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◆第23話◆ 『ギャルな木島さん』


 遠足という本来なら楽しみに思える、学校ならではのビッグイベント。

 しかしこの学校では、遠足でポイントを稼ぎあい、そのポイント数の合計が最下位のチームが退学処分となる。

 退学の可能性がある遠足なんて聞いたことがあるだろうか。

 これはもう普通の遠足が行われるとは思えない。

 始まるのはおそらく、グループの絆が試される――『デスゲーム』のようなものだ。



***



 遠足の説明を受けてから数日が経ち、いよいよ遠足の日が迫っていた。

 そろそろ遠足の用意を整えていかなければならない。

 俺はスマホを弄りながら学校を彷徨いている。


「......ルールも細かすぎだろ。グループと別行動取っただけで退学とか」


 俺は独り言を呟きながら苦笑する。

 今見てるのは遠足の説明についての投稿だ。

 スマホにはもともと学校の連絡事項を掲載するアプリが入っていて、常に情報を確認できるのでとても便利だ。


「はぁ......」

 

 だが遠足についての説明を読み返せば読み返すほど気が重くなる。

 ペナルティ行為だのマイナスポイントだの退学だの、もっと俺に優しい言葉を使ってくれ。

 さっきから溜め息しかしてないな。

 そんなことを思っていると一人のクラスメイトと廊下で出会った。


「――あ、ユウくんじゃん。うぃー」


 不意に聞こえる聞き慣れない俺のアダ名。

 木島咲がレジ袋をぶら下げながら俺に手を振っていた。

 どうやら食堂のテーブル席に座っているようだ。


「木島さん、か」


「そだよー」


 手招きしているので俺は木島さんの元へ近づく。

 しかし木島さんが一人とか珍しいな。

 いつもはクラスの女子3人くらいと一緒に行動してるのに。


「てかユウくん。まだアタシのこと木島さん呼び? それなんかダサいから咲ーって呼んでよ」


「いや、それはなんとなくハードルがまだ高い気がする」


「サユリンのことは呼び捨てなのにー?」


 む。痛いとこ突かれたな。


「沙結理と木島さんはクラスでのポジションが違うからな。木島さんみたいなクラスカーストの高いギャルを呼び捨てなんて、まだ俺には恐れ多いな」


「はは。イミフー」


「意味分かるだろ。そのコミュ力の高さ、本当に尊敬する」


 というか木島さんはいつの間にかだいぶ俺に馴れ馴れしくなったな。

 話し方が友達のそれだ。

 1ヶ月ぶりくらいに話しているはずなんだけどな。

 これがコミュニケーション能力の固まりというやつか。


「んで、木島さんは1人でなにしてるの」


 俺はなんとなく疑問に思ってたことを聞いてみる。


「んー。ちょっと遠足用のおやつを買いに行っててさー」


「あーなるほど」


 木島が俺の前で手に持っているレジ袋をぶら下げる。

 ビニール越しにカラフルな菓子類がたくさん見えた。


「ここら辺にある店ヤバいよ、マジ。めっちゃお菓子の種類あるし、ほんとパない」


「へぇ。俺まだこの町をそこまで探索したことないからな。今度行ってみようかな」


「いいねー。行ってみな行ってみな」


 まだ俺はこの町で行ったことのある施設はX高校と寮だけだ。

 噂によると巨大なデパートもあるらしいので気になるところだな。

 そんなことを考えながら、俺は木島さんの持つレジ袋に違和感を感じた。


「......木島さん。お菓子買いすぎじゃない?」


「ん?」


 よく木島さんの持つレジ袋を観察するとレジ袋にはたくさんの凹凸が付いていて、中身がパンパンであることが察せられる。

 とてもじゃないけど遠足で持っていく量じゃない。

 いや、それ以前にどうやってこの量を買ったんだ。

 アルバイトで金を稼いだんだろうが......。


「というか木島さんアルバイトしてたんだな。さすがに給料をこんな大量のお菓子に注ぎ込むなんてヤバいだろ」


 そう言うと木島さんは不思議そうなに首を傾げる。

 

「アタシ、アルバイトなんてしてないけど?」


「え。じゃあどうやってそのお菓子買ったんだ?」


 この町でお金を稼ぐ方法はアルバイトのみだ。

 俺はアルバイトをせずにお菓子を買ったという矛盾に首を傾げる。

 しかし、その答えはあまりにも衝撃的で。


「盗った」

 

「......? 取ったとは?」


「だから盗んだってこと。万引きだよ万引き」


 ヌスンダ......? マンビキ......?

 いや、は? ちょっと待て。

 この女子はなに堂々と犯罪者発言してるんだ。


「え、冗談だろ?」


「マジに決まってんじゃん。というか万引きくらいみんなしてるしー」


 一体どこ情報だそれは。

 しかし木島さんがお菓子を万引きしたというのは冗談ではないらしい。

 俺は目の前にいる犯罪者に言葉を失った。


「ん? どしたのユウくん」


「ああ、いや。......そんな事俺に言って大丈夫なのか? もしかしたら告げ口するかもしれないぞ」


「はは。だいじょぶだいじょぶ。だってユウくんはそんなことしないでしょ」


「さあ、それは分からないぞ」


「まあ仮に告げ口されたとしても、ちゃんと防犯カメラの位置を確認して盗ったから、適当にアリバイ作れば大丈夫なんだよねー」


 けっこう凝ったことをしてるな木島さん。

 俺はそんな様子の木島さんを見て、絶対に万引きをしたことが1回だけではないことを察する。

 この余裕さがそれを物語っているのだ。


「ユウくんは遠足用のお菓子買った?」


「いや、俺アルバイトしてないから買えないな」


 ちょっと皮肉を言ってみた。

 すると木島さんは唇に指を当てて考え込む仕草を見せる。


「じゃあこれ一個あげるわ」


 木島さんはレジ袋に手を突っ込み、掴んだ1つを俺に放り投げた。

 とっさにキャッチしてしまったが、このお菓子は貰っていいものではない。


「いやいらねーよ! これお金払ってないやつだろ!」


「細かいこと気にしすぎだねー。せっかくの遠足なんだからお菓子の1つくらい持っておきなよ」


「そういう問題じゃ――」


 俺が反論して貰ったお菓子を返そうとするが、木島さんは座っていたイスから立ち上がり、俺に背を向けた。

 ふわりと木島さんの金髪が揺れる。

 木島さんは顔だけ俺に向けて――、


「ユウくん、バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」


 そう言い、木島さんは食堂から出ていった。

 俺は木島さんから貰ったお菓子(グミ)を持ちながら、しばらく棒立ちしていた。



***



「はぁ......」


 私は自分の寮のベットに寝転び、重い溜め息をつく。

 手に持ったスマホをなんとなく起動させれば、遂に明日となった遠足の説明が画面に映し出される。

 

「......本当、気が重いわ」


 そう独り言を呟き、私は何度も溜め息をついた。

 私は学力であれば人並み以上にできるという自信がある。

 しかし体力面に関しては人並み以下なのだ。

 今回の遠足に学力が必要な場面はおそらくない。

 スタンプをどのグループよりも集めるために、どのグループも血眼になってスタンプを探し回るだろう。

 果たして私はグループの歩幅に合わせることができるだろうか。


「準備、しなくちゃ」


 マイナスなことばかり考えていても仕方がない

 私はベットから起き上がり、明日の遠足用のリュックを手に取る。

 もう一通り必要な物はリュックに詰め込んだが、最終確認だ。

 私はスマホとリュックの中身を交互に見てチェックする。


「......」


 説明に記載されていた持ち物リストの項目は、おやつと弁当以外全部リュックに入れてある。

 弁当は遠足当日に学校から配られるので問題ない。

 まあおやつは必要ないか。

 アルバイトなんてしてないし。


「......はぁ」


 ああ、また溜め息が出た。

 どんだけ私は明日の遠足が憂鬱なんだ。

 余裕そうにしている黒羽くんが本当に羨ましい。

 なんであの男子はあんなに自信があるんだろう。

 退学がかかっているというのに。


 あー、グループが黒羽くんと一緒だったらなー。

 なんて事を考えるけど、その確率はとても低い。

 おそらくグループ全員が話したこともない人たちばかりだ。

 いや、そもそも私って1年生のほとんどと話したことないな。

 なんとかして黒羽くんと一緒にグループになれないかなぁ。


「いや、私は何考えてるの」


 ふと私は我に返る。

 なんか私、恋する乙女みたいな発言してたじゃない。

 別にそんな感情これっぽっちもないのに。

 というか黒羽くんと一緒のグループになったら、私は確実に黒羽くんに迷惑をかけてしまう。

 せっかくの友達だから、この関係は壊したくない。

 

「......うーん」


 とはいえ、やっぱり期待してしまう。

 ウンウンと私は唸り続ける。

 

 ――ピンポーン。


「え?」


 突然聞こえた軽快な音。

 一瞬、なんの音か分からなかった。

 しかし音の感じからして私の部屋のチャイムが鳴ったのだと気づく。

 一体誰が私の部屋なんかに用があるというのか。


「......はい」

 

 私は玄関の扉を開き、その人物を確かめる。

 そこにいたのは金髪ギャル――木島さんだった。


「やっほーサユリン。夜遅くにごめんねー」


「木島さん......なんで私の部屋が分かったの?」


「はは。それは企業秘密ということにしとくわー」


 企業秘密って使い方あってるのそれ。

 いや、そんなことはどうでもよくて、なんで木島さんは私の部屋に来てるんだ。


「それで、私に何か用?」


「ああ、それね。ちょっとサユリンとお話したいなーって」


「冗談でしょ?」


「マジマジ。アタシ暇してたからさー」


 私の部屋なんか木島さんの暇潰しに訪れるような場所じゃ絶対ないでしょ。

 何が目的か分からない木島さんに私は不信感を覚える。


「まあとりあえず中に入らせてよ」


「......分かったわ」


 若干の抵抗はあるが、別に大丈夫か。

 ということで私は初めて自分の部屋にクラスメイトを招待した。


「へー部屋綺麗だねサユリン。意識高い系女子だわ」


「別に普通だと思うんだけど」


「いんやー。だってアタシの部屋、もうゴミ屋敷一歩手前くらいまで来てるしー、こんな綺麗な部屋に住むサユリンが羨ましいー」


 ゴミ屋敷一歩手前って、どうしたらそんな状況になるのよ。

 私は自由に私の部屋を歩き回る木島さんを見て呆れてしまう。

 

「それで木島さん。私の部屋まで入ってきて何の用なの? 明日は遠足当日だし、あんまり長居されると迷惑なんだけど」


「んーサユリンはせっかちだね。焦らない焦らない」


 ちょっと語気を強めてみたが、木島さんの調子は全く崩れない。

 木島さんはリビングにあるイスに腰をかけた。

 私も木島さんの反対側の位置に座る。


「それで、アタシがサユリンの部屋に来た理由が知りたいんだっけ」


「そうよ。私なんかに何の用」


「私なんかって、サユリンもっと自分に自信を持ちなよ」


 軽く言ってくれるけど、私が自信を持てることなんて少ない。

 性格はひねくれてるし、体力はないし......私は自分が大嫌いだ。

 

「まあそれはそうとして、アタシがサユリンの部屋に来たのはただ雑談したかったからだよ」


「嘘。なんでこんな時間に私と雑談したくなるのよ」


「ほんとほんとー......って、さすがにバレるか」


 木島は苦笑しながら、自身のポケットに手を伸ばす。

 出てきたのはスマホだ。


「サユリン、連絡先交換しよ」


「......私なんかと?」


「もちろん」


 まさかの申し出に私は困惑する。

 要件とはこのことだろうか。

 不振に思いながらも、断る理由もないので私はスマホを取り出す。


「はい」


「あんがとー」


 手短に連絡先を交換した私たち。

 私のスマホに、黒羽くんの連絡先の下に木島さんの連絡先が追加された。

 それを確認して私はスマホをしまおうとするが、木島さんが手のひらをつきだす。


「あ、サユリン。確かユウくんと連絡先交換してるんでしょ。ついでにユウくんの連絡先も教えてよ。まだ交換してなかったんだよねー」


「ユウ......黒羽くんのこと? 交換してるけど......」


「そうそう。教えてサユリン」


 まるで教えてもらえるのが当たり前のような態度を取る木島さん。

 私は自分のスマホの画面に映る黒羽くんの連絡先を見て迷う。

 勝手に教えていいものだろうか。


「......勝手に教えるのはよくないと思うのだけど」


「だいじょぶだいじょぶ。私とユウくんそれなりに仲良いし、明日交換しといたよーって言っとけば大丈夫っしょ」


「......」


 うーん。

 木島さんの言っていることが分からないわけではないけど、なんか教えたくない。

 なんでだろ、ちょっと嫌な気がする。


「どしたのサユリン」


「あ、ごめん」


 ちょっとぼーっとしていた私を、木島さんが不思議そうな顔で見ていた。


「やっぱり私が勝手に教えるのはよくないかなって......思う」


 私はスマホの画面をじっくり見て、やっぱり断った。

 だって勝手に教えちゃ黒羽くんに悪い気がするもの。


「......ふーん」


「ごめんなさい。良い返事できなくて」


 何か含みのあるような息を吐く木島さん。

 私が謝ると、木島さんはニヤリと笑った。


「もしかして、サユリン」


「何?」


「ユウくんのこと好きだったり?」


「は?」


 咄嗟に声が出てしまった。

 私は怪訝な顔をするが、内心どこかに焦っている自分がいるのに驚く。

 なんで今の流れでそんな話題になるのだ。


「いや、ユウくんの連絡先を他の女に渡したくないから断られたのかなーって思ったから」


「笑えない冗談ね。あいにくと、私は恋愛に興味がないもの。こんなひねくれた女に好きになられたら黒羽くんもたまったものじゃないわよ」


 私は言葉を選んでしっかりと否定する。

 ここまで言うと木島さんはまた「ふーん」と口に出す。

 信じてるのか信じてないのか。


「ま、それなら仕方ないかー」


 木島さんが諦めたような雰囲気を出したので私はホッとした。

 ......なんで私はホッとしてるのよ。


「ところでサユリン。明日は遠足だけど、準備できてる?」


 急に話題が変わった。


「まあ、ぼちぼちと言ったところね。グループの足を引っ張らないようにしないとって気を引き締めてるところ」


「遠足なのに退学がかかってるからねー。お互い頑張ろ、サユリン。同じグループになれるといいねー」


「ええ。頑張るわ」


 なんとなくだが、木島さんとは同じグループになれない気がする。

 なれたらちょっとは気楽になれるだろうけどなあ。


「明日は......げ。サユリン、明日雨降るかも」


「え、本当?」


 木島さんが自分のスマホを私に見せてくれる。

 その画面は明日の天気予報だ。

 曇りマークと雨マークが2つある。


「うわー。これ明日学校から傘かカッパ借りたほうが良いかも」


「本当ね。確か雨天決行だから中止はないのよね」


「そうそう。マジ最悪ー」


 まさかの明日の天気が雨マークとは、本当ついてないな。

 中止になればいいのに。

 なーんて話を私はしばらく木島さんとしていた。

 木島さんと私の性格は真反対といっても過言じゃないけど、案外してて苦じゃない会話を楽しめた。

 木島さんのコミュニケーション能力はすごいな。


「――あ、ごめんサユリン、ちょっと長居しすぎちゃった。そろそろ帰るわ」


「分かったわ」

 

 木島さんはいつの間にか一周していた時計の短針を見て慌てる。

 けっこう話し込んでいたのね。

 私は見送るために木島さんと玄関前まで行く。


「見送りありがとねー」


「大したことじゃないわよ」


 というか、本当に木島さんは雑談目的で私の部屋に来たのか。

 木島さんってけっこう良い人なんだなって、少し私の持つ印象が変わった。

 扉を開いて外に出ようとする木島さん。

 すると出る直前、顔だけ私に振り返る。


「サユリン、遠足で何かあったらアタシに連絡してね。もしかしたら助けになれるかもだし」


「ありがとう木島さん。でも迷惑はかけないように頑張るわ」


「うぃ。それじゃーねー」


 そう言い、木島さんは私の部屋から帰っていった。

 私は木島さんの背中を見送り、しばらく棒立ちする。


「――」


 ついに明日、遠足だ。

 退学のかかった恐怖の遠足。


 ――絶対に私は、退学なんてしない。


 私は心の中でそう誓い、拳を握りしめた。

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