◇りふせか短話◇ 『手作り料理を召し上がれ』
『今から俺の部屋に来れないか?』
とある5月の休日の昼の日。
事の始まりは、黒羽くんからのそんなメッセージからだった。
私はスマホに表示されるメッセージを見て思わず二度見する。
黒羽くんが私を自分の部屋に誘っている......?
(な、なんて返せばいいの、これ)
昔から人間関係の構築があまり得意ではなかった私は、こういう場合の対処法をしらない。
ましてや相手はクラスの男子だ。
異性から自分の部屋に招待されるとは、少し怖い気がする。
(というかなんで私を誘ってるのよ)
まずはそこだ。
黒羽くんが理由もなしに私にメッセージを寄越すわけがない。
私は『なにか用?』と短くメッセージを送り返した。
するとすぐに黒羽くんから返信が返ってきた。
『いや、ちょっと問題事があってな』
私は送られてきたメッセージを見て首を傾げる。
問題事とはどういうことなのか。
私は『どうしたの』と送る。
『実は――』
しばらくメッセージでのやり取りをしたあと、私は私服に着替えた。
ちょっとした期待と気恥ずかしさを抱きながら外へ出る。
それはもちろん、黒羽くんの部屋にお邪魔するためだ。
***
部屋の扉がガチャリと開いて中から私服の黒羽くんが顔を見せる。
お互い、私服姿で会うのは初めて。
どこか居心地の悪いものを感じながらも、私たちは向かい合った。
「いきなり呼び出して悪いな、沙結理」
「別に暇してたから大丈夫よ」
あれ、今ちょっと私の声震えてなかった? 私大丈夫?
なんかよく分からないけど緊張してる自分がいる。
そのことに驚きで、私は少しだけフリーズしてしまった。
私は黒羽くんに緊張してることを悟られないようにするため、すぐに話題を持ちかける。
「それで黒羽くん。今困ってるんでしょ?」
「ああ。ちょっとしたピンチだな」
私がそう聞くと黒羽くんは苦笑する。
「まあとりあえず中に入ってくれ。それなりに掃除はしてるから汚くはないと思う」
話は中でしよう、といった雰囲気で黒羽くんは私に入室を促す。
なるべく私は自然体を装って黒羽くんの部屋の中でお邪魔した。
「お、お邪魔します」
「――? そんなにかしこまらなくてもいいぞ? というかなんか声震えてる?」
「......何言ってるの。そんなわけないでしょ」
「ならいいけど」
全然自然体を装えてなかった私。
黒羽くんに図星を突かれて焦ってしまったけど、まあセーフ。
私は手際よく靴を玄関に脱いで、すたこらと遠慮なく黒羽くんの部屋に入る。
意味のない行動かもしれないが、黒羽くんの近くにいるとボロを出しそうでちょっと怖かったからだ。
「――」
私は黒羽くんの部屋を見回す。
部屋の作りは当たり前だが私の部屋と同じ。
全体的に小綺麗な部屋だ。
そこまで私の部屋と大差はない。
それを確認した私は黒羽くんに体を向き直る。
「それで黒羽くん。例のモノは?」
「ああ。それがだな」
黒羽くんがキッチンの方へ向かうので私はその後ろを付いていく。
黒羽くんは台所の前で停止し、私の方へと振り返った。
「これだ」
黒羽くんが私に見せたものはカゴに入ったジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、お肉......などなどの野菜たち。
私はそれをじーっと見て、考える。
どうやら必要な物はちゃんと揃っているようね。
「......できるか? 沙結理」
黒羽くんがおずおずとした様子で私に聞いてくる。
勿論、答えはイエスだ。
これをするために私は黒羽くんの部屋に来たのであり、ノーと答えるわけがない。
「材料は揃ってるみたいだし......うん。いけるわ」
「マジで!? 本当助かる! 頼んだぞ沙結理!」
「任せて。私の得意分野なんだから」
珍しく私は「ふふん」と気持ちを弾ませている。
だって自分の得意なことを相手に披露するのってとても楽しみだし。
私は気合いを入れて、台所と向き合った。
――今から私は、黒羽くんのためにカレーライスを作ってあげるのだ。
***
黒羽くんがメッセージで私に送ってきた内容はこう。
『しばらく学食が使えなくなるらしいからカレーライスの材料を貰ったんだけど、どう作ればいいか分からなくて困ってるんだ』
実は今日から1週間、諸事情で1年生エリアの食堂の運営が一時的にストップされることになっていた。
学食はX高校の生徒にとって、無料であることからもとても重宝されているもの。
だからそれが使えなくなることは、あまりにも致命的だ。
しかし食堂の運営陣もそれを考慮してか、食堂前に1人が貰える個数制限はあるが、たくさんの種類の野菜や肉が無料で貰えるエリアが設けられていた。
張り紙に『自由にお使いください』と書いてあったので、しばらくは自分で自炊しろということだろう。
もちろん私も自炊用の食材をたくさん貰っておいた。
もともと私は料理は得意な方であり、急な学食の停止にもあまり驚きはしなかった。
でもまさか、黒羽くんに料理をしてと頼まれることになるなんて......。
さすがにそれは驚いてしまったけど、無理なお願いではないので無下に断るわけにもいかない。
「でもまぁ、丁度良い機会ね」
とはいえ、黒羽くんには以前借りを作ってしまっている。
カレーを作るくらいで以前の借りの見返りになるとは思わないが、まずは第一歩だ。
ということで私は持ってきていた荷物を床に置き、鞄の中から中身を漁る。
鞄から私は料理用のあるものを取りだし、目の前に広げた。
「エプロンか。気合い入ってるな」
「別にそれほどよ。作るのはカレーなんだし、服が汚れたら困るでしょ?」
「あー、それは確かに」
そういうと黒羽くんは納得したような声を漏らす。
まあ、気合いが入っているということについては否定できないけど。
私はそんな会話をしながら、手際よくエプロンを身につけていく。
シンプルなピンク色のエプロンで私のお気に入りの物だ。
しかし、最近はなかなかエプロンを装着する機会がなく、なんやかんやエプロンを着るのは3年ぶりくらいかもしれない。
「ん......」
エプロンは着れたのだが、後ろのエプロンの紐の蝶結びがなかなか上手くいかない。
昔は一発で結ぶことができたのにな......。
自分のエプロン装着の腕が落ちていることに、私は少しだけため息を付いた。
「手伝おうか?」
「え?」
「いや、紐を結ぶの苦戦してるみたいだからさ。沙結理が嫌じゃないなら俺が結ぶよ?」
突然の黒羽くんの申し出に私は目をぱちぱちさせる。
それから少し頭を悩ませたあと、私はしぶしぶ黒羽くんに顔を向けた。
「じゃあ......結んで」
「ああ、任せろ」
私は黒羽くんに背を向け、エプロンの紐を結んでもらう。
黒羽くんと私の身長差は黒羽くんの方が私より頭1つ分くらい高い。
そのため、黒羽くんは少し屈んだ体制で私のエプロンの紐を結んでいた。
......うぅ、なんとなく恥ずかしい気がする。
「できたぞ」
「ありがとう黒羽くん」
数秒で蝶結びを終わらせた黒羽くん。
私は手短に礼を言って、そして台所に視線を向けた。
「じゃあ早速作っていくわ」
そう言い、私はエプロン姿で台所の目の前に立つ。
そして置かれているカゴの中からジャガイモやニンジン、玉ねぎ、肉......など、カレーライスを作るにあたって必要となる材料を取り出していった。
「なんか俺に手伝えることはあるか? 沙結理?」
「黒羽くんは見てるだけでいいわ。私に任せといて」
「それは心強い。じゃあ遠慮なく見させてもらおうかな」
野菜を切ることくらい黒羽くんに手伝ってもらってもよかったかもしれないけど、なんとなく私のプライドが邪魔をするので断らせてもらった。
横から黒羽くんが見てるなか、私は包丁を持つ。
「......おぉ、すごいな沙結理」
私は手慣れた手つきでニンジンをイチョウ切りにしたり、ジャガイモをぶつ切りにしたりして見せる。
もう何回もやってきた作業なので、どうすればいいかなどは体が勝手に覚えていた。
黒羽くんは私が野菜たちに包丁を入れるたびに感嘆の声を漏らす。
ふふん、なかなか良い気分ね。
気分の良い私はふと頭によぎったことを黒羽くんに話してみる。
「料理はずっと昔におばあちゃんに教えてもらってたから得意なの。カレーライス以外にもいろいろな料理が作れるわ」
「へぇ、そうなのか。......沙結理ってけっこう女子力高いんだな」
ムカ。
何よその発言。
言い方からして、私のことを黒羽くんは女子力低いと思ってたってこと?
「......当たり前でしょ。私のことをなんだと思ってるのよ」
私は若干声のトーンを落として不満の色を示す。
でも、返ってきた返答は思いもよらぬもので。
「あぁいや、別に沙結理が女子力低いなんて元から思ってないぞ。――だってすごい美人だし」
「え?」
......。............。
え。今、私誉められた?
黒羽くん、今、私のことを美人って......。
「......あ、ありがと」
返答に困った私は口をもごもごさせながら、それだけ返した。
黒羽くんからの不意討ちな攻撃は私に見事クリティカルヒットを喰らわした。
きっと今の私の顔は赤みが差している気がする。
なんで誉められたくらいでこんなに恥ずかしくなるんだろう。
とにかく、今黒羽くんに顔を見られないようにしないと......。
「......っ」
ああもう、料理に集中できないじゃない。
何を私は緊張してるの。
というか、なんでこんなに私はドキドキしてるわけなの。
これじゃ私が黒羽くんを意識してるみたいじゃない。
そんなの絶対ありえないのに。
「......? 沙結理、どうした? 急に手が止まったけど」
この鈍感男。なんで自分が言った発言に疑問を感じてないの。
普通、美人なんて恋人でもない女子に言う言葉じゃないでしょ......!
「っ。黒羽くんはあっち行ってて! 見られているとやりにくいの!」
「お、おう。なんかごめん」
我慢の限界となった私は黒羽くんに大声を出してしまった。
黒羽くんが困惑した様子でキッチンから出ていってしまう。
その様子を見て、申し訳ないと思う自分と、ちょっとだけ安堵をする自分がいた。
あー、私何してんだろ。
***
もくもくと良い匂いがする鍋。
特にこれといった問題はなく、私はカレーを作ることに成功した。
私は台所に置いてあった皿にライスをよそって、作ったばかりのカレーをライスの上にかける。
茶色いルーに、色とりどりの野菜。
なかなかに良い出来栄えといえるだろう。
「出来たわ」
私はキッチンから出て、カレーライスを黒羽くんのことろに運ぶ。
黒羽くんが座る机に作ったカレーライスとスプーンを置いた。
「おお......すごく美味そうだな」
「でしょ。とりあえず食べてみて」
黒羽くんは頷いてスプーンを手に取る。
スプーンで1口分のカレーライスをすくい、口元まで運ぶ。
「いただきます」
そう言って、黒羽は私の手作りカレーライスを口に入れた。
しばらく流れる沈黙が私の心を締め付ける。
失敗はしていないはずだが、私の作ったカレーライスが黒羽くんの口に合うかどうかは分からない。
私はどんどん早くなる鼓動に安静を促し、黒羽くんの感想を待った。
「ど、どう?」
なかなか黒羽くんが喋らないので、私から聞いてみる。
どうしたんだろう。
もしかして、やっぱり私のカレーライスは口に合わなかったとか......。
とマイナス思考に陥りかけていたとき、黒羽くんが私を見た。
「いやこれめちゃくちゃ美味いよ沙結理! うちの母さんの作るカレーよりも美味い!」
「そ、そう。なら......良かったわ」
「すごいな沙結理。俺、こんな美味いカレー初めて食べたかも」
黒羽は私の作ったカレーライスを大絶賛した。
その瞬間に私の心の中で渦巻いていたもやもやが一気に晴れる。
予想以上の高評価に私は心の中でよしっと思う。
「いやぁ......美味いな」
黒羽くんはもぐもぐとカレーライスを食べていく。
その様子を見て私は心の中のニヤニヤが止まらない。
料理という私の数少ない得意分野を誉めてもらえるのは本当に自信に繋がるし、とても嬉しい。
私はあっという間に食べ終えてしまいそうな黒羽くんに1声かける。
「1週間分ちょっとくらいは持つくらいに作っておいたから、これで今週は大丈夫ね」
「ああ。本当にありがとう、沙結理」
「......アンタには借りがあるし、大したことをしたつもりはないわ」
それにしても黒羽くん、本当に美味しそうに食べるわね。
家で夜ご飯を作っても誰も何も言わなかったのに、黒羽くんだけはすごく美味しそうに食べて、感想まで言ってくれる。
本当に良い人だな......黒羽くんは。
「ふー。美味しかったー」
黒羽くんが食べ終えたらしく、空っぽの皿にスプーンを置いている。
本当にあっという間に食べちゃった。
「美味しかったのなら良かったわ。――食べたいときは鍋を加熱して、カレーを焦がさないようにかき混ぜて。何か問題があったら連絡してくれればいいわ」
「なるほど......それくらいなら俺でもできるな」
加熱をするくらいなら料理が苦手な黒羽くんでも大丈夫だと思う。
まあそれはそうと、今日は案外楽しい1日になったな。
「......あの、黒羽くん」
「ん?」
私は少しだけこの先の言葉を言おうかどうか迷うが、ちょっと勇気を出してみる。
「また、何か作ってほしい物があれば、別に作ってあげてもいいわよ。私が作れるものに限るけど」
「え? マジで? じゃあ今度またお願いしようかな。もっと沙結理の料理食べてみたいかも」
「......ええ。任せて」
勇気を出した私に、黒羽くんは嬉しそうな顔を見せてくれた。
なかなか大胆な黒羽くんの言葉に私はビクッとしてしまうが、驚きは心の中だけで留めておく。
黒羽くんは女心が分かっているのか分かっていないか、一体どっちなんだろう。
「――こんなに困らせられたんだから、分かってるわけないか」
そんなちょっとした悪口を、私は黒羽くんには聞こえない声でぽつりと呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時々、こんな感じのメインストーリーの裏側みたいな話も挟もうかなって思ってる所存。
それと、りふせかっていうのはこの作品のタイトルを略したものです。
それとそれと、若干更新が開いてすまん。
けっこうこのショートストーリーに時間をかけてしまった。




