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◆第39話◆ 『何故、友達を失うのか』


 ――鈴未来、神島誠也。


 鈴未来とは、1年2組のカースト上位に立つ木島咲の取り巻きの一人であり、少なくとも2組の中で取り分け影の薄い存在というわけではなかった。

 しかし、それほど存在感が強いといった印象は見受けられず、少なくともクラスの中心メンバーといった立ち位置ではないのは確か。

 それでも鈴は日々の日常生活では毎日のように授業はフル無視で木島と会話したり、平気で万引きをしたりと様々なことを行っている。

 ここまでのことをやっていて鈴が目立たないのは、そんな悪行が行われることが1年2組ではもはや『普通』と考えられているからだろう。

 鈴は良くも悪くも、1年2組の雰囲気に流されていたというわけだ。


 そして神島誠也。

 神島誠也とは以前、大東光、山根信時の三人でいつも行動を共にしており、クラスの中でもなかなかの悪と、入学当初のときは恐れられていた。

 しかし、入学して一ヶ月も経たない内に大東が退学してしまい、クラスからの評判が落ちていた彼らは、必然的に神島と山根の二人でいることが当たり前となってしまった。

 だが山根と神島はとても気が合い、だいたい昼食もこの二人で取っていることが多い。

 反対に山根にとっても神島が唯一の友達であり、お互いにこの関係を大切にしあっていたのだ。

 そしてお互いにこれ以上の友達を求めることはしなかった。

 時には笑いあい、じゃれあい、危険なことに挑戦してみたりと、そんな『普通』な日常を送り続ける。

 いろいろとあったが、神島は特に何不自由ない生活を送れていたということだ。

 

 ――そんな、特に特別な人間というわけでもないこの1年2組の二人は、この理不尽な学校により退学させられる。



***



 5月28日、土曜日。

 X高校校門前には一台の巨大なバスが停車していた。


 その校門前に見える人影は四つ。木島咲、鈴未来、山根信時、神島誠也の四人だ。

 暗い雰囲気が蔓延するこの状況。

 そう。この四人が集まった理由は、二人は退学するため、もう二人はその退学者へお別れをするためだ。


「咲っ。咲ぃっ。やだ、やだよぉ。退学したくないよぉ!」


 泣き叫ぶ鈴が木島の腰に抱きついた。

 木島は辛そうな表情で目を伏せて、泣きつく鈴の頭を撫でる。


「アタシだってやだよ。ミーちゃん、退学したらやだよ......!」


「咲ぃっ。咲ぃっ!!」


 プライドやキャラを保とうなんて考えは完全に崩れ去る。

 隠すことなく涙を流し、みっともなく鼻水を足らし、ただただ鈴は木島の名前を呼び、泣き叫び続けた。

 最後まで泣き続ける友達に、木島は震える鈴の肩を持つ。


「ミーちゃんっ。必ず、アタシがこの高校を卒業したらミーちゃんのとこに会いにくから! アタシ、絶対にミーちゃんのこと忘れたりしないから! だからアタシを信じて。ミーちゃん」


「うっ、うっ。咲っ。咲ぃぃっ!!」


「ミーちゃん......」


「あああっ。ううっ。ああっ」


 声ならぬ声を上げ、鈴は木島の言葉に胸を打たれる。

 その様子を横目に見ていた神島は大きな音を立てて舌打ちをした。


「なんでっ。俺が退学しなきゃいけねぇんだよ! ふざけやがってよぉ!」


「神島......っ」


 神島は目尻に涙を溜めて、何回も地団駄を踏む。

 山根はそんな神島になんて言葉をかければいいのかが分からず、不器用に怒り泣く友人の肩に手を置いた。


「っ。触るんじゃねーよ!!」


 叫び声を上げて、神島は山根の手を振り払う。

 

「なぁ信時。俺とお前、なんか違うとこあんのかよ。似た者同士だろ? なのになんで俺だけが退学なんだ? 俺、なんかいけないことしたか?」


「......神島」


「こんなのありえねぇだろ!! 俺はなんもしてねぇよ!!」


 血を吐くかのような勢いで叫ぶ神島。

 そんな彼の慟哭を見て、言葉達者じゃない山根は神島の言葉を聞いてあげることしかできなかった。


「ッ。神島くん! こうなったのもすべてはあなたのせいよ! あなたがもっとスタンプ集めに協力してればこんなことにはならなかったわ!」

 

 鈴が、木島に抱きつきながら神島に文句を言う。

 もちろん今の神島はそんな憎まれ口を聞き流す余裕なんて持ち合わせていなかった。


「はぁ!? 何言いやがってんだこのブスが! 遠足中にずっとスマホ弄りながら歩いてたのはどこのどいつだよ! 身の程を弁えやがれ!」


「責任を人に押しつけるなんて最低よ! あなたさえ......あなたさえいなければ少なくとも私は退学になることはなかったわ。本当に最悪!」


「今になってギャーギャー文句足らしやがってよぉ! 死ねやブス!」


「ッ。もう、本っ当意味分かんない!!」


 木島と山根の前で起きる、醜い恨み事の言い合い。

 苛烈すぎるその言い合いは、木島と山根には止めることができず、どうしようもなかった。


「というか一番グループの足を引っ張ってたのはお前だろうが! 何回も何回も足が疲れただの日差しが強いだの言って休憩取りまくりやがってよぉ。お前一人のせいで何分時間をロスしたと思ってやがんだ!!」


「あなただってグループと別行動取るし、暴言吐くしでグループの輪を乱してじゃない! だから悪いのは全部あなたよ! あなたさえいなけれぱよかったのよ!」


「めちゃくちゃ言ってんじゃねぇよ! このブス女! 死ね!」


 どちらにも言い分があり、お互いの言い分をそれぞれが否定し合う。

 木島も山根も、二人のグループがどういう状態だったのかはこの言い合いを見るだけである程度は察せられた。

 二人はグループで協力し合うことができなかった。これが敗因の一つなのだろう。


 そして、今にでも殴りあいが勃発しそうな状況に、一人の男がバスから降りてきた。


「――そろそろ出発致しますので、お別れはこのくらいにしてください」


 人懐っこい笑みを浮かべながら神島たちに近づくのは、このバスの車掌、三島。

 この男は今年入学した一年生をX高校まで送り届けた車掌だ。

 なんの皮肉か、退学の時もこの男が家まで送り届けることとなっていた。

 

「ッ。嫌ッ! 嫌だ!」


「気持ちは分かりますが、もう時間です。早く乗車してください」


「きゃっ!?」


 三島は笑みを浮かべながら、泣き叫ぶ鈴の腕を掴む。

 時間オーバーを許さない三島の行動はあまりにも残酷で、木島も目を見張った。


「ちょ、車掌さん! もう少しミーちゃんと話させ――」


「もう時間です。私は他にも仕事がありますので、これ以上時間を割くことはできません」


「っ」


 三島の有無を言わせぬ言葉の圧に、木島は言い返すことができなくなった。

 その間に鈴は三島の腕力に引っ張られ、バスの中へと姿を消していく。


「嫌ああああああっ!!」


「ミーちゃんっ!!」


 最後に鈴の叫び声が聞こえて、鈴は完全に姿を消した。

 唐突かつ残酷すぎる別れに、さすがの神島も息を飲む。

 二人の友情が最悪な形で引き裂かれる最悪の瞬間だった。


「......クソっが」


「俺、はどうしたら、いいんだよ」

 

 山根と神島が拒んでも、絶対にあの車掌は鈴と同じように強引にバスに乗せてくる。

 鈴みたいにあんなみっともなくバスに乗らせられるのは神島はごめんだった。

 何回も表情を歪め、神島は山根と目を合わせる。


「......信時、お前も退学してくれよ」


「は。はぁ? 何言ってんだよ神島。お前らしくねぇぞ」


「知らねぇよ。俺は家に戻ったら多分、もう行く先がないんだよ。ほぼニートだ。それでもお前が居てくれたら、こんなお先真っ暗な人生でも少しは楽しめる気がする」


「......」


 あまりにも無茶苦茶な願いに山根は言葉を上手く返せない。

 さっきから山根はずっとそうだ。

 口下手な彼は、こんな大切な時に、気の利いた言葉一つ返せない。

 言葉を詰まらす山根に、神島は「はぁ」と一つ溜め息をつき――、


「――冗談だ。それじゃーな。信時」


「くっ。神島!」


「あ?」


「また会おうぜ......」


 それを言うのが、今の山根の精一杯。

 神島はぶっきらぼうに手だけ振って、自ら退学用のバスへと乗り込んでいった。

 扉から三島が現れ、にこやかに微笑みかける。


「お別れはすみましたか。こちらも手間が省けて助かります」


 あまりにも無神経な三島の発言を神島は無視し、そしてバスの中へとその姿は完全に消えていった。

 そしてバスのエンジン音が辺りに大きく響き渡る。


「――それでは、発車致します」


 その三島の言葉を最後に、二人を乗せたバスは遠く彼方の場所へと消えてしまった。

 エンジン音も聞こえなくなった頃、校門前には木島と山根の二人が取り残される。


「ミーちゃん、行っちゃった......」


「神島......」


 二人の心にぽっかりと空いた心の穴は、どうしようもない無力感を感じさせる。

 何故、二人は退学したんだろうと山根は考えた。

 何故、友達を失ったのだろうと考えた。

 でも、考えれば考えるほどそれは理解不能であり――、


「――理不尽、すぎるだろ」


 唯一の友を失った山根は、強く唇を噛み、この理不尽な学校の存在を強く呪ったのだった。

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