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13 ドリトル先生の能力強化教室


 飲み込みの早いハリネズミ先生でも、ペロン星人の言う犯人に成ってしまうの意味が理解できずにいる。

 当然だが吾輩にもまったくもって不明である。

 近く世界中が自然災害に見舞われるとの予報が出され、ペロン星人協力の元、極秘に避難施設が作られているとまでは納得した。

 その彼等が犯人と成ろう筈もなく、十把一絡げに宇宙人としたらば同罪となるのだと言い田いらしい。

「つまりはこれまで、そしてこれからの災害発生は、君達とは別の宇宙人とやらが関わっているのであるな。ペロン星人」

 吾輩が先生を諭すのを兼ねて問うと、ペロン星人は意外だといった表情で吾輩の盃に酒を注ぐ。

「そうとってもらえると嬉しいのだよ。猫」術なげに答える。

 さっきまでやさぐれた人生をつまみに、空騒ぎして飲んでいた酒の味が変わったとみえる。

 先生の講談についてはペロン星人も知るところ。

 ここで軽はずみな発言をしたら、人間界で並外れたアウトローとして扱われている知的地球外生命体を、どの様に話されるか案ずるのは当然である。

 現象があって結果が出ればそこには必ず原因がある。

 一つの原因がペロン星人に関わっていただけでも、似た事柄総てを同じ原因として終いたがるのが、愚かなる人間の日常である。

 何一つ解決していないのに、さも完了したかの如く振る舞う。

 好ましい意見が出たところで、深く追求される前になるべく早く、ここは適当にあしらって次の会話へと進めたいのであろう。

 別の者が先生に酌をする。

 ペロン星人は利口である。

 無駄な抵抗はせずに、争いは避けられるだけ避ける。

 この場で口論するのは得策でないと心得ている。

 この場の目的は、議論や憶測でない事実の究明である。



 病院では、野ざらし派の内科医が辞めている。

 人でさえ、同じ人間に災難が差し迫っているのに逃げ隠れする。

 どういった了見かは明らかである。

 誰でも安全な所で楽にいて稼げれば、その方が良いに決まってる。

 猫でさえも、こんな時期はどこへ行っても同じなのが解るのに、浅短な者の結論である。

 しかしながら、これ等の行動が我等には有益である。

 要らぬ加担などせずに放置しておけば、何れ人は滅しペロン星人の世となるものを、いかなる理由でその科学力を人間に提供しているのか疑問である。

 同じく先生も不思議に思った。

「なんだって貴方達は人間に協力してるんですか? 打ち明けますが、僕は人間界では妖怪と呼ばれる父を持つ者で、見掛けから子供の頃に随分と虐められましてね。人の為になんて言って色々やってますが、本心は嫌いな奴だけ救わないつもりです。遠回しの復讐ですよ。貴方達だって同じじゃないんですか。地球人の中に一人や千人、殺してやりたい奴がいるでしょ」

「それならとっくに寿命で死んだし。しぶとく生きてたのも殺して終わってるでなー。今更誰を殺したいもねえな。それよりも、ここんところ地球で悪さしてる連中は、俺達から住んでいた星を取り上げた奴だからってのが本音だわな」


 ペロン星人は母星を奪われた後、地球に辿り付き定住に成功していた。

 彼等の科学力の恩恵を受け、診療所周辺に住む者達は何代にもわたって繁栄して来たのだと言う。

 母星を破壊した相手は、宇宙規模の強盗団である。

 いずれ地球にもその侵略が及ぶと読んで、彼等が地球に漂着した数千年前の太古から、今日まで防衛基盤を築いて来ていた。

 地下の避難施設も計画の一つとして実行されていたのである。


 そうこうしていると、大きく下から突き上げるように地面が揺れた。

 気構えは随分前から有ったが、幾分酔っていたもので立ち上がるのが鈍い。

 それより、鉄筋コンクリートの建物の中である。

 此れしき何の、持ち堪えるに違いない。ジッとしていた。

 先生もペロン星人も余裕で、揺れに身を任せて酒を酌み交わしている。

 慌てているのは、宿に憑りついた若旦那の幽霊ばかりである。

 すると、今度はさっきより大きく建物が前後左右に揺さぶられ、徳利に盃も勢いよく吹っ飛んで幽霊にぶち当たる。

 ガッシャッーンと危なっかしい音をたてて、割れた破片が吾輩の足元まで飛び散って来た。


「痛いなー」

 掴みたい物でもすり抜けて、思うままに持てない無能幽霊らしからぬ発言である。

 ヒョイと顔を上げ見ると、クロに憑りついた古めかしい紳士的幽霊が頭を摩っている。

 痛いのかよ。

「珍しい幽霊もあったものだ。御主、名を何と申すか」

 吾輩の問に幾分照れた風の幽霊が答える。

「吾輩は夏目金之助である。他に子規君より漱石との号も頂戴している。知っとるだろ、有名だから」

 過去に有名人だった未練を引き摺り、此の世にしがみ付いたる霊体である。

「………金太郎? 足柄山か? 知らねえわ」正直に答えてやった。

「おーい、猫。お前は猫のくせに吾輩を知らんのか。近代の者は何も知らんから今更驚きもしないが、猫ならば代々の言伝えを大切にしているだろう。その猫がだ、吾輩を知らんとは、どれだけのお馬鹿ならばそんな口が利けるかなー」

 幽霊のくせに生意気言って。呆れた奴である。


 訳の解らん奴は放置するに限る。

 吾輩はこれで何度も幽霊の災いから逃れている。

 厄介なのは放っておくにしても、通常の地震ならば大揺れの後余震が断続的に続く。

 それが、今回の地震は大きな揺れが治まっても、微妙に揺れっぱなしである。

 いつまでたっても静まらないのが一番の災難で、猫ではあるが吾輩はしっかり船酔いをする。

 幼少の頃、メタボオヤジに遺棄された折り、激しく揺さぶられて眩暈を起したのと、兄弟が死んでいった事態がリンクして容赦ないトラウマとなっている。

 二次災害がどうこう言っていられる状況ではない。


 揺れている中で海岸に出て、オエッとしていると夏目幽霊が追いかけてきた。

「それでな、猫は吾輩の代表作なのだよ。お前より吾輩の方が世間には評判がいいのだよ。聞けよ、猫。逃げるんじゃないよ」

「ヴッヴェー。なかなか自信が強い男だな。お前なんかいなくても猫は生きて行けるんだよ」

「猫、オエッて飲み過ぎちっゃたのかな。お前は基本的に猫なんだから、飲まん方が良いと思うがなー」

「うえっげっげげーっ、うおー、うげっぼっうげっ!」

「んー、言いたい事は分かるのだがね。もう出る物はないだろ」

「どっぼっ」

「あれ? まだ出るって、それ胃袋じゃないだろうね?」


 海に近い街の住人でも、吾輩と似たり寄ったり体質は大勢いるものである。

 何時間も地面にフワフワ揺さぶられ、気分が悪くなった者があちこち道端で臥せっている。

 それに比べ夏目幽霊は呑気な者である。

 自分は既に死んでいるから災害で被害を受ける心配もなく、何時でも中空にフワついて、地面が揺れても地球が引っ繰り返ろうがまったく影響を受けないでいられる。

「今度からはビールでも飲んで済ませる事だな。吾輩は生前胃腸を悪くしてな。随分と苦しい思いをしたものだ。今から消化器には気配ってやらんと、後で酷い目に遭うぞ。猫………そうだ。忘れていたが、ドリトルとか言う獣医から言伝を預かっておる。心して聞けよ、猫」

 全くどいつも此奴も吾輩を見れば猫ねこネコと五月蠅い連中である。

 ドリトル………獣医………? 

 自分が化けて出て来ればよかろうに。どの幽霊も我がままな奴ばかりだ。


「黙っていろ。吾輩だって好き好んで酔っているのではない。これは酒に酔ったのではなく、地面の揺れに酔ったのだ。ボケナス幽霊」

 予想していた災害でも、このようにフザケタ余震までは分からない。

 できれば何事もなかったのだと忘れ去ってしまいたい過去が、過激に絡んだ上の事である。

 心の片隅で、勝手に悲惨な過去の事件は忘れたと思い込んでいたから、殊更この酔いが心身に堪える。

「大変な酔い方だな。しかし千鳥足で歩くのは危ないから寝ていた方がいい。ドリトルの言伝は、元気に死んでいるから心配するな程度の事だ。それにしてもお前は猫のくせに揺れているだけで酔うとは、便所蟋蟀並に軟弱な奴だな」

「余計な御世話だ。死んじまってるのに何処へ行けばいいのかも分からんでふら付いている奴より、吾輩は地に足の着いた生活をしておるわい」



 高台にあった温泉が、会員制の超高級リゾートになった。

 クランク商事の会長が電話でとやかく言っていた施設である。

 どの様な物かと覗いたが、軍用犬がうろついていて中には入れない。

 どうしたものか思案していたら、夏目幽霊が吾輩ならば出入り自由であると威張りこくっている。

 昼夜かまわず現れては吾輩にチョッカイを出したがる。

 百年も前から誰にも認められない幽霊をやっていたのだ、目立ちたい気持は分からなくもない。

 しかし、若旦那の幽霊だけでも鬱陶しいのにこんな奴まで。

「夏目金太郎。お前は他の幽霊に霊力の使い方を教える事が出来るか?」

「簡単な事。御前にしか見えていないが、こう見えても生前は教師をやっていた」

「若旦那の幽霊がな、何も力が使えず木偶のまま宿に居付いてしまっての。復讐でも何でもできるように鍛えてやってくれんかの。やってくれるなら、リゾート偵察の任務を授けてやってもいいぞ」

「承知した。若旦那殿の復讐御手伝い請け負った。が、だ。それより偵察が先ではないかな」

 金太郎の言うとおりである。

 吾輩、御近所猫同盟ナンバーツーの権限をもって、栄誉あるリゾート偵察の任務を夏目幽霊に託したのである。

「スリルがあっていいね。猫」と言うと、夏目幽霊はようやく吾輩を離れた。


 宿の部屋でほっと一息つきながら「相変らずどの幽霊も面倒で厄介だ。百年振りで初めて自分を見てくれる生物に逢ったんで、窮屈な日々から広い野原へ出たような気持なのだろう。金太郎の話はややこしくて、何を言うにも気を使うから疲れていけない」

 独り言をブツ唱えていると「金太郎というのか。あの回りくどいひねくれ知識人幽霊」

 若旦那幽霊が突如現れ話し掛けて来る。

 いきなり出てくるんじゃない。

 吾輩までもそっち側の猫になってしまうではないか。


 風評被害全盛期に温泉宿をリゾートにしても稼ぎが増える筈もない。

 銭持ってんどーと言いたい連中が、金の使い道に困って会員に成る程度で、吾輩には一生縁のない場所である。

 ヒガミも若干加わっているが、その方が罪がなくていい。

 高級な施設で吾輩ばかりで暇しているよりも、今まで出会った者達と賑やかに過ごすのが一番遠慮がなくて良い。

「あんなリゾート、さっさと潰れてしまえばいいのに」

 ボソッと言ったら、一度潰れているのだと若旦那地縛霊が教えてくれた。

 若旦那の情報によれば、派手にオープンした時は物珍しさと割引サービスや宣伝効果で繁盛していたものの、五年過ぎたあたりから雲行きが怪しくなっていた。

 そのまま潰れたならよくある話だ。

 それがサッと気持ちよく店をたたんでしまえばいいものを、まだいけるとばかり未練タラタラ続けていた。

 結果として、老朽化しても改修工事の費用が捻出できず、汚れが目立つ温泉に 客は減る一方となっていた。

 随分前からオーナーが、施設そっくり買い取ってくれる者を探していたのが、今回の災害騒ぎでたたき売りもできなくなってしまった。

 若旦那幽霊が「僕も一度この宿では経営危機に陥ったが、あの頃は景気が良かったからまだ何とか持ち直せたんだ」 

 今となってはそんな奇跡も望めない。

 ボチボチ夜逃げの準備をしていた所、御家の事情を知って二束三文で施設を丸ごと買い取ったのが、クランク商事である。

「そりゃちょうど好過ぎるタイミングであるなー」

 こんな時世だから誰もが金欠である上に、災害騒動が表沙汰になっている地域で経営難に陥った施設を買い取るなど正気の所業ではない。

 間違えば共倒れのリスクを、大金払って買い取っているのである。

 吾輩の疑問に、若旦那幽霊もそうだゝと大きくうなずいている。


 いくら丁寧に使っていても、修繕すべき所は必ず出て来るものだ。

 それが、何年も手入れの行き届かないまま使われていた施設の欠陥をもれなく書き出して、洩れなく修繕するなら建て直した方が安上がりである。

 それをそっくり買い取って、更には改修して会員権を売ろうとしているのだから生半可の価格設定ではない。

 座布団に座って一呼びすれば、大抵の物は買い人を付けられる招き猫の吾輩でも、これは到底売上御利益及ぶべからざる芸当と自白せざるを得ない。

 売れるわけねえよ。

 さすればこのリゾート施設は企画の段階から、会員権を売って儲ける気などないと見るべきである。

 資本金の出元を辿って行けば、十割がたクランク商事とその仲間達が、詐欺や賭博で稼いだ危ない金である。

 ヤブが以前、赤字で息絶えゝの病院を買い取ってやった、資金洗浄という悪行の一環に違いない。


 クランク商事が使っているのは、少々危なっかしい事業にも思い切って出資できる裏の金である。

 それに比べ、我等が日頃使うのはその日生きる為の金である。

 余分に金を持っている者は、吾輩の知る限りヤブしかおらん。

 あの男に頼み事をするくらいなら、地球が消滅した方がまだよろしいと思える。

 従って、いかに吾輩やクロが二六時中監視をし、クランク商事の動きを逐一ハリネズミ先生に報告しても、対抗する能力と資金がないのは甚だ遺憾である。

 遺憾ではあるがやむを得ない。

 休養は猫といえども必要である。

 偵察と若旦那地縛霊の教育は金太郎に任せるとして、吾輩は例のごとく温泉を覗いてから部屋に引籠る。

 先生が帰ってから、吾輩は幽霊の出ないペロン星人の部屋で寝る。



 朝になって部屋に帰ると、極秘会議とかで吾輩さえも入れてくれない。

 やっちゃん達の極秘会議とは、この先何時宴会をするか程度のものである。

 再びペロン星人の部屋に行くと、テレビに繋がっている線が出ているコンセントに似た白い小さな板を壁から外して静かーにしている。

「古い建物はな、テレビの同軸ケーブルを通す配管が上下に繋がってんだよ。こうしてマイクを落としてやれば、下の会話はダダ漏れよ」

 そういえば、やっちゃんの部屋はこの部屋の真下である。 小型マイクが配管を伝って真下に落されると、しっかりハッキリ極秘会議が聞こえる。

 ハリネズミ先生を入れて会議したら、一週間で街中・十日で世界中に知れ渡ってしまうと騒いでいる。

 何を今更、先生は御前等よりずっと前から、もっと重大な世界規模機密事項まで知っておる。

 お前達に教えたら危険だと判断し何も語らんでいるのに、先生を仲間外れにしようとは困り果てた連中である。

 これには、流石に穏便な先生でもカチッときた。

「僕には君と違って良識ってものがそなわっていると何度言わせれば覚えてくれるのかね」憤慨した様子である。

 極秘会議などと謳っているが、ここで隔てる物は壁にへばりついたテレビコンセントのプラスチック板一枚である。

 先生がスカした放屁音でさえ、ハッキリ我等が部屋のスピーカーから流れて出ている。


 狸女がかき集めた情報を分析した結果、これから起るであろう災害に備え、外科の医師を中心に医者狩りが始まっていた。

 大規模災害時に病院に担ぎ込まれる患者の数は、病院に常駐する医師の数で決められる。

 どんなに重症の患者でも、治療する医師がいない病院には搬送できないからである。

 さて、どんな会議になるのか聞き耳を立てていると、肝心な話しは簡単に済ませ、ダラダラ飲むだけの寄合に成り下がってきた。

 話がこう眠くては、盗聴に付き合う気にもなれん。

 のそのそペロン星人の布団の裾へ廻って、心地快く眠る………。


 ふと眼を開いて見ると、吾輩はいつの間にかペロン星人の部屋から下へ来て、女将の隣に延べてある座布団の上 に座り込んでいる。

 ペロン星人が帰るので、女将が自分の部屋に吾輩を連れて来てくれていた。

 女将は相変わらずカステラとマカロンを並べ、どちらにしようか悩んでいる。

 外ではクロが、空になった猫縁台の皿をなめている。

 までなら許せるのに、慾張って吾輩の皿まで抱えている。

 その横には、せんだって御亡くなりになったばかりの獣医がフワッと浮かんでいる。

 元気に死んでいるからと、金太郎に伝言して此の世から消え去ったと思っていたら、時と場所をわきまえずに現れるとは節操のない幽霊である。


 ここのところ頻繁に幽霊と出会う。

 吾輩を誘いに来ているのか憑りつきたいのか、厄介な問題に対する対処法がないから、尚の事見たくない光景である。

 睡眠導入剤でも飲んで、これからもう一眠りするか。

 それには今しがた起きたばかりで、薬の力をもってしても眠れる気がしない。

 ならばクロにどこかへ行ってもらうか。

 普段から警戒心が散漫だから、クロは霊体を見るのは出来ないくせに、やたら霊に憑りつかれる。

 憑りついた霊は吾輩が交信できる者と知るや、必ず一緒になって遊びたがる。

 このままいたら今夜も何か起るだろう。

 じっくるひっそり覗いて見ると、獣医に気付かれてしまった。


 女将は今日の菓子をカステラと決め、マカロンを茶棚に仕舞い込む。

 カステラを一欠片吾輩の前に置く。

 クロとはマカロン以外分けないとしているから、吾輩だけでカステラを食す。

 すると、獣医が自分にも食わせろと催促する。

 別けてやったところで食えないのは百も承知で無心している。

 嫌がらせにしか思えない。

 下手に関わり合いたくはないが、獣医の仕草は明らかに吾輩には霊体が見えるのを知っての動きである。

 ここでしらばっくれても他の幽霊と一緒になって、吾輩の枕元でドンチャン騒ぎをするに決まっている。

 殺されたのだから、のんびり彼の世で死後を送ればいいものを、どんな理由があって化け出ているのか。

 怨み辛みの果てに出てきたのなら、出るべき所を間違っている。

 ここに化け出ている所を見るに、移動は自由にできるのだろう。

 殺った犯人の前に出て、うらめしやの一言三言呪ってやればいい。

 いずれにしろ、このままでは吾輩のねぐらは幽霊の巣窟となってしまう。

 何とかせねば。


 女将は既に寝息をたて昼寝に集中している。

 およそ人間を観察して何が羨ましいと言って、天敵がいないから何時でも何処でも不用心に熟睡できる事ほど真似たいものはない。

 猫などは、特に吾輩の如く霊体に好かれたらば、生涯こんな睡眠をする事ができない。

 今後の安眠の為にも、事態がこんがらかる前に一つ二つ霊体には消えてもらうしかない。

 金太郎に頼んではみたが、若旦那能力開発教育はいっこうに成果を得られない。

 この際だから、獣医にも若旦那教育に参加してもらうべく、吾輩は勇気を出して獣医に聞く。

「何しに来たんだよ?」

「薄情な奴だなー。死んじゃって暇だから遊びに来てやったのにー!」

「来てくれなくていいわい。あっちにも大勢知り合いが待っとるだろ。早く娘の所へ行ってやれや」

「それならお前に心配してもらわんでも、こっちに連れてきてるわ。ほれ」

 獣医に指示されるまで気付かなかった。

 吾輩の頭上で娘らしき女人がユラリしている。

 吾輩は今、コヤツに憑りつかれている。

 家族を連れて来るんじゃない。

 親戚から先祖まで呼ばれたら、宿が霊の溜まり場になってロクでもない事が起こる。

 猫の気も知らんで、フザケタ獣医である。


 世の中どんな時でも、猫の精神を甚振って喜ぶ奴がいる。

 しかしながら対抗しようにも、このように家族関係で統制された者の攻撃には太刀打ち出来ない。

 早い話しがギブアップである。

 何時でも結果は同じで、霊体に憑りつかれたらジタバタせず素直に霊の御願いを聞いてあげるしかない。

 死してなお、この世に怨み辛み心残りを持った者達ばかりである。

 邪見にするのも可哀想な身の上の者も多い。

 恐ろし怖いを少しばかり我慢して、フンフン成る程と聞いてやるだけで成仏する霊もいる。

 しかし、こいつ等の場合はそう簡単にいくとは思えない。


「若旦那の訓練な、俺達も手伝ってやるから。一筋縄じゃいかねえって、夏目に泣き付かれてな。よく話を聞けばよ、俺の仇と若旦那の仇が同一人物って事になりそうなんだよなー」

 吾輩のビビり損か、願ったり叶ったりの申し出に、思わずニッコリ頭を上下に大きくフリフリしたら、フラッとして其の場にへたり込んでしまった。

 後から莫大な請求書が回って来なければいいが、妙に御手軽な雰囲気である。

 何時ぞや女将がやっちゃんに話していたのを思い出すに、

若旦那に当て逃げした犯人は博徒の親分に始末されている。

 最近に起こった獣医の殺害に関与できるならば、超強い能力を持った霊体である。

 しかしながら獣医の話を聞けば、若旦那を殺して始末されたとされているのは、金欲しさの強盗放火殺人で逃げていた男。

 若旦那殺害とは無関係の事件であった。

 山城の爺が善い人でいたいからと、本当の犯人を簀巻きにして漁港に投げ込んだのは内緒にしていた。


 犯人が誰であろうと死刑は同じで、旦那の仇は山城の爺が討ってくれたと女将に伝わっている。

 ここで余計な事をしたのが子供の頃のやっちゃんである。

 呑んだ勢いで漁船を盗み、漁港でウロチョロしていた時に簀巻き男を釣り上げている。

 せっかく捕まえて簀巻きの刑に処せられた罪人を海から救い上げ、もう悪さはするなよとばかり偉そうに言ったとか言わなかったとか。

 事情も知らず死刑囚を解放し自由の身にしていた事など、本人もすっかり忘れている。

 この若旦那殺害の実行犯は、当時山城と敵対する組の若頭であった。

 海から救い上げられてから、他人に成りすまして今まで生きてきている。

 組長が何者かに殺害された時に若頭補佐を組長にして、自分は裏で糸引く会長の座に納まった。

 クランク商事の上部組織で、縄張りを持たずに組織の名前すら持たないアウトローヤクザである。


 こんな国内事情を知らないアメリカ産ヤクザ、有朋が始めたシェルター事業。

 フランチャイズ契約を結んだクランク商事の代表が、うっかり当社の筆頭株主だと紹介したのが会長である。

 有朋の事務所に入って行く会長を診療所から見たヤブが、どこかで遭った事があると調べたら、死んだ筈の男だったから騒ぎになった。

 双方殺し殺されの頃からすれば、百八十度回転した人相体型となっている。

 特にヤブは本人も認める見る影もない人になっていた。

 臆する事なく有朋の事務所に遊びに行って、会長の顔傷や昔切り刻んだ時の腕の傷を確認した。

 まだ生きていやがるとヤブが山城に知らせ、山城組では如何してくれようかと模索中である。


 クランク商事が絡んだ事業の裏側を探っていた獣医を、この会長がコソッとホームから突き落としていた。

 流石に風前の灯火覚悟で出て行った獣医は冷静である。

 天真爛漫に、グロテスク極まる転落から己の身に起こった異変の光景を、リアルに語って聞かせる。

 そこんところ余計だから、聞きたくないですから。

 不適切なR指定が話の中にボロボロ溢れていたが、共通した仇を持つ者であれば指導も上手くいくかもしれん。

 若旦那にしても、自分が何故に地縛霊として此の世に居残っているのか、はっきりした理由も知らぬままでは怨みの持って行き場がない。

 この事を教えてやれば、ひょっとしたら獣医は後任に復讐を任せ、昇天を完結してくれるかもしれん。


 何時だろうと部屋の中を見廻すと、柱時計がもうすぐ昼だと教えてくれる。

 ここでは女将の寝息と、遠方で仲居頭の歯軋りをする音のみである。

 この時間には、若旦那幽霊が女将の寝顔を見にのこのこやって来る。

 この事実を、吾輩の部屋に戻ってきた若旦那に言うと、私はそんな事はしていませんと怒り顔になる。

 しかし事実は覗き屋だから困る。

 元妻であるからやるなとは言い切れんが、世の中には悪事を働いておきながら自分は清廉潔白だと考えている者がある。

 自分の罪を自覚していないし、心神喪失状態での犯行だから責任能力がない。

 しかし、これはこの国に生きる人間に当てはまる法であり、幽霊に適用されるものではない。

 さっさと滅却する訳には行かぬのかと責めても、滅する方法さえ知らんのだからどうにもならん。


 そうこう思い獣医と娘を横目に、クロと昼を済ませ眠りこけていたら、夜は大分更けたようだ。

 吾輩の肩をツンツン二度ほどきつく突く者がいる。

 うたた寝の吾輩に気付かれずに寄って来るとは、並の使い手ではない。

 大方遊びたくなった獣医の悪ふざけであろう。

 しらばっくれていれば諦めて消えるかと薄眼を開けて様子を伺う。

「ベロベロバー! 驚いた?」

 吾輩の肩に指を突き刺していたのは、なんと若旦那である。

 本当に指が刺さってるじゃねえか。痛いんだよ。

明治の知識人に頼んでもラチが開かなかった能力開発が、獣医が来てほんの数時間で吾輩に指を突き刺せるまでになっている。

 驚愕の教育術である。

 どこぞの出版社に提案すれば、自己啓発本にしてもらえるかもしれない。


 感心していると、今度は部屋の扉をギーギーと開け閉めして遊び始める。

 襖を開ければ次は、パタンと勢いよく閉めて喜ぶ。

 いい歳こいた幽霊のくせに、子供じみていて叱る気になれない。

 女将が、座敷童でも来たかと部屋を見に来るなり、若旦那はジッと動かずシーンとしている。

 見えないのだから動いていても良いのに、まだ自分の力に不慣れである。


 宿は完全に悪霊が憑りついた家鳴温泉になっている。

 最初に起こったほど大きな揺れではないものの、微妙な揺れが続いている中。

 無理すれば揺れのせいにできなくもないラップ音だ。

 極力無理し続けてもらいたいものだ。

 この短時間にここまでの能力を発揮させられるのは、教える者に並々ならぬ力と知恵が備わっているからである。 

 ここまで出来るのであれば、若旦那と同じ仇であるからと律儀に敵討ちを誘わなくとも、さっと始末して成仏でも昇天でもすればよかろうと思う。

 何故にこの様な回りくどい仕事をしているのか尋ねてみた。

「勘違いで祟りってのも迷惑だろうからな、色々と調べていたんだよ。例のクランクでな。そしたら夏目が来て、どんな具合ですかときたもんだ。どんな具合も塩梅もねえさ。

こうこうこういった事情で調べてるのさと話したら、ここの若旦那がどうにもならねえグズな上に、俺と仇が同じ者であるような気がするがいかがなものかってさ。そんなこんなでここに来たって訳さ。宿にはお節介な猫がいるからソイツに詳しい事は聞いてくれって言うもんだからよ。オメエの事だってピンときたよ」

 幽霊に責任ある行動を願っても無意味なのは分かっているが、何の事はない。

 金太郎は仕事が面倒になり、途中で放り投げただけである。

 しかしながら結果は非常に好い方に向いている。

 これで良しとするしかあるまい。



 宿の泊まり客はすっかり途絶え、風呂に来る者だけとなっている。

 温泉に浸かっても、ゆっくり寝られなかったり落ち着かないといった者がグンと増えている。

 病院では安眠教室なる特別治療室が設置されたとかで、ハリネズミ先生がそこで教わった眠り方を風呂に来た客に教えている。

 なかなか評判が宜しい。


 先生が東京の講談師に物語を教えに行った時以来だと、純金の太っとい鎖を首からぶら下げ、手にはドデカ指輪みっちりのミュージシャンが宿を訪ねて来た。

 病院で落ち合うのも何かと気を遣うからと、宿で約束していた。

 そりゃそうである。この様な族が病院に現れたのでは、病院にがらの悪い借金取が来たと近所の評判になるのは確実である。

 名だけは聞いた事のある男だが、容姿までは知らんでいた。

 日焼けした真ん丸顔に、歯が妙に白く浮き上がって奇怪である。

 銭持ってんどオーラの中に、異様な影が見え隠れしておる。

 妖怪の父を持つ先生をわざわざ訪ねて来るあたり、こやつも妖怪ではなかろうかと疑える。

 どういった経緯で先生を訪ねて来たのか聞きたい所だが、どんな妖怪かも分からんで関わるのは、幽霊を招くより悪質である。

 暫く二人の会話を側で聞いていた。


 この成金男、近年世界中をお騒がせしているラッパーという種である。

 解り易く説明すれば、講談をアップテンポにして大音響で身振り手振りを大げさにした楽曲の歌い手で、先生の講談流派を伝承する者であった。

 先生はこのミュージシャンに、私学で学ぶ子供達に音楽の英才教育をしてくれと願っておる。

 世界的音楽家ともなれば、そんな暇は無いだろう。無理な願いと聞いていた。

 それが、吾輩の思惑は見事に外れ、この男は暇を持て余している者であった。

 持って生まれた妖力と先生の教えに従った講談力でボロ儲けの揚句、現在無職の名前だけミュージシャンは印税だけで生計をたてていた。

 吾輩が人間ならば羨ましい限りであろうが、日々暇を持て余す生活は実に味気ないものである。

 コヤツが先生の願いを二つ返事で叶えた気持ちが解らんでもない。


 子供達が音楽の世界で生きて行けるようにするのは良いとして、絵を売り飛ばして一財産の話はどうなったのか。 

 反対した手前、吾輩の意見によって方向転換したのならば幾分申し訳ない。

 いかような訳あって方針が変わったのか、コソッと先生に尋ねてみた。

「んー、世界的に災害続きでね。あの手の絵を誰が描いても当たり前の世の中になってしまったから保留にしてるのだよ。これからは世界を明るくできる者が稼げる時代になると思うんだ」

 そういった事であれば吾輩も大いに賛成である。

 日頃鍛えたロックでも教えてやろうかと提案したが、体よく断られてしまった。

 吾輩は子供達との会話が出来ない者だとようやく気が付いたが、さてどうしたらこの美声を披露できるか。

 断られてもなお伝えたい気持は健在である。

 何時か絶対に子供達と、カーネギーホールのステージで共演すると決めた。


 折角気分よく全世界ドーム球場ツアーの夢を見ているのに、吾輩の周りを金太郎がウロウロしている。

「吾輩が丸投げした仕事を御前、獣医に更なる丸投げをしたのう。ゼネコン下のトンネル企業と同じではないか。出来ないなら最初から請け負うんじゃない!」

 吾輩が何時になく強く言ったせいか、金太郎はしどろもどろと一向要領を得ん言葉を吐くばかりである。

 答えは意味不明のまま耳の中にでグルグルするのみで、何等の分別も出ない。

 中空に浮かんだ金太郎の裾を啣えて振って見たらと思って、二三度やったが少しも効用がない。

 おたおた情けないばかりの幽霊に成り下がっておる。

 暫く揺すっていると、冷たい空気が頬を伝い吾輩の顔の先へ流れて来る。

 金太郎の表情は眠ったようで、手をうんと延ばして吾輩の鼻づらにマイナス三十度の冷気を飛ばした。

 鼻は猫にとって玉に次ぐ急所である。

 痛いなんてもんじゃねえよ! 過剰な刺激に無差別攻撃を加える癖があるとは知らなんだ。

 仕方がないから、にゃーにゃーと二返ばかり鳴いて「言い過ぎちゃってどうもすいません勘弁してください」

 どうしたものか、この時咽喉まで凍えて思うような声が出ない。

 やっとの思いで絞り出した声は低い奴で、少々しか音にならないで驚いた。

 肝心の金太郎は、白目を剥いて異常覚醒から覚める気色もない。

 そこへ突然何者かが近付く音がし出した。


 チリーンチリチリーンと廊下を伝って近づいて来る。

 何時か何処かで聞いた事のある音色である。

 ここまで霊体に好かれると、何れ猫の幽霊もやって来るのではと案じていたがいよいよ来たか。

 こうなってはもう駄目だと諦らめ、若旦那が開けた襖と柳行李の間にしばしの間身を忍ばせ動静を窺がう。

「先生、先生」

 地縛霊として神社に住み付いていればいいものを、三毛子がはるばるやって来て吾輩を探している。

 それにしても、どうして吾輩がここに居ると知ったのか。

 霊界の事情はよう知らんが、優れたナビが普及しているのは言われんでも分かる。


 いかに吾輩が人間界で育った猫世界知らずでも、化け猫が好ましからざる客であるくらいは知っている。

 元は吾輩を慕ってくれていた者である。

 必ずしも不幸を招き悪事を働くとは限らない。とは思っても、こんな所までやって来るからにはそれなりの理由があっての事。

 吾輩に無念の総てを打ち明けて、怨みはらしの手伝いをしてほしいとでも言いに来たのか。


 戦慄する吾輩の隣で、この事態を特別喜んでいる不謹慎な奴がいる。金太郎である。

「獣医さんに一仕事頼んだら請け負ってもらえたので、暇になったからちょいと遠出しまして。三毛子さんを御連れしたんですよ。あまり嬉しくないのかな?」

「誰彼見境なしに幽霊を連れて来るんじゃないよ。びっくりするから」

「いい加減慣れなさいよ。そのうちうじゃうじゃ見えるようになりますから」恐ろしい予言である。

 どれが生きていてどれが幽霊か、見分けがつかなくなったらどうするか。

 それより、液体窒素並の冷気垂れ流しをいい加減に止めてはもらえないだろうか。

 あちこち凍てついて、ピキパキのラップ音がしている。

 完全に安っぽいお化け屋敷に変身したこの部屋では、どうやったって猫らしい暮らしができるとは思えない。

 家出してやる。


 三毛子の鈴の音が、部屋の前に来てチリーンと鳴ったきり静まり返る。

 吾輩は押入れに隠れ、若旦那に襖を閉めてもらう。

 この次はどうしたらいいかと一生懸命になる。

 心臓が口から出てきそうである。

 不整脈もボチボチ出ている。あぶねえよ。

 後で考えたが、猫には健康診断がない。

 こんな時はどうやって健康維持すればいいのか、化け猫の御蔭で新たな健康への悟りを開けたのは実にありがたい。

 感謝するからこのまま消えてくれ。


 たちまち襖の四方が凍り付いたように白くなる。

 それを透かして真っ赤な血が幾筋も垂れ落ちて来る。

 いきなり背後から、三毛のくせに真っ白になった三毛子が現れた。

「お待たせー」

 魂が部屋の扉から襖まで抜けて、吾輩を驚かす気満々。

 人間の幽霊にやっと慣れたというのに、化け猫ポルターガイストに出会うのは初めてである。

 どのように反応すればよいか分からぬまま一瞬で気絶した。

 途端に遠くで眩しい光が吾輩を招いている。

 真っ暗な部屋に開いた小さな穴から、太陽の光が差し込むが如き救いの光である。

 疑いもなく吾輩は、必死になって光に向かって走る。

 走れどもゝ辿り付けない。

 不思議な事にいくら走っても疲れないが、気ばかり恐ろしく焦っている。

 気が遠くなる程走って気付いた。

 遠くなる気は既に絶っしておる。

 吾輩、失神してから起きたとの記憶がない。

 したがって、ここは意識不明の世界である。

 早く正気に戻らねば間違って火葬されてしまう。

 しかし、いくら足をバタつかせても空を切るばかりである。

 意識あって意志通じずの間がどれだけあったのか。

 思い切って光と逆に向って走ったら目が覚めた。

 押入れの襖ががスーと明いて、女将が吾輩を抱え出す。

「どうやったら閉まった襖の押入れに隠れられるんかねー。ほんまに不思議な猫はんどすー」

 呑気な事言ってんじゃねえぞ婆あ! 死ぬとこだったんだよ。

 怒ってやるにも上手く声が出せん。

 ヘニャゝと情けないばかりである。


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