◆第21話◆ 『初めてのビッグイベント』
――翌日、いつも通りに新たな1日は始まった。
全員が席につき、先生が教室に来るまで待機する。
以前はみんなお構い無しに教室を立ち歩いていたが、昨日の一件からSHRが始まる3分前には全員が自分の席に着席をしている。
みんなが静かにしているなか、教室の扉ががらりと開いた。
山下先生はぐるりと教室を見渡す。
「あら。みなさん静かに先生を待っていたのですね。感心です」
山下先生は笑顔を顔に浮かべながら、初めて俺たちクラスを誉めた。
カツカツとした山下先生の歩く音だけが聞こえる。
「では、出席を取りましょうか」
山下先生はファイルから紙を取りだし、出席を取っていく。
1人1人と名前が呼ばれ、生徒は短く返事をする。
そして全員の出席が確認された。
「――はい。39人、きちんと揃っていますね。では今日もみなさん頑張りましょう」
ただ、大東の名前は呼ばれなかった。
視線を大東の席に向ければ、誰も座っていないイスと机がある。
「――」
もう、大東はいない。退学させられてしまったのだ。
***
――その日から約1ヶ月が経過し、5月20日となった。
だんだんと気温は高くなり、ほとんどのクラスメイトは夏服へと移行していた。
もちろん俺も半袖である夏服に移行し、快適に過ごしている。
しかもこの学校はどの教室にもクーラーが設置されているので、夏も冬も気温に気にする必要がない。
どうでもいいが電気代は大丈夫なのだろうか。
「――ねぇ、ここの問題の解き方分かる?」
「あぁ。これ難しいよな。これはここの式を展開してから......」
「あ、ほんとだ。ありがと」
1ヶ月経って変わったことは気温だけではない。
前はツンツン一匹狼だった沙結理が、たまに自分から話しかけてくるようになった。
沙結理もだいぶ俺という存在に慣れてきたのだろう。
俺も長く話しているうちに、沙結理のことが少しずつ分かるようになってきた。
まあ、とはいえ――、
「......そろそろ新しい友達も作りたいとこだよな」
「なにか言った?」
「いや、特に」
俺にはまだ沙結理しか友達がいない。
木島は微妙なラインではあるが、最近はあまり話さないし友達......とは言いにくい。
1ヶ月も経過した今、クラスはだんだんとグループを作り始め、陽キャと陰キャが明確に分かれてきた。
そろそろ新しい友達を作らなければ、どんどん友達作りのハードルが高くなってしまう。
とはいえ、どうせ友達になるなら沙結理みたいに優秀な奴が良い。
このクラスはほとんどがヤンチャな奴だからな。
「――はいみなさん。席についてください。今日はみなさんに連絡することがあります」
するといつの間にか教室にいた山下先生が手を叩いて着席を促す。
だが、それを聞いたクラスメイトの動きは鈍い。
ぺちゃくちゃ喋りながら少しずつ全員が席についていく。
大東退学の件からだいぶ日も経ったので、だいぶ危機感が緩んできたようだ。
「では早速話しますが、来週、遠足が行われます」
そう山下先生が言った瞬間、クラスは一気にどよめいた。
「マジですか先生! 遠足ってどこ行くんすか!」
山根が手を挙げて先生に先走った事を言う。
先生はにこやかに微笑んで言葉を続けた。
「はい。行き先はヒヤマ平原というとても見晴らしの良いところです。みなさんにはそこまでグループで歩いてもらって、一年生全員でお弁当を食べることになっています」
ヒヤマ平原か。一体どこら辺にあるのだろうか。
俺は隣にいる沙結理に声をかける。
「遠足とか楽しそうだな」
「そう? 外は暑いし、歩くのは疲れるし、私は気が重いわ」
こういうイベントは俺は大好きなんだけどな。
どうやら沙結理はめんどくさいらしい。
「では遠足について詳しい説明をしていきますね」
山下先生は黒板に大きな紙を磁石でくっつけていく。
それはこの学校周りの敷地の地図だ。
広大な面積であるのが見て取れる。
先生は指し棒を取り出した。
「ここが今みなさんがいる学校です。みなさんはここから様々なルートを通ってもらい、目的地であるヒヤマ平原まで歩いてもらいます」
先生は指し棒を動かしながら、ヒヤマ平原までの道のりを確認する。
「そして遠足のグループについてですが、みなさんは一年生全体で6人グループで遠足に行ってもらいます。1グループ1年1組、2組、3組の2人ずつで6人グループを作りますので、初対面の人がほとんどになりますよ。ちなみにグループの組み合わせはくじ引きです」
するとクラスから「え~」といった不満の声があがる。
確かに他クラスとグループを組むのは俺も抵抗がある。
でもこれは新たな友達を作る良いチャンスでもありそうだな。
「続いてこの遠足ですが、みなさんは遠足をしながらスタンプラリーを行ってもらいます。学校の敷地内にはありとあらゆる所にスタンプが置かれています。それをグループの人たちと協力して頑張って見つけてください」
なるほどスタンプラリーか。
敷地内とは言うが、この町全体がX高校の敷地内であるため、スタンプを見つけるのは大変そうだ。
「先生ー。スタンプラリーってなんかやると良いことあるんですかー?」
山根が山下先生に再び疑問をぶつける。
確かにこういうのは後で表彰される感じの場合がよくあるな。
「もちろんですよ。スタンプラリーをしないグループは後々大変なことになりますから」
「――? 大変なことってなんすか先生」
山下先生の表情は笑顔だが、俺は嫌な予感がした。
大変なこと、というのは一体どういうことだろうか。
隣の沙結理の表情も固い。
「ではこれを見てください」
すると山下先生は、黒板にもう一枚大きな紙を磁石で付ける。
そこにはこう書いてあった。
・スタンプラリーポイント
丸型スタンプ 10ポイント
ハート型スタンプ 30ポイント
星型スタンプ 50ポイント
・到着ボーナスポイント
1位 150ポイント
2位 100ポイント
3~10位 50ポイント
11位以下 20ポイント
タイムオーバー -50ポイント
紙に書かれた意味の分からないポイント説明。
俺もどういうことかと首を傾げる。
「先生。なんすかこれ」
山根がクラスメイト全員が思ったことを口にする。
山下先生はよくぞ聞いてくれたという風に微笑んだ。
「今回の遠足ではグループごとに遠足中に手に入れたポイント数で競いあってもらいます。ポイントの稼ぎ方は、道中に設置されてあるスタンプを集めることと、ヒヤマ平原に到着したときの順位です」
「へー。ポイント1位の人は何か貰えるんですか?」
「はい。ポイントの合計数が1位のグループには現金10万円が配られます」
瞬間、クラスが一瞬凍りつく。
最初に沈黙を破ったのは山根だ。
「じゅじゅじゅ、ジューマンエン!?」
山根の反応はもっともであり、俺も耳を疑った。
だって俺らはただの学生であるのに、学校側がお金を配布するとは。
あまりにも信じがたい話だ。
「10万円ってヤバくないか。この高校ほんとすごいな」
興奮した俺は沙結理に思わず話しかける。
だが沙結理の表情はどこか険しかった。
「......どした。沙結理」
「ちょっと、さっきの先生の言葉が気になってたの」
「ああ、スタンプラリーをしないグループは大変なことになる......とかなんとか?」
「そう。しかもポイント1位は10万円でしょ。じゃあポイント最下位のグループはどうなるのよ」
「それは、確かに。......なんか不安になってきたな」
ポイント1位のグループが10万円貰えるというのは破格の報酬だ。
だが、なら反対の最下位はどうなるのか。
想像はつかないが、1位の報酬の豪華さからして嫌な予感しかしない。
「せ、先生。10万円ってマジですか!? 俺ぜってぇ1位取ってやりますよ」
「ふふ、頑張ってくださいね。山根信時くん」
10万円という額に興奮した山根がガッツポーズを取る。
その様子を見る先生もにこやかだ。
だがすぐにその興奮は冷めることとなる。
「それと、反対にポイント最下位となってしまったグループは――」
俺たちが考えていたことを山下先生は喋ろうとした。
「――そのグループの6人全員、退学となります」




