◆第7話◆ 『優遇された入学者たち』
「入学おめでとうございます、新入生のみなさん。この1年2組の担任をすることになった山下歩美です」
教卓に両手を置いた担任は不気味な笑顔を絶やさぬままにそう言い切る。
アホ三人組も自分たちの仕掛けたドッキリに対し、一切の動揺を見せることもなく無反応を貫き通した先生に押し黙っていた。
さっきまで荒れ果てていたクラスは約半分の生徒が自身の席に着いていく。
「先生の担当教科は数学。数学は苦手な人が多いそうですので、頑張って追いついてきてくださいね」
担当教科を告げると、山下先生は教室に入るときに持っていたカゴに手を伸ばし中身を取り出す。
大きな段ボール箱が3つ分。
中身がなんなのかは知らないが、それを先生は軽々と同時に持ち上げ、教卓の上へと移した。
「さて、新入生のみなさんにはまだまだ話さないといけないことが沢山ありますが、まず最初に一つ、大事な配り物をしたいと思います」
そう言うと先生は段ボール箱の中から何かを数個ずつ取りだし、席順の先頭に手に取った物を渡していく。
俺の席は後ろの方なので配りものが届くのが遅れてしまう。
「......なんだこれ」
ようやく俺の席に届いた物は白い箱。
封をしているテープをはがし、中身を取り出す。
中から出てきたのはプチプチに包まれた細長くズッシリとしたもの。
「それはみなさん専用のスマホです。今年から導入され、生徒通しのやり取りや課題の配布、連絡事項の確認などありとあらゆる事に使用することができます」
「うおぉぉ!? スマホってマジかよ。タダで貰えるとか最高じゃんか!」
「マジでそれな! 俺ぜってぇクラスの女子全員の連絡先手に入れてみせるわ」
まさかのスマホ配布に騒然とするクラス。
そんなざわめきをパンパンと山下先生が手を叩いて静止させようとするが効果は薄い。
山下先生はクラスが騒がしいままに説明を続ける。
「言うまでもないことだと思いますが、みなさんがスマホを利用した形跡は全て学校に残ります。当たり前のマナーをも守れないような人たちには厳罰が下されますので気をつけてくださいね」
その他にも山下先生は簡単に注意事項を話していくが、ほとんどの生徒が配られたばかりのスマホに夢中になって先生の話にこれっぽっちも耳を向けていない。
......父さんの言う通り、本当に酷い場所だ。
「それではスマホについてはここまでにして、本題である学校の仕組みについて話していきましょうか」
隣人の沙結理を見てみると、何やらメモ帳のような物を取りだし先生の話をメモろうとしている。
どうやらすごい真面目なようだな。
今のところ真面目そうな生徒は沙結理以外に見当たらない。
「みなさんはこれから3年間この学校で生活していくことなると思いますが、X高校では席替えやクラス替えは行われません。つまり今のこのクラスのメンバーが3年間を共に歩む仲間になるというわけです」
なるほど、じゃあ俺は3年間沙結理の隣というわけか。
頭は良さそうだしまあ悪くはないか。
「次に、この地図を見てください」
山下先生は何やら大きな紙を取り出して黒板に張り付けていく。
地図にはこの学校の敷地の全体図が描かれていた。
「学校の敷地には様々なお店があります。開店時間内であれば立ち入りは自由です。しかし物品の購入はお金が必要となりますので、お金が欲しい方たちはアルバイトをする必要があります」
なるほど......アルバイトをしてもいいのか。
敷地内に沢山の店があるとか、さすが世界規模の学校だな。
「ですが必ずしもアルバイトをする必要はありません。学校内で注文できる学食は全て無料ですし、教材なども全て無料で配布されます。寮に関しましても、それぞれ個人の部屋が一人一人に与えられ、もちろん無料で寝泊まりすることができます。あくまでアルバイトは娯楽の品を買うための物と考えることができますね」
一通りの説明を聞いて俺は思う。
絶対アルバイトはしておいた方がいいと。
お金があれば貸すつもりは全くないが、友達と映画に行ったり買い物に行ったりと交友関係を広げられる。
めんどくさそうではあるが、やっておいて損はないだろう。
「さて、一通りの説明は以上です。今日はもう学校は終わり、みなさんはそれぞれの寮に行くことになります」
「うおっしゃ。なあ、誰か一緒に俺と学校探検でもしねーかー?」
「いいぜいいぜ賛成ー」
まだ先生の話は終わっていない様子だが、フライングするアホ共はいきなり遊ぶ約束をし始める。
そのコミュ力は見習いたいところだが、あんなんと友達になるつもりは一切ない。
まあそれはそうとして、さっきから本当に不気味なのは山下先生だ。
私語を平気でする生徒に対して一切の注意をすることなく、そして笑みを絶やさない。
その笑みがあまりにも不気味に見えるのだ。
「あと、来週は実力テストを行います。範囲は中学校で習ったところからしか出ませんので、みなさん勉強頑張ってくださいね」
山下先生は私語をする生徒を無視しながら話を続ける。
それにしてもテストか、まあ中学校の内容なら余裕だな。
「テストを甘く見ると痛い目を見ることになりますよ」
さりげなく添えられた山下先生のどこか深い意味のありそうな一言。
山下先生はそれを言い切ると教室から出ていってしまった。
どうやら今日はもう解散のようだ。
先生が消えた途端、クラスの騒がしさはさっきの倍と化した。
「ねぇねぇ、君なんて名前ー?」
「んー? アタシー? アタシは木島咲だよー。一年間よろしくー」
さっきのアホ3人組がギャルっぽい女子の群れに飛び込んで話をしている。
よくあんな奴らに話しかけようと思うな。
「おー咲ちゃんね。俺は大東光。いきなりで悪いんだけど、連絡先交換してもらえない?」
「全然おっけー、おっけー。そういう積極的な男、アタシ嫌いじゃないよー」
「うおマジかよ咲ちゃん。ガチサンキュー」
どうやらアホ――大東は無事に女子の連絡先第一号をゲットすることができたようだ。
別にあのギャル――木島の連絡先が欲しいというわけではないが、何故かあのアホに先を越された感がして、どこかモヤモヤする。
そこで俺はふと隣にいる沙結理に視線を移した。
沙結理は既に帰り支度を済ませていて、もう帰ってしまうようだ。
チャンスは今しかない。
「なあ沙結理、せっかくだし連絡先を――」
「断るわ」
いや、まだ言い切ってもないのに酷いな。
どんだけこの女子は気難しいのやら。
どうやら俺の高校生活のスタートダッシュの滑り出しは案外良くないらしい。
沙結理はもう教室から出ていってしまったので、俺も寮に向かうことにした。