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◆第41話◆ 『遂に始まる夏休み』


 ――時は流れ、7月25日となった。


 その日は1学期の最終日であり、今日を終えればついに夏休み。

 浮き足立った様子のクラスは、いつもに増して騒々しくなっていた。

 ちらりと隣に視線を向ければ頬杖をつく沙結理と目が合う。


「......なに」


「いやぁ、なんとなく」


「ふーん」


 適当に返すと沙結理から鋭い視線が飛んでくる。

 別にはぐらかすことでもないので、俺は素直に沙結理に一つ聞きたいことを聞いてみることにした。


「あー、沙結理ってなんか夏休み用事とかあったりする?」


「特にそれといったことはないけど?」


「そうか」


 しれーっと話題が途切れてしまうが、ここで沙結理が挑発的な笑みを浮かべる。

 

「もしかして私と遊びたいの?」


 からかってるつもりなのか、地味に口角が上がっている。

 最近沙結理との関係値もどんどんレベルアップして、こんなことも言ってくるようになってきた。

 まあ、こんなことで俺が恥ずかしがると思ったら大間違いなんだけどナ。


「ああ。遊びたいぞ」

 

「え?」


 正直に答えたら、沙結理は真顔のまま硬直した。

 予想外の返答を受けて混乱してるんだろうな。

 

「夏休み俺の部屋に来いよ。ちょっと色々としたいことがあるしな」


「!!!」

 

 更に火に油を注いだ結果、沙結理は一気に頬を赤く染めていく。

 お前の思い通りの反応はしてやらないぞという笑みを浮かべながら、その様子を堪能してやった。


「......ほんっとう腹立つ」


「なんでそんな怒ってるのか俺にはよく分からんなー」


「アンタはなんでそんな余裕そうなのよ」


「さあ。なんでだろうな」


 4月辺りは感情の起伏が薄かった沙結理だが、最近はよく『俺にだけ』素の感情を見せてくれる。

 ここまできたら沙結理とはもう完全に友人として打ち解けたといっていいだろう。

 昔と今じゃ、ありえないくらいの違いだな。


「私だって......これでも女の子なのよ」


「これでもってどういうことだよ。別に沙結理が女なことくらい知ってる」


「男の子が普通、なんの遠慮もなしに自分の部屋に女の子を誘う? なわけないでしょ」


「まあ世間一般的に見たらそうだな。でも俺とお前は友達だ。友達なら別に家で遊んだっていいだろ」


「それはそうかもだけど......」


「前は普通に俺の部屋に来てくれたじゃないか。なのに今回はダメなのか?」


「......前はカレー作ってほしいって、ちゃんと用事があったから。今回は用事もないんでしょ」


 その沙結理の言葉を聞いて、「ああ」と頷いた。

 まだ用件を伝えていなかったな。


「用事はあるんだ。というかお願いがある。俺に料理を教えてほしいんだ」


「料理?」


 包み隠さずに伝えると、沙結理は思わぬお願いに小首を傾げた。

 まあいきなりこんなことを言えばこんな反応をされるのは当たり前か。


「俺さ、料理を作るのすごい苦手なんだよな。もう寮で一人暮らししてるんだし、学食があるとはいえど、料理の一つくらいは覚えたいと思っててさ。だから沙結理に教わりたいんだ」


 俺は中学生のころまでありとあらゆる事を両親に頼りっぱなしだったので、未だにこの寮生活というものに慣れきっていない。

 お風呂を沸かすことや、食事を食べることや、洗濯をすることやら全部一人で成す。

 そんな経験がまったくない俺は、見事に適当な一人暮らしを始めてしまっている。

 だからこそ、せめて料理くらいは覚えたいわけだ。


「あぁ......そういうことね」


「夏休みの暇な時でいいからさ、頼まれてくれるか?」


「まあ、黒羽くんが嫌じゃないなら教えてあげてもいいけど」


「マジで? ありがとな沙結理。......というか、俺から頼んどいて嫌なわけないだろ」


 てなわけで沙結理と夏休みにお料理教室が開催されることが決定した。

 あんな美味しいカレーを作った沙結理さんなのだから、さぞかし料理が上手いのだろう。

 そんな沙結理さんから料理を教われるなんて楽しみだな。

 

「――黒羽ー、隣と何イチャイチャ話してんだよ」


 と、ここで最近はもう聞き馴染んだ男子生徒の声が俺にの耳に聞こえてくる。


「イチャイチャしてねーよ。変な邪推すんな」


「でも楽しそうに話してたじゃねーか」


「楽しそうに話して悪いか?」


「いや別に」


「だろ」


 ちょっかいをかけてきたのは山根。

 遠足のとき以来少しずつ距離感が縮まっていき、今ではもう胸を張って言えるほどの友達だ。

 山根はやんちゃな方なので、毎日のようにダル絡みをしてくる。

 今の絡みなんかがまさにそうだ。

 まあ俺の方もだいぶ慣れてしまったんだけどな。


「......山根くん、気軽に私の前に来ないでもらっていい」


 辛辣にそう言葉を放つのは沙結理。

 沙結理の方は未だに山根という悪ガキの存在が認められないらしく、俺が山根と友人関係になったと知った途端、急に俺の事を白い目で見始めたほどだ。

 面と向かって直球に言われてしまった山根は、気分悪そうに頭をボリボリ掻く。


「あーっ。別にお前に用があるわけじゃねぇよ。勘違いすんな」


「は? 学期末考査の順位が下から6番目の分際でよくそんな生意気な態度取れるわね」


「うっせぇな。バカで何が悪いんだよ。お前こそ、運動面じゃからっきしダメじゃねーかよ。50メートル走10秒台が調子乗んな」


「誰にだって得意不得意はあるのよ。やっぱりバカなのね」


「ああ? 調子乗んなよ」


 おい沙結理。誰にだって得意不得意があるのなら山根がバカなのは認めるべきだぞ。

 まあ俺はどちらの肩を持つつもりもないので、沙結理の胸ぐらを今にも掴みかねない山根の腕を抑えておく。


「落ち着け山根。今のはどっちも悪いぞ」


「私は悪くないわ。悪いのはこいつよ」


「ふっざけんな。どう考えても悪いのはお前の方だろうが」


「分かったから一旦どっちも黙れ。いきなり喧嘩始めんな」


 若干口調を強めて言うと、山根はチッと舌打ちをして沙結理から視線を外す。

 沙結理もあからさまに視線を山根から外していた。

 仲が良いのか悪いのかどっちなんだろうかと苦笑しておく。


「――はい。それでは皆さん席に着いてください」


 すると、いつの間に教室に居た山下先生がパンパンと手を叩いて着席を促していた。

 とはいってもその促しは形式上のものであり、山下先生はクラスメイト全員が席に着く前にお構い無しに喋り出す。

 いい加減この先生の雑さにも慣れてきたものだ。


「明日から皆さんお待ちかねの夏休みです。とても長い休みですが、いくつか連絡事項を――」


 しばらく山下先生の夏休みについての説明が行われ、クラスは解散した。

 夏休みの始まりである。

 


***



 学校の帰り道、俺は山根と共に寮への帰路を歩いていた。

 こうして帰路を共にするようになったのだから、こいつともだいぶ距離が縮んたんだなと改めて実感できる。

 今日も今日とて色んな話題に花を咲かせていたところ。俺は思わぬ話を聞くこととなった。


「なあ黒羽。お前はどんな感じで遠藤のことを名前で呼び始めたんだ?」


「どんな感じって......普通に入学式の日に遠慮なくって感じか」


「マジかよ。お前のメンタルが羨ましいわ」


「それほどでもないけどな」


 もともと俺は人見知りが少ない方だからな。

 初対面でも相手が嫌がらない限りはぐいぐいいける。

 ......沙結理は初対面のとき嫌そうだったけど、あれは俺の好奇心で動いてしまったわけだな。


「んで、なんでそんなこと俺に聞いたんだよ」


「あぁ、それがだな」


 どうせ大した理由もなく聞いたんだろうと予想して、なんとなしに山根の横顔を見る。

 だけどどういうことか、何故か山根は言葉を発することを躊躇っているように見えた。


「......どした山根」


「いや、なんでもねぇよ。......絶対誰にも言うんじゃねぇぞ」


「お、おう」


 何故か念押しする山根。

 真面目な視線を俺の方に向けてくるので、俺もそれなりに姿勢を整えてしまう。


「――オレ、木島さんに告ろうと思ってんだ」


 予想外の言葉に俺は思わぐズテンとその場に転びかけてしまった。

 木島さんって、あのクラスカースト上位のギャルのことで間違いないよな......?


「いや、告るってお前、マジで?」


「マジだ」


 決意のこもった眼差しで俺の問いかけに頷いた山根。

 その真剣さから、今の発言が冗談でもネタでもなんでもないことが察せられる。

 でも、俺は山根と木島さんが仲良く喋っているとこなんか見たことないぞ。


「山根......お前そこまで木島さんと仲良かったか?」


「オレのことあんま舐めてんじゃねぇぞ黒羽。これを見ろ」


 といって山根がポケットから取り出したのはスマホ。

 画面を操作して、俺にそのスマホに映るものを見せつけてくる。


「......ほう」


 見せられたのは木島さんと山根のチャット画面。

 見たのは一部だが、それなりにお互いのチャットによそよそしさは見受けられない。

 どちらも砕けた口調......いや、素の状態でチャットを送っている感じだ。


「最近は木島さんの方から教室でオレに手を振ってきたりしてくれる。少なくともオレに対してある程度の好意はあるはずだ」


「な、なるほどなぁ」


「だからあともう一押ししたらいけると思うんだよ」


 まあ、どういう感じで山根と木島さんの関係値がレベルアップしているのかは分からないが、今の関係値で山根の告白は成功するのだろうか。

 恋愛に疎い俺であるが、なんとなく告白するにはまだ早い気がする。


「ああ。あとそれと、告白する前に木島さんを名前呼びしたいんだよな」


「まあ告白するんならそれくらい出来てないとな」


「あー......どうやって名前呼びしようか......」


 最低限下の名前で呼び合うくらいの仲でないと告白は厳しいよなぁ。

 思案気に顎に手を当てる山根だが、果たして名案は思いつくのかどうか。


「......ま、そこら辺はあとで考えるか」


 どうやらすぐには思いつかなかった様子。

 話題はそのままで、俺はもうちょっと山根の告白の件を深掘りしてみることにする。

 

「告白はどこでするんだ? ロマンチックな場所?」

 

「あーそれがだな」


 運命を分ける告白スポットについて尋ねると、山根はよくぞ聞いてくれたといった感じでニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


「夏休みの最終日に祭りが開かれるのを知ってるか? 黒羽」


「マジで? 初耳だ」


「オレはその日、大きく鳴り響く花火をバックに木島さんに告白する」


 えぇ、なにそれめちゃくちゃロマンチック。

 この町で祭りが開催されることも驚きだが、山根の告白の仕方が予想以上にロマンチックで目を丸くした。


「おいおい名案だな。それ、普通に木島さんオッケーするぞ」


 根拠はないが (ポソリ) 。


「だろ? これなら絶対いけるはずなんだよな」


「ああでも、告白の仕方は文句なしの100点だとして、どうやって木島さんを祭りに誘うんだ?」


「あ」


 そんな単純な質問をすると、山根は分かりやすく硬直する。

 どうやら肝心なことは考えていなかったようだ。

 あまりにも抜けている山根に思わず苦笑いしてしまう。


「まぁ、切っ掛け作りくらいは俺も手伝ってやるよ」


「マジか? 黒羽。期待するぞ!」


「おう。俺に任せろ」


 俺の言葉に目を輝かせる山根。

 せっかくの友達の恋愛なのでその背中を押さないわけがない。

 告白を手伝うことはできないが、それに至る切っ掛け作りくらいでいいなら手伝える。

 そんな話をしていたらいつの間にか寮が見えてきた。

 山根と俺の部屋はそれぞれ別々の建物にあるので、ここら辺でお別れだ。


「じゃあな黒羽。お前は頭良いんだから名案を考えろよ」


「分かった。またな」


 軽く手を振って俺たちは別れた。

 山根の後ろ姿はどこかウキウキとしたようにも見える。

 期待に応えられるよう俺も頑張らないとな。

 

差別化をするため、山根の一人称を『俺』から『オレ』に変更しました。

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