◆第24話◆ 『出発前』
――5月27日、遠足当日。
俺は寮から出て、空を見上げる。
天気予報では雨と書いてあったが、気持ち良いくらいの青空が広がっていた。
背中には前から準備していた大きめのリュックを背負い、太陽に照らされながら通学路を歩く。
登校途中、俺はある女子と出会った。
「おはよーユウくん」
「あー木島さん。おはよう」
あの金髪ロングの髪は遠目から見ただけで誰か分かる。
クラスメイトの木島咲だ。
会うのは遠足用のお菓子を貰って以来だな。
「一緒に学校行こーよ」
「別にいいけど、俺みたいなやつと一緒に登校して変な目で見られないか?」
「だいじょぶだいじょぶ。そんなんアタシ気にしないし」
さすが木島さん。
鋼のメンタルだ。
一緒に学校行こうなんて、よっぽどの関係値がないと言えないセリフだからな。
大して仲良くもない俺にそんなことを言うとは、やはり木島さんのコミュ力はすごい。
「いよいよ遠足当日だなー」
俺は適当に話題を振った。
「そだねー。今日の遠足でアタシたちのクラスから2人退学しちゃうわけでしょー? やばすぎー」
「怖いこと言うなよ。木島さんだって退学する可能性はあるんだからな」
そう言うと木島さんは「うーん」と唇に手を当て唸る。
なんだよ。そんなに自信があるのか。
「まー確かにユウくんの言うとおりだけどー、まあ大丈夫っしょ」
「なんでだ?」
木島さんがにやっと笑みを浮かべる。
「アタシには秘密の作戦があるんだよね。退学を防ぐ秘密の作戦」
「秘密の作戦? なんだそれ」
「秘密の作戦なんだから教えるわけないじゃーん。教えちゃったらただの作戦になっちゃうしー」
なんだそのどうでもいい拘り。
とはいえ、木島さんは一体どういう作戦を考えているんだろう。
知りたいところではあるが秘密らしいからな。
「まー遠足の話はどうでもよくてー、アタシユウくんにお願いしたいことがあるんだよね」
「俺にお願いしたいこと?」
「そそ」
急にそんなことを言い出すので俺は身構える。
なにせ木島さんは平気で万引きする女子だ。
この流れでカツアゲとかされたら......俺、一体どうしたら。
「なに警戒してんの。別に大したお願いじゃないんですけど」
「そう、なのか?」
「当たり前じゃん」
さすがに身構えすぎたか。
すると木島さんは自身のポケットから何やら物を取り出す。
それは太陽の光に反射して神々しさを増した。
「まだユウくんの連絡先交換してなかったからさー。一応交換しときたいんだよねって話」
「ああ、なるほど。それならお安いご用だな」
木島さんが取り出したのはスマホ。
俺は思ったより大したことのないお願いにホッとした。
もちろん断る理由もないので俺もスマホを取りだし木島さんと連絡先を交換する。
「サンキューユウくん」
「ああ」
俺のスマホ画面に表示される木島さんの連絡先。
沙結理しかなかった連絡先がこれで2つとなった。
画面をスクロールできるくらいには連絡先を増やしたいところだ。
「昨日サユリンにユウくんの連絡先教えてーって言ったら断られちゃったからさー。助かった助かった」
「沙結理が? なんでだろ。勝手に教えればいいのに」
へぇ、昨日沙結理は木島さんと会っていたのか。
なんで俺の連絡先を木島さんに教えなかったんだ。
「もしかしたら、ユウくんがアタシに取られるかもーって心配したからかもよ~」
「なんだそれ。沙結理に限って絶対にありえないな」
「はは。ウケる」
沙結理がそんな子供っぽいことをするはずがない。
それは今一番の沙結理の友達である俺から自信を持って言えることだ。
だから俺は木島さんの言葉を真に受けずに適当に流す。
「さっさと学校に行こう木島さん。今日は早めに着いていたほうがいいかもだし」
「おっけー。早歩きで行こー」
そんなやり取りを続け、俺たちは学校まで登校を共にした。
***
――X高校、玄関前。
登校した俺たちは教室に向かうことなく玄関待機らしい。
一年生たちは全員玄関前に集まり、予想通りのどんちゃん騒ぎをしていた。
耳が痛くなるような騒音が響くなか、それを覆うように機械的な音が大きく響く。
「みなさんおはようございます。一年生、学年主任を務める梶前です」
奥に見えるのは初老の男――一年学年主任、梶前先生だ。
この先生の担当科目は歴史。
長年教師をしているのか、教え方がとても上手く俺のお気に入りの先生だ。
梶前先生はメガホンを片手に注目を集める。
「ついに遠足の日がやってきましたね。天気予報では雨と予想されていましたが、どうやら晴れになったようで、私たち教師陣もホッとしています」
確かにここまで晴天になるのは俺も驚きだ。
梶前先生はこほんと一つ咳払いをする。
「みなさんはもう自身のスマホで確認していると思いますが、今回の遠足には様々なルールがあり、その一つ一つがグループの運命を左右することになります。初対面の人もいると思いますが一蓮托生で乗りきってください」
退学がかかっているのになんと無責任な......と言いたいとこだが内心に留めておく。
「おそらくみなさんは今、グループの発表が一番気になっていると思いますが少々お待ちください。先にその他の諸連絡を済ませます」
そう梶前先生が言うと若干のブーイングが巻き起こるが、梶前先生はそんな一年生に目を向けない。
メガホンを持つ手の逆の手でファイルを持ち、何かを確認している。
「えー既にみなさんのスマホに送信してある連絡やルールについての説明は省きますが、その他必要な連絡をします」
「――」
「まずは弁当についての連絡です。弁当は目的地であるヒヤマ平原で直接配られるので、この炎天下の中、自分の弁当を持っていくのはおすすめしません。持っていく場合は安全面に気をつけるようにしましょう」
「――」
「それと、途中で雨が降りだした時に備えてカッパを貸し出します。必要な方はご自由に取ってください」
それは助かるな。
今は晴れてるとはいえ、天気予報では雨と予想されていた。
ならば途中から雲行きが怪しくなるのは十分にありえること。
「えーもう一つ注意事項として一応言っておきますが、同じスタンプをスタンプラリー用紙に二個や三個押すことはペナルティ対象です。同じ形のスタンプでもそれぞれ微妙に模様が変わっていますので、そのような行為をするのは無意味と伝えておきます」
「――」
「ここまでで質問のある人はいますか?」
伝えるべき連絡を終えたのか、梶前先生は視線を上げ全体を見回す。
そこで一人の生徒が手を挙げた。
位置的にどうやら1年1組の生徒だろう。
「どうぞ」
梶前先生が発言を促す。
どうやら手を挙げたのは女子のようだ。
「ポイント1位のグループが10万円貰えて、ポイント最下位のグループが退学なんですよね? じゃあ複数のグループが同じポイントで1位、または最下位のグループで同率になった場合、どのような処置が取られるんですか?」
なかなか良い質問だ。
珍しくこの女子からは知的な雰囲気を感じる。
もしかしたら数少ない父さんの言っていた優秀な人間なのかもな。
「その場合は目的地の到着順位にて判断します。つまり2つのグループが同じポイントで1位となった場合、ヒヤマ平原に到着した順番が早いグループの方を1位とします」
「回答ありがとうございます」
短くその女子は感謝を述べる。
やはり知的で礼儀正しい子だ。
「他に質問のある人は?」
誰も手を挙げない。
その事を確認した梶前先生は再びファイルに視線を落とす。
「えーでは、一通りの連絡終えたので、いよいよグループ発表の方をしていきます。グループの組み合わせに関しましては生徒会の方が公平にくじ引きをして決めています。配属されたグループの文句や脱退は受け付けていませんし、認められません」
周囲がざわつきだす。
本日、運命共同体となるグループの発表だ。
俺は早まる心を落ち着かせ、深呼吸をする。
「――只今、みなさんのスマホにグループの組み合わせについてのお知らせを送信しました。確認をしてください」
視線を上げる梶前先生。
そう言われ、俺は即座にスマホを立ち上げ確認する。
学校専用のアプリに通知が一つ。
俺はそれをタップした。
すると、全員のグループの組み合わせがまとめて表示される。
「えーと......俺の名前はどこに......」
画面をスクロールして俺の名前を探す。
「あ、これだ」
画面の下の方のグループに入れられてた俺の名前。
俺は同じグループの人間に目を通す。
そして思わず顔をひきつらせてしまった。
「って、おいおいマジかよ」
そこには、以前俺と揉めた山根の名前があったのだ。
<グループ18>
1年1組 田貝忍 西城麗子
1年2組 黒羽優斗 山根信時
1年3組 生田慎吾 宮野ありあ




