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◆第20話◆ 『友達』

「痛ぇ......」


 大東との戦いに勝利して一段落すると、どっと疲れが襲ってくる。

 戦ってる最中は夢中になりすぎて気づかなかったが、俺も大東から喰らったダメージは相当のものだった。

 口内は切れて口端から血が漏れ、膝蹴りを喰らった腹はずきずきと痛み、何度も拳をもらった頭はガンガンと痛む。

 ぶっちゃけ大東も俺も喧嘩の上手さは大して差はなかったので、体力の差が勝敗を分けたと言えるだろう。


「おっと」


 グラッといきなり大きなめまいが襲い倒れかける。

 だけど俺は倒れなかった。


「黒羽くん! 大丈夫?」


 沙結理が俺の体を支えてくれている。

 俺はその優しさに苦笑した。


「はは、たぶん大丈夫。ちょっといろいろと殴られたけどそこまで酷くはないと思う」


「酷くはないって、血も出てるし顔アザだらけになってるじゃない! ど、どうしよう。困ったわ」


 沙結理が俺の状態を見てあたふた慌てる。

 そんなに今の俺は客観的に見てヤバイのか。

 いや、それは沙結理もなんだけどな。


「そんなに慌てなくても俺は大丈夫だ。沙結理もケガしてるんだから安静にして」


「でもっ!」


「とりあえず学校に戻って保健室で手当てしてもらわないとな。沙結理、歩けるか?」


 俺は慌てる沙結理を落ち着かせ、学校へ戻ることにする。

 沙結理の頭のケガは見た感じ酷い。

 早く応急措置をする必要があるだろう。


「話したいことは山ほどあるけど、ケガの手当てが最優先だ」


「うん......分かったわ」


「それと大東は......あとで学校に連絡しておくか」


 そして俺たちは仲良くぼろぼろの状態のまま学校へと戻っていった。

 空を見上げれば、太陽はもう少しでその姿を消そうとしていた。



***



 保健室で手当てを終えた俺と沙結理。

 沙結理は頭に軽く包帯を巻くことになったが、両者大きなケガは負おっておらず、短い手当てを受けただけで寮に帰っていいことになった。

 外に出れば、もう日は完全に沈み、きれいな星空の広がる夜があった。


「――」


 俺と沙結理は二人並んで帰路を歩き出す。

 別に一緒に帰ろうとどちらかが提案したわけではないが、自然な流れで俺たちは一緒に帰っている。

 まあ話したいことは沢山あるからな。


「ごめん、沙結理」


「え?」


 俺は不意に沙結理に話しかける。

 沙結理が不思議そうな顔でこちらを見た。


「俺、大東が沙結理に何かしてくるかもって予測できてたからさ、もっと対策のしようがあったはずだろ? だから沙結理が襲われるのは絶対防げたことだと思う。しかも助けるのもめちゃくちゃ遅れたし......本当に、ごめん」


 過去の話をしても仕方がないが、今回の俺の犯したミスは大東に対する警戒が甘かったことだ。

 もう少し警戒を強めていれば、大東が先に帰っている時点で沙結理を止めて助けることができただろう。

 大東という存在を楽観視しすぎてしまった。

 しかし俺が素直に謝ると、隣を歩いていた沙結理の動きが止まる。


「......黒羽くんが謝る必要なんて、1つもないわ」


「え?」


「今回悪かったのは全部私。だって黒羽くんはあんなに心配してくれて、忠告もしてくれたのに、私がそれを真面目に考えなかったせいでこんなことになったの......本当にごめん、なさい」


 沙結理はまっすぐに俺のことを見て謝ってくる。

 だが俺は沙結理が謝ることに理解ができない。

 だって今回の件の一番の被害者は沙結理だ。

 なのになんで沙結理が謝る必要があるのだろうか。


「いや、悪いのは俺だよ。だって俺大東が何してくるか予測できてて、それをみすみす見逃してしまったわけ――」


「っ! 違うの!」


 俺が繰り返し謝ろうとすると、それを遮るように沙結理が声を上げた。


「黒羽くんは本当に何も悪くないの。私がこんな体たらくじゃなきゃ......こんなことにならなかったの」


「――」


「自分でも分かってるの。私は性格がひねくれてるって。だから今回も黒羽くんの忠告を真面目に聞くことができなくて、何も警戒せずに帰った。そのせいでこのざまよ」


「――」


「黒羽くんが助けてくれなかったら私......今ごろどうしていたか本当に分からないわ。だから黒羽くん、黒羽くんは私に謝る必要なんて何もない。......謝らないで」


 沙結理は声のトーンを下げながら、自責の念に苛まれていく。

 俺はかける言葉が見つからず、しばらく沈黙が流れてしまった。

 何を話すべきか。

 話題の方向性を変えてみよう。


「――お互い、大変だったな」


「うん。私のせいで......本当にごめんなさい」


 話題を勘違いした沙結理がまた謝ろうとするので、俺は慌てて否定する。


「あ、そういうことじゃなくて、この高校についての話」


「高校についての話?」


 沙結理が首を傾げるので、俺は頷いて肯定する。


「俺、本当は違う高校への入学が決定してたんだけどさ、突然俺の家に手紙が届いて、X高校にさせられることなって......本当に意味が分からなかった」


「私も......同じ。勝手に受験した高校の合格を取り消されて......言葉を失ったわ」


 どうやら沙結理も俺と同じような経緯でこの学校への入学が決定したようだ。

 本当に理不尽な学校だな、ここは。


「しかもこの学校の状況は最悪だし、1ヶ月もまだ経ってないのに問題事は起きまくるし......正直心折れそうだよ」


「......うん。私も、心折れそう」


 より空気を悪くするつもりはなかったのだが、俺の話したいことはこの先だ。

 一呼吸おいてから、俺は再び喋り出す。


「でも俺、父さんに言われたんだ。あそこで青春を謳歌するならお前が学校を変えろって」


「......へぇ」


「だから俺、絶対にこの学校を変えてやるって決めてるんだよ。父さんの期待に答えなきゃだし、純粋に人生1回きりの高校生活を思う存分楽しみたいからな」


 俺は力強くそう言い切るが、沙結理の表情は芳しくない。

 顔をうつむかせたまま、静かに喋り出す。


「その考えは立派だと思うけど、そんなの現実的に考えて無理よ。この学校が酷いのは知ってたけど、想像以上だった。とてもじゃないけど私たちみたいな極少数の真面目な生徒だけで今の学校を変えるのは不可能ね」


 まあ言いたいことは分からなくもない。

 正直な話、俺もどうしたものかと頭を抱えているからな。

 俺は力強く沙結理に反論する。


「確かに今すぐは無理だ。だから最初は身近なところから変えていって、次にクラス、一年生、そして学校を変えていくんだよ。時間はかかるけど、俺は不可能だとは思っていない」


「言うのは簡単よ。でも、こんな理不尽な学校を変えるなんて......どう考えても無理」


 さっきから表情がずっと暗い沙結理。

 俺はどうしたものかと頭を掻いた。


「さっきからすごいネガティブだな」


「え? ああ、ごめんなさい。ちょっと落ち込んでるからかも」


「......そっか」


 するとまた会話は途絶え、沈黙してしまう。

 だがお互いにこの沈黙を気まずいとは思わない。

 だが、あまり心地の良い沈黙ではないのは確かだ。


「――私も、以前は黒羽くんと同じようなことを考えてたわ。気持ちを切り替えて、前向きに学校生活を取り組もうと思ってた」


 沙結理が沈黙を破り、再び会話が始まる。


「最初のうちはまだ頑張ろうと思えたけど、最近は問題事ばかり起きるし、ケガまでしたし......。なんかもう、やる気を失った」


 沙結理は溜め息まじりにそう話す。

 さっきらマイナスな発言ばかりをする沙結理。

 今日のことも関係して、今の沙結理のモチベーションはかなり低下しているのだろう。


「やる気を失った、か」


 なら、俺が沙結理に道を示してあげるべきだ。


「――なあ沙結理。俺に協力してくれないか?」


「急に何? 協力って何を?」


 突然俺が切り出した言葉に沙結理が反応する。


「俺と一緒にこの学校を変えるのを手伝ってくれってことだ。1人の力じゃできる事も限られるから、2人いれば他の可能性も広がると思うんだよ」


「......本当にできると思ってるの?」


 俺の言葉に沙結理は怪訝そうな顔をする。

 だが俺は沙結理の疑問に対し、「ああ」と頷いた。


「沙結理の言ってることももちろん分かるけど、俺は今の学校の状態を受け入れてしまったら俺たちの高校生活はそこで終わりだと思うんだよ。俺は、それだけは絶対に避けたい。あとできるできないの話なんて、やってみなきゃ分かんないだろ? まだ高校生活は始まったばかりだし、チャンスは山ほどあるはずだ」


 俺たちがこの学校の在り方を受け入れてしまったらそこで負けだ。

 勝つためには、まず行動起こさなければならない。

 まだなにもしていない以上、可能性はいくらでもあるはずなのだ。


「でも、どうせこの学校――」


「ストップストップ。ネガティブ発言はもうやめよ沙結理」


 またネガティブになろうとする沙結理を遮る。

 俺はビシッと沙結理に指を突きつけた。


「そんなに俺の考えに乗り気じゃないなら、条件を付ける」


「条件?」


 沙結理が首を傾げる。


「2年生に進級するまでに、とりあえず俺たちのクラスを変えてみせることを約束する。もしダメだったら俺との協力関係はなかったことにしてくれていい。これでどうだ?」


「2年生って......けっこう期間は長いのね」


「まああの惨状だからな。時間はかなりかかると思う」


「......」


 難しそうな顔で考え込む沙結理。

 やはりこれだけの条件では飲み込みにくいか。


「それと、前も言ったことだけど、沙結理にもしものことがあったときは必ず俺が助けにいくことも約束する」


「っ」


 そういうと、沙結理は息を飲んだ。

 俯かせていた顔を上げ、まっすぐにこちらを見る。


「今回はちょっと下手をしてしまったけど、今度もしものことがあったら絶対に守ることを約束する。もし守りきれなかったら、これでも協力関係をなしにしてもらって構わない」


「......あの、黒羽くん」


「どした?」


「どうして黒羽くんは私になんかにここまでしてくれるの? 私、黒羽くんに冷たい態度を取ったりしたこともあったし......なんでなの?」


「あー......」


 なんでここまでするの、か。

 そんなこと考えたこともなかったな。

 俺は沙結理の疑問に答えるため数秒思考し、1つの答えに行き着く。


「うーん、沙結理が俺の友達だから、かな。」


 俺はそう答えた。

 それを聞いた沙結理は目を丸くしている。


「私なんかと、友達になりたいの? こんな嫌な女なのに?」


「え、まだ俺たちって友達じゃなかったの?」


「ただのクラスメイトだと思ってた」


 ちょっと待て。その展開は普通にショックだし、さっき堂々と友達発言した俺が恥ずかしい。

 俺は恥ずかしさをまぎらわせるように頬をポリポリと掻く。


「あー......俺は友達だと思ってたんだけどなー」


 棒読みで俺は喋り、気をまぎらわす。

 正直恥ずかしさで爆発しそうだ。

 俺は女子の前で何言ってんだよほんと。


「黒羽くんは、私のこと嫌な女って思わないの?」


「......え? 全然そんなこと思ってないけど。普通に頭良いし、話しやすいし、すごく良い人だなーって思ってる」


「そう、なんだ」


 素直に話すと、沙結理はどこか言葉に迷っているようだった。

 俺から視線を外し、反対側を向いている。


「――別に、いいわよ」

 

「え、何が?」


 沙結理の言葉で、俺たちは足を止める。

 俺は視線を沙結理へ向けた。


「2年生までに私たちのクラスを変える話、協力してあげる」


 俺は一瞬思考が停止するが、すぐにその言葉を理解した。


「っ! 本当か!? ありがとう沙結理!」


 まさかこのタイミングで許可が下りるとは。

 俺は咄嗟に沙結理に感謝を伝えていた。

 すると沙結理は「あと」と言葉を続ける。


「黒羽くんが望むのなら、友達になってあげてもいいわ。その代わり、ちゃんと今日みたいに私を守ってよ」


「マジか。もちろんに決まってるだろ。精一杯努力する」

 

 以前声をかけたときは断固拒否された友達提案が、今ようやく成立した。

 俺は気持ちが昂り、自然と沙結理に手を伸ばしてしまう。


「これからよろしく、沙結理」


 若干躊躇ってはいたものの、沙結理は俺の手を握ってくれた。

 小さな女の子の手が俺の手を包む。

 俺は優しく握り返した。


「ええ。今日は本当にありがとう、黒羽くん」


「ああ、どういたしまして」


 月光が俺たちを明るく照らす。

 沙結理の表情が僅かだが微笑んでいたのを見て、俺も笑顔になる。


 今日、俺は初めてX高校で友達を――仲間を作った。

 俺はこれから沙結理と共にクラスと戦い、良い道へと導かせていくだろう。

 それがどれだけ困難なことなのか、まだ分からない。

 この学校の理不尽さに、もしかしたら何度も苦しむ羽目になるかもしれないだろう。

 だが1つ言えることはある。


 ――俺は絶対に、この学校生活を諦めないと。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 1年生1学期編は今回にて半分まで終わりました。

 これからもよろしくお願いします。

 



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