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◆第3話◆ 『入学式前夜』


 俺は父さんから国立X育成高等学校の詳しい話を聞かされた。

 聞いた話のどれもが一度は耳を疑うもので、俺はなかなか話を理解しきることができなかった。

 どれだけあの場で虚勢を張り続けられていたか記憶もない。

 ただ、俺が一番その学校の制度に認めることができなかったこと、それは。


「―――寮生活って......なんでだよ」


 俺は布団にくるまりながら、そう声を絞り出す。

 そう、寮生活についてだ。


 父さん曰く、X高校では入学してから卒業するまでの三年間、寮生活が強要されるらしい。

 その三年間、入学者は卒業するまで一度も学校の敷地から出ることができない。

 唯一の例外があるが、それは―――、


「退学か卒業しか、道はねぇのかよ」


 退学なんてしてしまえば俺は行く先を失う。

 すなわち、再び母さんや父さんに会うには卒業以外、俺にとっての道は残されてないのだ。

 あまりの理不尽さに俺は被っている毛布を強く握りしめる。


「離れたく、ない......!」


 それからしばらく、俺は眠りにつくことはなかった。



***



 ―――あっという間に時は流れ、3月31日の夜となった。



 俺が本来通うはずであった学校には、一応ダメ元で入学の確認を取ってみたがやはり入学許可は取り消されていた。

 母さんが電話で学校に何度も「どうにかならないんですか!」と叫んでいる姿が見てて苦しい。

 しかし、いよいよ入学式一日前となると、母さんも覚悟をしたようだ。


「優斗。耐えられないようだったら、退学してでも家に戻ってきなさい」

 

「お前......いくらなんでも退学は......」


「何言ってんのよあんた! あの学校のことを忘れたの!? あんな場所勉強する場所なんかじゃないわ!」


「それもそうだが......」


 リビングの机にて、家族と食べる最後の夜ご飯を食べる。

 今日は母さんが気を効かせてくれて、俺の好きな料理ばっかりを沢山振る舞ってくれた。

 母さんは退学を勧めてくれるが、しかし俺はそのつもりはない。

 俺は、俺なりにこの少ない3日間で、どうするのかを心に決めた。


 ――その決断は、やはり残酷だ。


「母さん、父さん、大丈夫。俺はX高校でも精一杯頑張るよ」



 俺は出来る限りの微笑みを浮かべて、そう言った。

 そう、もう今更どうこう言ったってどうしようもならないんだ。

 とても理不尽だと思う。

 でも、この事実はどうしようとも覆せないのだ。

 なら、それはもう受け入れるしかない。


「そんな......母さん、優斗のことが心配だよ」


「ああ、でもなんとかしてみせる。今まで沢山いろんなこと頑張ってきたんだ。X高校でもきっとなんとか乗りきってみせるよ」


 俺は母さんに心配させないよう、虚勢を張りつつ元気づける。

 だって最後くらい、母さんに笑っていてほしいから。

 すると、不意に父さんが俺の方へ視線を向ける。


「―――優斗」


「なに、父さん」


「お前は俺の自慢の息子だ」


 そこで父さんは一呼吸置く。


「―――繰り返すようだが、X高校はとんでもない場所だ。だがな、すべてがダメというわけではない。少数だが勉強やスポーツが優秀な者たち。生徒の声に耳を傾ける先生。優しく対応してくれる先輩。そういう奴らも混じっている」


「―――」


「優斗、あそこで青春を謳歌するのなら、お前がクラスを―――いや、学校を変えろ」


 父さんの声が俺の胸にとても響く。

 最初の家族会議の日から、父さんとは何度も話し合った。

 その中で出てきた話はどれも俺の心に刻まれていて、きっと忘れることはない。

 俺が学校を変える、俺なんかがと思ってしまいそうだが、父さんは俺のことを信じてくれている。


「俺がX高校にいたときも優秀な奴はいた。でも、どうしようもない奴らに押し潰され、結局クラスがまとまることは一度もなかった。俺はあんな高校生活を優斗には送ってほしくない」


「うん」


「例えどんな理不尽な事態に直面しても、決して冷静さを失うな。お前ならできるはずだ。だから―――」


 中途半端なところで父さんの声が途切れる。

 何故だろうと疑問に思うと、父さんは大きな手を目元に押しつけ動きを止めた。

 よく見れば父さんの肩がぷるぷると震えている。


「あ、あんた......」


「父さん?」


 母さんの同情するような声。

 それと同時に父さんはようやく口を開いた。


「......楽しい、学校生活を送れよ」


 父さんの目元を覆った手から水滴が―――涙がぽろりとこぼれ落ちた。

 嗚咽が俺の耳に聞こえる。

 それと同時に母さんももらい泣きをする。

 俺は泣き始めた二人に罪悪感を覚えてしまった。


「母さん、父さん......」


 俺は隣にいる母さんの背中をさすりながら呟く。

 この状況、俺は一体何を言えばいいのだろう。

 俺にできることは、母さんと父さんを安心させることだ。


「3年後、必ずこの家に戻ってくるよ。俺は大丈夫だから」



 ―――明日、ついに俺は国立X育成高等学校へと旅立つ。とてつもなく理不尽な、学校へと。

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