◆第8話◆ 『暗雲』
俺は荒れ果てた教室から出て、荷物から地図を取り出す。
早速寮へと向かって俺の部屋を確認しようと思ったが、よくよく考えれば今日は朝家を出発してから何も食べていない。
というわけで、これからしばらくお世話になるであろう学食を食べてみることにする。
俺は地図で食堂の位置を確認して、食堂へと向かった。
......というかこの学校、学年ごとに食堂が分けられてんだな。さすがの規模だ。
「うわ、すごい数だな」
食堂に着いて最初に見えた光景は人の大群。
どうやら俺と同じ考えの人が何人もいるようだ。
「あのー、学食を注文したいんですけど、どうすればいいんですかね?」
「え、あ、はい!?」
俺は厨房と店内をあたふたと行き来する店員を一人捕まえ、手短に質問する。
両手に皿を持っているところ申し訳ないが、何も分からないのだから仕方がない。
「あ、注文ですか!? 今大変混んでまして......相席でもいいなら、テーブル席に座っている人に聞いてみてください! では!」
「ああ、なるほど」
酷い接客対応だな。
まあこんなに混んでいればしょうがないか。
「相席しろなんて言われても、初対面の奴らと相席なんかできるわけがないだろ」
さすがに俺のコミュ力はそこまではない。
俺はまた時間を開けて出直そうと食堂から出ようとする。
だが、最後にもう一度食堂内を見回したとき、とある人影が見えた。
「――あ」
あんまり気が進むわけではないが、どうやら今のうちに食事は取れそうだ。
***
「これは何かの嫌がらせ? ほんとにイライラするんだけど」
俺の座る席の対になる位置に座る少女――沙結理。
どうやら沙結理もこの食堂に訪れていたらしい。
おかげで半ば強引に相席を許可してもらった。
あからさまに不機嫌そうな態度を取る沙結理には申し訳ないが、こればっかりは本当に仕方ないので許してほしい。
「そのサンドイッチ、美味しそうだな」
「あんたが来たせいで食べる気が失せたわ」
「じゃあ俺が食べてあげようか?」
「は? なんであんたなんかに上げなくちゃならないのよ」
そんなに睨んでこなくてもいいだろ。
せっかくの整った顔が台無しだ。
笑ったらめちゃくちゃ可愛いだろうに。
「それ食べたら早く帰ってもらっていい? 本当にさっきから腹立つ」
「はいはい、分かってるよ」
まあそればっかりは仕方ないよな。
本当はもうちょっと沙結理と距離を縮めたいところではあるが、さすがに俺も沙結理の時間をこれ以上邪魔するわけにはいかない。
本当に沙結理は俺が帰るまでサンドイッチを口に運ぶ様子がなさそうだからな。
俺は注文したカレーライスを一気に胃の中に運んでいく。
「ここのカレーうまいな。沙結理も一口食べるか?」
「冗談言うならもっと面白いことを言って。というか、あんたはなんでそんなに馴れ馴れしいのよ」
「ん? ああ、俺がお前のこと下の名前で呼び捨ててるのがそんなに不満か?」
「不満よ。気持ち悪い」
「......そこまで言わなくてもいいだろ」
女子からの気持ち悪いはさすがに傷つくな。
もう少しオブラートに包んで言ってくれてもいいだろ。
なんてくだらない話をしていると複数の足音が俺たちに近づいてきていた。
「――おっとー、カップル発見かあ!?」
急に聞こえる第三者の声。
それは聞き覚えのある、とてもバカそうな声だった。
どうやら、今俺が一番会いたくない奴らに絡まれたらしい。
「......またお前らかよ」
後ろを振り返れば三人の姿が見てとれる。
今日教室に入ってきたとき、俺に消しゴムを投げつけてきたアホ三人組だ。
一人は名前が大東光と判明しているが、後の二人は知らん。
アホ三人組はどうやら相席をする俺らを冷やかしにきたようだ。
「お前ぜってークソ陰キャだと思ってたけど、まさかこんなにも早く可愛い彼女作ってるとはなあ。正直言って見直したぜぇ?」
「へへ、これは明日クラスに報告しなきゃだな」
「ギャハ。そうなりゃてめぇら揃って有名人だな」
いや、よく根拠もないのにそんなことが決めつけられるな。
本当にこいつらの馬鹿さ加減には心底呆れてしまう。
しかし、付き合ってるわけでもないのにそんなデマ情報流されたら後々面倒なことになってしまう。
それだけは絶対に避けたいので、これだけは早く誤解を解かねばならない。
「はあ......見て分かると思うが、今食堂はとても混みあっているんだ。だから仕方なく沙結理と......あ」
シンプルにやらかした。
「かーっ。もう呼び捨てで呼び合う仲までいっちゃってるのか。これは熱々カップル爆誕だなあ」
揚げ足を取るかのように捲し立てる大東。
他の二人も俺の失態にケラケラと笑っている。
「――それで、君の名前は沙結理ちゃんって言うんだね。もし良かったら俺と連絡先交換しない?」
そして遂にアホ三人組の注目は沙結理に移る。
沙結理は大東に目も向けることなく立ち上がった。
「え、おーい沙結理ちゃん? 俺の声聞こえてるー? 沙結理ちゃーん?」
沙結理はサンドイッチを皿の上に置いたまま、無言で俺たちの前から立ち去ってしまった。
アホ三人組は意味が分からないといった様子で肩をすくめる。
こいつらは本当に低脳だな。
「おい陰キャ。お前の女、めっちゃツンツンしてるな。あんなんのどこがいいんだ」
ツンツンというか、お前らのせいで帰ったんだろ。
「まず大前提として俺はアイツとは付き合っていない。たまたま席が隣だっただけだ。相席に関しても仕方なかっただけだからな」
「ま、陰キャの言い訳なんか微塵も信じる気はねーけどな。そうそう、明日お前らのこと晒してやるから覚悟しとけよ」
「......おい、本気でそれはやめてくれ。弁明の余地がなくなるし、アイツが嫌がるだろ」
「そんなん俺の知ったこっちゃねーよ。俺はおもしれーもんが見てぇんだ。簡単な例として『イジメ』とかな」
この大東とか言う奴はマジでイカれているらしい。
そして俺と沙結理とのデマ情報を流されるなど、本当に笑えない。
必死にこの男を止める方法を俺は考えるも何も思いつかない。
一体どうすればこの男を止められる。
「ま、じゃあな陰キャ――いや、地味男とかにしといてやるよ。明日が楽しみだな」
「ギャッハッハ」
そうしてアホ三人組は俺の前から立ち去っていく。
結局、アイツらを止めることはできなかった。
どうやら早速暗雲が垂れ込めてきたようだ。
本当に沙結理には申し訳ないし、俺は一体どうすればいいのだろうか。
「はあ......マジでなんなんだよアイツら」
俺は明日に対する恐怖に、カレーライスを食べる手は完全に止まってしまう。
どうしようもない悔しさが俺の中から溢れだしてくる。
「......クソが――っ」
明日、あのアホ三人組がなにもしてこないことを祈るしか俺にできることはないのかよ。




