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◆第28話◆ 『緊急事態』



「山根、ちょっと」


「......なんだよ」


 休憩中に話しかけてくんなオーラを振り撒いているが、俺はお構い無しに話しかける。

 俺は山根の隣に腰掛け、スマホを取り出した。


「連絡先の交換をしよう。ちょっと、お前に送りたいものがあってな」


「何言ってんだお前。断る」


「断るなら木島さんの連絡先は教えない」


 そう言うと山根は眉間にシワを寄せて、不機嫌そうな顔をする。

 卑怯な手を使ってすまんな山根。


「ガチキモいな、お前。交換したいなら勝手にしやがれ」


 やけくそ気味に自身のスマホを投げる山根。

 俺は短く礼を言って、山根と連絡先を交換した。

 そして木島さんから送られたスタンプの位置がメモされた画像を山根にも送る。


「ありがとな。とりあえず俺の送った画像を見てくれ」


「......」


 山根はむすっとした様子で返されたスマホを確認する。

 そしてすぐに、山根の表情は劇的に変化した。


「お前地味男......これマジのやつか?」


「真実かどうかは分からないけど、これはさっき木島さんから送られたものだ。あの性格だから、それなりの信憑性はあると思う」


「......」


 しばらく画面と睨み合いを続ける山根。

 山根の額から一筋の汗が流れる。


「......だとしたら、俺ら最悪の位置にいるじゃねーかよ」


「だよな......そこが問題だ」


 幸運と捉えるか不運と捉えるか、俺がそう思った理由は俺たちグループの現在地にある。

 俺たちは今この遠足のマップの中心地に位置していて、付近にスタンプがあることが1つもメモされていない。 

 どうりでなかなかスタンプが見つからないわけだ。

 それに画像を見た感じ、スタンプは建物の屋内や路地裏、川、マップの端など案外いやらしい位置に多く設置されているこのが分かる。


「ちっ。1位取るのムズいな......」


「え? お前まだ1位狙ってんの?」


「は? 当たり前だろ」


 いやいや、今俺らのグループは最下位になることを危惧しているというのに、1人まだ最優秀賞狙ってるのだが。

 まさかの強気すぎる発言に俺は苦笑いを浮かべる。


「いやいや、さすがに1位はキツいだろ。今の俺らの状況が分かってそれ言ってんの? お前」


 そう言うと山根は怪訝そうな顔をする。


「あ? 舐めんなよ地味男。さっきお前俺の話を聞いたよな」


「いや......そうだけど」

 

「ならお前も俺の作戦に全面的に協力しろ。それが筋だろ。10万円取りにいくぞ」


 いや筋じゃねーよ。話を聞いただけで協力とか理不尽すぎるわ。

 というか山根の作戦に俺が協力したとして、生き残る未来は見えても1位を取る未来が見えないだろ。

 

「はぁ......ともかく、とりあえずみんなにこの画像を――」


「ちょ、忍!?」


 画像を共有しようと言おうとした時だ。

 隣の方から突然、麗子の驚きに満ちた声が響く。


「っ。どうした」


 俺はすぐに山根の隣から離れて、麗子の元へと向かった。

 まず俺の視界には青い顔をして慌てる麗子が見えて――、


「ゆ、優斗くん。忍がっ!」


 麗子の隣には赤い顔をして倒れる忍の姿があった。

 目が閉じていて身動き1つしない。

 忍に何か緊急事態が起きたことは一目見て察せられた。


「忍! 大丈夫か!?」


 咄嗟に声をかけるも返事がない。

 意識を失っているのだろうか。

 俺は忍の隣に膝立ちし、その額に触れる。

 

「......ヤバイな。マジかよ」


 忍の額は燃えるように熱かった。

 忍は肌の色は結構薄めの方だが、今は茹でダコのように真っ赤に染まっている。

 それは、誰が見ても今の忍が危険な状態にあることが察せられた。


「忍と話してたら急に忍が倒れて......本当に、いきなり倒れちゃったの! なんか変な病気にかかったりしたのかな。どうすればいいの!?」


「とりあえず落ち着いて麗子。多分忍は熱中症だ」


「ね、熱中症......」


 パニクる麗子を俺は出来る限り冷静な声を出して落ち着かせる。

 この症状、そしてこの暑さ。

 熱中症になる条件はすべて整っている。

 おそらく忍は熱中症になったことで倒れたのだろうと予想されるが、何故こうもタイミングが悪いのか。


「あのー、それ学校に連絡した方がいいんじゃないですか? もし良かったら自分が連絡しますよ」


「宮野さんっ。そうだね、お願いしてもいいかな!」


「はい。じゃあ、やっときます」


 宮野さんの判断により学校に連絡を行うことになる。

 意識を失っている以上、とても危険な状態と言えるので、ここで学校に助けを呼ぶのは正しい判断だろう。

 宮野さんが学校に連絡をしている間、俺たちはできることをしなくちゃならない。


「優斗くん、慎吾くん、熱中症ってどうしてあげたら楽になるの?」


 麗子が危機迫った顔で俺たち2人に聞いてくる。

 頼りなくて申し訳ないが俺も生田も熱中症の応急措置なんて知らなかった。

 

「と、とりあえずもっと日陰なところに移動します......か?」


「いや、ここも日陰だし大して変わらないだろ。......強引に水分を取らすのが正解、なのか......?」


 俺と生田で解決策を練ろうとするが、無知である以上、考えはなかなかまとまらない。

 あーだこーだ言っている内に、忍の体が危険な状態になっていくことは確かだ。

 麗子が顔を俯かせて忍の体制をずらし、少しでも楽な体制を取らせようと努力している。


 そんな1秒をも争う緊急事態。

 誰もが突然の事態に混乱している中、慌ててない人間が宮野を除き1人いた。

 

「――あー、本当良い迷惑だよな、こいつ」


 明らかな不機嫌オーラをぷんぷんさせながらこちらに近づくのは山根。

 山根は頭をボリボリと掻きながら忍に視線を向ける。

 

「どけお前ら。そのままにしとくとこいつ死ぬぞ」


 ぶっきらぼうにそう言い放つ山根。

 忍の隣まで近づいた山根に、不信感を募らせた麗子が山根を強く睨んだ。


「ちょっと山根くん! 君、忍に変なことする気じゃないよね! 勝手なことするのはやめ――」


「なんも役に立たない奴が口を挟むんじゃねーよ」


 麗子の語気を強めた言葉を、山根は麗子に一瞥もすることなく切り捨てた。

 あっさりと言い返された麗子は目を丸くして山根を見る。

 麗子は何か反論したそうだったが、ぐっと出かけた言葉を我慢している様子だ。


「......山根、何してるんだ?」


 一方山根は忍の制服に手を伸ばし、ボタンを外し出している。

 忍の服を脱がすつもりなのか......?

 その行動の意味が分からず、俺は首を傾げた。


「見て分かるだろ。服を脱がしてんだよ。......熱中症のときは、こうすれば体から熱が逃げやすくなって、気持ち楽になるはずだ」


「へぇ......そうなのか」


 俺は素直に山根に感心した。

 この判断力、手際の良さから、山根が適当なことを言っているわけではないことは確か。

 山根の熱中症の応急措置の知識に助けられた俺は、少しだけ心の中の不安が取り除かれた気がした。

 それにしても......まさか山根がこんなところで役に立つことになるとはな。


「おい地味男。お前も見てないで手伝え」


「分かった。俺は何すればいい?」


 そう聞くと山根は少しだけ考えるようなポーズを見せる。


「――冷えた水はあるか?」


「俺のでよければ......まだ水筒に残ってるぞ?」


「ならそれをこいつの首にかけて、後少し飲ませてやれ」


「首......? まあ、お前がそう言うなら分かった」


 俺は言われるがままに行動し、大東の手助けをする。

 案外真面目に応急措置をする山根に調子が狂いそうになるも、俺は至って冷静に行動できたと思う。


「ところでなんで首を冷やすんだ?」


「首には太い血管がとお......いいから黙って仕事しやがれ」


「......教えてくれたっていいだろ」



***


 ちょっとした軽口を挟みながら、俺たちは問題なく応急措置をこなした。

 大東曰く、あとは学校側が来るのを待てばいいらしい。

 若干肌から赤みが抜けた忍がぐったりと木を背もたれに眠っている。


「あの、山根くん」


 応急措置が一段落したところで、俺たちの応急措置をずっと見ていた麗子が声をあげた。

 山根が気だるそうな目で麗子の方を見る。


「さっきは、あの、本当にごめん。私山根くんの言う通り何もできないのに、酷いこと言おうとしちゃって......」


「――」


「っ。本当にごめん! それと、忍を助けてあげてくれてありがとう」


 麗子はそう言い切り、山根に深く頭を下げた。

 山根は「あー」とボリボリ頭を掻きながら――、


「別に俺は大したことしてねぇよ。ただ服脱がしてやっただけだ」


 おいおい大東、お前俺の死ぬまでに一度は言いたいセリフトップ5を言ってんじゃねーよ。

 と、内心でそんなことを思いながら、俺は微笑を浮かべて山根と麗子の微笑ましい会話を見させてらった。


 ――さて、グループのリーダーが倒れて、時間も大きくロスした。更なる暗雲が立ち込めてきたな。

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