われなければ良しとするしかないんじゃないかな」ハリネズミは地球が壊滅しなければ好いといった考えである。

「いずれにしても、始まって見なければどうなるかは分かりませんね」大狸は相変わらず考えのまとまらない男である。


 この三人が寄ったって何をしようというのか。

 小金を持ったくらいで、世界征服でもするかの如き話っぷりである。

 三人集って誇大妄想の会でも創ったか。

「吾輩もこれまで幽霊や妖怪などと酷く変わった者達に出会って来たが、御前等の様に取り留めのない奴等は珍しい。何を企んでおるのか、吾輩にも教えてよかろう。教えたからと言って、どうせ吾輩にはその計画をどうこうできる力も信用も人脈も金も度胸も科学力もない」

「冗談じゃない」ハリネズミは鼻からフンと息をした。「大変物覚えが好い猫ですね。というか、奇怪な生物ですよ。話してますよ」大狸が冷かす。

 阿弥陀だけは顔をひきつらせて一言も言わずに、すぐさまここから逃げ出したいという風をする。

「この猫に話したら放送局だ。明日には世界中に知れ渡ってしまう」ハリネズミが秘密保持を促す。

「しかし、猫の話を真面に受け止める人はいないでしょう」大狸が吾輩の人気を知らずに軽薄な意見を言う。

 そんな事なら誰でも思う。それがそうではないから世の中面白いのである。

「それがね、この猫意外と人望が厚いんですよ」流石にハリネズミは吾輩との付き合いが長く深いだけあって真理をついてくる。

「ほう………それもまた奇妙なものですね」奇妙は御前の目の周りだ。

 歌舞伎の隈取並みにハッキリ現れている。

 最近得た医学知識によれば、絶対にコヤツは睡眠障害を抱えておる。

 それとも寝ずに何やらやれるほど元気なのか、とても相手がいるとは思えん。

 一人で寝ずに頑張るのは寂しかろう。

 欲を出さないならば、寂しい女幽霊の一体や二体紹介してやらんでもない。

「勝手に言っておれ。御前ら如きが何をやろうとも、世の中そう簡単に変わったりはせん。アホタリが」

 つい下品な心の声が吾輩の口から出てしまったが、今更こやつ等に何と思われようとどうでも良い。

 言いたいだけ言ってやる。

「失敬な猫だな」大狸が訝しげに吾輩を睨み付ける。

 猫相手に本気で怒るとは、大人気ない。紹介するのはやめた。一生一人で頑張っていろ。

「まあ黙って聞いてやりましょうや。面白いから」と、ここでビビりまくっていた阿弥陀が声を出した。

 日本語を話す猫を見て信じられん事件といった風であったが、我等が普通に会話しているのを見て猫が話すのは近年のトレンディーと気付いたようだ。

 反応遅いんだから、心配しちゃったじゃないか。


 つけっぱなしになっていたテレビで、臨時ニュースが始まった。

 ついさっき捕まって護送された筈のやっちゃんとシロが、警官二人を人質にとって護送していたパトカーごと逃走中だと放送している。

 やっちまったね。これで裁判なしの射殺決定である。

 地方局の報道ヘリは火山の噴火で墜落して御釈迦になった筈なのに、性懲りもなく火山活動が続く地域での逃亡劇をヘリで追跡している。

 県警にも一機欲しいところだろうが、予算がなくて維持できないと知事が言っていた。

 報道ヘリを接収すればいいのに、要領の悪い知事である。

 こうなってくると、こんな所でウジウジ爺共と語り合っているより、飛行艇で現場に行った方が俄然 面白い。

 早速飛行艇を呼び乗り込むと、弁護士コンビが羨ましそうに吾輩の飛行艇をナデナデしている。

「今頃媚び売ったって連れて行ってやらないよ」

 吾輩は、飛行艇を抱えているタヌキ親父の手を引っ掻いて追払う。

「こんなチッコイのにしがみ付いてまで見たくはないわい。命がけで野次馬するより、テレビ見ながらビールを飲んでいた方が楽じゃ」

 負け惜しみとは………弁護士らしからぬ発言、ありがとう。


 吾輩が逃走するパトカーの上空に到達した時、既に後方には五台の追跡車両が頭のランプをチカチカさせていた。 

 逃げる先にはバリケードが張られ、一本道ではもはや逃げようがない。

 早いとこ見切りをつけて投降すれば射殺は免れようものを、諦めの悪い連中である。


 海岸方向に曲がって狭い路地を走り回っている。

 そのうち海岸に出れば、車は砂に足を取られ身動きできなくなる。

 いかに死刑を目の前にぶら下げられた緊急事態とはいえ、無計画な逃走経路である。

 終いには海岸に行き当たってしまった。


 いよいよ射殺か。

 バズーカの一撃で人質共々彼の世逝きか。

 目をまん丸にしてと見ていると、海の上に道がある。

 先程逃走計画で言っていた、病院前の海岸に設置された臨時の桟橋と同じ施設である。

 自衛隊が関わった逃走と見るべきだが、これではあからさまに自衛隊VS千葉県警である。

 しかしながら、如何に予算が限られているとは言え、テロリストの護送に県警だけというのも舐めきっているとしか思えない。

 警察署を破壊して大勢の警官を連れ去ったとなれば、県警の範疇を越えた重大犯罪。

 アメリカならばFBIが担当するところである。


 艀桟橋には逃走車とパトカーが数台乗り込んだが、御互いに身動きが取れない。

 逃走パトカーが艀桟橋の先に繋がっていた上陸用舟艇に納まると、桟橋がバラバラになって個々の艀となり波間に漂う。

 上に乘ったパトカーは、波に任せて漂流するだけである。

 船に辿り付いたやっちゃんとシロが手を振っている。

 沿岸警備隊は、二人が逮捕されてとっくに撤収している。

 もはや彼等を止められる者は何処にもいない。

 間違って止めようものなら、潜水艦から魚雷が発射されても当然といった状況である。

 裏側は無政府状態であっても、表向きに自衛隊が実践配備される様になっては、平和な日本ももう終焉である。


 これから逃亡者達は何処へ行くのか気になっていかん。 

 飛行艇でずっと追いかけるのもいいが、長時間では居住性が悪い。

 それに、この機では疲れて居眠りをしかねん。

 そこで吾輩は、やっちゃんを追って小旅行に出発すべく、潜水艇を呼び寄せた。

 上空から上陸用舟艇の位置を確認した後、飛行艇から乗り換え一直線に潜水艇を航行させる。

 ところが、上空から見えていた船が潜水艇からでは全く見えない。

 レーダーで捜索したが、先程の位置とは掛け離れた所に大型船が一隻いるだけである。

 ステルスの上陸用舟艇など聞いた事がない。

 無駄な所に金をかけたものだ。


 無駄遣いのせいで、吾輩は追うべき船を見失ってしまった。

 上陸用舟艇では遠くまでは行けない。

 したがって、レーダーに映った大型船に向かうのだろうと浮上してあたりを見まわした。

 ところが日は暮れる。方向は分からず腹は減る。

 レーダーを頼りに自動追跡にしておけば、何時かあの大型船が入る港まで行けるのは分かっているが、水も食糧も釣竿さえない。

 腹が減ったからと、猫と海をやって魚を食う事さえできないのである。

 仕方がないから、大型船を衛星追跡でロックして、一旦宿に帰る事にした。


 宿で水と食料を潜水艇に積み込んでいると、ハリネズミが吾輩を探しに来た。

 ヘルメットで自在に連絡できる仲なのに、テクノロジーに疎いのは吾輩ばかりではない。

 ハリネズミは暗号解読等の術は心得ているが、未だにインターネットでメールを送れない男である。何度やっても失敗している。

 それは吾輩も同じだから、笑っていられる立場にない。

 医学の事ばかり詰め込まれたが、もう少し基本的生活に必要な知識も欲しかった。


「おや、これから遠足かい。潜水艇で行くのなら歩かないのだから遠足とは言わないか………冒険かい?」

 どんな用があって来たのかは知らんが、猫が自分の物を使って何時何処へ行こうと御前の知った事ではない。

「お前こそ、戦争だか世界征服の準備は済んだのか。もたもたしてると他の奴に地球を乗っ取られちまうぞ」

「さっきの話かい。長く根に持つ猫だな。性格が悪いと嫌われるぞ」

「性格の悪さは育った環境の影響じゃ。好かれて生きようなどと思っておらん。まして御前らに好かれても何も良い事などありゃせんわい」

 ハリネズミはそれもそうだと言って納得する。

 こんなところで素直になられると気味が悪い。絶対に何か吾輩に頼み事がある。


「実はね。さっきの話はやっちゃんとシロの無実を証明する為の会議だったんだがね、色々とあって彼等が何をやったか世間が知ると暴動が起きてしまうのではないかとの懸念があるのだよ。だよ………だーよ」

 やっちゃんが冤罪で死刑になってもさして悲しくはないが、暴動となると一大事である。

「だからなんだ。吾輩は何もしてやれんぞ」

「冤罪を晴らすのは僕達がやるからいいのだけど、これから準備やらなにやらと大変でね。これをやっちゃんの乘った船に届けてほしいんだよ」

「吾輩に使いっ走りをやれってか!」

「いや、君が行きたいんじゃないかと思ってね。行先は地下の診療所だから」

「菓子が食い放題の診療所か」

「そう。僕の製菓工場で作っている菓子に限るの但し書きがつくけどね」

「生体実験なしか?」

「世界が認める知的猫になった君が、望まない事は誰もやらないよ」

「なら行ってやってもいいぞ。ところでソイツは何だ?」「酔い止めだよ。やっちゃんには酷い船酔いが有るから、薬がないって暴れられると困るって連絡が入ってね」

「連絡って、やはり今回の逃亡は御前らが手配しておったのか」

「当然だよ。仲間は絶対に見捨てないものさ」

「海兵隊でもそんな事を言っておるが、パクったろ」

「とんでもない、アニメで海賊が言っていた」

「どっちにしてもパクったろ」


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