6・おっさん、仕事前にちょっとセンチになる
若者の闖入をきっかけに犬渕と金香がワイワイやっているのを眺めているうちに時間が来たようだ。
「さて、どうやら交替時間らしいぞ」
巡回登録をしたらしい冒険者たちが受付へと集まり、チームごとに巡回区域を割り振られた後、ゲートへと向かう準備を始めている。
ここでは冒険者センターから定期的に高速の高架橋を利用した改札ゲートへのバスが運行されている。これはわが県が地形的に穴の周囲を封鎖しやすかったから出来た事でもあるが、個々の冒険者がバラバラにゲートへ向かうよりも混乱を抑えることが出来るので、他県からの注目度も高い。が、どこでもこんな便利なシステムを導入できるわけではない。
例えば隣県の山の山頂に出現した穴などは、そもそも登山をしないとたどり着けないし、大阪や東京の様な大都市にポッカリ空いた穴の場合、危険を顧みない人たちが封鎖区域周辺で思い思いの商売や活動をしているため、このような整然としたシステムを敷くことは出来ない。まあ、田舎の都市だから出来たと言えるだろう。それに、上手い具合に生産職が居を構えるような市街地が周辺に存在するので封鎖区域の周りに雑然と生産職や商店が居を構える状況にならなかった。
それに、南部センターは農村地帯にあるので、市街地に近い東部や西部だと、センター周辺に出店する者たちが居てもう少し雑然としているが。
わが県第二の都市は工業地帯を抱えていたが、埋め立て地にあったそれらは見事に孤立し、今や錆びついている。何とか難を逃れた工業地帯にあった発電所や工場群が生きている事でわが県のインフラが成り立っているのは非常に幸運と言えるだろう。
「オーストラリアの話聞いた?カメラ付きのラジコン飛ばしてるんだって。そんなのが私らにもあったらもっと便利なのに」
と、バスに揺られながら不満を漏らす金香。確かに、安全に上空から周囲を索敵できればそれに越したことはないだろう。
「あそこは唯一残された『地球』だからな。何の因果か、他の大陸みたいに穴が開いていないのは本当に幸運だったのかね」
俺はそんな感想を漏らす。オーストラリアに避難した人々や企業は今では世界の最先端を走る技術を他の「世界」へと提供する存在ではあるが、日本にもアメリカにも、或いは欧州にだって、魔法と融合した新形態のテクノロジーが出現している。
日本のそれは日本で産する異界鉱物や魔物素材に依存した構造であり、必ずしも他の「世界」で通用するとは限らない。それはアメリカや欧州製であっても同じで、アメリカ製や欧州製という事で飛びついた魔動機器が単なるガラクタだった時にはガッカリしたもんだ。
中でも銃士は特に厳しい。日本とアメリカでは適性のある弾薬が違う事から、日本で必要な弾薬類は日本以外の「世界」では需要が少なかったり、有用な弾薬のいくつかが他の「世界」の主力であるために配分が少ない事態になっている。
それに対し、日本では日本に適合した形で発展している刀剣類や防具の類は、メインは日本の穴なので、品は豊富である。そう言った点からも、銃士には厳しい世界だ。
「魔道具でもほかの地域製だと日本のホールに適合しない物があるからねぇ。ラジコンのカメラがちゃんとモンスターや植物を捉えられるかは、やってみないと分かんないかぁ」
金香が犬渕の苦言にそう返している。そうなんだ、下手に海外製品を頼ると命にかかわりかねない。バベルの塔伝説ではないが、俺たちは再び神によって一つになろうとしていた「世界」を分断されたのかもしれない。まあ、あまりに宗教染みた話なので、俺は話半分で聞いただけだが、それが欧州や中東が混乱している根源であるらしい。
そんな事をしていると改札ゲートが見えて来た。往年の高速道路は今や万里の長城よろしくモンスターを閉じ込める防壁へと役割を変えている。穴出現時に工事が進められていた高速道路の伸長計画はストップし、県都郊外にはその名残である橋脚や築堤の残骸が点在している。もう工事が再開される事も無いんだろうな。
そして、ゲートの周りには常に自衛隊が常駐していざという時に備える。
日本でも一応は銃士というジョブが存在するのは自衛隊向け武器の生産が行われているからだが、昔居た「モンスターは自衛隊が倒せば良い」と言った人たちの身勝手な主張を根底からひっくり返した費用問題。
自衛隊が使う機関銃や大砲は威力もあるが、ほんの数分間の使用で数億、数十億が吹っ飛ぶ。穴内部だけに限定すれば、そこは完全な異空間なので外見の何十倍という広さを持つが、封鎖区域は地球基準である。流れ弾の問題もあるし、自衛隊に押し付ける人たちが流れ弾に反対したという本末転倒な事態も起きた。
そして、弾薬費の問題まで問題視し、何の解決策も出せず、着の身着のままモンスターに挑んだ我らファースト世代が多大な犠牲を重ね、今を作り上げて来たわけだ。
「さて、行くか」
停止したバスから続々とゲートへ向かう冒険者たち。その光景を遠くから見れば、20年前の通勤、通学の光景と変わらないのだが、よくよく見ればそこを歩く者たちは防具を着込み、武器を携えている。もはや昔の常識などそこには存在しない。
そして、今日俺が組む三人は、武器など存在しなかった時代をほとんど知らないのだ。中堅やベテランと呼ばれる者たちに率いられた若者に至っては、今しか知らない。
ここへ来るとそうした現実を改めて思い知らされてしまうな。
「どうしたんですか?」
立ち止まり、冒険者たちを眺める俺の視界へと犬渕の顔が入り込み、現実へと引き戻された。
「いや、何でもない」
ちょっとした寂しさを振り払い、俺は「職場」へと足を踏み入れる。大手と呼ばれる企業や工場に就職していたならば、毎日通ったかもしれない改札ゲートを抜けて。