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◆第36話◆ 『遠足の終わり』


 時間もだいぶ経ち、そろそろ3時くらいになるだろうか。

 大変な遠足だったとはいえ、目的地であるヒヤマ平原に着いたら後は自由。

 今はそれぞれがそれぞれ好きなことをしている状況だった。


「一年生の皆さんに連絡します。3時となりましたので、後はご自由なタイミングで寮へ戻ってもらって大丈夫です。5時までには全員がヒヤマ平原から帰るようお願いします。では本日はお疲れ様でした」


 そこに梶前先生からの連絡がヒヤマ平原に響き渡る。

 どうやらもう自由に寮へ戻っても大丈夫なようだ。


「――優斗くん!」


「あぁ麗子」


 俺の名を呼ぶ声が聞こえたので、振り返ってみたら麗子が俺の方に向かって走ってきている。

 麗子ははあはあと息を荒げて俺の前に立った。


「どうした? そんな慌てて」


「あの、優斗くん。遠足の件のことだけど改めて謝らせてほしいの。これだけは、どうしても言わないといけないことだから」


「ああ。俺は本当に気にしてないんだけどな」


 何を言い出すかと思えば、遠足の話か。

 俺が気にしていないとはいえ、麗子の方が謝らない自分というのを許せないのだろう。

 ここはしっかりと麗子の謝罪を聞くべきだ。

 麗子が頭を深く下げて、ハキハキと言葉を発し出す。


「優斗くん、今回の遠足で勝手にグループから逃げ出したりしてごめんなさい。私の勝手な判断で、それじゃなくても大変な状況だったのに更にグループのみんなを困らせちゃったと思う。辛いのはみんな同じなのに、私だけ逃げるような真似して、本当に、ごめんなさい」


「ああ、分かった。顔を上げて麗子。もちろん俺は許してるから」


「......ありがとう。優斗くん」


 確かに、俺と山根と宮野さんがあのとき無策で、しかも麗子が消えたとなれば事態はかなりの混乱を巻き起こすことになっただろう。

 でも結果は、無事に遠足を終えられ、退学も回避することができた。

 結果論ではあるが別に過程を拘る必要性なんて全くない。

 それに今回の件で麗子だけが謝るのは筋が通らない。

 俺たちは麗子の逃げを、作戦を実行するにあたって『良かった』と捉えたのだから。

 

「まあ、俺も麗子に謝らなきゃいけないことがあるんだ。ちょっと一つ謝罪させてくれ」


「え。何かな?」


 過去の話ではあるが麗子はどんな反応を示すだろうか。

 そんな少しの不安を抱きながら、一つ咳払いをする。


「俺はあの遠足で不正をした。山根と俺でそれぞれ別行動を取ってスタンプ集めをしたんだ。それこそ見回りの先生に見つかったら退学になったと思う。勝手な行動して悪かった」


「――」


 そう正直に告げると、麗子は虚を突かれたかのような反応をする。

 だけどすぐにクスッと笑ったのだ。


「ふふ。そういうことだったんだ。だから私たちのグループは退学にならなかったんだね」


「ああ。勝手なことしてすまん」


「優斗くんが謝る必要ないよ。だって先にグループと別行動したのは私だよ? それに優斗くんと山根くんがリスクを負ってでもスタンプを集めてくれなかったら、多分私たちのグループは退学してたわけだしね」


「まあ、それはそうなんだけど......」


 思ったよりも好意的な印象を示した麗子。

 俺はポリポリと頭を掻いて、どうしたものかと目を逸らす。

 しかし、麗子の視線が俺の彷徨く視線を逃がしてくれない。


「――ぉ」


「優斗くん」


「れ、麗子?」


 突然、麗子は俺の手を掴んで両手で握り出した。

 急すぎる麗子の大胆な行動により、俺の心臓は大きく鼓動を打ち始める。


「今回は本当にありがとう。この恩はいつか必ず返すよ!」


「お、おう。分かった」


「あと、せっかくだし連絡先を交換していいかな?」


「ああもう全然余裕で良いよ」


 麗子のペースに流され、連絡先の交換まで至った俺たちの会話。

 華奢な両手が俺から離れて、ポケットからスマホを取り出している。

 

「――うん。これでいいね」


 素早く連絡先の交換を終え、俺の画面に表示される麗子の名前。

 これで俺のスマホには四人の連絡先が登録された。

 男女比率は1:3。女子が多いな。

 これからもっと連絡先を増やしていきたいところである。


「それじゃあ私は友達のところに戻るね。バイバイ優斗くん」


「ああ。今日はお疲れ」


「うん。優斗くんもお疲れ様」


 そう言い残し、麗子は背中を見せて俺の視界から遠ざかっていった。

 一人残された俺はもう一度スマホに映る麗子の名前を見る。

 なんとなく、心にじわじわと広がる温かい何かがある気がして――、


「――良い奴だな。麗子は」


 ポツリとそうとだけ言い、俺は寮へ帰る準備を始めた。

 早くこの濡れた下体操着から着替えたいからな。



***



 眩しい太陽がサンサンと辺りを照らす中、私は少々の疲労感と怒りを抱えて帰路を歩いていた。

 一人で帰り道を歩いているため、この不満を誰かに言うつもりはないが本当にイライラする。


(黒羽くんのせいで変な写真撮られるし、変な目で私のこと見てきたし......!)


 ツーショットの件も十分腹立たしいけど、北条とかいう気持ち悪い男子のせいで黒羽くんにバストサイズを知られてしまった。

 ......いや、私がDって事実は初めて知ったけど。

 あんな気持ち悪いオタクに私の体が見られていたと思うと吐き気までする気がする。

 あー......なんか頭がモヤモヤするわね。

 

(というかあの女誰よ。黒羽くんいつの間に女友達作ったの)

 

 頭の中に浮かぶのは黒羽くんと、おそらく他クラスの生徒であろう女子が二人で会話している様子。

 黒羽くんがあんな女の子と話しているの初めて見たし、なんかとても腹が立つ。

 しかもなんか手握ったりしてたしぃ......しぃ。


(......って、何私考えてるの。これじゃ私が嫉妬してるみたいじゃない)


 私の心は遠く夢の彼方にあるはず。

 だからこそ黒羽くんなんかにその心が反応を示すわけないのだ。

 そもそも、私は恋愛とは無縁な無愛想な女だし。

 それに黒羽くんとはとても釣り合わない。

 

「はぁ......何必死になってんのよ私」


 自分の馬鹿さ加減に思わず声が漏れてしまう。

 本当に私は何に思考を費やしているんだろ。

 さっきから何に対してイライラしているのかよく分からなくなってきてしまった。


(......頭痛い)


 変なこと考え続けていたからだろうか。

 さっきから頭がガンガンと痛む。

 今日は朝から調子が良くなかったから、それが悪化した可能性もあるのかな。

 食欲も朝からずっと湧かないし。


(早く、寮に戻りたい)


 気温もどんどん上がってきて、疲れた私の体に余計負荷がかかっていく。

 一刻も早く自分の部屋で休憩したいのに、シャワーだって浴びたいのに、なんで今の私はこんなに体力がないの。

 歩くペースがどんどん遅くなってきている気がするわ。


「っ......」


 突然、意識がフラッとして思わず横の石壁に片手をついた。

 明らかな体調の異変に、私はこれがただ自分が疲れているという理由だけでは納得がいかないことに気づく。

 さっきからずっと足が重いし頭も痛い。

 これ、けっこうマズいかも......。


(どうしよう、かしら)


 ともかくこんな炎天下の下にずっといるのはマズい。

 やっぱり、さっさと寮に戻るぺきだ。

 ......といっても、まだ寮までかなりの距離がある。


(......頑張らないと)


 この姿が誰かに見つかったら、その誰かに迷惑をかけてしまう。

 少し辛いけど、歩けないほど大変なわけではないし、寮まで行ければ多分大丈夫だ。

 だって明日は土日とニ連休となるので、ここで無理をして余計体調を崩したとしても、十分に体調を整える時間はある。

 

「――うっ」


 急に頭がズキンと痛み、それと同時に意識が朦朧としだす。

 さすがにその場に立っていられなくなり、地面に膝をついてしまった。

 これは本当に、マズいことになってきたかも......。


(動いてよ......私の足)


 誰にも迷惑なんかかけたくない。

 そんなことを考えると、ふと私の脳内に家族の姿が浮かび上がる。

 私はずっとお母さんに迷惑をかけ続けてきた。

 どれだけ私は家族に対する後悔があるんだっけ。

 これ以上、もう私なんかのために誰にも困らせたくない。

 

 私のせいでお父さんは変わった。変わり果てた。

 何回私はお父さんに怒られたんだっけ。

 数えるのがバカらしくなるくらい『躾』をされて、それで私は反抗して......。


「寮に、戻るのよ」


 それでこのX高校への入学が決定したとき、私は確かに絶望したけど、少しの希望を胸に抱いていた。

 やっとこの家から離れられる、私の人生を一からやり直せる、そう思った。

 でも私のやってることはこのX高校でも変わらなかった。

 話しかけてくる人には冷たい態度を取ってばかりだし、自分より能力が下の人間はすぐに見下すし、なのに沢山人に迷惑をかけてしまう。


「......っ。これくらい、私なら」


 私は変わりたい。

 変わって、過去の私を見返してやりたい。

 もう誰も私なんかのせいで困らせたくない。

 だから、こんなことで誰にも迷惑をかけることなんかできない。

 なのに――、


「――沙結理!!」


 なんでアンタはいつも、私なんかにかまってくるの。

 

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