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◆第33話◆ 『キュア♡ナイト・プリンセス』


 ――超レアアイテム『沙結理のジャージ』を装着した俺は、体が軽くなるというバフ効果が付与された......。


 そんなつまらないことを考えながら、俺はじめっとした体操着からの解放感に満足する。

 下の体操着はまだ濡れたままたが、まあ上のジャージを貸してもらえただけで大満足だ。

 それにこのジャージすごく良い匂いが......って何回俺はニヤニヤしてんだよ。


「――帰ったら洗濯して返しなさいよ」


「もちろん分かってるよ」


 じと目の沙結理がそう言うので、もちろんと俺は首を縦に振る。

 さすがに女子から借りた衣服を洗濯せずにそのまま返すほど俺は常識のないやつじゃないからな。


「さてっと、話変えるけど沙結理は遠足どうだった? 退学は大丈夫そうか?」


「......さあ、どうかしら」


 話題を遠足にすると、沙結理は「はあ」と溜め息をつく。

 あんまり良い反応を示さないので、もしやと思い息を飲む。


「え。スタンプ全然集まんなかったのか?」


「集まらなかったというより、私たちのグループの方針で集めなかったの」


「集めなかった......? どゆこと」


「――私たちのグループはスタンプを一切集めずに、到着順位1位を取ったのよ」


 到着順位1位、俺はその言葉の響きに衝撃を受ける。

 だが同時にすぐさま頭の中に不安の種が芽生えてきた。


 確か到着順位1位のグループが貰えるボーナスポイントは150という破格のもの。

 しかし、沙結理が言うに、沙結理のグループは到着順位でしかポイントは稼げていないので、持ちポイントが150しかない。

 つまり全体的なグループの持ちポイントの平均が分からない以上、この150というポイントが平均以下か以上か定かではないので安心できるラインとは言えないと思ったのだ。


「1位はすごいけど......到着順位のポイントだけじゃ不安だな」


「やっぱり、そうよね。......私もそう言ったんだけど、グループの人が聞いてくれなくて」


「ちなみにグループのメンバーは誰だ?」


「......覚えてないわ。アンタのスマホで確認して」


 いや、退学のかかった遠足を乗り越えるための運命共同体のグループだぞ。

 そんな大切なグループメンバーの名前を覚えていないなんて......。


「名前くらい覚えてやれよ」


「すぐにここに到着したもの。仲を深める時間なんてなかったし、あんな低脳そうな人たち、わざわざ名前を覚える必要なんてないわ」


「はは。手厳しい」


 そんなんだからなかなか友達ができないんだよって心の中で付け加えておくよ。

 まあ沙結理らしいといえば沙結理らしいけどな。


「えーと、沙結理はグループ何番だ?」


「15番」


 スマホを取り出して、学校から配信されたグループのメンバー表を確認する。

 画面を下にスクロールしていけばすぐに沙結理の名前は見つかった。


 <グループ15>


 1年1組 前田愛 近藤空

 1年2組 北条康弘 遠藤沙結理

 1年3組 鬼塚メルト 剛田太


「んー、知らない奴ばっかだな。まあ当たり前だけど......」


「その、1年3組のところに、確か鬼塚って名前の人がいるでしょ。この人が到着順位1位を狙う作戦を立てたの」


 沙結理が横からぬっとスマホを覗いてきて、1年3組の鬼塚メルトという名前を指差す。

 名前からしてハーフなのだろうか。いや、それよりも――、


「鬼塚、メルト......あぁ、アイツか」


 パズルの最後のピースがカチッとはまったように、脳内に以前見た鬼塚の容姿が蘇った。

 パッと思い浮かぶのは金髪色のザンバラ髪と厳ついサングラス。

 確か、初めて会ったときの印象は『明らかな不良』といった感じ。

 生田を腹蹴りしたとんでもない野郎だ。

 嫌な光景を思い出してしまい、少し顔がひきつってしまう。


「黒羽くん、彼と知り合いなの?」


「知り合いというか、ちょっと前に少し話す機会があってな......それよりも沙結理、この鬼塚になんか変なことされなかったか?」


「変なこと? 別にされてないけど......まあ、危なそうな人っていうのは分かるけど」


「ならいいんだけどな。見た目通り、アイツ本当ヤバいから」


 何もされていないのならいいのだが、鬼塚は俺も詳しくは知らないが、平気でクラスメイトに暴力を振るう奴だ。

 1年3組の内部事情なんて全く分からないが、少なくとも鬼塚は3組の中で特別な立ち位置にいることが察せられる。

 そんなあまりにも未知数な存在は何をしでかしてくるか分からないからな。


「......まあ、彼は別にどうでもいいのよ。私に何も害になるようなことはされてないんだから。それよりも、今回の遠足でちょっと厄介な人に絡まれて、困ってるの」


「厄介な人? 誰のことだ?」


 鬼塚の話題から外れて、沙結理が困っていることがあると言う。

 しかも声のトーンがかなり落ちていて、そんなに厄介なことなのか。

 はて。こんな呆れた様子の沙結理を見るのは久々だな。


「それは――」


 沙結理がその厄介事の内容を口に出そうとしたときだ。

 沙結理の発言を遮るように、俺たちの前に、何者かが豪快な足音を立てて近づいてきたのだ。

 その何者かは俺たちの前で仁王立ち、いや、沙結理の方にだけ視線を向けていて......。


「――あ、あの。遠藤さん」


「はぁ......何」


 溜め息まじりの沙結理の応答。

 そして、沙結理に話しかけてきたこの男の次の発言に俺は絶句した。


「ほ、本当にお願いします。一度だけでいいので、ボクのために『キュア♡ナイト・プリンセス』ヒロイン、星野セナちゃんの名シーンを再現してください!」



***



 いきなり沙結理の前に現れ、謎発言をした謎男に場の空気は凍りついた。

 

 しかも、その男の容姿はというと、小太りで低身長、渦巻きが入った瓶底眼鏡。

 髪はパーマがかかったように捻れていて、着ている体操着は一部何故か湿っている。

 更に印象的なのは、手によく分からないピンク色をした本を持っているのだ。


 とりあえず凍った空気を元に戻すため、苦笑いを浮かべながら話しかけてみよう。


「......え、えーと。まずお前誰」


「――」


「俺のことガン無視!?」


 ちゃんと目を合わせて話しかけたつもりなのに、微動だにせず無視をされてしまった。

 こんな至近距離で話しかけられて無視するとか、こいつのメンタルどうなってんだ!?

 驚きと混乱でまた沈黙が流れる中、沙結理がこっそり俺に耳打ちをしてくる。


「彼よ。私が困ってるのは。遠足のときもさっきと同じようなことをずっと私に頼んでくるの」


「マジかよ。それと、まずアイツは誰」


「確か私たちのクラスと同じはずよ。1年2組の......えーと......」


「北条康弘ってやつのことか?」


「そう。その人」


「こんな奴、俺のクラスにいたんだな」


 突然現れた謎男――北条はどうやら俺と同じクラスらしい。

 そして今回の遠足で沙結理と同じグループに配属された男子だ。

 もう入学式から一ヶ月も経ったので、大体のクラスメイトの名前は覚えたつもりだったのだが......まさかまだ俺が認知していない奴がいるとは思わなかった。

 どれだけ影が薄いのやらだ。


 俺と沙結理がこそこそと話をしていると、北条は不愉快そうに眉根を寄せてジーっとこちらを見てくる。


「あの、遠藤さん。ボクの話を聞いてください。一度だけで、一度だけでいいから、『キュア♡ナイト・プリンセス』ヒロイン、星野セナちゃんのセリフを言ってもらいたいんですぅ!」


 だからその『キュア♡ナイト・プリンセス』とかいうパワーワードは一体なんなんだ。

 おそらくなんかのマンガかラノベかアニメのどれかの作品というのは分かるのだが......こんな凄まじい威力のある名前の作品は聞いたことないぞ。

 沙結理も引いたように目を細めて、「はぁ」と溜め息。


「アンタ、本当になんなのよ。何回も嫌だって言ってるでしょ。目障りだし気持ち悪いわ。自分の趣味を人にまで押しつけないで」


 おっと、沙結理の辛辣すぎる拒絶発言が北条に炸裂!

 しかも、おまけにこっそりと舌打ちまでついてきた!

 これは一般人なら大ダメージ必須の一撃だが、果たして北条は耐えられるのか!?


「それ。もしかして星野セナちゃんの物真似ですか!?」


「は、はぁ?」


 なんと北条、沙結理の会心の一撃に対して無傷! というかなんか喜んでいる!

 何をどう解釈したのか、北条は興奮した様子を見せて喜んでいるぞ!

 まさかのカウンターに沙結理、言葉を詰まらせた!


「分かりますよ! だって遠藤さん、『キュア♡ナイト・プリンセス』の星野セナちゃんを真似ているんですよね! そのツンデレ加減とか! 普段はツンツンしてるけど、実はとてもデレが強い星野セナちゃん。その雰囲気を真似て今ボクを罵倒してくれたんですね! ああ、本当に感謝です」


「本当に、意味が分からないわ。アンタ、頭がおかしいんじゃ――」


「それにその遠藤さんの雪色の髪と、黒のカチューシャ! もう完全に星野セナちゃんと同じなんですよ! もちろんそれだけじゃないです! 遠藤さんの透き通るようなマリンブルー色の瞳! ここまで星野セナちゃんと類似した瞳の色は見たことがありません! その他、色白な肌色なども星野セナちゃん推しのボクにとってものすごく評価が高く、なかなかに至高の領域に踏み入れています!」


 ヤバいスイッチが入ったのか、北条は止まることをしらないブルドーザーと化す!

 沙結理の言葉を無視し、無敵モードと入った北条!

 途切れることのない北条の連続攻撃に沙結理、ついに顔が青ざめていく!

 しかし北条はそんな沙結理に気づくことなく攻撃の手を休めない!

 

「それに遠藤さんは髪やカチューシャなど、真似ようと思えば誰にでも真似られる部分だけでなく、体型まで星野セナちゃんとそっくりなんです! 星野セナちゃんの身長は153.1678センチ、そして遠藤さんの身長もおそらく153センチだとボクは見ています!」


「っ!?」


「その反応、図星ですか!? やっぱり153ですよね!? 今日ずっと遠藤さんのことを観察して、ずっと星野セナちゃんと照らし合わせていたんですよ! 小数点まで計算しようと思ったのですが、なかなか難しくてですねぇ。いやあ、星野セナちゃんファンの一人として不甲斐ない! でも、ここまで星野セナちゃんとそっくりだと、もはやこれは運命かもしれませんよ!?」

 

 北条! キモい! キモすぎる!

 どうやったら目で見るだけで沙結理の身長を読み取れるのか!?

 一撃一撃が強すぎる北条に、沙結理の顔色はみるみる悪くなり、肩がわなわなと震え出す!

 沙結理、絶対絶命か!?


 そして北条はついに、弱った沙結理にとどめを刺すかのような爆弾発言を投下する!!


「それに星野セナちゃんの胸はFカップです! 遠藤さんは見た感じ、おそらくDでしょうけど、星野セナちゃんより劣るとはいえまだ許容範囲です! 全体的な観点から見て遠藤さんは星野セナちゃんとそっくり! だからこそボクは、遠藤さんに星野セナちゃんの名シーンの再現を――」


 キモいを通りこしてコイツはバカなのか!

 沙結理ご本人の目の前でかるーくバストサイズをディスりやがった!

 その瞬間、沙結理の顔から血の気が失せる!

 震えた手で沙結理は、近くにあった俺の水筒を掴んだ! 


「っ! 失せて! この変態オタク!」


「おっふ!?」


 沙結理は俺の水筒を目の前の北条の顔面目掛けて投げつけた!

 繰り出された物理的攻撃に、北条は短い悲鳴をあげてノックダウン!

 ドシンと目を回し、北条は倒れてしまった!


 よってこの勝負、北条の戦闘復帰不能により沙結理の勝利だあああ!!

 俺は一体なんの実況をしてるんだあああ!


「......本当になんなのよ、コイツは」


 沙結理は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、倒れた北条を睨み付けている。

 俺も、もうどうつっこんでいいのか分からず、「ははは」と乾いた笑いをするしかなかった。


「あ、これ」


 隣で沙結理が一人でぶつくさ文句を言っている中、俺は地面になにやらピンク色の本が転がっていることに気づく。

 確かこれは、北条がずっと手に抱えてたものだ。

 興味本意で俺は手を伸ばし、無造作に転がっている本を手に取った。


「......これが『キュア♡ナイト・プリンセス』か」


 その本の表紙には大きく『キュア♡ナイト・プリンセス』と書かれていた。

 北条が言っていたのはこの本――いやマンガのことだったのか。

 そこから、なんとなくパラパラと適当にページを捲ってみる。


「星野セナって......ああ、コイツのことか」


 とある一コマに、星野セナの姿が映る描写があった。

 確かに、若干沙結理と容姿が似ているような感じはするけど......。


「沙結理とはキャラが大違いだろ」


 目をハートにさせて主人公に甘える星野セナ。

 それはあまりにも、普段見る沙結理とは程遠い印象だった。

 ちらりと沙結理の様子を伺ってみれば、まだ頬を赤らめてイライラしているようだった。


(それにしても......Dってマジなの?)


 思い返されるのは先ほどの北条の爆弾発言。

 信憑性は皆無だが、北条曰く沙結理のバストサイズはDらしい。

 俺は手に持つ『キュア♡ナイト・プリンセス』を地べたに放り投げた。

 別に全く本当に興味とか好奇心なんてないんだけど、なんとなーく視線が沙結理に向いてしまう。

 ふーん......体操着って良いな。いろいろとくっきりしてる。


「......何」


「......」


 いつの間にか沙結理がこちらの視線に気づいていたらしい。

 目をじとーっとさせる苛立った様子の沙結理と目が――合わなかった。

 なにせ、俺の視線はまだ沙結理の暫定Dカップに釘つけだったからだ。


「......」

 

「......」


 謎の沈黙が流れ、不審に思った沙結理が俺の視線を辿る。

 もちろん、その視線の行き着く先は暫定Dカップで......。


「......!」  


 すべてを理解した沙結理は、茹でダコのように顔を真っ赤にした。


「この変態! どこ見てるのよ!!」

 

「ッ! おっふ!?」


 沙結理は地面に転がっていた俺の水筒を再び掴み、それをおもいっきり投げつけてくる。

 なんの防御も取れなかったので、俺は見事な顔面クリティカルを喰らって鼻血を撒き散らしてしまった。

 そしてそのまま反動で空しくも北条の隣にぶっ倒れてしまう。

 悪意はなかったかと聞かれれば答えられないけど......ここまでしなくていいだろぉ......。


「まったく......なんなのよ、本当に」


 怯えるように沙結理は自身の体を手で掻き抱いている。

 アハハ。怒ってる顔も可愛いですね。

 そんな純粋な感想を、意識が飛びそうになるなか心の中で血を吐くように言い切ったのだった。


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