◆第1話◆ 『合格発表日』
俺は今、人生で一番の緊張を身に感じている。
それは何故か。今日が俺の志望した超難関高校の合格発表日だからだ。
「―――」
入試を終えたあと、俺は自己採点をし、その結果は上々だった。
中学でも何度も学年一位を取り続けたので内申点も申し分ない。
ほぼ合格間違いなしと言い切れるだろう。
だが、やはり合格発表というものは名前だけでも緊張する。
どれだけ自信があっても、やはり人生が掛かっているだけあり、早まる心臓は落ち着かせることが不可能。
「―――」
そしてついに俺は志望した高校へと到着した。
俺の手には受験票が握られている。
―――その番号は『7395』。
視線を受験票から高校へと移し、合格発表の場を確認する。
人が密集している様子から、どうやら玄関前に張り出されているようだ。
喜びに叫ぶ者、突きつけられた現実に嘆く者、様々な声がする。
俺は恐る恐る、人の波をかきわけて玄関前へとたどり着いた。
「......」
視線を動かし、俺は張り出されている紙から7000番台を見つける。
そしてそのまま、俺の持つ数字に近いものへと視線を移していく。
7382
7383
7386
心臓の鼓動がうるさい。
どんどん数字を目で追っていくうちに、俺の受験番号へと近づいていく。
7388
7390
7391
あと少し、あと少しで、俺の番号が見えてくる―――。
そして、俺はその下の番号を確認した。
その瞬間、俺の手はぷるぷると小刻みに震え、口元からは笑みが溢れる。
「おっしゃあああああああああ―――っ!」
俺は合格の嬉しさのあまり、受験票を放り投げて、高々と感情のままに叫んだ。
***
「母さん! 父さん! 受かってた!」
俺は玄関の扉をおもいっきり開け放ち、そう叫ぶ。
すると、満面の笑みの母さんと父さんが出迎えてくれた。
「まあ本当かい。おめでとう優斗! あんたはほんとに私の自慢の子だよお!」
「よく頑張った、優斗。お前は俺の誇りだ」
母さんが涙目になりながら俺を抱きしめ、父さんは珍しく朗らかな笑みを浮かべている。
ちょっと照れくさくなったけれど、優しく母さんの背中をポンポンと叩いた。
「俺、高校でも精一杯頑張って、絶対良い仕事に就くから! それで、母さんと父さんに沢山親孝行してみせるから!」
「あらまあ、別に優斗は私たちに構わなくても好きなように道を選べばいいんだよ。そんな風に言われると母さん、またうるっときちゃうじゃない」
「優斗はきっと俺に似たんだな。だからこんなにも立派なんだ」
「なに言ってんのよ、あんた! 優斗は私に似たに決まってるでしょ!」
「何を言う。このビシッとした面構えに学力。紛れもなく俺に似たんだ」
「あんたはそこまで頭良くないでしょうが」
と、微笑ましい言い合いが俺の目の前で開幕される。
俺は苦笑いを浮かべるが、決して居心地の悪いものではない。
俺は二人に感謝しながら、「まあまあ」と宥めていった。
「今日はめでたい日ね。せっかくだし今日の夕食は優斗の好物をたくさん作りましょう。優斗、リクエストがあったらいくらでも言って頂戴」
「え? そうだなぁ。久々に母さんのシチューが食べたいかも」
「シチューね。分かったわ。父さん、あんたは早くシチューの材料をスーパーで買ってきて」
「......仕方ないな。今日は特別に俺が買い出しに行ってやろう。色々買ってきてやるから楽しみにしとけよ優斗」
「ありがとう父さん! 期待してる」
「ああ」
こうして家族と楽しく会話をするのは何ヵ月ぶりだろうか。
受験勉強に追われていた俺は、寝る暇も惜しんで勉学に励んでいたため、まともに家族団欒を行えていなかった。
ようやく受験勉強という枷から解き放たれた俺は、心地のよい達成感と満足感を感じる。
本当に一生懸命頑張ってよかったな、と。
「はぁ......良かった」
頬を赤らめて俺の吉報を喜ぶ両親に、俺は心の底から安堵する。
これが俺の親孝行の第一歩だ。
***
県内一の高校に合格した俺―――黒羽優斗。
今まで沢山の努力を積み重ねてきたおかげで、この結果を手に入れられたのだと思う。
母さんも父さんも、もう合格発表日から一週間は経ったというのに、まだ俺のことを「自慢の子」などと誉め続けている。
そんな事を考えながら俺は自室でごろごろとし、長いこと味わっていなかった休息を噛みしめていた。
「友達、早く作りたいよな」
俺は何の気なしにそんな独り言を呟く。
やっぱり何もすることがないと色々なことを考えてしまう。
そのだいたいが入学したら何するか、という内容のものだが。
ともかく、沢山の叶えたい夢が俺の脳内に浮かびあがっていく。
「―――」
......やっぱ、高校生といえば青春だよな。
彼女とかできるのかな、もしかしたら。
彼女ができたらどうしよ、近所のカフェでデートなんかも楽しいだろうな。
何でもない時間を彼女とゆっくり過ごして......ああ、幸せだろうな。
「―――うへ」
建設的な夢から、汚い妄想まで色々と頭の中で構築されていく。
早く入学式の日にならないかな、そんな気持ちがどんどん強まっていった。
そう、頭の中で妄想を広げている最中だ。
「―――優斗ー! あなた宛に手紙か届いているわよ!」
母さんの声が一階から聞こえた。
はて、俺に手紙とはなんだろうか。
「分かった! 今行く!」
俺はそう返事をし、一階にいる母さんの元へと足を運んだ。
母さんの横には、何やら赤色の物体が置かれている。
「これ、配達員さんが優斗宛にって言ってたんだけど......」
「......なんだこれ」
鮮烈な赤色をする封筒は、何故か俺に嫌な感覚を覚えさせた。
画用紙くらいのサイズのありそうな封筒、その威圧感は半端じゃない。
母さんも心配そうに俺の様子を伺ってくる。
「高校から、か?」
まだ子供である俺に手紙を送ってくる相手なんて限られている。
時期的に考えるとしたら、俺の受験した高校からだろうか......?
いや、高校がなんで親宛じゃなくて俺宛に手紙を送るのだ。
とりあえず開けてみなければ分からない。
俺はその赤い封筒を手に取り、封を破っていく。
そして中を覗けば、中に入っていたのは一枚の紙だった。
「―――」
俺は出てきた紙を見やすいように自分の前に広げ、内容を確認した。
そしてその紙に大きく書かれている部分だけを見た瞬間、俺は思わず「は?」と溢してしまう。
それもそのはず、その紙にはこう書かれていて―――、
『黒羽 優斗 あなたは国立X育成高等学校への入学者選抜により選ばれました』
紙の見出しに大きく書かれていたそれは、あまりにも理解しがたいものだった。