リピート・タクシー
その日は彼女の葬式だった。結婚も控えており、幸せの絶頂だった。夜1人で歩いてるところを後ろから車に轢き逃げされ、そのまま帰らぬ人に……即死だったそうだ。
もうこんな時間か。腕時計の針は午前2時を指そうとしている。彼女の両親と思い出話に浸っていてこんな時間になってしまった。時間も時間なので泊まっていくよう勧められたが、とりあえず家で1人になりたい気分だったのだ。
何も考えず部屋を暗くし、ただ時間が過ぎていくのを感じる。こうでもしないと彼女を失った悲しみに押しつぶされてしまいそうな気がした。
終電も過ぎてるし、ここから家までは距離がある。タクシーでも拾うか。私は住宅街から大通りに出てタクシーを拾った。家の住所を言うと運転手はカーナビに入力し、アクセルを踏んだ。
運転手は60代くらいだろうか。帽子から白髪と若干の黒髪が入り混じった毛がはみ出ているのが見える。私の親と同じくらいだろうか。そんなことを思いながらボーっと外の景色を眺めた。
沈黙が続く車内。しばらく走った頃、気まずいと思ったのだろうか。運転手が話しかけてきた。
「お兄さん。暗い顔してどうしたんだい。何かあったんかい?」
返事をする気分でも無かったが、このつらい気持ちを誰かに知ってもらいたかったのかもしれない。私は彼女のことを話した。
「実は彼女を交通事故で亡くしてしまいまして」
「そうだったのか。それはつらいな」
そこから彼女との思い出話をした。出会った時のことや嬉しかったこと。喧嘩してしまったことなども。しかし、次第に彼女を轢いた車の運転手への話となっていった。
「あの運転手が許せないんです。轢き逃げした後、警察も捜査に動いたのですが未だに犯人は見つからず……」
瞳が濁っていく様な感覚が分かる。ただ、憎悪だけが増していった。
「もし、犯人が目の前にいたら同じ方法で轢き殺してやりたい……彼女と同じ痛みを味合わせてやりたいんですよ。こんな考えは間違っているのは分かってるんです。でも、同じ気持ちの人がいたらきっと分かり合える様な気がするんです」
運転手は何も言わず、ただ聞いていた。まずいことを言ってしまった。ふと、我に返って運転手に謝った。しかし彼の口はゆっくりと開き、絞り出す様な声で言った。
「実は先日、人を轢き殺しましてね……客を乗せればタクシー運転手だと馬鹿にされ、家に帰れば娘からも邪魔者扱いされる。なんだかムシャクシャしてしまいましてね。つい、魔が刺してしまったんですよ。娘と同い年くらいの女性を後ろから……ちょうどお兄さんを乗せた辺りですかね。」
私は理解してしまった。ただ、あまりのショックに怒りすら湧いてこない。まるで自分以外が世界から消えてしまったかの様な虚無感だけが残っている。
そこから先は何も覚えていない……