◆第2話◆ 『家族会議』
―――『国立X育成高等学校』への合格通知。
その無機質な短い文章に俺の思考は硬直する。
手紙の意味を深く理解できないまま、俺は隣にいる母さんへ視線を移した。
「母さん、これってどういう......」
「―――」
「か、母さん? どうした?」
何故か母さんが俺の方を向いてくれない。
母さんの視線は俺の持つ手紙に釘つけになっており、体がぷるぷると小刻みに震えている。
「―――優斗。落ち着いて、聞きなさい」
「え? あ、おう」
一度深呼吸した母さんが、どこか冷めた声で俺にそう声を掛ける。
どこかその様子は緊迫しているようで、何やら緊張感を覚えた。
俺は生つばを飲み込む。
「あなたの合格した高校は、おそらく合格が取り消されたわ」
「......は、はあ? いや、なんの冗談だよ母さん。嘘でもそういうこと言う人じゃないだろ」
「冗談なんかじゃない。―――あなたはこの『国立X育成高等学校』......X高校に入学が決定したのよ」
「いや、何を言って―――」
さっきから母さんは何を言っているのか半分も意味が分からない。
合格の取り消し? X高校? 入学? いったい何の話だ。
「X高校の押印......間違い、ないわ」
ポツリと母さんは言葉を溢す。
俺は困惑して母さんにどういうことか詳しく聞こうとするも、母さんはいきなりガクッとバランスを崩し、床に倒れ掛けたのだ。
「ちょ、母さん!」
俺はとっさに母さんを支える。
そのまま母さんの顔を覗きこむと、そこには青白い顔をした母さんの顔があった。
「どうして......こんなことに......」
「母さん落ち着いて! ......って、泣いてる.....?」
「優斗......なんで、目を付けられちゃったの......」
机に両手をつき、啜り泣く母さんの声が部屋に響く。
なにがどういうことなのか。俺には理解ができない。
ただ、今俺が最優先すべきことは母さんを落ち着かせることだと俺は判断した。
「ともかく母さん、椅子か何かに座って。とりあえず父さんに電話して早く帰ってくるよう言ってくる」
そうして、俺は父さんに早く家に帰ってくるよう電話で伝えた。
何も理解ができてないまま、父さんに電話をかけた。
***
「―――そうか、X高か」
父さんが帰ってきたあと、リビングの机にて家族会議が始まった。
父さんも母さんと俺が見た手紙と同じものを見たが、やはり表情は芳しくない。
「あんた......どうにか入学を取り消す方法はないの」
「―――取り消せたとしても、もう優斗の受かった高校の合格は取り消されているだろう。就職というわけにもいかんし、高校浪人はさすがに認められん。......無理だ」
「そんな......」
いつもより数トーン低い声を出す父さん。
母さんはまだ涙を流し、目元が赤くなっている。
俺はこの状況が我慢ならず、父さんへと視線を向けた。
「父さん! さっきからなんの話してんだよ。X高校だの合格取り消しだの、意味分かんないんだけど!」
俺は父さんに今思っていることをそのままぶちまけた。
すると父さんは俺の方を向き、一呼吸置いてから話始める。
「優斗。単刀直入に言おう。お前の合格した高校は行くことができない。違う高校への入学が決定したんだ」
「―――は?」
ようやく聞かされた真実。
それを言った父さんの目には冗談の色など、微塵も混ざっていない。
まさに真剣そのものだった。
「ち、違う高校っていうのは......さっき言ってたX高校とかいう......?」
「そうだ。世界中の高校で最大の規模を持つ、世界的に有名な学校だ。そして、その高校がお前の合格を取り消したんだ」
「はあ!? そんな理不尽なことがあっていいわが―――」
「そう、理不尽な学校なのよ」
俺の叫びが、不意に聞こえた母さんの声に遮られる。
震えるような声で母さんは俺に語りかけた。
その様子を見た父さんが、一度目を瞑って俺の方を今一度見る。
「母さんと父さんは、X高校の出身なんだ」
「は、はあ......?」
「そこで母さんと父さんは共に地獄を見たんだよ。学級崩壊なんてレベルじゃない。無法地帯と言っても過言でもないくらいにX高校は荒れはててたんだ」
重々しく父さんが喋り出す。
「未成年で酒を飲むもの、度が過ぎたイジメ、犯罪、ありとあらゆることがあの高校では日常茶飯事に行われている。しかも先生はそれらに全く見向きもせず、注意すらもしないんだ」
「な、なんだよそれ。犯罪なんか警察が許すわけないじゃねーか」
「あの学校には日本の法律が適用されていないんだよ。......いや、そうじゃない。あそこはもう日本じゃない」
「日本じゃ......ない?」
日本じゃないとはどういうことなのか。
そのX高校とやらは日本ではなく外国にあるということなのだろうか。
でも、いくなんでも今の父さんの話は少し盛って話されている気がする。
だってそんな酷い学校、いくらなんでもありえるわけがないじゃないか。
「―――優斗、今日は何日だ」
「3月29日だけど......」
「そうか、じゃあ後今日合わせて3日で俺たちとお別れだ」
『お別れ』。その言葉に俺は唖然とする。
さっきからの話も、まだ半分も理解できていない。
でも半分はいやいやながらも理解できていた。
しかし、この単語だけはどう考えても理解が及ばない。
ただ感情のままに叫んだ。
「お、お別れってどういうことだよ!? 言ってることの意味が分からない!」
唾が飛びそうな勢いで父さんに問いかける。
父さんは難しそうな顔をして口を開いた。
「―――X高校の入学式は毎年4月1日。そこからは寮生活が強制される」
「寮、生活?」
聞き慣れない単語が父さんの口から放たれ、その言葉の意味を俺はゆっくり理解していく。
寮生活。それが表すことすなわち、家族と離れることを意味するのだ。
「じょ、冗談じゃねーよ。そんなの嫌に決まってる。絶対寮生活とかやらない、ぞ」
震える声で、俺は辿々しく父さんの言葉を否定した。
でも、いつまで経っても父さんの表情から芳しさが拭われない。
まるでどこか諦めているような顔をして、目の前にあるX高校の手紙を見つめているのだ。
「いくらあの高校に歯向かったところで無意味だ。......それは、あの高校の出身だった母さんと俺が身に染みるほど分からされたことだ。本当に、忌々しい」
父さんがダンと強く机を叩く。
父さんの今の表情は、悔しさ、怒り、悲しみとありとあらゆる感情が入り交じっているように感じた。
俺も、父さんもまだ感情の整理ができていない。
その事を理解した俺は一度深呼吸をした。
「――」
そして考える。今、父さんと母さんから教わったことを。
まず俺は、X高校とやらに行くはずの高校の合格を取り消された。
そしてその高校はありえないくらいに環境が悪く無法地帯。
極めつきは、家族と離れることとなる寮生活。
「......なんだよ。なんだよ、それ」
やはり、どう考えても理解が及ばない。
急な知らせすぎて今にも頭がパンクしそうなのに、どんどん新たに理解しがたい情報が入ってくる。
これ以上何も聞きたくない、そう俺の脳が拒絶反応を示していた。
「アンタ、本当にどうしようもないの。優斗が一生懸命頑張って勝ち取った合格なのよ。このままX高校に行かせるなんて、そんな......そんなの酷すぎるわ」
「......俺が知る限りでは、やはりどうしようもない」
「っ。もう、あの高校とは関わることはないと、思っていたのに」
俺を差し置いて、父さんと母さんが深刻そうな表情で重々しい会話をする。
まさに雰囲気は最悪といっても過言ではなかった。
「......っ」
そんな様子を見て俺は思う。父さんと母さんを悲しませたくない、そんな単純なことを。
「――父さん。とりあえず、そのX高校の詳しい話を聞かせて」
「ゆう、と?」
まっすぐに父さんの目を見て言った。
動揺した様子をみせない俺に驚いているのだろう。
本当は今にもこの虚勢は崩れてしまいそうだけど、両親を不安にさせないために精一杯ハリボテを演じる。
「俺は父さんや母さんに心配かけたくない。だから、そのX高校の詳しい話を聞きたいんだ」
その言い方はまるで、自分が『国立X育成高等学校』に入学することを認めたかのようなものであり、あまりにも残酷なことを言い切ってしまったのだと俺は察した。