◆第40話◆ 『友達2』
――5月30日、月曜日。
今日は土日を挟んでからの、憂鬱な一週間の始まりの日であった。
日に日に暑くなっていく気温に俺は嘆息しながら靴置き場に手を伸ばし、学校用の靴に履き替える。
こんこんと床に靴を打ち付けて俺の足にフィットさせるまでがいつもの動きだ。
「――やめて。本当に、やめて!」
「え~。やめたくないな~」
教室に近づくとなにやら騒がしい。
いや、騒がしいのはいつものことなんだが、その騒がしさの中にあまりにも場違いな人物の声が聞こえたのだ。
俺は顎に手を当てて考える。
「......なにしてるんだ」
そして、勢い良く俺は教室の扉を開いた。
開いた先にまず見えたのは、沙結理と木島さんの姿。
取っ組み合い......ではないが、なにやら二人がじゃれあっているように俺は見えた。
沙結理がそんなこと進んでするわけないだろうが。
「――ん、あーユウくんじゃーん。おはー」
俺の存在に気づいた木島さんが手を振ってくる。
同時に沙結理も俺の存在に気づいたらしいのだが、なぜか俺の方を見ると顔を青くした。
「ああ、おはよう。珍しい組み合わせだけど、沙結理となにしてんだ?」
「えー、逆になんだと思うー? ユウくんも無関係じゃないよー。なんならユウくんが主役ぅ的な?」
「......本当になんの話だ?」
なんでさっきから木島さんはこんなニヤニヤしてんだ。
というか、なんか後ろの方のクラスメイトの視線も嫌なものを感じるぞ。
この状況に理解ができない俺は木島さんに詳しい話を聞こうと思ったのだが――、
「っ!!」
「おわっ!? ちょ、沙結理!?」
突然、沙結理が俺に向かって突進しだしたのだ。
そのまま俺は強引に胸を押されて教室から廊下の床に倒されてしまう。
「いった......なにすんだよ、沙結理ぃ」
今日は朝から一体なんなんだ。
どいつもこいつも言ってることややってることの意味が不明すぎるぞ。
心の中でぶつぶつと文句を言いながら俺は視線を上にあげる。
そして、「ん?」と俺は思わず声を漏らした。
「あの、その......どうしたんですか沙結理さん? すごい顔してますけど」
「......」
「え。沙結理さん?」
視線の先には、今にも殴りかかってきそうな不機嫌オーラをまとった沙結理が仁王立ちしてたのだ。
あまりの剣幕に、さすがに俺も怯んでしまう。
おそるおそるといった様子の俺に、沙結理は小さな声でこんなことを言ってきた。
「......帰って」
「え?」
「今日は寮に帰って」
急すぎる要求。
まとってる雰囲気からして、今の発言が冗談の類いではないことが察せられるが、さすがに理解ができないぞ。
「ど、どうしたんだよ沙結理。俺、なんかしたか?」
そ、そうだ。俺は何もしてないぞ。
しいといえば、弱ってる沙結理をお姫様抱っこで俺の家まで連れ込んで、ベットに連れていき、その寝顔をじっくりと堪能したぐらいのことだぞ。
だから俺は無実なんだ......よ?
「アンタのせいで......アンタのせいで......!」
初めて見る沙結理の激情を宿した顔を見て、俺は必死に言い訳を考える。
「待て待て。絶対何か誤解があるはずだ。まずは詳しい状況をおし――」
とりあえず話を聞こうとしたとき、俺の手元に一枚の紙がヒラヒラと降ってきた。
俺は開けていた口を閉じ、その降ってきた物を確認する。
「なっ!?」
そして俺は絶句した。
「それがサユリンがプンスカしてる原因だよー。ユゥーくん」
いつの間に俺たちの背後にいた木島さんが、ニヤニヤしながら俺に視線を向ける。
面白いネタを見つけたことを喜ぶような、いやらしいニヤケ顔だ。
――なにせ、俺の手元に降ってきた一枚の紙とは写真。しかも沙結理とのツーショットのものだった。
いつこんな写真が撮られたのか。
考えるまでもなく、十中八九遠足のときのヒヤマ平原での写真だろう。
そして、今なんでこんな争いが起きてるいるのか、話の大枠が掴めてきた気がする。
まさかもう写真が張り出されてるとは......!
「こっ、これは誤解だ! たまたま沙結理の近くに通りかかって――」
「んん? じゃあなんでこの写真でユウくんサユリンの隣でカレー食べてんの? これで通りかかっただけなんて、いくらなんでも無茶があるよねぇ」
「うぐっ」
さすがに俺の嘘が下手すぎた。
焦りすぎてあまりにも適当なことを言ってしまった。
ヤバい、墓穴掘ってるぞ俺。
「木島さん本当にやめて! その写真は、その、ちょっとした手違いなのよ」
「んー? どんな手違いなのかなー? お二人とも嘘が下手すぎー」
「いいから。本当にやめて!」
沙結理も沙結理で冷静さを欠いてるらしく、おもいっきし木島さんに振り回されていた。
そして騒がしい俺たちに釣られて、野次馬たちがノコノコと廊下の方に出向いてくる。
「いやー、サユリンとユウくんはラブラブだねー。実はもう付き合ってたりしてんじゃね?」
俺と沙結理は声を合わせてこう言い返す。
「「絶対ない!」」
言い返したはいいものの、反応を見れば木島さん対してまったく響いてないのは確かだった。
沙結理に関しては、もう誰が見ても分かるほど顔が真っ赤っ赤になってて、こんな顔で否定をされても誰が信じてくれるのだろう。
正直、俺も恥ずかしさで胸がいっぱいだ。
「ねーねーみんなー。やっぱりサユリン......遠藤さんと黒羽くん付き合ってそうだよー」
追い込まれた俺たちに更に追い討ちをかけてきやがった木島さん。
お前......俺たちの敵だったのかよ!!
クラスメイト全員の視線が俺と沙結理に向いた瞬間、俺は思わず苦笑いを浮かべ、沙結理は青い顔して一歩後ずさった。
瞬間、クラスメイトから好奇の視線が一斉に向けられる。
「えー。やっぱりお前ら付き合ってたんだー。影薄いのにやるじゃん」
「よく考えたら遠藤さんっていつも黒羽くんとしか話さないもんねー」
「おいおい。どっちが先に告ったんだよー。もちろん男からだよなー」
「私、前二人が一緒に食堂で昼食食べてるとこ見たよー。ラブラブだよねー」
「もういくとこまでいってんじゃねーの? 黒羽とかいうやつゴム使ってんのか?」
「カップル第一号もうできたのかよぉ。だりぃ」
逃げ場のない集中砲火が俺と沙結理に浴びせられた。
そしてみるみると俺と沙結理の話題で騒がしくなっていくクラスメイトたち。
さすがの俺もこの状況は身の危険を感じる。
敵が多すぎてもはや否定のしようがなくなってしまった。
「サユリン。サユリン。ユウくんのどういうところが好きなの? 教えてよー」
「だから私は黒羽くんとはただの友達のなの! それ以上でも以下でもないわ」
「ふーん。だったらなんでそんな顔真っ赤なの? ただの友達だったらそんな恥ずかしがる必要なくね?」
「恥ずかしがってなんか、ないわ。とにかく、こんなことするのはやめて」
「うぇ~。どーしよーかなー。みんなサユリンとユウくんに興味津々だよ」
おいぃ。これ以上沙結理をオーバーキルするんじゃねぇ......!!
沙結理、もう羞恥心で死にそうになってるぞ。
木島さんの魔の手が俺に迫ってくる前に、なんとかしないと......!!
「――おい地味男。ちょっと食堂までこいよ」
「え?」
人混みを掻き分けて、俺の前に現れたのは山根だった。
何を考えているのか、山根はこの状況で俺を食堂に誘う。
俺は急になんだと目をパチパチさせた。
「いいからさっさとこい」
「うおっ。ちょいちょい」
強引に腕を捕まれた俺は、強制的に食堂の方向へと連れていかれてしまった。
ん......? これってもしかしてラッキーなんじゃ?
「――ちょ、ちょっと黒羽くん。どこ行くのよ!」
俺が激戦の場から離れていくことに真っ先に気づいた沙結理が悲鳴に近い声をあげる。
すでに沙結理の周囲にはクラスメイトがたくさん。
普段ぼっちの沙結理さんとは思えない異様な光景だな。
「沙結理、あとは頼んだ!」
「は? ふざけないで!!」
ごめん沙結理。
俺は山根に連れていかれてどうしようもないんだ。
強く、生きろよ......。
「アンタ、私だけ置いてくなんて卑怯よ!」
そんな声が聞こえたあと、俺と山根は廊下の角を曲がった。
遠くからは「彼氏が逃げたぞ」「浮気かよ」なんて声が聞こえるが戦線離脱できたのだから問題ない。
さてさて、あとで俺、沙結理になんて謝ろうかな。
そもそも謝る暇あるかなー。殺されそー。
***
「ふー。ありがとう山根。助けてくれて」
食堂のテーブル席に座った俺たち。
まずは俺から山根にお礼を言う。
あの場で山根が助けてくれなかったら、間違いなく俺はあの激戦に巻き込まれていたはずだ。
本当に山根には感謝でしかない。
「別に助けたつもりはねぇよ。ちょっとお前に用があっただけだ」
「用?」
「木島さんの連絡先」
「ああ、それか」
そういえば山根には木島さんの連絡先を教える約束をしてたんだった。
良いタイミングでその話を持ちかけてくれたな、山根。
おかげであの戦場から逃げれたぜ。
「この状況下で木島さんの連絡先を教えるのは抵抗あるけど......ほらよ」
「......サンキュ」
木島さんのアドレスを見せて、それを山根が自分のスマホに登録する。
そしてあとで俺が木島さんにその事を伝えておく流れだ。
......いや、今日は木島さんとは喋りたくねーなぁ。
それはそうと、俺も山根に聞きたいことがある。
「んで山根は木島さんのことが好きなのか?」
「......悪いかよ」
「え? いや、別に」
あれ、案外素直。
「地味男も遠藤とかいうやつのことが好きなんだろ?」
「いや、マジで違うから。沙結理とはただの友達」
「は? お前あの女のことが好きじゃねーのかよ」
そう山根に言われて、俺は少し沈黙した。
俺と沙結理の関係、それについてお互い『ただの友人』という解釈のはずだ。
でも、俺個人の感情として、俺は沙結理という一人の女子のことをどう思っているのだろう。
沙結理とは一緒にいて苦痛じゃないし、むしろ一緒にいると気が楽だ。
そして俺は沙結理の容姿はなかなかにトップクラスのものと見ている。
少なくとも、思わず寝顔に見とれてしまうほどには。
最近は沙結理の方からもよく俺に話しかけてくるようになったし、お互いの距離も縮まってる。
そしてその中に、少しでも俺の恋愛感情が含まれているかと聞かれれば――、
「友達としては好きだけど、異性として好き......ってわけではないな」
「......そうかよ。つまんねーやつだな」
「悪かったな。つまらない回答で」
そう、俺は沙結理のことが異性として『好き』とは思っていない。
だから俺は、沙結理が他の男と話していても嫉妬しないし、興味もなかった。
沙結理はかわいいと思うし、たくさんの魅力があると思う。
これらは強がりでもなんでもなく、俺の素直な気持ちだ。
「......もしあの女が地味男のこと好きになってたらどうすんだよ。それでもまだ友達って言い続けるのか?」
「いや、絶対ありえんな。まず沙結理が誰かを好きになるビジョンが見えんし、ましてや俺なんかは絶対ありえん」
「そうかよ。......地味男、お前なんか鈍そうなやつだな」
「お、おう?」
なんか軽くディスられた気がするけど、まあいいか。
それに沙結理が恋愛感情を抱くわけないという偏見は、俺の中で確かなものだと思っているし。
「それじゃ、これで俺の用は終わりだ。じゃあな地味男」
山根が席を立ってどこかへ行こうとする。
ふと、俺はその後ろ姿を見てどこか寂しいものを感じた。
確か神島......もう退学してしまったんだよな。
唯一の友達を失った山根は、これからどうするんだろうか。
――いや、そんなことを考えるくらいなら......。
「山根!」
名前を呼ぶと、山根が気だるそうに振り返る。
「いい加減俺のこと『地味男』っていうのやめろよ。普通に名前で呼んでくれ」
「......」
「俺たち、友達だろ?」
これは俺が山根に、遠足でも言った言葉だ。
だが、前回も今もそう言って山根から返ってきた言葉は何もない。
俺の言葉に何も反応することなく、山根は食堂から出ようとして――、
「――しゃーねぇな、黒羽」
「っ!!」
鼻で笑いながら、山根は俺の名を呼んだ。
どうやら俺の賭けは勝ったようだ。
俺は抑えきれない衝動に駆られ、大きな音を立てて席を立つ。
向かう先は山根の場所だ。
「山根ぇ、言ったな!? 俺たちもう友達な!?」
「分かったから離れろ。鬱陶しい」
「よっしゃぁ!! これでぼっち脱却だぁ!!」
沸き上がる喜びの感情。
初めてできた同性の友達。
その事実に俺はおもいっきし声を上げて、ただただ喜んだ。
山根もそんな俺に嫌な顔することなく、苦笑いを浮かべている。
そう。ここに今、新たな友情が芽生えたのだ。
俺はこの友人と共に、これからたくさんの困難に挑むことになっていくだろう。
この学校は謎に満ちて、そして腐った者たちが無数に集う場所。
そんな学校で、俺と山根はこれからどんな学校生活を送るのだろうか。
いや、どんな学校生活であれ、居心地の良い生活を送れるなら問題はない。
でも、そう単純にこの学校がいつまでも心地良い生活を送らせてくれるわけがない。
そんなとき、この友人となら俺は共にいろいろなことに立ち向かっていけるだろう。
まだまだ、この理不尽な学校生活は始まったばっかりだ。
俺はこれから、たくさんのことをこの学校で学んでいくのだろうな。
ここまで見てくださった皆さん。ありがとうございます。
長かった第二章ですが、無事に終えられることができました。
これからもどうぞ『理不尽な学校生活へようこそ ~退学の罰に抗う者たちよ~』をよろしくお願いします。
第二章1年生1学期編・完 次章 第三章1年生夏休み編




