◆第34話◆ 『決定する退学者たち』
――『1年生のみなさん。雨が上がりましたので、外に出て梶前先生の元へグループ毎に集合してください』。
ピロンと着信音が鳴り響いて、1年生全員のスマホに送られてきたものは学校からの連絡。
どうやらさっきまで荒れ狂うように降っていた雨は止んだらしく、生徒を外に招集できるくらいのコンディションは整ったようだ。
隣の沙結理が緊張した面持ちで、スマホを睨み付けている。
「いよいよ、ね」
そう。いよいよ、今回の遠足の結果発表のときなのだ。
結果発表。いや、退学者の発表と言い換えた方がいいだろうか。
ポイント1位が現金10万円の報酬を山分けにできるらしいが、そこら辺は正直言って俺にとってはどうでもいい。
退学さえ回避できれば、ぶっちゃけ最下位手前でもなんでもいいんだ。
――俺は気合いを入れるためにも、仰向けのまま力強く拳を握りしめた。
「アンタいつまで倒れてんのよ。招集かかったから行くわよ」
「誰のせいで倒れたとおもっ――」
「アンタの自業自得でしょ」
ゴミを見るかのような目でこちらを見てくる沙結理にトホホと嘆く。
水筒投げられたとこがまだ痛いんですけどぉ。
***
――ヒヤマ平原、外にて。
グループ毎に集合を命じられたので、再び俺たちは山根、麗子、宮野さんとで集合する。
先ほどの雨の影響でじめっとしている草原に、全員が体育座りではなくしゃがんでいた。
麗子が宮野さんの隣に座って、俺が山根の隣に座る形だ。
「おい地味男。なんだよその顔面」
「ん? ああ、ちょっととある人に水筒を投げつけられてな。おかげでこのザマだ」
「......だせぇな」
山根が俺の今の顔面の惨状を気にしたのか、引き気味に話しかけてきた。
さっき自分でも確認したけど、ちょうど鼻の部分が真っ赤になっていて、まるで今の俺はトナカイのようだ。
まあこんなことになったのは自業自得かと聞かれれば自業自得なのだが。
それはそうと、山根が自ら俺に話しかけてくるとか珍しいな。
「もしかして、俺の心配とかした?」
「は? 薄気味悪いこと言ってんじゃねーよ」
「ですよね~」
冗談のつもりで言ってみたのだが、返ってきた反応は予想通りのものだな。
でもこんな真っ赤っ赤なのだから、少しは心配してくれてもいいだろうに。
「......なあ、地味男」
「おう。って、いい加減そのあだ名止めやがれ」
当たり前のように『地味男』と言ってくるので、もうなんか慣れてしまったが、やはり許せない。
どこら辺が地味なのか教えやがれ......と言いたいところだが、今はこれ以上は抑えよう。
俺は静かに山根の言葉に耳を傾けた。
「お前は――」
山根が何かを言いかけようとした瞬間、耳障りなノイズが辺りに大きく響いた。
「おっと失礼。マイクの調子が悪いようです」
そう言うのは、1年生学年主任の梶前先生だ。
どうやら梶前先生の方の準備が整ったらしく、マイクを片手に全生徒の前に立っていた。
何か言いかけていた山根だったが、梶前先生が喋りだすと視線を俺の方から梶前先生に移す。
「......はい。では1年生のみなさん、とても暑い中の遠足でしたが、お疲れ様でした。今日の一日をとても有意義なものにできたのなら、私たち教師陣も大変喜ばしく思います」
朗らかな笑みを浮かべながら、梶前先生はゆったりとした声音で今回の遠足を振り返っていく。
有意義なものにできたかと聞かれたら、俺としてはどうだろう。
仲間も欠けたし、グループも一時崩壊状態へと陥った。
......でも、それでもそれは案外良い経験だったなと思えないこともない。
確かに何回も頭の中がしっちゃかめっちゃかになったが、結局はこうして今、今日出会ったばっかりのグループのみんなと静かにヒヤマ平原にて結果発表を待っていられているのだから。
「初対面の人と手を組んで協力し合うというのは、なかなか難しいものだったと思います。きっとグループに慣れるには沢山の時間を要した人もいるのではないでしょうか? 人間関係の構築も、社会人として旅立つためにも必要な力ですからね」
おーい沙結理さーん。多分これお前のことー......いや俺が言える立場ではないか。
俺も沙結理以外友達いないからなぁ......はぁ。
「――では、前置きこのくらいにして、今回の遠足の結果を発表したいと思います」
どこか声のトーンが変わった梶前先生。
どうやらついにこの時がきてしまったようだ。
周囲がざわざわと騒がしくなり、生徒の落ち着きがなくなっていく。
俺も心臓の鼓動が早くなり、額に冷や汗が流れ出した。
「何お前びびってんだよ。退学はありえねぇからソワソワするのやめろ」
「そうは言っても緊張くらいするだろ。お前のメンタルが羨ましいわ」
隣の山根から鬱陶しいといった感じの視線を向けられる。
一時は本当にピンチであった俺らのグループであるのに、なんでこんな堂々していられるのか本当不思議だ。
山根は万が一という言葉を知らないのか。
「まず今回の遠足のポイント第1位のグループを発表しようと思います。この第1位のグループには、後程10万円の報酬がプレゼントされますので、グループの皆さんでご自由に分けあってください」
前置きをして、梶前先生がこほんと一つ咳払い。
まずはポイント第1位の発表だ。
「えー、発表します。今回の遠足のポイント第1位のグループは――9番グループの皆さんです」
静かに告げられた発表に、周囲がどよめきだす。
遠くの方で「よっしゃあああ!」「やった、やった!」と歓声を上げる声が聞こえる。
おそらく9番グループの人たちのものだろう。
あいにくと、俺は9番グループのメンバーを知らなかった。
「......なあ山根、9番グループって誰がいたっけ」
「知るかよそんなん......チッ、俺の1位が」
「まだお前1位取れるって信じてたんだ!?」
本気で悔しそうな顔をする山根にさすがに苦笑いを隠せない。
そりゃあ1位は無理だろ......。
でもそんな様子の山根を見て、俺の方の緊張もどこか少し解けた気がした。
「9番グループの稼いだポイント数は780。2位のグループを大きく引き離した素晴らしい結果でした。皆さん、9番グループに大きな拍手を送りましょう」
梶前先生がそう言うと、だんだんと疎らな拍手がヒヤマ平原に鳴り響いていった。
俺も一応拍手をするが、やはり隣の山根は拍手をしていない。
まあそれはそうとしてだが――、
「780って絶対何かの不正をしてるな。誰のグループだよ」
俺たちのグループも不正はしたが今は置いておく。
この9番グループの780という数字は、2時間スタンプを探して30ポイントしか集められなった俺たちにとってあまりにも信じがたいものだ。
どんな不正をしたのか分からないが、780なんてポイント数、まるで最初からスタンプの位置が分かっていたかのようだな。
そう考えている内に、いつの間にか拍手は鳴りやんで再び梶前先生へ生徒の注目が置かれている。
次の発表を全員が静かに待っていた。
「......はい。では、皆さんもさぞかし気になっていることだと思います。今回の遠足にて残念ながらポイント最下位となってしまったグループを発表したいと思います」
嫌に凍てつく空気。
生唾を飲み込み、俺は静かにクリップボードへ視線を落とす梶前先生を睨む。
一秒一秒が、今はとてもゆっくりに流れていく気がする。
静かに、静かに静寂はヒヤマ平原を包み込む。
「お伝えした通り、ポイント最下位のグループの皆さんには退学処分を受けてもらうことになります。この処分が覆ることはありませんので、どんな辛い結果であれそのグループの皆さんで事実を受け止めてください」
梶前先生が再び咳払いをする。
胸が締めつけられるかのような感覚を感じながら、ついにその時は訪れた。
「では発表します。今回の遠足にてポイント最下位となったグループは――17番グループです」
そう告げられた瞬間、遠くの方のグループから悲鳴のような声が上がった。
残酷な結果が今告げられたが、俺はそのグループのことを深く考えることなく安堵した。
ガチガチに固まっていた体から緊張が解け、崩れるような脱力感にへなへなとその場に手をついた。
「よかったぁ......」
どうやら退学になったグループは俺たちのグループでもなく、沙結理のグループでもない。
お互い、無事にこの遠足という『デスゲーム』から生き残れたようだった。
浮わつく気持ちを抑えて、俺は麗子と宮野さんがいる後ろを振り向く。
「麗子、宮野さん、よかったな本当に」
「そうですね。私も安心しました」
この喜びを共有しようと、俺は二人に話しかける。
宮野さんは若干口角を上げて、俺と同じくこの結果に満足をしていた。
ただ、麗子の様子は少しおかしくて――、
「......良かった、けど、どうしてなの」
「ん?」
麗子の表情を見ると、とつも複雑そうな顔をして俺を見ていた。
そういえば、麗子には俺と山根が不正をしてスタンプを集めたことを教えていなかったんだっけか。
「まあ退学にはならなかったんだし、それで十分だろ。麗子も今日は一日ありがとう」
「優斗、くん。そ、そうだよね。良かったよ。本当に、退学にならなくて良かったよ。......ありがとう優斗くん」
「ああ」
感謝を伝えると、麗子は若干涙ぐみながらそう言った。
きっと今、麗子の中には喜びと疑問と、沢山の感情が渦巻いているだろう。
本当に激動の遠足だったからな。
今はゆっくりと気持ちの整理をしていくのがベストだろう。
さて、あとは山根にも一言話しておかないとな。
「山根。お前も今日は本当に」
そう、当たり障りのなか言葉をかけようとした時だ。
何か、不穏な違和感を山根に感じたのだ。
それに声をかけたはずなのに、山根はこちらに気づいた素振りを見せない。
「......山根?」
再び声をかけた瞬間、山根がこちらを振り返った。
――その顔はいつもの山根とは比較にならないくらい青ざめて、怯えていた。
「神島が、神島が......」
「ど、どうした山根。神島がどうしたんだよ」
声を震わせながら山根は神島の名前を出す。
神島とは確か、山根の今の一番の友達のはずで、さっきもテントで二人は楽しそうに話していた。
その神島が一体どうしたというのか。
嫌な予感は感じつつも、静かに山根は口を開いて――、
「――神島が、退学してしまう」




