◆第17話◆ 『醜い復讐』
今回、少し暴力的な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
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「......ん、んん」
目が覚めた直後は人間の脳自体はまだほとんど起きていない。
それは人間の自然な状態だ。
私は重い瞼を上げ、ボーッと思考を停止させる。
霞む視界にまず見えたものは、薄暗い影だった。
「私、なんで寝て――」
ぽつりと独り言を溢している途中、唐突に意識を失う直前の記憶が蘇った。
それは、一瞬の出来事。
一瞬であるからこそ、記憶は戻るも鮮明には思い出せない。
あたふたと私は頭を無理に回転させようとするが、『答え』はすぐそこに存在していた。
「あ、起きた? 沙結理ちゃん」
「っ!?」
聞き覚えのある声。
私は倒れていた体を起こし、正体を確認する。
そこにいたのは今日退学が言い渡された大東光だった。
制服姿のまま、私を見ている。
「なんでアンタがい――ッ!?」
咄嗟に叫ぼうとした瞬間、私は唐突に頭への激痛を感じた。
私は急な痛みに地面に膝をつける。
手で頭を触って、その手を顔の前に持ってきて私は絶句した。
「なに、これ」
私の目に映るのは、手いっぱいにびっしりと付着する血。
それが考えるまでもなく私のものだと察せられる。
私は恐怖で体を震わせた。
「あーごめんごめん。ちょっと沙結理ちゃんと二人きりになるために乱暴な真似しちゃったんだよね。でもまあ死んでないし大丈夫だよな」
「アンタ、何言って......」
大東は気持ち悪い笑みを浮かべながら、私の惨状を眺めている。
一体私はアイツに何をされたというの。
理解が一向に及ばず、私は大東から逃げるため周りを見渡す。
どうやらここは、どこかの建物の裏側――かなり人目のつきにくい場所らしい。
「あははっ。怯えてるね。大丈夫大丈夫、もっと強気でいなよ。この前俺のことを邪魔したみたいにさ」
「何ふざけたこと言ってるの、私は帰るわ。アンタと二人きりなんてお断りよ」
「酷いなー。簡単に俺が沙結理ちゃんを帰らせると思う?」
私は大東が言葉を言い切るのを聞き届けずに、とりあえず右に走り出す。
ここがどの辺かは分からないが、開けた場所まで行ければ助けてもらえるはずだ。
頭がガンガンするが私は無我夢中で前へ前へと足を進ませる。
「――きゃっ!?」
一瞬、後ろから違和感が迫るのを感じたのは一瞬だった。
私は後ろから足をかけられ、大きくバランスを崩して前方に強く体を打ち付ける。
硬い地面と勢いよくぶつかってしまい、私は全身の痛みに顔を歪めた。
誰がこんな最低なことをするのか、考えられるのは一人しかいない。
「沙結理ちゃん足遅すぎ。すぐ追いつけたよー。というか沙結理ちゃん、せっかく二人きりになれたのにもう帰ろうとするとかせっかちすぎ。もっと俺と楽しもうぜ? な?」
後ろから大東の声がする。
私は痛む体を強引に起こし、後ろに振り返った。
「あは、怒ってる感じの顔だね。そんなにぼろぼろでもやっぱり沙結理ちゃんはかわいいな」
「ふざけないで! なんでアンタは私にこんなことするのよ!」
「なんでって......沙結理ちゃんと俺の二人きりで遊ぶためだけど?」
「冗談はやめて、私は帰るわ!」
こんなやつと話していても意味がない。
私は再び逃げようと大東に背を向けた。
「おいおい、だから逃がさねぇって言ってるだろうが」
冷たい声が聞こえた。
瞬間、大東が私の手を無理やり掴んでくる。
「ッ! やめて、触らないで!」
「おいおい、触らないでとかひでぇな。これからもっとスゴいことするのにさあ」
必死に抵抗するも、私の手は大東の握力に阻まれてなかなか抜けない。
明確な力量の差からして、私は大東に遊ばれているのだ。
許せないと思いつつも、このどうしようもない状況に恐怖を覚える。
「へっ、そんなに非力じゃ俺からは逃げられねぇぜ」
大東の私の手を掴む力が強まる。
私は近くの壁にある出っ張りをもう片方を手で掴み、その反動で大東から逃げようとする。
だが大東の握力は異常で、私が踏ん張るたびに手が抜けるかのような痛みが走った。
「よっ、と」
「きゃっ!?」
突然、大東が私の手を逆に引っ張り、強引に地面に叩きつけられてしまう。
いきなりの暴挙に頭の回転が追いつかない。
砂煙が舞い、咳き込んでしまう。
「っ......は?」
咳き込んでる最中、私の視界が急に迫ってきた影により暗くなる。
途端、下腹辺りに感じるズシンと重い感触。
上を見れば、大東は私に馬乗りをしていた。
それに気づいた瞬間、私は耐え難い不快感を一気に感じる。
「やめて離れて! なんのつもりなのよ!」
「そんな暴れんなって、ちょっとこのままゆっくり話そうぜ」
「嫌! 離れて、離れてよ!」
不快、本当に不快。
大嫌いな男子に馬乗りされている。
気持ち悪い。吐き気がする。
なんとか体をよじって脱出を試みようとするも、大東の体はびくともしない。
「おい、いい加減ぴーぴーうっせぇよ」
急に大東の声のトーンが落ちる。
それと共にジリリと何かが擦れる音がした。
「沙結理ちゃん、これ何か分かる?」
「は......? 本当に......やめて!」
大東が私に見せてきたのは刃の出たカッター。
それを私の首もとに持ってくる。
私は首もとのカッターのせいで、抵抗のために動くことができなくなってしまった。
「これ以上暴れるつもりなら......分かるよね?」
「う......」
「あは、賢い賢い。痛い目みたくなかったら、大人しく俺と話そうぜ」
どうすることもできず、私は精一杯の抵抗として殺意をこめた視線を大東に送る。
大東はへらへらと笑いながら、私を見下ろす。
「でー、沙結理ちゃーん。俺がなんでこんなことしてるか分かるー?」
「......」
私は大東から目を背けて無視をする。
「おい、無視してんじゃねーよ」
「痛っ!」
私の首もとに当てられているカッターに圧がかけられ、浅く首を傷つけられた。
血の気の引く痛みに私は声を漏らす。
「俺の指示が聞けねーなら殺すぞ? あぁ?」
「......分かった、わよ」
悔しい、だがこのままでは本当に大東は私に何するか分からない。
私がいやいや返事をしたのを確認すると、大東は嫌らしい笑みをする。
一体何が面白いのか、彼の口角は明らかに上がっていた。
「ああ、気持ちいなぁ。この光景最高すぎ。俺が支配してるって感じが凄くするぜぇ」
大東は満足げな吐息は吐き、顔を赤らめる。
見てて本当に不快。
だが馬乗りにされている以上、この密着された空間で視界からは外れない。
「んで、さっきの話だけどさ、俺がなんでこんなことしてると思う?」
「......私がアンタの評価が落ちるように仕向けたことについて、でしょ」
「そうそう正解正解。よく分かってんじゃねーか」
分かるもなにも、思い当たる節なんてこれしかない。
大東は私の上に乗りながら、わざとらしく拍手をする。
「それで、何よ。確かにそう仕向けたのは私だけど、結局悪いのは黒羽くんをイジメようとしたアンタでしょ。自業自得よ」
「......へー、言うねぇ。沙結理ちゃん、今の自分の状況分かってんの?」
私が冷たくそう言い切ると、大東はカッターを私の首もとから放し、制服のポケットのしまった。
その行動が私の解放に繋がる、そんな甘い話はない。
大東は馬乗りの体制で、両手で私の首を触ってきた。
「――っ!? な、や......」
瞬間、大東は両手で私の首を強く締めつけてきた。
途端に呼吸が困難になり、私はパニック状態に陥る。
「舐めたこと言ってんじゃねーぞ、このクソ女が。お前のせいで俺の人生が台無しになってんだよ!!」
「や、が.......うぅ」
私は大東の手を掴み、離そうと努力するも、上手く力が入らずどかせない。
呼吸困難など経験したことなかった私は恐怖で、本当に思考がめちゃくちゃになる。
どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら。
混乱と動揺と恐怖、ありとあらゆる感情が入り交じり、無我夢中でじたばたと抵抗をした。
「......うっ」
首をしめられ、一分にもなろうとしていた。
いよいよ私は抵抗する気力がなくなっていき、意識を手放しかける。
もうダメ、そう思ったときだ。
「――!? ごほっ。うっ。かほっ」
急に大東の手が首から離れて、新鮮な空気が私の中に取り込まれはじめる。
私は激しく咳き込み、涙目になりながら少しずつ呼吸を整えた。
「あーすっきりするわぁ。すげぇ快感」
「もう、やめて。......早く帰らせて」
ある程度、呼吸が整った私は、下から見上げながらそう大東に語るかける。
だが大東は私の言葉を笑い飛ばした。
「帰らせる? いやいや、ここからが本番だよ沙結理ちゃん。さっきまでしてたのは、まだまだ復讐の序の口だよ」
「ちょ、や、何する気なのよアンタ!」
大東の顔が至近距離に迫る。
私は震える声で大東にそう言い放つ。
その質問に、大東は嫌らしく口角を上げ――、
「――エロいことに決まってんだろ。楽しもうぜ、沙結理ちゃん」
それを聞いた瞬間、私の思考は硬直、一気に全身から血の気が引いた。
つまりアイツは、私に......。
その先の言葉を頭に思い浮かべた瞬間、急な吐き気を催す。
吐きはしなかったものの、私は恐怖に目を見張った。
「さて、どっから脱がしてやろうかな」
「や、やだ。やめて。本当に、無理だから」
声が震える。
だが、大東は私の言葉を無視し、私の制服に手を伸ばし始めた。
一番上のボタンに手が伸ばされ、外される。
抵抗しようにも、自分の力じゃ大東を止められないことなんて分かっている。
本当にどうしようもない状況なのだ。
「.......ひっ、やべぇ興奮してきた」
「やだ、やだ、やめて」
だんだんと制服のボタンが上から順に外されていく。
怖い。泣きそう。嫌だ。逃げたい。
首をしめられるのも、馬乗りにされるのも、まだ許せた。
でも、この先だけは絶対に無理だ。
このままなら、死んだほうがマシとも思えるほどに体が拒絶している。
「やだ、やだ、助けて、助けてぇ」
絶望なんてしたくない。
絶望したとき、人間は何をされても諦めてしまう。
こんなとき、どうやったら助かる。
いいや、この状況で手ぶらの私にできることなんて何もない。
なら、何を信じればいいの。
「......黒羽、くん」
自然と、私の口から黒羽くんの名前が漏れた。
私が今信じることができるのは彼だけだ。
今になって思う。
私が黒羽くんの忠告をもっと真面目に聞いていれば、こんなことにはならなかったはずだ。
すべて、私の責任だ。
私はアンタのこと、もっと信頼するべきだった。
黒羽くん、本当にごめん。
私はあんなに偉そうな態度を取ってたのに、結局こんなことになってしまった。
今度会うときは謝らせてほしいな。
「......は」
私の頬に涙が伝う。
それは、私が絶望を感じた瞬間だった。
だがその瞬間、何者かの足音が聞こえる。
「――沙結理!」
一瞬、幻聴かと思った。
急に私の耳に、私の名を呼ぶ声が聞こえたのだ。
その声は私でも大東のものでもない。
明らかに、この場にはない人の声だった。
「え......」
「あ?」
私は声のした方向を振り返る。
大東も同じく、声のした方を向く。
そこには息を荒げてこちらに近づく人影が1人。
その人影が私の視界に映った瞬間、私は目を見張った。
だってそれは、今私が一番会いたかった人物で――、
「黒羽、くん」




