◆第27話◆ 『道を切り開く術』
時間というものは、いつだって同じ間隔で刻まれていく。
もう少し時の流れがゆっくりになればと願っても......無慈悲なことに、それは絶対にありえないことだ。
そして俺たちは今、無慈悲に流れていく時間に焦りを感じ、グループとしてのまとまりが崩れようとしている。
何故焦るのか、その答えは明白だ。
「......ねぇ、忍。スタンプが全然見つからないよ。これちょっとマズイんじゃないの?」
「分かっている......もう1時間が経過したのか」
不安そうな表情で麗子が忍の顔を伺う。
対する忍の表情も芳しくない。
そう、俺たちのグループは1時間も経過したのにも関わらず、未だに見つけたスタンプはハート型を1個のみだ。
つまり現在の俺たちの所持ポイントは30のみ。
俺たちに残された時間は後約2時間。
このままのペースでは本当にポイント最下位が視野に入り出してしまう。
「......どうすりゃいいんだよ」
俺はまた誰にも聞こえないような声でぼそりと弱音を呟いた。
単独でのスタンプ集めならいくらでも策を練れるが、この遠足のルールでグループとの別行動は禁じられている。
常にグループでの行動という縛りは、大きく俺たちの行動の制限を縛っていた。
「......む。アレは他グループか」
ふと忍がそんなことを呟く。
俺は忍の視線の先を追うと、そこにはこちら側に歩いてくる別グループの姿があった。
「あ」
その別グループの中に、俺は知人がいることを確認した。
スマホを弄りながら隣の人と笑う金髪女子、木島さんだ。
俺は木島さんに視線を送るもなかなか気づいてもらえない。
その横で忍はこの別グループに声をかけているところだった。
「お前か......すまない、ちょっと話を聞かせてくれ」
「あぁ、忍かよ。偶然だな、どうしたんだよ」
忍は別グループのおそらく同じクラスであろう人に話しかける。
相手側のグループは嫌そうな顔をすることなく足を止めてくれた。
「今のお前たちのグループのポイントを教えてくれ。何ポイント手に入れた?」
単刀直入な忍の質問。
忍にそう聞かれた同級生は「あーっ」と少し考え込むような姿勢を見せ――、
「ざっと210ポイントだな。出だしは好調好調って感じ。忍のとこはどうなんだ?」
「......210。そうか、なるほど」
相手側の所持ポイントが明かされたとき、明らかに俺たちのグループの空気が凍てついた。
遠足が始まって1時間、俺たちのグループとこのグループでのポイントは7倍差。
あまりにも信じがたいポイント差に俺は心が締め付けられるような錯覚を覚える。
簡単に言えば恐怖という感情といえるだろう。
「情報提供感謝する。俺たちは先を急ぐので話はヒヤマ平原に着いてからにしよう」
「え? お、おう......大丈夫か? お前?」
「何がだ?」
「......いや、なんでもねぇよ。お互い頑張ろーな」
「ああ。もちろんだ」
短い会話を交わした2人。
相手のグループは俺たちの後ろの方へと歩き出し、その姿は見えなくなった。
「あの、忍さん。さすがにこれはピンチですよ。本当に最下位なって退学になりますって!」
そう言うのは、今日遠足が始まって初めて発言をした生田だ。
切羽詰まったような表情に訴えかけられる忍は一瞬言葉を詰まらした。
正直言って、今の生田の発言は語気は違えども俺も言おうと思っていたものだ。
「......分かっている。だけど焦るのは良くない。まだ2時間も制限時間はあるのだから、焦らずに少しずつペースを上げていこう」
「それ、さっきも言ってましたよね!? 僕たちのグループはさっきのあのグループと7倍ものポイント差がついていたんですよ? 焦らずにペースを上げるって、そんな悠長なこと言ってる場合じゃありません!」
「それはそうだが......」
忍に強く当たる生田。
生田の気持ちも分からないことはないが、忍を追い詰めたところで状況は悪化するのみ。
「普通7倍もポイント差がつくなんてありえない......何か、スタンプ置き場の法則とかがあるのかもしれません! ともかく今のままじゃ――」
「はいはい落ち着いて慎吾くん。焦ったって状況は好転しないよ」
「西城、さん」
険悪な雰囲気のなかに割って入ったのは麗子。
爽やかなスマイルで慎吾を黙らせて、忍の方へと体を向ける。
その顔からはもうスマイルは消えていた。
「忍。私もこんなこと言いたくないんだけど......やっぱりこのままじゃマズイかもって思う。だってもう1時間も経っちゃってるのに私たちまだ30ポイントって......」
「分かっている......分かっている。とりあえず、もう30分程歩こう。さっきの別グループの来た道を辿ればおそらくスタンプがあるはずだ」
「う、うん。そうだね」
半信半疑といった様子でグループは忍の発言に頷く。
俺はちらりと後ろを見た。
山根が水筒の水を豪快に飲み干している姿が目に映る。
水筒から口を離したタイミングで俺は声をかけた。
「なあ山根」
「さっき話しかけんなっつっただろ、地味男。死ね」
「......お前この状況でもキャラがぶれないのは本当すげぇな」
って、そんなどうでもいいことを俺は感心している場合か。
「なんか良い案ないか、山根。それぞれが別行動をするとかいう案以外でな。このまま忍に任せるのは危険な気がするぞ」
俺は純粋に山根を頼ってみた。
山根も、まさか俺から何かを頼まれるなんて思っていなかったのか、どこか不機嫌そうな顔をする。
「俺の考えなんかが採用されるわけねぇだろ。少しは頭回せ地味男が。あぁ、ガチこのグループつまんねぇ」
「......言い方からして、一応案は浮かんでるってことか?」
そう返すと山根は自嘲気味に肩をすくめる。
「さぁな。いくら案があったところでこのグループの大将は正攻法でしかスタンプを集める気がないみたいだしな」
「一応聞かせろよ。山根の案」
「あ? 何様のつもりだ地味男。殺すぞ」
否定しない様子からして、何か山根に案が浮かんでいるのは確か。
ダメ元で聞いてみれば、返ってくるのは予想通りの反応。
眉間にシワを寄せて明らかな不機嫌アピールを俺に見せつけてくる。
これは必殺技を使うしかないようだ。
「教えてくれたらこれだ」
「あ?」
俺はリュックからスマホを取りだし、とある画面を山根に見せつけた。
「木島さんの連絡先をお前に教えてやる。これならいいだろ」
そう言うと、山根はごくりと唾を飲み込んでいた。
それを見て一言。こいつチョロい。
***
「――ってすれば良いんだよ。地味男、お前テープくらい持ってるだろ」
「はは。なるほど、やっぱりぶっとんだ作戦だな。バレたら退学になるじゃねーか」
俺は見事な交渉術で山根からこの状況の打開策を聞き出し、苦笑いを浮かべていた。
1時間前の俺なら、深く考えることなくこの案を切り捨てただろう。
でも今の俺は、今の山根の案に十分に価値を感じていた。
「絶対に木島さんの連絡先教えやがれよ地味男......てかなんでお前なんかが木島さんの連絡先を......」
「無事にヒヤマ平原に着いたら教えてやるから安心しろ」
木島さんには申し訳ないが、これは仕方ないか。
俺は心の中で木島さんに謝り、山根から視線を外した。
忍の様子をチラリと見ると、かなり汗を流しているのが見てとれる。
だいぶ心身共に疲弊しているのだろう。
「ねぇ、忍。ちょっとだけ休憩しよ。私ちょっと疲れた」
「あ、ああ。そうだな」
麗子が膝に手を当ててはあはあと息を吐く。
忍も焦りで周りが見えていなかったのだろう。
ぎこちない返事をした忍の一声で、俺たちは近くの木陰へと移動した。
「......ふぅ」
久々の休憩タイムが取られるも、会話は全くといっていいほど流れない。
それもそうだろう。
忍がもう30程歩こうと言い出してから約10分が経った今。
やはりスタンプは見つからないのだ。
「本当に、山根の案を採用しないといけないかもな」
俺は水筒の水を飲んで、ポツリと独り言を溢す。
いよいよ課せられたタイムリミットは半分を切ろうとする。
だがヒヤマ平原への到着はある程度余裕を持って到着する予定なので、実際にスタンプを探せる時間はもう半分を切っているかもしれない。
見えない恐怖がだんだんと俺たちのグループを追いつめている。
「――ん?」
1人でウンウンと悩んでいる時だ。
――ピロン。
俺のリュックの中から軽快な音が聞こえた。
音からしてスマホの通知音だろう。
俺はスマホを取り出す。
起動してすぐにホーム画面に表示されるのは木島さんのアイコン。
「......木島さんから?」
俺は表示されたものをタップする。
すると木島さんとのチャット画面に移動した。
なにやら、木島さんから画像1枚と短いコメントを添えられて俺宛に送られている。
「......は?」
俺は木島さんから送られてきた画像をよく見て、思わず目を見張った。
何せそれは、今この膠着した状況を打開するにはあまりにも効果的なもので――、
「はは。幸運と捉えるのか、不運と捉えるのか.....ともかく、ありがとう木島さん」
ありとあらゆるスタンプ置き場の位置がメモされた画像。
そんなチートアイテムを木島さんは俺に送ってきていたのだ。
――そしてこの画像が真実であるのならば、山根の案が採用される以外、俺たちに勝ち筋はない。




