4・おっさん、美女に外れジョブを笑われる
登録窓口でのやり取りを終え、入域受付へと移動する。
すでに穴へ降りるような時間では無いので受付にも人はあまり居ない。今ここに居るのは穴へ降りるのではなく、周辺のパトロールを受注するためにやって来た連中が大半だろう。
穴が存在するのは市中心部、街のシンボルでもあった平山城を中心とした半径1km程度が呑み込まれ、出現当時は穴を空から見るとグチャグチャになった市街地の残骸が見えていたが、今では緑に覆われた森型ダンジョンと化している。
モンスターが何処からやって来るのか正確な事は分からないが、陥没した残骸や穴の側壁から湧き出る様に出現しているのは確かである。そして、南米の観光地であった穴と違って垂直に切り立っている訳ではなく、上り下りが可能な崩落斜面が至る所に生じており、当然ながらモンスターが這い上がってくるのは日常の出来事である。
その為、管理は穴だけではなく、周辺に警戒区域を設けてかなり広範囲が管理区域として指定されており、ちょうど南は高速の築堤を用いて東西は自然の山を境としている。北はすぐに海なので、さすがに泳いで渡るモンスターは居ないらしい。こうして東西約10km、南北約7kmの範囲を封鎖し、管理区域としている。
この穴はとても条件が良かったというべきだろうか。東京や大阪は物理的に遮る物がない所に出現したため、一時はモンスターが数十kmの範囲を徘徊するような状態にまで至っていたらしい。
そうした環境であったために封鎖も簡単には進まず、自分の居住地だけは警戒区の外にしたいという人たちの意向でなかなか封鎖が進まず、被害を長期間放置する悲劇も生み出していたらしい。
まあ、そうした被害が世界の変化をさらに加速させ、人の命が地球より重いとか言っていた価値観が大暴落を起こしてわずか数年で世相を変えてしまった。
そう、俺たちは幸運だった。
地方都市であったことから新聞やテレビ、ラジオも封鎖に好意的な論調で報じ、地理的特性からスムーズに封鎖も完了。高速の高架や峠道という関門設置に適した場所が多かったことからベンチャー企業によって全国的にも早い段階から冒険者センターの運用が始まり、ジョブの導入は最初だったはずだ。
そんな環境だからこそ、他の地域と違って冒険者の生存率が比較的高く、ヒャッハーや特攻カマす老人たちを見ながら、当時の若者たちは戦闘術を学び、モンスター討伐に身を投じた。
そこで成功し、多くの同世代は家庭を持ったが、俺は要領の悪さからそのまま冒険者を続けている訳だ。
さて、どうやら巡回ローテーションを見ると次は4時間後であるらしい。道理で人が少ない訳だ。
そんな中で受付に設置された端末を操作し、次のローテーションへの参加登録を行う。
この警戒区の巡回というのが、重要な役割であるとともに、初心者を教育する場にもなっている。まずはここでモンスターについて学び、戦闘術を身に着けてから、穴へと挑むのが、ここのセオリーである。
「あれ?千疋さんだ」
登録しているとそんな声が聞こえた。振り向くとそこには教え子であり、今では県内有数の冒険者が三人居るではないか。
「よう、どうした?こんな時間に」
俺がそう声を掛けると呆れたような顔をする。
「それはこっちのセリフ。もう何年もマトモに活動せずに何してたんです?」
そう言って近寄ってくる大柄の女性は、盾役の装備する大盾を背負っている。俺より背が高く、いかにもスポーツマン。
「ああ、ちょっと趣味に没頭してたよ。周りが子育て中で新人教育を任せられる人材も育ったから」
と答えるとなぜか不満顔である。
「どうした?犬渕」
そう、彼女に声を掛けると、別の人物がそれに答える。
「ブチは千疋さんに会えなくて不満だったみたいだよぉ」
そんな、軽い調子で言ってきたのは、世が世ならアイドルやタレントでも通用しそうな容姿である。こんな世界にならなければ、もしかしてとも思うが、三人とも容姿が良いので実力と容姿からセンターの広告塔を務めた事もあるほどだ。人気も知名度もある三人が一体どうしたんだろうか?
そして、残る一人が端末画面を見て驚きの声を上げた。
「え?千疋さん、銃士って、マジで?」
アイドルな金香とはちがい、母性溢れる水次が寄って来るとおっさんには色々厳しいものがあるんだが。
「さすがに銃士はないでしょ。いくら実力のあるジョブコレクターでもさぁ」
金香が呆れたようにそう言って追随する。
「そう、ジョブ変えて銃士なんだ。趣味に走るならちゃんと養ってあげないと」
犬渕よ、お前は何を言っているんだ?
「あ、本当にホムラ持ってないじゃない」
いつも身に着けていたホムラが無い事に気付いた水次がそう言って来る。
「コレの製作費の足しにオヤジんところだ」
俺がそう言ってブツを三人に見せると訝しそうな顔をしている。
こいつらは俺が新人指導を始めた最初の三人であり、まあ、どう教えて良いか分からなかったこともあって、ちょっと苦労もしたが、今の活躍を見れば、あれでよかったのだろうと胸をなでおろしている。
ただ、あの時は冒険者としての常識に染まり過ぎていたという反省もあって、彼女たちを送り出して以後、指導方針を変えた事は少々黒歴史でもある。特に生真面目な犬渕には悪いことをしたと、今でも負い目がある訳だが・・・・・・
しばし沈黙の時間が流れ、水次が口を開いた。
「じゃあ、今日は私たちが新人の千疋さんを指導兼護衛してあげないと」
と、何か思いついたと言わんばかりの顔で言って来る。
「よ~うし、じゃあ、ミーティングだね」
と、金香もはしゃいでいる。
「いや、それより、ちゃんとジョブの事について考え直した方が良いんじゃない?」
という犬渕。
「ブチ、このおっさん養うなら今しかないよ?銃士なんて遊んでるうちに既成事実作るの!」
と、水次がわざと聞こえる様に言って来る。
そりゃあ、刹那的な冒険者の常識そのままに、こいつ等と関係持ってしまったが、まさま、犬渕が生真面目に引き摺る事になるとは、正直思ってもみなかったよ。