◆第35話◆ 『ツーショット』
――眩しく輝く太陽が辺りを照らし、空には雲一つない青空が広がっていた。
先ほどの雨雲はどこにいってしまったのか、本当に綺麗な空色だ。
気温も再び上昇し始め、どこかの日陰にいないと熱中症で倒れてしまいそうな不安がある。
そこで俺はヒヤマ平原の端の方に生えている大木に腰かけた。
ふぅ、いい感じに葉っぱが日陰になってるな。
それはそうと、何か俺に対する冷たい視線を感じるぞ。
「なにしれっと私のところに来てんのよ」
「ダメなのか?」
隣に同じように木陰で涼んでいるのは沙結理。
もともと沙結理がこの大木の先客者だったのだが、許可も取らずに俺は隣に座ったというわけだ。
「ダメとかそういう話の前に、なんでアンタはそんなに堂々と私の隣に来れるのよ」
「いや、だって沙結理がぼっちでかわいそうだったから」
「アンタ、また痛い目みたいわけ?」
「嘘に決まってんだろ。さっき水筒ぶつけられたとこまだ痛いんだから本当にやめてくれ」
本当に水筒掴んで脅してくるので、さすがに沙結理の隣というポジションに恐怖を感じた。
まあでも沙結理はなんやかんや優しい......と思うから大丈夫だろう。
「......さて、昼飯食べるか」
「ここで食べないで。この場所は私が先に見つけたの」
「うん。それがどうかしたか?」
「どうかしたかじゃないわよ。アンタが私の隣にいたら変な勘違いをする人が出てくるでしょ。そんなくだらないことでまた面倒事が増えたらどう責任取ってくれるのよ」
「そっか。で、沙結理は昼飯食べないのか? 先生達がカレーを配ってるぞ」
「アンタ......人の話聞いてた? どれだけアンタは私を不快させれば気がすむのよ」
沙結理が眉を寄せてこちらを睨むので、俺は肩をすくめながらこう答える。
「俺は不快にさせてるつもりはないけどな。これは冗談とか抜きの話で、みんなそれぞれグループ作って昼飯食べたり遊んだりしてるのに、一人だけ端の方でぼーっとしているのを見ると、さすがに見てられないな」
「......余計なお世話よ」
俺はぼっちは見てると、男子であれ女子であれ何故か良心が昔から痛んでしまう。
老婆心だという自覚はあるのだが、昔からそういう奴はなかなか放っておけなかったのだ。
今だってただ沙結理をからかいに来たわけではない。
ちゃんとした理由を持って――、
「アンタだって、私がいなくちゃ一人じゃない」
「うぐふっ!」
的確すぎるカウンターを受けた俺は、見事背後の木に頭がゴツンとぶつかってしまう。
まあそれは......その通りなんだよなぁ。
偉そうなこと言ってるけど、俺もぼっちなんだよなぁ。
「ああ、分かったよ。俺もぼっちだよ。だからぼっち同士仲良く食べようぜ」
「なんでそうなるのよ」
「さあ」
言い返すことを諦めて、やけくそ気味にそう提案した。
沙結理は嫌そうな視線を向けてくるが、すぐに俺から視線を外し、奥のヒヤマ平原の方に視線を向けていた。
奥の方では陽キャ共が楽しそうにグループを作って遊んでいるのが見えるな。
「――お互い、退学回避できてよかったな」
「そうね」
適当に話題を振ったら、明らかに適当に返されてしまった。
俺は紙皿に盛られたカレーライスを口の中に掻きこんで、ごくんと飲み込む。
「でも退学するのがまさか山根の友達とはなぁ」
「山根って......ああ、アイツね」
「神島っていうらしいけど、本当不運だよな」
「そう? 私は相応の罰がくだされたように思うけど」
沙結理は真面目な顔でそう言うが、今の俺は単なる他人事にはできない話だった。
それはポイント最下位のグループが発表されたときのこと。
初めて山根が俺に見せた、怯えた表情。
いつもの覇気が消えて、弱々しく俺たちに『神島が退学してしまう』という事実を伝えたのだ。
「......大東が退学して、神島も退学か。悪三人組がいつの間にか山根一人しかいなくなったな」
悪三人組とは、いつも大東と神島と山根が三人でいるので、俺が勝手に付けたあだ名だ。
明日にはもう、山根一人しか残らないだろうが......。
「さっさとソイツも退学してしまえばいいのに」
「......まあ、沙結理からしたらそうだよな」
「――? どういうこと?」
「いや、まあ......あんま気にせんでくれ」
沙結理は大東の悪い側面しか見ていないが、今回の遠足で俺は一つ分かったことがある。
確かに山根は暴力的だし協調性がないし特定の人でなければ愛想もよくない。
だけど根本は案外良いやつということだ。
山根は話しかければ、嫌そうな顔をしてもちゃんと会話をしてくれるし、忍が熱中症で倒れたときは手際良く応急措置までしてくれた。
スタンプラリー用紙を俺が木から取り戻してきたとき、山根は素直にちゃんと自分の非を認めれていた。
俺はバカは嫌いだ。でも、こんなバカは嫌いじゃないかもしれない。
そんなことを考えている内に、いつの間にか俺は山根のことをただの悪ガキとは思えなくなっていたのだ。
「......ま、もう少しアイツとは話してみたいかな」
もう少しだけ山根と話してみたら、もしかしたら山根は俺の良い友達になるかもしれない。
そんなこと頭の中でぼやーっと思い浮かべながら、俺は勢いよくカレーを平らげていく。
「それにしても案外このカレー美味しいな」
「そう」
遠足で疲れているからかもしれないが、なかなか美味しいカレーライスだなーっと感じる。
ジャガイモもホクホクで玉ねぎもシャキシャキで肉もゴロゴロと大きくて......
いやぁ、食欲が刺激されるなぁ。
「黒羽くん」
「ん?」
「そのカレーと私が作ったカレー、どっちが美味しかった?」
「んー......?」
沙結理が俺のカレーをじーっと見つめてそう言うので、俺はパチパチと瞬きをする。
沙結理のいう私のカレーとは、5月の始まりに俺が沙結理に頼んで作ってもらったカレーことだ。
そしてだけど......これは、あれか......?
ラブラブな夫婦がよくやるやつで、私の作る料理とこの料理どっちが美味しい? もちろん君の料理だよハニー。あぁ、愛しのダーリン......みたいなやつだ。知らんけど。
「多分今ろくなこと考えてないでしょ。さっさと答えなさいよ」
「......まあ、どちらかと聞かれれば沙結理のカレーかな」
「ふーん......あっそう」
少し考えてみたけど、案外答えには迷わなかった。
確かに今俺が食べてるカレーも美味しいけれど、沙結理の手作り (ここ重要) カレーの美味しさは美味しすぎて気づいたら十杯も食べてしまうレベルである。
ここに関しては本当にお世辞抜きの話だ。
「......やっぱり今のは聞かなかったことにして」
「え、なんでだ?」
急に前言撤回をする沙結理。
不思議に思って横顔を見てみたら、なんか少し顔赤い......か?
あれ、もしかしてさっきの自分の発言の恥ずかしさに気づいちゃったやつ?
「このカレーと沙結理のカレーなら、断然沙結理の方が美味しいぞ? うん?」
「そ、そう。良かったじゃない」
「このカレー、個人的にちょっと辛さが足りんからな。でも沙結理のカレーはスパイスが良い感じに効いていて、でも味はまろやかで――」
「っ。分かったから黙って食べなさい!」
「はは。ごめんごめん」
沙結理の中での限界を超えたらしく、顔を真っ赤にして俺の肩を手で押しのけてきた。
なにこの子。かわいいとこあるじゃん。
心の中のおじさんが目覚めるほどに、なかなか良いリアクションだったな。
「んで、沙結理はカレー食べないのか?」
「今食欲ないのよ。だからいいわ」
「そうなのか? 夏バテするぞ」
「余計なお世話。自分の体調管理くらい自分できるわよ」
そうはいうものの、こんな運動したあとに昼食抜きで大丈夫なのか。
本人が大丈夫というのだから、まあ大丈夫なんだろうけども。
それでも何か食べてほしいよなぁ。
「――ぁ」
ここで俺の頭に稲妻が走る。
そういえば確かリュックサックにちょうどいいものが入ってた気がするぞ。
「確か......えーと......」
リュックサックの中を漁って、お目当ての物を探す。
確か奥の方に入れて......あ、あった。
「沙結理ー。食欲ないんなら、これでも食べるか?」
「......なにこれ」
俺が沙結理に手渡したのはグミ。
これは木島さんが店から万引きしてきた、紛れもない盗品である。
そんな物を沙結理に渡すのは罪悪感があるが......まあいっかというわけだ。
「普通にグミだけど、いる?」
「......じゃあ、もらおうかしら」
「おう」
グミを浮けとった沙結理はしばらくジーっとパッケージを見て、それから封を破る。
中には一口サイズのグレープ味のグミがゴロゴロと入っていた。
沙結理はそれを一つつまんで口の中に入れた。
「安い味ね」
「正直だな。俺ちょっと傷つくぞ」
真顔で文句を言われたので、俺が買ったものではないとはいえ、なんか心にグサッとくる。
でもそうは言ったものの、なんやかんや少しずつ食べてくれていた。
「それにしても、アンタがこんなお菓子買うなんて意外だわ。案外子供なのね」
「いやそれ木島さんから貰ったやつなんだけどな」
「――ふーん」
皮肉に対して正直に言葉を返したら「ふーん」だけ残して黙られてしまった。
あれ、俺なんか変なこと言ったか?
「――」
なんかお互い気まずい感じになったので、俺はその雰囲気を誤魔化すためにも残りのカレーを一気に口の中に入れていく。
沙結理がゆっくりとしたペースでグミを食べ、俺が掻きこむようにしてカレーを食べている最中だ。
俺と沙結理の元に何者かの足音が近づいてきたのだ。
この展開、本日二回目の既視感があるぞ。
「お、君たち良いねぇ。一枚頂くよ」
「おわっ!?」
「きゃっ!」
何者かの声が響いた瞬間、突然のフラッシュが俺たちの目を一瞬眩ました。
「だ、誰ですか!」
反射的に沙結理が驚いた声でその何者かに声を出す。
そして、その何者かは同学年の生徒でも先生でもない容姿をしていたのだ。
しかも手にはやけに性能の良さそうなカメラを肩に担いでいる。
「ん? 僕は今回の遠足のカメラマンだよ。卒業アルバムに載せる写真や、学校の掲示板に載せる写真を撮る人でね。驚かせてごめんだけど、怪しい人じゃないから安心してね~」
なるほど、どうやらこの人はカメラマンらしい。
どうりでラフな格好をしているわけだ。
ともかくクラスメイトじゃなかったのは安心だな。うん。
二人でいるところ見られたらたまったもんじゃないし。うん。
「それじゃあね。学生時代は沢山青春するといいよ。君たちがうらやましいな」
それだけ言い残して、カメラマンは俺たちの前から消え去っていった。
俺は苦笑いを浮かべて沙結理の方を見る。
「よかったな、クラスメイトじゃなくて」
あははーとわざとらしい笑みを浮かべてみたけど、やはり沙結理の表情は芳しくなかった。
「ど、どうしてくれるのよ! アンタとのツーショット撮られたじゃない!!」
しばらくぶつくさと俺に文句を言ってきたが、だんだんと元気を失って口数の減る沙結理。
これに関しては本当にごめん。




