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◆第32話◆ 『超レアアイテム』



「あら。18番グループのみなさんですね。お疲れ様です」


 ついに目的地であるヒヤマ平原に到着した俺たちのグループ。

 まずヒヤマ平原の入り口で俺たちを出迎えてくれたのは、俺のクラスの担任である山下先生だ。

 ビニール傘を差しながら、いつも通りの不気味スマイルを見せてくる。

 

「......間に合ってますよね、山下先生」


「はい。制限時間8分前なので、セーフですよ。ちなみに黒羽優斗くんのグループが最後のグループです。あとのグループはもう到着していますよ」


「到着順位最下位か......」


 幸いにも到着順位が最下位だからといってペナルティはない。

 それにタイムオーバーさえしなければどのグループも必ずポイントは貰えるので、貰えるポイントが一定になる11位以下になることが確信できているのなら制限時間ギリギリまでポイント集めに徹するべきだ。

 つまり、到着順位によるボーナスポイントを狙わなかった俺たちの判断は正しかったわけということ。


「あ、山下先生。俺たちのグループですけど、二人やむを得ずリタイアしてしまって......」


「ああ。それなら聞いていますよ。確か、田貝忍くんが熱中症で、生田慎吾が頭を打って気絶......でしたよね」


「......そうです」


 本当は、生田は山根に頭を打ちつけられて気絶したんだけどな。

 どうやらそこら辺の部分は宮野さんが良い感じに少々の嘘を散りばめてくれたらしい。

 本当に感謝だな。


「グループが二人欠けた状態で遠足なんて大変でしたね。きっと沢山慌ててしまう場面もあったと思います。でも、そういう経験が後に役立つこともあります。今回の遠足はグループのみなさんにとって、とても良いものになったと私は思いますよ。――改めて、今回の遠足は本当にお疲れ様でした」

 

 山下先生はそう俺たちに労いの言葉をかけてくれた。

 なんて言葉を返すべきなのか迷った俺は、とりあえず「ありがとうございます」と無難な返しをしておく。

 そうして山下先生はこちらにニコリと微笑んでから、視線を手元にあるクリップボードに落とした。

 

「さて......ではスタンプラリー用紙をください」


 どこか声のトーンが変わった山下先生。

 ついに俺たちのスタンプラリー用紙を提出するときがきてしまった。

 分かってはいたことだが、やっぱり心臓がドキドキするのを抑えられない。


「分かりました。今出します」


 俺は山根、麗子、宮野さんの視線を浴びながら、リュックサックからスタンプラリー用紙を取り出す。

 若干まだ湿っているが、そこは問題はないだろう。

 本当に問題なのは、この用紙を一度破って、テープで繋ぎ直したところにある。


「――あの、山下先生。ちょっと俺のミスで用紙が破れてしまいました。でもテープで元の形に戻してあります」


 山下先生に用紙を渡す前に、先に予防線を張っておいた。

 それを言い切ったあとに、俺は微かに震える手を使ってスタンプラリー用紙を山下先生に手渡す。

 呼吸が詰まりそうなほどの緊張感に支配されるも、出来る限りの自然体は装えただろう。

 手渡されたスタンプラリー用紙を、山下先生はウンウンと頷きながら上から下へと視線を動かし確認した。


「はい。確かに受け取りました。とても頑張りましたね」


「......ありがとうございます」


 結果、山下先生は俺たちのスタンプラリー用紙に特に何か言ってくることはなかった。

 それにとても頑張りましたね、というのはどういうことだろう。

 言い方的に、俺たちは他のグループよりもスタンプを集められたということなのか......?

 うーん、まあどういうニュアンスが含まれていたとて、退学さえ回避できれば何も問題はない。


 後ろをチラリと見ると、山根も若干安堵したような表情をしている。

 ここが最後の砦だったが、無事に俺たちは遠足を終えられたらしいな。

 

「はぁ......」


 さっきまで俺の体を支配していた緊張感が一気に抜け、大きく息を吐いた。

 本当にお疲れだよ、俺。


「では雨も降っていることですし、みなさんも休憩したいところだと思います。この先をまっすぐに行ったところに、各クラスごとにドームテントが設置されていますので、そこで招集がかかるまで待っていてくださいね」


「テントですか。はい、分かりました」

 

 この雨だから緊急でテントが設置されたのだろう。

 せっかく苦労してヒヤマ平原に到着したのに、外にいられないのはなんかもったいないな。

 そんなことを思っているのは俺だけで、みんなは一刻も早く涼しい場所で休憩したいのだろうが。


「じゃ、テントに行こうみんな」


「うん。分かった」


 後ろを振り返ってグループに呼び掛けをすると、麗子が力強く返事をしてくれる。

 俺はリュックサックを背負い直し、もう遠足は終わりなので、時間に焦ることなくゆっくりグループのみんなとヒヤマ平原の奥へと進んでいった。

 めちゃくちゃ疲れているはずなのに、何故か今だけは疲労感から解き放たれて、むしろ元気な気がする。

 きっと俺の中で、やれることだけのことはやれたという気持ちがあるからなのだろう。



***



 山下先生が言っていた通り、整備された道を進んでいくとヒヤマ平原の中央部には三つの巨大なドームテントが設置されていた。

 そのテントは予想以上に巨大で、一個で余裕に俺の家と同等くらいの大きさはありそうだった。

 大きすぎてもはやテントなのか......という疑問が湧いてくるが、形はテントなので否定はできないな。

 

 俺たちのグループはここで解散をし、俺と山根は1年2組のドームテントへ足を運ぶ。

 テントの中にまず入ると、まだ奥に薄い布の仕切りがあるので、ここは玄関のような役割を果たす場所なのだろう。


「はー。雨やばすぎだろ」


 俺は山根と揃ってびしょ濡れのカッパを脱ぎ、たたんでリュックサックの中にしまう。

 まあ俺はカッパを脱いだところで下の体操着もびしょ濡れなんだけどな。

 一応タオルで濡れた髪を拭いておくが、気休め程度にしかならないか。


「......よし、じゃあ入るか」


「――」


 一通りの準備を終えたので、俺と山根は共にテントの奥の仕切りを開いて更に中に入る。

 暖簾をどけるように開いた仕切りの先には、見た目通りの広い空間が広がっていた。

 予想通りではあるが、いつも通りにこのクラスは騒がしい。

 そのざわざわとうるさい空間の中に、友達と談笑する木島さんの姿がチラリと見えた。


「......おお、信時じゃねーか。遅かったじゃねーかよ」


「ああ神島。もう本当に疲れたわ」


 横にいた山根はすぐに友達である神島に話しかけられて、どこかへと消えていってしまう。

 お前は気軽に話しかけられる男友達がいていいな。羨ましいよ。


「はぁ。とりあえず、どこか座れるところ探すか」


 軽く溜め息をついてから、俺はとぼとぼと休憩できそうな場所を探す。

 広い空間とはいえ、40人もこの一つのテントに集まっているので、空いた空間は少なそうだ。

 とりあえずさっきから立ちっぱなしだから、座りたいところなんだけどなあ。


「――あ、黒羽くん」

 

「ん」


 不意に聞こえた、俺の名を呼ぶ女子の声。

 聞き覚えのありすぎるその声は少しだけ俺の心を踊らせてくれた。

 もちろんその女子というのは――、


「沙結理」


 声のした方向を向けば、テントの端っこで読書をしている沙結理の姿が目に映る。

 そういえば今日は朝も話す機会がなかったな。

 久しぶりというほどでもない再開を果たせた俺は、迷うことなくぼっち状態の沙結理の元へ向かう。


「お疲れ様。遅かったわね」


「ああ。なかなかに苦戦してしまってな。まあ退学は回避できるだろうけど」


「そう。ならよかったじゃない」


 そんな会話を交わしながら、俺は遠慮なく沙結理の隣に腰を下ろさせてもらう。

 ようやく座ることができたので、あまりの解放感に「はあぁ......」と間抜けな声が漏れてしまった。

 だが腰を下ろしてすぐ、隣の沙結理から鋭い視線が飛んできて――、


「ちょっと黒羽くん。アンタ体操服びしょびしょじゃない。何があったのよ」


「え? ああ、これか」


 急な沙結理の指摘。

 沙結理の視線の先にあるのはびしょ濡れの俺の着る体操着だ。

 まあそりゃ気になるよな。


「カッパは着てたんだけどな。ちょっと諸事情で木登りするはめになって、カッパ着てたら危ないかなーっと思って脱いだんだよ。そしたらこうなった」


 細かい経緯などは省いたが、今言った通りのことがこうなった事の経緯だな。

 それを聞いた沙結理は信じられないといった様子で目を丸くした。


「こんな大雨の中、木登りって......黒羽くんグループのみんなにいじめられてたの?」


「いやいじめられてないよ!? 木登りは自分からしたことだし、グループのみんなからはむしろ止められたよ」


「え、じゃあ何。自ら雨に打たれるために木登りを始めたわけなの?」


「いや、なわけねーだろ。俺をなんだと思ってんだ」


 なんかめちゃくちゃ酷い捉え方をされてしまい、思わず苦笑いしてしまう。

 すごく俺が活躍していた場面だったのに、それを自ら雨に打たれにいくイカれ野郎と勘違いされるなんて悲しすぎるのだが。

 沙結理は言ってる内容のわりに真面目な顔をしているので、意外にも天然な一面があるようだ。


「......ともかく、その体操服は脱いだ方がいいわ。着替えのジャージとか持ってる?」


「え? いや、ないけど......俺はこのままでも別にいいぞ」

 

「いいわけないでしょ。風邪引くわよ」


「俺は風邪なんて生まれて二三回しか引いたことないから心配は無用だ」


 まあ心配してくれるのは嬉しいが、俺の体は意外にも頑丈で、風邪なんてものは滅多に引かない。

 だから心配は必要なのだが、どうやら沙結理は気になって仕方ないらしい。

 それに、今ここに着替えが無い以上この濡れた体操着はどうしようもないんだよな。


「バカ言ってるんじゃないわよ......誰か、黒羽くんの友達に着替えを借りたりとかできないの?」


「おいおい。俺とお前は同じぼっち仲間だろ。そんなお前にそっくりな俺に、着替えを借りれるような友達がいると思うか?」


 口元をキランとさせた放ったクソダサ発言に、沙結理は呆れたように目を伏せる。

 まあ俺も自分で言ってて空しいなーって思ったけど。


「はぁ......本当に仕方ないんだから」

 

 溜め息を沙結理は一つつくと、隣にあるリュックサックから何かを探し始める。

 何を探してるんだと沙結理の後ろ姿を見ていると、沙結理は手に何かを持ってすぐにこちらに振り返った。


「はい」


「えーと......これは?」


「私のジャージよ。聞かなくても分かるでしょ」


 むすっとした様子で、片手で自分のジャージを突きつけてくる沙結理。

 沙結理が自分のジャージを俺に貸してくれるという部分にも驚きなのだが、それ以外にも驚くべき部分はあった。

 それをしている沙結理の頬に少し赤みが差しているのは気のせいだろうか。いや、気のせい以外ありえんか。だってあの沙結理さんだぞ? うん。

 とにかく、ここで長い時間をかけるとお互い気まずくなってしまうので、早く受け取ってしまわなくては。

 

 というわけで、ひょんなことから俺は『沙結理のジャージ』という超レアアイテムをゲットした。


「ありがとう......これ本当に俺が着ていいのか?」


「っ。不本意だけど仕方ないから貸してるのよ! 後ろ向いておくからさっさと着替えて」


「お、おう。分かった」


 確認のために聞いたのだが、何故か怒られてしまった。

 丁寧な対応をしたつもりだったんだけどなんでこうなるんだろう。

 女心って難しいな......。


 まあ俺の感想は置いておいて、沙結理が後ろを向いていてくれてるのでさっさと着替えてしまおう。

 別に俺は上の着替えくらい女子に見られていても気にしないんだけどな。


「うわ。すごい水分吸ってんな」


 体に張りつく体操着を脱いで持ってみれば、ずっしりとした感触が手に伝わる。

 脱いでみれば、よくこんなん俺着れてたなーと素直に自分を誉めたくなってしまった。


(さて、後は沙結理のジャージを着るだけだ)


 上半身裸の俺は、さっき受け取ったばかりの沙結理のジャージを手に取る。

 はて、女子の衣服を男の俺がシャツも挟まずに直に着てもいいのだろうか。

 考えれば考えるほど、なんかアウトな感じがしてくるな。

 ......まあいくら悩んでいても仕方ないか。


 覚悟を決めた俺は、沙結理のジャージを直に羽織っていく。

 うわー、なんだこの背徳感。ごめん沙結理。


(うお。めちゃくちゃ良い匂いする......て、俺は何喜んでんだ)


 ごめんと思いつつ、あまりの良い匂いに内心二ヤついてしまう。

 本当にごめん沙結理。俺の心が汚くて。

 

ここまで読んでくださった方々ありがとうございます。

これからも執筆活動を頑張っていきますので、応援してくださると嬉しいです。

今年も暑い夏ですが、熱中症には注意して乗りきっていきましょう。

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