一人でチェスを楽しんでいたら年配の女性にチェックメイトされた
午後の一息。
私はカフェでコーヒーを飲みながら、一人チェス盤を眺める。
オープンテラスの席で街の風景を楽しみながら、一人でチェスをさすのが私の特別な時間。
変に思われるかもしれないけど、これがちょっとした息抜きになる。
それに、大好きなあの人を待っている間、何もしないでいるとソワソワする。
一人でいると落ち着かないのだ。
「あら、お嬢さん。チェスをたしなんでるの?」
気品ある年老いた女性がにこやかに微笑んでいる。
「ええ、まぁ……」
「よろしかったら、私と一局どうかしら?」
「別に構いませんが」
唐突な申し入れだったが、私は彼女の申し出を快諾。
誰かと対局するのは久しぶりだ。
老人は私の向かいに座ると、落ち着いた手つきで駒を並べていく。
対局が始まると老人の顔つきが変わる。
柔和だったしわくちゃの顔が、急にきりっとした顔つきになったのだ。
どうやらただ者ではないらしい。
最初は私が優位にゲームを進めていたが、少しずつ戦局が逆転。
気づけばあっという間に追い詰められていた。
「チェック、メイト」
老人はにこやかに微笑んで駒をとんと置く。
静かな、しかしながら力強い音が、空気を切り裂くように響く。
「すごく強かったです……プロの方ですか?」
「ふふふ、そんなんじゃないわ。
昔、主人とよく二人で楽しんでいたの。
時間を忘れるように夢中でね」
老人は満足げにほほ笑んで言う。
彼女は一人で寂しかったのかもしれない。
だから私に声をかけたのだ。
オシャレなカフェで一人の時間を楽しむのはとても有意義なことだけれど、誰かと一緒にお喋りをしながらチェスを楽しむのも特別な時間だった。
悪くない。
「ありがとう、またね」
老人は丁寧に挨拶をして席を立つ。
「あと……余計なお世話かもしれないけど。
コーヒーにお砂糖を入れすぎるのはよくないわ。
苦いのが苦手なのは分かるけど……」
「ありがとうございます。
ほどほどにしておきますね」
「あら、素直なのね」
老人は去り際にそう言ってにこりとほほ笑んだ。
彼女が去ってから、再びチェス盤いじりを始める。
もうすぐあの人が来る頃だけれど――
「お待たせ! 私のカワイイ、マリー!」
「ママ! ずっと待ってたんだよ!」
「待っている間、退屈だったでしょう?」
「ううん、おばあちゃんが遊んでくれた!」
「おばあちゃん?」
私は先ほどの老人を探したが、どこにも見当たらなかった。
どうやらもう帰ってしまったみたい。
ママに紹介したかったんだけどなぁ。