表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/43

◆第37話◆ 『迷惑者』


『おい、酒持ってこい。どうせ暇なんだろてめぇは』


 うるさい。いつもいつも、怒鳴ってこないで。



『この親不孝者。それくらいもできないのか』


 うるさい。じゃあアンタは何ができるっていうのよ。



『あーあ、またてめぇは俺の教えを無視した。何回『躾』されれば気がすむんだ? あぁ?』


 うるさい。もうこれ以上私を傷つけないで。



『なんでてめぇはのうのうと生きてやがんだ』


 うるさい。私を生んだのはアンタ達でしょ。



『――てめぇのせいで母さんが死んじまったんだ』


 うるさい。うるさいうるさいうるさい。

 私のせいなんかじゃない。私はただ、母さんと楽しく遊びたかっただけなのよ。



***



「......んん」


 ベッドから弱々しい声が聞こえた。

 俺はすぐさまにベッドに駆け寄り、そのベッドに横たわる女子の状態を確認する。

 その女子の名は無論、沙結理。


「起きたか? 沙結理」


「黒羽、くん?」


 虚ろな目で沙結理は俺の存在を確認する。

 俺もこんな状況は初めて (当たり前) なので、なんて沙結理に言葉をかければいいか分からない。

 当の沙結理は数秒じーっと俺の方を見て、目をぱちくりとさせる。


「......なんでアンタが私の部屋にいるの?」


「いや、ここ俺の部屋だぞ」

 

「......アンタ、私を無理やりアンタの部屋に連れ込んだわけ?」


「どんな被害妄想だ。お前、道にぶっ倒れてたときのこと覚えてないのか?」


 寝ぼけているのかはしらないが、すごい冷たい目で質問をされた気がする。

 俺は一言一言、発する言葉に注意して誤解を生まないように丁寧に言葉を返した。

 言い返された沙結理はしばらくうーんと考える仕草を見せる。


「......あ。私、帰っている途中で動けなくなって......それで......」


「それで、うずくまってる沙結理を俺が見つけて、俺の部屋まで運んで、目が覚めて、今に至るわけだな」


「そう、だったのね」


 手短に詳しい説明を入れると、沙結理の中でもおぼろげながら過去の記憶が繋がったようだ。


「あんなところでうずくまってて一体どうしたんだよ。本当ビックリしたわ」


「急に体調崩したの......いえ、今日は朝から体調は優れてなかったわね」


 道にうずくまる沙結理を見つけたとき、正直心臓が飛び出るかと思った。

 どれだけあのとき俺が焦ったかは言うまでもない。

 

「――また、黒羽くんに迷惑かけたのね」


 どこか遠い目をして小さく呟く沙結理。

 もちろん俺は、その小さな一言を聞き逃さない。


「全然迷惑なんかじゃないから安心しろ。どうせ部屋に戻ったところで俺は――」


「気を使わなくていいわ。ただでさえ遠足終わりで疲れているはずなのに、そこに倒れている私なんか見つけて迷惑じゃないわけないでしょ」

 

「いや、そんなこと......」


 遮られた言葉に対する反論に、俺は言葉を詰まらせた。

 確かに俺は遠足で疲れているし、今だってすぐにでもベッドにダイブして爆睡したいところ。

 でも、こんな弱っている沙結理の前でそんなこと言っていいはずがないだろ。


「そんなことない。......俺は体力には自信があるからさ。沙結理を助けるくらいの余力は全然残ってたよ」


「――」


「本当に迷惑とかそういうのじゃないから、気にせずしばらく休んどいていいぞ」


 確かに、うずくまる沙結理を見つけて、大変だとは思ったけれど、迷惑とは一切思わなかった。

 俺が迷惑なんて思うのは、沙結理の完全な憶測。

 まだ若干顔の赤い沙結理に、俺は優しく言葉を投げ掛けた。


「......私、本当に何してるのかしらね」


 沙結理は俺から視線を外してポツリと独り言を呟く。

 その瞳にはとても複雑な感情が宿っているように見えたのは気のせいだろうか。

 そして、沙結理は仰向けの状態から上半身を起こした。


「ごめんなさい黒羽くん。帰らせてもらうわ」


「は? 何言ってんだ。さっきまで気失ってたんだぞ。少なくともあと一時間くらいはここで休んどけって」


「私は大丈夫。......これ以上、黒羽くんに迷惑をかけるわけにはいかないから」

 

「迷惑じゃないってさっき言っただろ」


 俺の忠告を無視して、沙結理はふらつく足取りでベットから降りる。

 その姿はあまりにも弱々しくて、とてもじゃないけど見ていられなかった。


「うっ」


「っ。沙結理!」


 ベットから降りて数歩歩いたところで沙結理は頭を抑えてその場に膝をついた。

 俺はすぐさま沙結理の元に近づいて、声をかける。


「全然大丈夫じゃないだろ。まともに歩くこともできないのに、それのどこが大丈夫なんだ」


「......いいから。私に気にしないで。こんなの、全然余裕よ」


 あからさまなやせ我慢をする沙結理に、俺もなんでそこまで強がるのか理解に困る。

 まともに歩けないくらいの重症なのに、ここからそれなりに距離がある隣の寮まで行けるはずがないだろ。

 それに、また沙結理の顔色が悪くなってきた気がする。


「バカ言うなよ。ここで今の状態の沙結理をそのまま帰すほど俺は酷いやつじゃないからな。おとなしく俺の言うこと聞いて、ベットに戻れって」


「だから、大丈夫って言ってるでしょ。それに男子のベットになんかに居たくないわ」


「いや、サラッと酷いこと言うなよ」


 軽くツッコミを入れたが、沙結理の申し訳なさそうな表情から、俺を納得させるために嘘をついたのだと察せられる。

 もちろん、こんな嘘で俺はこの救いの手を引くことはしない。


「本当強情なやつだな沙結理は。俺は迷惑じゃないって言ってるだろ。だから気にせずにここで休んで、そしたら自分の部屋に戻ればいいだろ」

 

「変な嘘つかないで。迷惑じゃないわけないじゃない。私はもう、誰にも迷惑はかけたくないの」


「嘘なんてついてない。お前はエスパーかなんかなのか?」


「ふざけないで。こんなに性格も悪くて冷たくて、なのに自分一人では何もできないような女、迷惑じゃないわけないでしょ!」


 沙結理は声を荒げてそんなことを俺に訴えた。

 そして俺の中の何かがぷっつんと切れる。

 なんで沙結理は今、こんなにも自分を追いつめるような真似をしているか理解できない。

 どうしてこんなにも自己肯定感が低いのだ。


「――ああ、本当にいい迷惑だよ。こうしてキャーキャー駄々をこねられることがな」


 そう、声に若干の怒気を孕ませて俺は正直に言ってやった。

 そしてそのまま、俺は沙結理の太ももと首に手を回した。


「ちょっと何してッ!? きゃっ!?」


 かわいい叫び声を上げる沙結理を俺はお姫様抱っこしてベットに連れ戻す。

 羽のように軽い体は、とても強い熱を持っていた。

 女子の体温を直に感じて、なんかちょっと疚しい気持ちになるな。

 まあ客観的に見たら、男が無理やり女子をベットに連れ込むヤバい状況なのだが。


「な、何してくれるのよ。勝手に触ってくるなんて最低よ!」


「さっきもお姫様抱っこで俺の部屋に沙結理を連れ込んだんだから、もう一回くらいしても大丈夫だろ」


「意味分からない。この変態!」


 顔を真っ赤にしてベットに横たわりながら俺を睨む沙結理。

 この顔の赤さに関しては多分体調が悪いとか、そういうのとは別にただ恥ずかしがっているのだろう。

 まあ確かに俺もお姫様抱っこに踏み切るにはかなりの勇気を要したけどな。

 気持ちを切り替えて、俺はまっすぐに沙結理の目を見つ返す。


「沙結理、よく聞け。なんでお前がそんなに俺に迷惑かけるのが嫌なのかよく分からないけど、俺はそうやって意地になられる方が余計迷惑だ」


「そんなのっ」


「俺に迷惑をかけたくないんだろ? ならここで少し休んでいってくれよ。俺からのお願いだ。受け入れてくれるか?」


「っ......」


 沙結理の瞳に困惑の色が宿る。

 自分が迷惑だと思い、良かれと思ってやっていた行動こそが一番の迷惑だったと知り、きっと今の沙結理には様々な感情がよぎっていることだろう。

 むすっとした様子の沙結理がチラリと俺の方を見る。


「......そんなの、ズルいわよ」


「ああ、ズルいな。それがどうかしたか?」


「......」


 年相応の表情を見せる沙結理は初めて見たかもしれない。

 いつも冷めた表情をしている沙結理だが、今だけはそのクールフェイスを崩して、恥ずかしそうに俺から視線を逸らすのだった。


「......分かった、わよ。でも、黒羽くんはどっか行ってて」


「――。分かった。しばらく俺は勉強でもしとくから、ゆっくり休んどいて」


 ようやく言うことを聞いてくれた沙結理。

 条件として俺が離れることを言い渡されたので、俺は沙結理の元から離れることにする。

 だけど、言われた通りにしたのに後ろから小さな声が聞こえたのだ。


「あ、いや......」


「どした? 沙結理」


 後ろを振り返ってみれば、沙結理が何か言いたそうに俺の方を見ているので、俺は声をかける。

 沙結理は俺の声に一瞬肩をピクンと跳ねさせたが――、


「......やっぱり、もう少しここにいなさいよ」

 

 そう、顔を赤くさせながらそんなことを要求してきたのだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ