2・おっさん、外れジョブ登録を目指す
魔動車の動力は搭乗者の魔力そのもの。その為、個人差が大きく、それを補完するために穴で採取されるモンスターの核や鉱物を動力に利用する第二世代が登場して今に至る。
こうして近郊の交通を以前同様に確保した事で何とか社会は回るようになったが、以前とは違って長距離移動は鉄道やバスを使うのが主になる。炭鉱を再開して石炭液化によって燃料確保が行われるようになったが、さすがにそんな高コストな燃料を市井に回すような余裕はなく、半世紀逆戻りした配給統制によって公共機関や物流網にのみ供給されている。
その結果、自由な移動が制限され、問題化していた一極集中は解消している。まあ、東京にもでっかい穴が出現したのだから、好き好んで行くのは冒険者くらいの物だろう。同じような穴は大阪や福岡にも出現し、運の悪い地方都市は完全に呑み込まれている。
俺のところはその運の悪さから、県第二の市が呑み込まれ、幸か不幸か冒険者にとっては探索の便が良い。隣県などは霊場が魔窟と化しており、探索は登山を伴う苛酷なものであることを思えば恵まれているのだろう。
店を出て、昔と比べて交通量が大幅に減った幹線道路をセンターへと走っていると、周りには田園風景が広がりだす。
穴の出現によって虚実交えた噂話が飛び交い、日本から脱出する人々も多く居た。たしかに東京や大阪といった大都市圏にでっかい穴が出現し、街にモンスターが溢れたのだ。逃げ出すなと言っても無駄である。
そうした人々がまず目指そうとしたのはアメリカだったが、そこも阿鼻叫喚の世界と分かり、では欧州はとなると、そこも避難先とはなり得なかった。
ほとんどニュースに出ない東南アジアを目指した人たちも居たが、そこも当然ながら穴があったし、なおかつ宗教紛争まで巻き起こる地域であったりした。
安全な場所として注目されたのはオーストラリアだったが、皆考えることは同じであり、欧米からの避難者で溢れかえるその地で受け入れ可能な土地は、日本人が望むような場所では無かった。観光には不適な場所への居住が進められ、かと言って良い生活が出来る訳でも無い。
あげく、帰国しようにも21世紀を迎える頃には航空便の値段は以前の10倍を超える様になる。それほど世界が混乱していたからだ。そうなっては、勢い国を飛び出した人々は目指した地で生活するしかなくなった。
親類のつてを頼って南米へ逃れた親戚も居たが、あちらにも穴があって日本とどちらが良いか分からない状態であるらしい。
そんな訳で、言い方は悪いが、食い扶持確保に多少の余裕が出来たものの、国内で賄える量には限りがあり、食糧も配給制となっていく。更には農業も国の管理が入り、農地整理が半ば強制的に行われ、農家は自営から公務員へとジョブチェンジした。
今では配給される燃料で足りない分は魔動機械で代替する事も行われ、魔力持ちが農業作業員としても優遇される。
そう言えば、自前のパワードスーツの素材を調達するために農家の傍ら冒険者をやってるなんて奴も知っている。農閑期ってのがあるから冒険者の副業は構わないんだとか?
幸いなことに、リヴァイアサンだとかドラゴンと言った類のモンスターは居なかったらしく、飛行機や船は動くので、鎖国状態になっていないのは幸いだが、かと言って以前の世界とは様変わりしたので以前のように資源や食料が自由に輸入できて、工業製品が輸出できるような環境にはない。
第一、資源を輸入できても、誰が日本で作った車や家電を買ってくれるんだ?そんな平和な国などほとんどお目に掛かれないというのに。その唯一に近い例がオーストラリアだが、人が増えすぎてそれどころではないらしいしな。
そんな事を考えながら運転していると、廃墟と化した市街地を遠望する位置にポツンと立つ大きな建物が目に入った。冒険者センターである。
さすがに穴の周囲はモンスターの出現があり得るので居住地や農地として利用されない為、見晴らしの良い荒野と化している。
冒険者センターは穴の周囲に複数存在し、ここは南部センターと呼称されている。
センターの中は役所や銀行などと大して変わらない作りになっており、手前が待合所、その前に受付が並んでいる。素材の受け入れ口は別にあり、ここは登録や穴エリアへの進入受付を行うカウンターとなる。
「千疋さん、どうしたんですか?」
顔なじみの受付が俺を見て不思議そうに声を掛けて来た。ここ最近は南部に顔を出していなかった事もあるが、受付窓口ではなく、登録窓口へ現れたからだろう。
「よう。今日はジョブ変更に来た」
そう言うと不思議そうな顔をする。
「いや、千疋さんのジョブは戦士、生産職でもないのに変更ってどういうことです?」
そう言われるのも無理はない。生産職は冒険者センターではなく、技術センターで登録を行うのだから、ここに来るはずもなく、40にもなってジョブを変えるなんて事も普通はあり得ない。
俺は討伐を始めた当初はいくつかのジョブを試してみた。戦士、射手、盾役、術者などだ。それらを試した中で、刀をもって前衛を張るのが一番性に合っていたので長らくその職を続けて来た。
若いころはグループを組んで討伐を続けてきたが、家庭を持つからと1人抜け、、2人抜け、気が付けば初期メンバーは誰も居なくなった。
そこそこ稼げるグループだったこともあって稼ぎもよく、だいたい30くらいで冒険者を休んで子供がひとり立ちする50くらいから再開するなんて話をしていたのだが、俺はとうとう良縁に恵まれず、40まで冒険者を続けてしまった。
30辺りでグループメンバーが居なくなってからは新人たちの育成に回り、複数の冒険者を育てる側として、その合間に自分の次のジョブのための素材採取を行い、ここ2年ほどは試作品の試験や何やらで大した活動もしていなかったほどだ。
「それで、何のジョブに変更を?」
今更のジョブ変更に疑問を抱いた受付がそう着てくる。
「銃士だ」
俺は自信をもってそう答えた。