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12 天変地異のさきぶれ

「地下の病院って言ってますけど、地下空間に作られた施設の一つに病院があるって言った方がイメージ合うと思いますよ。病院の管理責任者は、皆さん御存知のヤブさんです」

 まことに困った人物の名が出て来た。

 地下病院はごく一部の者しか知らない巨大地下施設の中に存在していて、ヤブには内緒にしていたはずである。

 この展開から推し量るに、相違なく話のあちこちで火が付いている。

 つい最近ではヤブが、急に姿をくらましたぬらりひょんを引き取って面倒を見ているなどと、柄にもない申し出をした。

 堕落しきったちゃらんぽらんな医師にまで事情を明かし、人集めをしなければならくなっているとみえる。

 終末論に走る気は毛頭ないが、近くこの地域での災害発生も昭々たる事実となりつつあると推察できる。

 いよいよこの国は切迫した状況になったのか。僅かばかりの将来に抱いていた希望が、音をたてて崩れて行く。


「政府は何年も前から今回の自然災害の異常発生を予測していて、避難所として地下都市の建設をしてたんですよ」

 見学に行った時は献金目当ての政治家の仕業かと思ったが、思い返してみるに規模が桁違いである。

 何処からそんな大金が出てきたのか、ペロン星人が預金を切り崩したか。


 もしくは。太古から人民より取り立てた税金の使い道の一と解釈してよいか。

 後世の為、人が災害から身を守る為の施設を建設していたのであれば、人民が辛く苦しいと訴えようとも、仁恵なく銭金を毟り取っても正当である。

 ヤブが持っていたのは、有朋から巻き上げた百億弗ばかりである。

 これも国家に取り上げられたに相違ない。

 その代わりとして、地下施設の秘密を教えてもらい、避難した先で病院管理を任されているのであろう。

 何時どんな世になっても、金が大切の人間がやりそうな過ちである。

 ヤブが関わって、似合わしい効果を得た試しがないのに懲りていない。


 赤チンが平凡だが当然の疑問を抱いた。

「何年も前に予測してたなら、もっと早く避難命令出しておけば被害は出なかったでしょ。今回の被害って、御役所仕事の弊害とか言わないでよね」

「違いますよ。僕が知る限りでは最善の処置だったと思います。あそこは、これから一番安全な地域になる予測ですから。政府の主要機関も、総てあの地域に引っ越す予定です」

「俺。何か疲れてるから、今その話聴いても理解できないわ。とりあえず寝るから」

 シロの言葉が、やっちゃんの脳では正しく情報処理出来ていない。

 伝わる言葉総てが、SF小説になっていると見て取れる。

 寝るとしたが寝られず横になり、愚直にジッと固まっているだけである。


 病院内待機の者達で溢れ、先生の家が闇カジノ化している。

 やかましいばかりで、猫には不健全な環境が整い過ぎである。

 非常事態宣言が解除される気配もなく、地下室でダラゞしていても詰らない。


 どの道する事がないならばと、外に出て日向ぼっこをしていた。

 すると、黒塗りの車から大声で電話する男の声がする。

 地下室から出たばかりの陽だまりは病院の裏手で、滅多に人も車も通らない。

 我らが居たとて、言語を解していないと思い込んでいるから、平気にしゃべくっている内容が怪しい。

「そりゃいいが、おたくらの言草がさ。――俺達は会員権でパクるつもりだから。天変地異とかが面白い程儲かるってんなら、そっちはそっちでなるべく早く準備しておいて、将来の事業としてやってくださいな。気の毒だの可哀相だのと言う私情は差し挟まないし、俺らごときが口にすべきところじゃないんでね。だけどもね、いくらヤクザ家業の俺達だって、あんまりな不人情者だと思われると、後の仕事に影響するんですよ」

 クロが、車で話す人物の顔を見定めると、こいつはクランク商事で会長と呼ばれている男であった。

 悪事の打ち合わせ中とは思いがけない収獲。

 猫の日向ぼっこを舐めたらいかんぜよ。

「約束を反古にする気はありませんよ。うちだってリゾートにゃそれなりの大金を注ぎ込んでますからね。そこから先の話にはついていけないって言ってるんですよ。勘弁してくださいな」

 会長が運転手の肩を軽く叩くと、車が静かに動き出して其の場から去って行った。


 すぐにでもハリネズミ先生に報告したかったが、折り悪く地下室は即今闇カジノになっておる。

 あの場面に我等が顔を出しても、先生と会話は叶わぬ有り様である。

 博奕宿の御開きを待つしかない。

 それより今日は講談の日だから、宿で先生を待っていた方が手堅い。



 宿に帰って猫湯に浸かり、縁台で美味い飯をいただく。

 あー、日本の猫に生まれて好かったー。

 ウトゝしていると日が暮れる。

 毎日水平線から昇った朝日はやがて、今まさに我が目の前の出来事と同じく、丘の上に建つ不心得に大規模なリゾート施設の向こうに沈んで行く。

 毎日の事で見慣れていたが、ここに来たばかりの頃は夕日に創られる施設の影が、街を飲込む龍に見え甚だ恐ろしくしていた。


 防災訓練とかで、やっちゃんだけでなくハリネズミ先生までも今日は宿に来ないのか。

 吾輩だけがうら寂れた部屋にぽつねんとしていた。

 夏の盛りにやってきて、一冬越した部屋の真ん中で丸まっていると、幽かに床の間辺りで人影が浮かんでは消えしている。

 ヤブと旅した時、屡々襲われた震慄の再体験は好ましからざる先ぶれである。

 何時か霊安室で出くわした奴か、それともやっちゃんがテニスボールで除霊しきれんかった奴か。

 いずれにしろ只ならぬ念毒を吐く者である。

 心持チビリながらズリゝ出口に向かい、走り出そうとしたものの腰が抜けて力が入らない。

 何度見ても、死霊とは茶飲み友達にはなれん。

 物心ついて暫く、幽霊・物の怪の類は見えなかったのに、何時から斯くも不憫な才幹が解き放たれてしまったのか。

 実に恐ろしき者なれど見えてしまう。

 非凡なる我が能力が怨めしいばかりである。


「恨めしやー………じゃねえや。おい、猫。そこの猫。ヘタレ猫・チビリ猫。オマエだよ。猫」思い切り人ずれした幽霊である。

「うん? 実に厚かましい幽霊だ。吾輩は他に能はないが、意志だけは決して幽霊如きに負けはせん。それをヘタレと言うか。チビリはしたがの」

「腰が抜けて動けんのにか」幽霊自身が気安く質問をする。

「無論さ。吾輩は意志の一点においては、あえてどの猫であろうが一歩も譲らん。しかし残念な事だが幽霊には滅法弱い。お前と言葉を交わそうとする意志は充分あったのだが、その意志を伝える前に歩き方を忘れてしまった。それだから言葉を発するまでに歩行が出来なかったのは、御前の罪で意志の罪ではない。意志の罪でない以上、我輩がお前からヘタレと侮蔑される理由がないと言っているのである」

「なるほど。ビビり猫一流の特殊相対論を発揮して面白い」幽霊は何故だか面白がっている。

「ところで猫。やはり俺は幽霊か?」

「幽霊でいたくないのか? どう見ても幽霊だ。吾輩宇宙人にも知り合いが有るが、お前は宇宙人に程遠い。間違いなく幽霊である」

「そうかー、まいったなー」

「まいったのは吾輩である。至急成仏せい」

「そうはいかないんだよ。成仏の方法が分からないんだ」「そんなものに方法があるか。聞いた事ないぞ」

「そりゃ皆成仏してるからな、聞けんだろ。あまり利口ではないな。猫」


 己の不覚で上天出来ないのを棚に上げ、我輩のお頭の出来不出来をとやかくと、甚だ不作法な幽霊である。

「お前、この世に未練でもあるのか」

「俺か、そりゃ新婚一年で殺されたら此の世に未練はたっぷりあるわな」

 何時か何処かで聞いた事のある話である。 

 運に見放された者は数多く見て来たが、かくの如きアンラッキーが身近に何件も起るとは思えない。

 この宿に集中して起っているなら何者かの祟り。

 我輩の周りに限っての事ならば、吾輩の先祖による祟りである。

 が、そのような先祖がいたとは聞いていない。

 いたとしても、幼い時に親に棄てられているので家系の詳細は不明である。

 この幽霊が生前何者であったのか、第一候補を挙げて見る。


「おまえ、生前はここの若旦那であったか?」

「ピンポーン」

「何年幽霊やってるか自分で分かっているか?」

「んー、それを聞かれると困るなー。時間の感覚がないもんでね」

「おまえが吾輩の知るこの宿の若旦那ならば、二十年近く彷徨っておるぞ」

「えっえー、そんなにー!」

 世の移り変わりを散々見てきたであろう、いい加減に気付け。

 姿ばかりか内容まで薄っすらボケておる。

 しかしながらこの幽霊、今まで出会って来た者共とは迷い方が違っている。

 利口なのか御間抜けなのか、計り知れん特色を持っておる。

「それだけの目に遭えば此の世には復讐したい者も大勢おろう、さっさと煮るなり焼くなりしてすっきりすればいいものを、何をグズクズしているのかのー。そんなんだから何時になっても成仏できんのだよ」

 一風変わった性格ではあるが、それとこれとは別物である。

 此の世に残した怨みの数々、うかばれぬ理由がハッキリしているのに、ただ床の間の飾りとなって二十年。

 もたもたするコヤツに無性に腹が立つ。

 吾輩の憩いの場を占拠する幽霊が消えてくれるなら、ちょっとくらいなら手伝ってやってもいい。


「確かに、自分でも御気の毒と思える事態なのだよね。だからこそ埋合せというか、復讐をするために出てきたのだがね。死んでこのかた一度も人に見られていないのさ。霊力の強い君の先生でさえ僕が見えない。ああ、意思の疎通はできるがね。僕を見てビビッてくれたのは、猫。君が初めてなんだよ」

「先生と話せたなら手を打ってくれたのではないか?」「それがね、彼は来る度殺された時はどんなんだったとか

思い出したくない事情を細々聴くものだから嫌になってね、ここのところ暫く話してないのさ。それにあの男は変に賢くて油断できんのだよ」

「そんな事を言っていたら何時になってもこのままだぞ」「僕もそう思っていたから適当にフワゝやってたんだ。君が驚いてくれたからこうしているのだよ。猫」

「他人をあてにせず自分では何もできんのかな、幽霊」「どんなに頑張ってもここから動けないのだよ。猫。残念な事にね」

 非力な幽霊である。


 霊であるのに自由に移動もできず霊力も無い。

 これでは二十年が百年でも復讐できずに居座るばかりの幽霊になってしまう。

 手伝い様のない怨霊に、ビビッて付き合ったまま眠れないでいるのも詰らん話である。

 近いうちに打開策を打ち出してやるから今日の所は静まり消えてくれるよう頼み、見えないように成って貰った。

 話して分かる幽霊の友は初めてである。



 どことなくぎこちない幽霊に戸惑って昨夜はよく眠れなかった。

 部屋の中にいると、彼奴が何時出て来るかとびくついてしまうから、早くから外に出て潮風に当たり乍らウツラゝしていた。

 すると、どでかいヘリコプターが海岸に着陸して 、中から山城の爺と若いのが降りて宿に入って行く。

 自衛隊を後ろ盾に殴り込みでもあるまい。

 どうしたのか、宿を覗けば宴会の支度がされている。

 クロがヒョイと来て「今日はやっちゃんのおごりで宴会だとよ」喜んでいる。

 それより、吾輩は昨夜幽霊にでくわしてろくに寝ていないと告白した。

 霊感と縁のないクロは恐れ知らずに、そんな面白い事があったのかと吾輩を冷やかす。

 出来る事なら、こやつに幽霊を食ってもらいたい。


 ハリネズミ先生も来ているから相談してみればいいと言われる。

 幽霊の相談以前の事件で、クランク商事の会長が電話で話していた事を先生に報告したか確認すれば、すっかり忘れていた。

 幽霊も一大事であるが、奴は悪さをする霊ではない。

 と言うより、やろうとしてもできない。

 知ってしまえば際立って恐れる相手でもない。

 差し迫った危機はクランク商事に関わっている。

 ならば、昨日の電話の件を報告するのが先だと探したが、先生はまだ会場に到着していない。

 外にいるのか海岸に行くと、再びヘリが降りて来て診療所の者とパイロットが降りてきた。

 そこへ先生が駈寄って行く。

 ヤブとパイロットとハリネズミ先生の三者面談。妙な光景になっている。

 何事か見ていると、先生がヤブから一冊のファイルを受け取る。

 パイロットからはフラッシュメモリーを渡された。

 悪事の相談でないのは分かるが、怪しさ満開である。

 いずれ我等にも教えてもらえると分かっていても気になる。


 先に宿前まで来たあおいに、いかなる事態か尋ねると、君達もそろそろ避難した方がいいかなと頭を撫でゝする。

 避難と聞くと災害を思い浮かべる。

 何時かははっきりしていなかったこの地の災害予想。

 その日が近いのか分かったのか、どうなったのか。

 我等が猫だと思って、詳しく話す気がはなからないとみえる。

 避難したくても、我らには重大な任務がある。

 あおいをやっちゃんの部屋に呼び、悩める幽霊を呼び出してやった。

「こやつに、常識的に彼の世へ逝けるよう手助けしてやると約束してしまったから、吾輩すぐには避難できないのである」

 猫語を話すのだ、あおいは少なからず霊力がある者である。

 一方は死んでいると言えども男である。

 デレッと幽霊の緊張が解ければ、ひょっとしたらあおいにも霊体が見えるのではと思い試してみた。

 スケベ幽霊がよく見えると、あおいが死霊の頭をペシペシしている。

 怖くねえのかよ。



 給料日には少し早いが、臨時に収入が見込めるから宴会をするのだと聞いたが、給料日に宴会などやった事がない男である。

 ましておごりで二十人以上もの客を招待するなどありえん。

 余命僅かと宣告されてやけになっているとしか思えない。

 ひょっとして、やっちゃんはもう先がないのか? 

 いずれにしても、ヘリのパイロットまで招待するとは太っ腹である。

 事情を聴けば、緊急で帰らなければならない事態になったら直ぐ発進するのに待機していると言うが、先頭切ってヘベレケになっている。

 誰が操縦して帰る気だ。

 心配していたら、幽霊が「自分はヘリを操縦できるよ」とほのめかす。

 バカタリ! 一緒に乘った者達全員を道連れにする気が見えゝである。

 それに操縦方法を知っていても、テーブルの鉛筆も動かせない能力なしがどうやって操縦桿を動かす。

 もっと重大な欠点は、おまえはこの宿から外に出られない。


 今日のヘリはどうやって帰るのか。

 幽霊情報によればパイロットの実家はこの近くで、来た時から基地に戻る気のまったくない奴である。

 今日は酔って実家で寝るしか頭にないと読んでいる。

 ひょっとして幽霊。おまえは人の心が読めるのかと訊ねれば、もちのろんよと踏ん反り返って偉そうに。

 何でもっと早く言わない。

 その特技というか能力とすべきか厭らしい力。

 他人の心を読むのはサイキックでも難しいのだよ。

 君の使い道は無限大である。


 どのように頑張っても帰りが明日なのは幽霊に云われずとも明白で、宴会場のどこをひっくり返してもシラフが居なくなっている。

 そんな事より、何でこやつらが自衛隊のヘリに乘れる。

 宇宙人とつるんでいる者だから、何でもありゝなのはとうの昔に知っていた。

 だったら国税垂れ流しのヘリなど使わず、ペロン星人の宇宙船に乗ってくればいいものを。

 派手な血税の無駄遣いをこよなく愛するのは人間の性である。

 思い出すと滑稽でもあり、また少々馬鹿 らしくもなる。

 何とかちゃんがその才を見込まれ地下の重要施設に行った時、迷路に迷い走りに走って体重が二百グラム減った。

 どこから出た金で作られた施設かは聞きそびれたか忘れたかである。

 あの巨大な地下室に人は住んでいなかった。

 大金かけて造り、遊んでいる箱物に維持費を注ぎ込んでいるのだから無駄遣いに他ない。

 そんな無駄がなければ経済が成り立たないなどと言う族もおる程で、この世界にあって無駄は正義の御旗として掲げられておる。

 まったくもって信じられん光景である。


 犬畜生の味方をする気はさらさらないが、そのくせ野良犬の命は余分として、人が勝手に野良犬を捕まえては動物愛護などと建て前て死刑にしている。

 何処に無駄な命が有るのか。

 それは、我等猫族もバッタや鳥にネズミ等の小動物、好物の肉牛などの命を食うのは否定しない。

 それとて、生きる為に食うのである。

 人は生きる為に必要とする物があまりにも多い。

 他の生き物にとって、尋常ならぬ許し難き迷惑者になっている事に気付いているのだろうか。

 気付いているのであらば、当然に他の生き物を邪魔だと言うだけで殺したりはせん。

 してみるに、犬畜生はことさら哀れで、御散歩以外は鎖に繋がれ一生を終えるのである。

 繋がれずに自由の身であったれば、常に逃亡者として人から逃げ隠れしていなければならない。

 捕獲されたが最後、彼奴等には確実に死刑が待っている。

 我等猫族の殆どは捕えられようとも、グリゝされるか蹴飛ばされる程度で済まされておるが、犬にあって猫並の処刑で済むのはごくまれである。


 いかに憎き犬畜生であっても、何の悪さもしておらんのに裁判もなく殺すとは過激な刑である。

 殺し方が残酷だとか騒いでいるが、殺し方がどうこう言う前に、殺さず生かす方法はないものか探れんのか。

 人はタワケ者ばかりである。

 中には何で生かしておいたのよと言いたくなる者もおらんではないが、そんな奴に限って長生きしている。

 人間の傲慢其の物とも言える処刑の習慣を、何があっても改善せねばならんと訴え続けて早数時間。

 宴会場でぶつくさ唱えていると、クロが「そんなのを言った映画があったなー」吾輩を幾分蔑んだ目で見る。

 お前は映画も知らんのかと言った素振りである。

 その映画とは、原始猿が出て来てやがて力をつけ人間を支配するやつであろうが、今更コヤツに映画の話をしてもつまらんばかりである。

「嗚呼そうかい良かったね」で話を終りにしてやった。


 しかし、やっちゃんのおごりで宴会とは何より喜ばしい出来事で、ハリネズミ先生含め招待された者はことごとく近来の珍事に歓喜しておる。

 彼方此方で災害が発生している。

 この地が今直ぐ被災地になるやもしれんと言うのに、とても危機的状況とは思えん狂騒である。

 そんな中にあって、宴に馴染めずひっそりしたのが何人かいる。

 御馳走を食い酒を飲み、旧友とのドンチャンは結構。

 吾輩のように猫でいると、誰かを呼び寄せて宿で宴会ともいかんで、何時もおこぼれに与るばかりである。

 それでも、この様な場では浮かれて来る。

 それが、幾人かの沈んだ連中はどうしたのか。

 何とかちゃんがこっそり我等に教えてくれたのは、赤チンと狸女が仕組んだ如何様博打に引っ掛かり、大枚巻き上げられドボンした者が乘り気でないらしい。

 狸女の爺さんもその中の一人で、実の祖父を騙して金を盗るとは、実に恐ろしき女達である。

 ヤブも盗られた口で今一勢いに欠けている。

 しかし、いくら負けたか知らんがお前からすれば大した額でもないだろう。

 いい加減にあきらめて、宴会に参加した方が得であるぞと見ていた。

 すると根っから宴会好きの者達で、飲んで食えば獲ったも盗られたもなく、ドンと底が抜けた宴会になってきた。


 宴は何時終わるでもなく、ダラダラドンチャン続く。

 休憩と抜けては一眠りして復活。

 入れ替わりに他の者が休憩とやっているから収拾がつかない。

 いつもの事である。

 これでは何時になってもクランク商事会長の悪巧みをハリネズミ先生に知らせられん。

 先生の膝に乘り大事な話がありますからと外に誘う。

 吾輩の合図はそっちのけにして、クロは熱心に飲み食いしている。

「猫の親分を気取ってはいるが、良く人の言う事を利く猫だ。問題は会長の企みなのだから、クロの事は放っておきましょう」

 さっきからクロが無遠慮に、誰彼構わず貰い食いをしまくっている姿に、少しばかり呆れた様子の先生は、クロに近づきたくないのである。

 それならばと、海岸に出て一部始終をお伝えした。



 数日するとハリネズミ先生から呼び出された。

 どの様な緊急事態であっても、まずは人に伝えたついでとして我等は事を知るのが常である。

 猫であるから、ついでには慣れている。致し方ないものとしてきた。

 それが、先生から吾輩を呼び出すとは珍しい事もあるものだ。


 家に付くと、クロと先生が難しい顔をしている。

 ヘリのパイロットから預かった資料を見ているところで、我等の情報とその資料から解ったのは、災害に関する世界的な動きとクランク商事を使って企む一連の悪事についてであった。

「あれから、資料と君達の情報を研究したんだがね。この頃の災害の中には、自然では起り得ない物まで含まれているのを発見してね。ただ、これをそのまま公表しても誰も信じないだろうね。どうしたらいいか、君達の意見が聞きたくて来てもらったのさ」

 内容が内容であるから、正気の人間ならば信じないであろう事は吾輩にも解る。

 しかし、これらの事実を人に伝える手立てを我等猫に問うとは、抜き差しならぬ状況である。


「あんたが俺達にアドバイスを求めるとはね、この世ももう末だね」

 相変わらずクロは誰も敬えない者で、先生にまで無礼な口をきく。

「しかし、君達なら人が思わぬ事にも気付くだろう」

 先生が思った通りを述べると、クロはこれは迷惑だと言う顔付をして、しきりに吾輩に目くばせをする。

 が、吾輩の感情は半導体のごとく一方向にしか電気に感染しない。

「ちょっと嬉しいじゃないか、こんな弟子でも頼って意見を聞いてくれる先生が他にあるかい。それより、我等の言葉を真に受け止めてくれる人間を、君は何人知っているんだい。ここは日頃の恩に報いるべき時なのではないかい。クロ君。クロ。おい! 聞けよ」

 既にクロは半熟睡に任せ、夢の中に行ったきり帰ってくる気もなくコクリコクリとやっている。

 さっきまでマジ顔になっていたのに、自分で処理しきれない話になるとさっさと寝たふりをして、本当に熟睡する。

 変わり身の早すぎる奴である。

「よう、ぬらりひょん使ったらどうだい。あつは特別な所に行ってるんだ。一時帰って来て色々話すってのはどうよ」

 見慣れぬ小難しい顔をした幽霊に憑依され、クロ自信はやる気がないのに賢くも妙案を寝ながら吐いている。


「使えばいいって、ぬらりひょんは最近大問題を起した張本人だ。帰って来るのにどんな理由をこじつけたらいいかね」

 ハリネズミ先生がその気になって具体案をひねり出そうとしている。

「理由なんていらないのでは、ぬらりひょんですから」

 吾輩はぬらりひょんの日頃からして、遊びに来た程度の軽いのりで十分と説明した。

「しかし、どこへ遊びに帰ればいいだろう。ぬらり君は伝達なしに家出していった者だから、医師の末席を汚した一人となっている。病院では頗る評判が悪いのだよ。参考のために言って聞かせるがね」

 先生の言うとおりである。

 数名の医師からは認められても、病院全体となると彼の情報として流したのではかえって逆効果である。

「私塾に行かせりゃいいさ。あそこなら奴の話を聞く者もいるだろ」

 今日のクロは冴えている。

 コヤツは寝ぼけて正体不明の霊に憑りつかれたままの方が使える。

「なるほど、それはいい。病院関係者への伝達はアイン君にお願いしよう。なに特に苦労する事はない筈だ。私の作った資料を、行き合った野ざらしに渡してくれればいいだけさ。嫌われてはいるが利口な男だ。それだけで気付いてくれるさ。街の人達には私が講談にして説明しよう」 


 寝たままぶっきら棒なクロの提案から、次々と作戦がまとまった。

 何処から湧いた霊なのか、正体を知りたい様な知りたくない様な。

 宿の部屋に帰ると、相変わらず若旦那がフワフワしている。

 若干の薄気味悪さは拭えないが、毎日部屋でうろついている者で慣れてきた。

「ちょいと伺いますが、ここから動けないのでは無理なのでしょうが、近所の病院に知的な幽霊の御知り合いはいますかね」

「ああ、いますよ。時々ここにも来ますね。いつも難しい事ばかりブツブツ唱えていて、なんだか薄気味悪いから親しくはしていませんけど………彼が何かやっちゃいましたか?」

「いえ、たいした事じゃないんですよ。ただ知り合いかなと思って」

「貴方にはあの霊も見えるのですか? そりゃ凄い。霊仲間の私でもはっきりとは見えませんのにね。何十年とかいうレベルの方じゃありませんよ。私の体験からすると百年ばかりは幽霊やってる方とお見受けしましたがね」

 そのように古株の優れた幽霊に、憑りつかれるとはクロも幸せなのか不運なのか。


 吾輩からすれば、霊の博覧強記とクロの向こう見ずは月と鼈である。

 この前は随分と素晴らしい意見を述べてくれたが、君は最近特別な勉強方でも覚えたのかいとクロに聞く。

 すると「たいした事はしてないなー。たまたまひらめいただけだ」として誤魔化そうとする。

「えらいと褒めるかい。それならもう少し博学なところを披露しちゃうよ」

「いや結構だ。少々妙な影が君に被さって見えたものでね。気のせいだったようだ」吾輩はどこまでも調子を合せる事とした。

 変にいじってこちらに乗移られても困る。

 せいぜいクロで我慢しておいてもらいたい。



 やっちゃんが私学で授業をしている時に、教室へぬらりひょんが訪ねて行く段取りとなった。

 吾輩はその間に病院へ行き、野ざらしの前に立ちはだかって貴重な資料とデーターてんこ盛りメモリーカードを渡す大任を果たさねばならん。

 話で聞いていた者であるが、実物に出会うのは初めてである。

 何度も会って親しくなる気は毛頭ない者だが、進路を塞いだ途端に蹴り飛ばされたのでは任務が果たせない。

 猫の魅力を撒き散らしながら近付く。

 が、気付いた様子もなく通り過ぎて行く。

 おい、傷つくから無視するのだけはやめてくれよ。

 しつこく何度でも縋って渡す覚悟であったから、簡単にはめげないもんねとばかり足に飛び付く。

 すると、はてと吾輩を見る。

 すかさず首から下げた帝釈天の御守り袋を銜えてさしだす。

 野ざらしは頭脳明晰な者で、吾輩の任務を瞬時に理解した。

 ハリネズミ先生が計画のとおり、御守り袋の口を広げて覗くと、確かにお預かりしましたと吾輩に告げて病院に入って行った。


 一仕事終えて宿に帰ると、極秘会議中と入口に張り紙がしてある。

 何かが変だが、それどころではない。

 入ると、やっちゃんが矢継ぎ早に質問を浴びせている。

 すると、ぬらりひょんが「順繰りに説明しますね」とノタノタ話し始める。

「つい三日前に詳細を知ったのですが、地質研究班てのが地下の施設にあります。とにかくびっくりする巨大な地下空間に都市ができてるんですよ。人口だって地上よりもよほど多くて、まだ空き施設とかがあって、避難すれば入れるんですけど、避難民は受け入れない施設なんです。超重要な設備が最下層に有るとかで、誰も入れないんですよ」

 何時か何とかちゃんに連れていかれた地下都市の事である。

 ぬらりひょんは、今回のクランク商事とこの地域の災害についてを言わずに、余計な事ばかりバラしてしまっている。

 人選ミスであったのか?


「巨大地下施設なんで、維持管理するのに地質研究班があるんですけど、今回あちこちで起こっている災害の理由を発見したので発表されまして。勿論機密扱いの情報ですけどね。あの施設に入居している人には無条件で公開されてるんですよ。それが、この近辺に関係していた発表だったんで、皆さんに知らせておいた方がいいと思って来ました」

 やっちゃんはじれったいのが嫌いだから気ぜわしく話を急かす。

 それが、話が進むにつれ、あまりにもぬらりひょんの言葉が仰山なので、こりゃ手に合わないと言う顔付になってくる。

「それでなんだったっけ?」

 全く説明のし甲斐のない男である。

 折角ぬらりひょんが気を使ってゆっくり話しているのに、それから先はと解っていないまま話を進めていくものだから、混乱して知恵熱を出しおった。

 それでもぬらりひょんは話を続ける。

 他の者が聞いて、やっちゃんには後からゆっくり説明してやればよいのである。


「僕が務めている辺りの天変地異は落ち着いて安定期に入ったんですけど、これからは日本中・世界中が同じような目に遭うんですよ」

「そんな急に言われたってなー」

「急じゃないですよ。僕の代わりに来た城嶋さんが全部伝えているはずですよ。それが彼の一番の仕事です。そのためにここへ赴任されて来たんですから」

「聞くには聞いたが、ぬらり。奴の言っている事はSFで信じられないし理解できない。御前の話も同類項だがな」

 我等より先に、ぬらりひょんの後任がそれとなく分かっている事だけでも伝えようと努力はしていたとの事であるが、無駄骨に終わっていた。

 つまりは今回の説明会も、やっちゃんに限って言えば、たいして効果が得られていない結果となっている。

 いい加減に常識を捨てろトウヘンボク。


 結局、皆が帰ってやっちゃんが独り言にブツブツ唱えている。

「困った。参った。俺の病気やシロの嘘っぱちでないなら、もっと真面目に聞いておけばよかった。ぬらりに話してもらっても理解できない。やはりハリネズミから聞くのが一番俺には解り易いんだろうなー」

 きっとこんな結果が待っていると勘ぐらなかったではないが、こいつにはやはりハリネズミ先生からの個人教授が必要である。


 粗方知人に事態を理解してもらうと、ぬらりひょんは迎えのヘリに乘った。

 昨日までは平穏だった海岸には上陸用舟艇が停泊し、ヘリは頻繁に上空を旋回している。

 地域住民には防災訓練だとごまかしているが、何時までだんまりが通用するものではない。

 裏に隠された真実を、ハリネズミ先生が全部講談にしてバラしている。

 もはや、国家機密が公然と井戸端会議で噂されているのである。

 知らないのはやっちゃんだけと思えてならない。

 どうしても事態を飲み込めないやっちゃんの御間抜けぶりに呆れたか「事情は訳有って言えないが、これから君達の住む街の病院が忙しくなるよ」ヤブからメールが送られて来た。

 やっちゃんがいくらボンクラでも、実家の周辺で起こっていた異常気象は知っている。

 これから世界で始まる災害の予告編を見せているのだから、納得してもらわなければ超困ったちゃんになってしまう。

 いずれ何処へ逃げてもどうにもならないのである。

 腹くくって病院勤務に励むがよろしかろう。

 しっかり仕事せえや!


 ハリネズミ先生の講談で、じきにここら界隈に大災害がやって来るのは解っても、逃げ場がどこにもないのだからパニックにもなれない。

 この地から他に行っても、そこでまた災害が発生する。

 いずれ世界がその渦中へと引き込まれてゆくである。

 高台ならば幾分安全に感じなくもないが、どの道食糧不足になったれば末路は同じとなる。

 やっちゃんはカップ麺と飲料水を部屋に貯えている。

 宿の端っこには鳥小屋が作られた。

 鳥を見るとつい食ってやりたくなるのが猫の本能で、クロと吾輩は毎日鳥小屋の前で網が破れるのを待っている。

 俄大工が作った鶏小屋は鉄製の網で覆われているものの、海が目の前である。

 一月もすれば錆びてボロボロになるのが猫でも分る。 

 少々高価でも、ステンレスの網を使うべきであったな。


 海の近くを散歩しているとよく見かけるのが、鉄錆び色の自転車や錆たトタン屋根・ガスボンベを支えるのは腐食して真っ赤っかになっている鎖である。

 潮風にも錆びないステンレスにしておけば好い物を、程度の激しい御間抜けである。

 無駄が好きな人間の事、錆びて廃棄し交換する事で金を動かしている。

 雑草が確実に種を撒き散し、来年もしっかり生える準備を整えてから草刈をするのと同じ理屈である。

 人の相反した正負はどこに行っても付きまとうものである。

 その証拠に犯罪のない世の中は順道であるが、長く続くと保安の者と悪事で稼ぐ者、両方の稼ぎがなくなる。

 失業の嵐である。

 診療所に住んでいた頃、世界第一位の経済大国は反面世界一の犯罪大国でもあるのだと、日系アメリカ人ヤクザの有朋に教わった。

 その昔、今から百年も三百年も前には、彼の地に先住していた民族だというだけで捕まり死刑にされた者もいたとか。

 どれ程人間が賢いと威張って見ても、帰する所は畜生である。


 人間は畜生であるが、宇宙人という種は元々この世界にいた種ではないとあおいが言っていた。

 しからば、ペロン星人にはどういった歴史があるのか。

 獣医の遺品としていただいたスマホを、ハリネズミ先生が生かしてくれた。

 通信費は先生持ちなので使うのを遠慮していたが、どうにも気になって電話してみた。

 彼らならば、災害について少なからず知識を持っているのではなかろうか。

 ついでにしては事が重大過ぎるが、含めて聞きたいものである。

 久しぶりねと電話で話しているうちに、彼等が宿にやってきた。

 並外れた機動力である。

 いわずもがな、自慢の宇宙船が宿前の海上を遊覧飛行している。

 ステルスは正常であるのに、光学迷彩が壊れて丸見えになっている。

 この景色を防災訓練だと説明されて鵜呑みに信じていられるのだから、既に地域住民は異常事態に慣れ親しんでいる感がある。

 危機的現象である。


「ここらで、この矛盾なる現象の原因を解明して、救われないと落胆する者達を救い出したいと思うのだよ。だよ。なのさ。際どい科学力を持っている君達なら、何か知っているのではないかと思ってね ――おい! 小皿たたいてチヤンチキおけさやってんじゃねえよ」

 ペロン星人は宴会好きである。

 宇宙船は隠した方がよかんべーと、宿前の海に沈めたまではいいが、潮が引いて子供の遊び場になっている。

 宿で宴会やってる場合ではなかろう。


 宴会が目当てかペロン星人の情報が目的か。ハリネズミ先生が吾輩の連絡に吹っ飛んでやって来た。

 ラッキーな事に、やっちゃんは泊番で宿にいない。

 面倒な奴が入って来ると、難解な会話がその上行って不可解になってしまう。


「僕等が貴方達に差し上げられる物は何も有りません。一方的に知識や情報を報酬もなくくださいと言っているのですから断られて当然なのですが、どうでしょう、何とか協力してはもらえませんかね」

 先生が丁寧に御願いしている。

「協力って言われてもね………とっくに協力してるし、マジこればらしちゃうと、俺達の立場微妙になっちゃうから言いたくないんだけど。原因が俺達にない話しでもないしさー。一連の異常現象ってやつ? 地球人がさ、十把一絡げに俺達も含めて宇宙人とか知的地球外生命体ってやると、犯人は俺達って事になるんだわ。これがまいっちゃった事にな」

 ペロン星人の科学知識が、比較の範囲を越えて高度なのは分かっていたが、分別というか賢明さにちびっと障礙を抱えた連中だと初めて気付いた。

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