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◆第29話◆ 『崩壊』


 ――忍の起こした熱中症により俺たちは大きな時間ロスをした。


 無事に応急措置を終えれたとはいえ予想外の一難が去っただけ。

 それじゃなくても全くスタンプを集められていない俺たちにとって、このロスは大きい。

 しかも忍はグループのリーダー的存在であったため、必然的にリーダーを抜いて遠足を再開しなくてはならなくなった、というわけだ。

 不運に不運が重なった形で俺たちはこの遠足という名のデスゲームに勝ちにいかねばならない。

 それがどれだけ困難なことか、もはや正攻法でこの遠足を乗りきるのは不可能だろう。


「――ならルールを破るまでだ」


「え? どうしたの優斗くん」


 急に喋り出した俺に、眠る忍を心配していた麗子が顔を上げる。

 俺は「ん」と麗子の方を向いて――、

 

「いや、スタンプは全然集まんないし、忍は熱中症で倒れるし、時間もないしだし、色々ヤバイなーって状況だろ? 今」

 

「そ、そうだね......あはは。忍のことで頭がいっぱいいっぱいだったから、遠足のことなんかすっかり忘れてたよー」


 麗子が覇気の無い笑みを浮かべながらそんなことを言う。

 生田も麗子の隣で力無い笑みを浮かべていた。


「......僕たち、多分退学ですよ」


「え......?」


 どこか諦めたような顔をしてそう呟いた生田。

 その言葉に麗子が息を飲む。


「そんなこと言わないでよ慎吾くん! まだ遠足は終わってないよ。だって、ほら、まだ1時間ちょっとある。確かに忍はもう無理そうだけど、私たちで協力し合えばきっと!」


「1時間ちょっとある? 1時間ちょっとしかないんですよ。しかもヒヤマ平原へ向かう時間も考慮すれば、もうスタンプを探せる時間なんて1時間もないはずです」


「っ。だからって、まだ諦めるには早いよ! だってまだ遠足は終わったわけじゃ――」


「終わったわけじゃない? 終わりですよ。――時間もない。ポイントもない。グループは1人欠ける。しかもその1人はこのグループで一番頼りになりそうな人だった」


「っ......」


「いや、頼りになったかどうかだとやっぱりなっていませんね。忍さんの作戦は見事に失敗して、しかもご本人はリタイア。なんですか、このグループ」


 性格が変わったかのようにマイナス発言を発する生田。

 俺もその変わりように思わず目を疑った。

 生田が1年3組でどういうポジションなのかを大体察せている俺にとって、この生田の豹変ぶりがよく分かる。

 生田は自嘲気味に笑みを浮かべ、麗子はそんな生田の言葉に深く傷つけられていた。


「そんなこと言うなんて酷いよ、慎吾くん......」


 麗子は視線を落とし、俺たちに顔を見られないよう隠した。

 生田の言っていることは俺も分からなくない。

 絶望的な状況に更なる不運が重なれば誰もがその不運さを呪うだろう。

 でも心の中で思ったことを、何でも口にしていいわけではない。


「はは。確かにキツイこと言ってる自覚はありますよ。でも、このグループのせいで僕は退学することになるんでしょうから、これくらいは言う権利が――」

 

 早口で言葉を捲し立てる生田。

 麗子は何も言わずにただ俯いている。

 明らかに不穏な空気になっていく様子なので、俺が生田を止めようとしたときだ。

 一人の人影が俺の前を通り過ぎた。


「調子乗るなよ。このヒョロ男が」


「なっ! 何するんですか!」


 俺が止めるよりも早く動いた山根が、生田の胸ぐらを掴み、生田を片手で持ち上げていた。

 山根の鋭い視線と、生田の怯えた視線が二人の間で交差する。


「俺は口は出すのに手は出さねぇ野郎が死ぬほど嫌いなんだよ。お前この遠足のとき、なんか俺らの役に立つようなことしたのかよ! あぁ!?」


「......っ。それを言うなら、あなたも何もしてないじゃないですか!? 意味不明な作戦で忍さんを困らせようとするし、グループには冷たい態度を取るし! あなたが僕に文句を言う資格なんかないはずです」


「あぁ、確かに俺は遠足の役に立つようなことは何もしてねぇな。でもな、俺はお前と違って文句1つ言わずに嫌々付いてきてやってんだよ! なのに、お前は何も出来ない能無しくせに、キャーキャー文句ばっかり垂れ流しやがって一体何様のつもりだ!? グループの輪を乱してんじゃねぇよ!」


「は、はぁ!? グループを輪を乱すなって、あなたがよくそんなこと言えましたね! あなたがこのグループで一番非協力的で乱暴なのに、頭のネジが外れてるんじゃないんですか!?」

 

 熱い口論が始まる二人。

 俺も、山根のまさかの行動に動揺するも、すぐに止めるべきだと判断した。


「山根! 今は喧嘩してる場合じゃないだろ! 今すぐ生田を降ろして――」


「うるせぇ、地味男!」

 

「っ」


 大声を出して山根を止めようと試みたものの、目を合わすことなくあっさり一蹴されてしまう。

 麗子も山根の危ない雰囲気を悟ったのか、顔を上げ、血相を変えていた。


「止めて山根くん! 慎吾くんだって、言いたくてそんな酷いことを言ってるはずじゃないよ! きっと話し合えば分かりあ――」


「黙れよ。話し合ってる暇なんてねーよ。バカが」


 麗子の言葉も届かず、山根の瞳に『ヤバい』色が差しはじめる。

 地に足がついていない状況で生田の額から汗が一筋伝った。


「......はっ。みんなあなたに怒ってますよ。グループの輪を乱すなって言った人が、今まさにグループの輪を乱してるじゃないですか。一体どういう気持ちなんですか、今」


「うるせぇよ、ヒョロ男。お前がこのグループで一番不要な存在だ」


「それでなんですか? 不要も何も、どうせ僕たちのグループの退学は決定したようなものですし――」


 瞬間、山根の瞳から色が抜けた。

 残酷で冷徹な視線が生田の瞳を穿つ。


「――しばらく寝てろ。ゴミ」


「――!? ちょ、まッ」


 一瞬、俺は山根が何をしたのか理解が追いつかなかった。

 山根は生田の胸ぐらを掴んだまま、近くにある木に生田を頭から叩きつけたのだ。

 明らかに軽傷ではすまない速度で木に叩きつけられた生田。

 ゴンッ、と嫌な音が響いた後に生田が力なく地面に倒れる。

 

「生田っ!」


「キャ――!?」


 麗子が顔を真っ青にして、意識を刈り取られた生田に対して叫び声を上げる。

 俺はすぐに生田の元に駆け寄り、状態を確認した。


「血は......大丈夫だけど、すごいたんこぶが......気も失ってんじゃん......!」


 そこまで深く傷を負ってる様子はないが、意識が飛ぶほどの衝撃を受けたのだ。

 目で見るだけでは安心できない。

 ぐったりと砂にまみれた顔で目を瞑る生田。

 その安らかな寝顔と、奥で同じく眠る忍の顔が生田のものと重なる。

 俺の心の中の警鐘が激しく鳴り響いた。


「ある程度加減はしたから大丈夫に決まってんだろ」


 俺が生田の心配をしている最中、空気の読み方を知らないのか、生田をダウンさせた張本人である山根は素っ気ない様子で喋り出す。

 俺は瞬時に山根に振り返り、どんな言葉を浴びせてやろうか一秒だけ考えた。


「お前、マジでバカじゃねーの!?!?」



***



「――はい。頭ぶつけて気を失ってます」


 宮野さんが学校に本日二回目のSOSを発信している最中、俺と山根と麗子は重い空気のまままとまる。

 近くの木には、忍と生田が隣り合わせに眠っていた。

 腕を組んで俺らに堂々とした態度を見せる山根は、今の状況を理解できているのだろうか。

 俺は溜め息を一つ大きく吐いてから重い口を開いた。


「......山根ぇ、お前なんで生田を......」


「あ? アイツがいようがいまいが状況変わんねーだろ。むしろキャーキャー騒がれて俺たちの邪魔されるだけだ。それならさっさとグループから抜けさせた方が話が早ぇだろ」


「いや、それじゃなくても大変な状況なんだから更に混乱するようなことしなくてもよかっただろ」

 

「はっ。地味男のくせに生意気言うんじゃねぇよ」


 俺は怒り半分、呆れ半分といった感じで山根を責めるも、山根は全く自分が悪いと思っていないらしい。

 隣の麗子も飄々とした態度の山根にワナワナと肩を震わせていた。


「......山根くんは、なんでそんなに乱暴なの?」


「あ?」


 麗子が蚊の鳴くような声でポツリと言葉を発した。

 

「忍を助けてくれたときはありがとうって思ったよ? でも、山根くんはグループのみんなに冷たいし、すごく機嫌の悪そうな顔してるし、慎吾くんを殴るし......なんでそんなに酷いことするの?」


「......」


 ゆっくりと、小さな声で、でも力強い声で麗子が山根に言葉を浴びせる。

 敵意の眼差しを向ける麗子の言葉に、山根は目を細めて黙って聞いていた。


「私、みんなと仲良くしたいのに......楽しみたいのに......こんなの、酷いよ」


「......」


「ダメだよ......こんなの......!」


 そう言うと麗子は顔を手で覆い、山根から視線を外した。

 鼻をすする声が聞こえ、顔を覆う手から涙がこぼれ落ちる。


「麗子......おいっ、山根、お前謝れよ」


「......俺は悪いことをしたつもりはねぇから、謝らねーよ」


「っ。お前もっと空気の読み方を勉強しやがれ。......強情言わずに、早く頭を下げ――」


 山根を説得しようと俺が試みる最中、近くでザッと地を蹴る音がした。

 音がした方を向けば、さっきまでいた麗子の姿が見当たらない。

 視線をあちこちに動かせば、小走りにどこかへと走っていく麗子の姿が見つかる。

 

「麗子! どこ行くんだよ! 戻ってこい!」


 俺が大声でそう呼び止めるも、麗子は振り向かない。

 あたふたしている内に、みるみると麗子の姿は遠ざかっていく。


「っ。クソっ。おい山根! 追いかけるぞ!」


 時間は惜しいが、このまま麗子を放っておくわけにはいかない。

 苦渋の決断を俺はくだし、戦犯山根の腕を強引に掴む。


「触んな地味男。アイツ連れ戻したところでなんになんだよ。俺らは遠足を再開するぞ」


「お前人の心ある? バカ言ってないで、早く追うぞ!」


「追わねーよ、バカが。追ったらタイムオーバーして全ておじゃんだ。そんな笑えねぇこと誰がするか」


 本当に人間かどうかを疑ってしまうような山根の態度に、俺は一発ぶん殴ってやろうかと考える。

 しかしそんなことをしたらまたグループの空気が悪くなるだけ。

 そんな絶望的な状況に俺は頭が爆発しそうになった。


「――おいそこのお前」


「え? 私ですか?」


 俺が山根の対応にウンウンと頭を悩ませているところ、当の山根はいつの間にかに俺から視線を外して宮野さんに向けていた。

 宮野さんもまさか山根に話しかけられるとは思っていなかったのか、目を丸くしている。


「お前はあの逃げていった女を探してこい。見つけたらどっかの木陰にでも休ませておけ」


「......まあ、いいですけど、二人だけでどうするつもりです?」


 宮野さんは抑揚のない声で静かに山根に問いかけた。

 すると、山根の瞳に挑戦的な光が宿る。

 まるでこの最悪な状況を楽しんでいるかのように、薄く笑みを浮かべて――、



「俺と地味男でこの遠足を勝ちにいく。――10万円取りに行くぞ」

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