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◆第15話◆ 『笑っていない目』


 ――大東光。


 その名前が山下先生の口から出た瞬間、俺は息を飲んだ。

 一瞬の沈黙のあと、ダンッという机を叩く音が教室に響く。


「はぁ!? なんで俺が退学なんだよ!?」


 大東の怒りに震えた叫び声。

 それでも山下先生は不気味な笑みを崩さない。


「そんなに怒らないでください。もうこの決定は覆すことができませんから」


「ふっざけんな! なんで俺が退学か理由を言えよ! 俺よりテストの点数悪い奴なら他にも沢山いるだろ! なのになんで俺が退学とかいう話になんだよ!」


 確かに大東のテストの成績は、ほぼ最下位付近ではあるが最下位ではない。

 こうなると、テストの結果で判断されたわけではない。

 別の理由で大東は退学を言い渡されているのか。


「さっき私言いましたよ。退学の理由は、ただテストの結果が悪かった、というだけで判断されたわけではないと」


「は......? じゃあ俺の何がダメだったんだよ!」


「うーん、そうですね。自分で少し考えてみてください」


 山下先生は小首を傾げて、大東にそう提案をする。

 正直、大東には思い当たる節が何個もあるだろう。

 大東は悔しそうに歯ぎしりをする。


「......俺があそこの地味男と、そいつの横の女を殴ったからか? でもなぁ、もしそれが理由ならあいつらも――」


 大東が俺と沙結理を指差す。


「いいえ、それは退学の理由には一切含まれていませんよ」


「は? じゃあ何がいけねぇんだよ! 答えろクソババアが!」


 大東が暴言と共に声を荒げる。

 だが、正直俺も大東の退学の理由は、俺と沙結理への暴力についてが少なからず含まれていると思ったが、どうやら違うらしい。

 とすると、一体何が理由だ。

 授業中の居眠りやサボりか? 

 いや、それなら他のクラスメイトもしているが......


「大東光くん、あなたは入学式の日、教室の扉に黒板消しを挟むイタズラをしましたよね?」


 山下先生の酷く冷たい声が、不気味な笑みと共に放たれる。

 俺の脳裏に思い出されるのは、大東と取り巻きたちが仕掛けた黒板消しが山下先生に直撃した瞬間。

 あのとき、山下先生はそのイタズラに一切の反応を示さなかったはずだ。


「は? いや、確かにしたけど、それが理由とか」


「それが一番の理由ですよ、大東光くん」


 山下先生の場違いな笑みに大東の背筋が凍りつく。


「はぁ? な、なら山根とか神島も退学にならなきゃおかしいだろ! というか、黒板消しを扉に挟む提案したのはあいつらだぞ!?」


 静かにしていた大東の元取り巻きたちが「俺!?」「いや、そんなこと」と否定を口にする。

 しかし大東の叫びは最もだ。

 黒板消しを挟む計画を出したのは大東ではないし、なんなら大東が黒板消しを扉に挟んだのかどうかも分からない。

 だが、その答えはとても残酷だった。


「別に私は、今回退学になるのは大東光くんでも山根信時くんでも神島誠也くんでも誰でもよかったです。ただ、このメンバーの中では大東光くんがリーダー的ポジションを取っていらっしゃるということでしたので、今回は大東光くんを選ばさせてもらいました」


 それは、あまりにも理不尽な回答。

 ただ、大東があのアホ三人組のリーダー的ポジションにいただけという、あまりにも理解し難い理由。

 すると、隣にいる沙結理が手を挙げる


「――先生」


「どうしましたか、遠藤沙結理さん」


 沙結理が机から立ち上がる。


「質問です。今回の彼への退学の決定は、学校が決めたものでしょうか?」


 沙結理の疑問に対し、山下先生は微笑む。

 まるで、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑みだ。


「いいえ、私の独断ですよ。遠藤沙結理さん」


「......分かりました」


 山下先生はまるでその事実が当たり前かのように、沙結理の質問を否定した。

 沙結理の質問が終わった瞬間、大東が目を見開く。


「はぁぁ!? 独断だと!? ふざけんじゃねぇよ、そんなの学校が許すわけねぇだろ!! こんな理不尽なことありえていいはずがねぇだろうが!!」


 大東の悲痛な叫びが教室中に響き渡る。

 その声は枯れ、がらがらの状態でこの理不尽を否定する。


「私には理解できませんね。私は皆さんが授業中にどれだけお喋りをしても遊び呆けても許してあげているのに、なんで大東光くんは退学が決まったくらいのことを許してくれないんですか?」


 大東は絶句する。

 山下先生の言いたいことは分かる。

 だが、その言葉は俺たち生徒からしたらとんでもない暴論だ。

 

「何故、あなたは許されて、私は許されないのですか?」


「いや、そんなむちゃくちゃなことが――」


「それって『フェア』、ではありませんよね?」


 山下先生の冷たい瞳が大東を捉える。

 まるで怯える子供を見下すように、冷たく、冷たく――、


「あなたは退学ですよ。ごめんなさいね」


 瞬間、大東の何かが崩れる。

 今まで溜め込んだ鬱憤が恨みが、すべて溢れ出す。


「ああああああああああああああッ!」


 頭をかきむしり、とてつもない叫び声が響いた。

 俺も沙結理も、みんなが口を開かない。

 それは、初めてクラスが先生を恐れた瞬間だった。


「では大東くん。明日には退学者用のバスが来ますので、今日の内に荷物を片付けてくださいね」


 そう言い残し、山下先生は教室から退出していった。

 ガランといった扉の閉まる音が響いたのを最後に、教室は時間が止まったかのように静かになる。

 

「......こっわ」


 数秒の沈黙のあと、木島が短くそう呟いた。

 それを皮切りに、少しずつ教室は騒がしくなっていった。

 大東を哀れむ声や、嘲笑うような視線で見下ろすクラスメイトが増えていく。


「沙結理。とりあえず昼食食べにいこう」


「......いいわよ。ちょうどアンタと話したいこともできたし」


 俺は沙結理にこのタイミングで約束の昼食の提案をする。

 沙結理はすんなりと承諾して、机から立ち上がる。


「......」


 俺も沙結理の後ろに続き、騒がしい教室から出ようとする。

 だが何か視線を感じる気がした。

 ふと、俺は大東の様子が最後に気になり、後ろを振り返った。


「......っ」


 そこに見えたのは、教室の床でうずくまり、涙を含んだ目を充血させる大東の姿。

 そして、こちらを恨むように睨み付ける異様な視線。

 しかもその視線は俺に向けられているものじゃないと、すぐに分かった。


「......殺してやる」


 そう、大東が呟いたように聞こえたのは俺の気のせいだろうか。

 俺は沙結理の後ろに続き、教室を出た。



***



 俺と沙結理は共に食堂のテーブル席に座った。

 沙結理はサンドイッチを注文し、俺はオムライスだ。

 ケチャップの良い匂いが俺の鼻をくすぐる。


「正直、驚いたわ。この学校が理不尽なのは前から承知しているけど、ここまでするなんて......」


「理由が黒板消し挟んだイタズラだけってのもヤバイよな。しかも山下先生の独断とか」


「先生の独断で退学を決められるなんて、本当怖いわ」


 俺と沙結理は昼食を食べながら、さっきの騒動について話していた。

 沙結理が山下先生のあまりにも理不尽な行動に「はあ」と溜め息をつく。

 つまり、山下先生の機嫌を損ねるようなことをしたら、俺も退学になるということだろうか。


「山下先生は、授業を怠けるのを許しているから、先生もいろいろと許される的なこと言ってたけど、それってあまりにもむちゃくちゃだよな。だったら授業を怠けるのを許すなって話だろ」


「黒羽くんの言いたいことは分からなくもないけど、ここは普通の常識が通じない場所なのよ。私たちの常識は、ここでは非常識であるかもしれないわ」


「......非常識か。とことん理不尽な学校だな」


 俺も溜め息を溢す。

 このむちゃくちゃな学校生活に慣れるのは一体いつ頃になるだろうか。

 いや、それまで俺はこの学校で生き残れているだろうか。

 嫌な感情がズズズと俺の中から沸き上がってくる。


「でも、これで少し授業環境が改善されるかもね」


「まあ確かに、あんなん見せられたらさすがに授業はみんな真面目に受けるか」


 山下先生はいつだって笑顔だ。

 だが、その目はまったく笑っていない。

 目だけはいつだって冷えた様子でクラスメイトを見ていたのだ。

 今回、その事に気づかされたクラスメイトは、さすがに改心することを願いたい。


 ふと、俺は沙結理の顔を見て一つの気がかりなことを思い出した。

 念のため、報告はしておくか。


「そういえばだけど沙結理。一応だけど、大東に気をつけろよ」


「なんで? 彼はもう明日には退学でしょ」


「まあ、確かにそうなんだが......アイツ、さっき教室から出るとき、沙結理のことヤバいくらい睨んでたから」


 どうせ明日には退学なのだが、どうも嫌な予感がする。

 暴走して沙結理に何しでかすか分からんからな。

 でも沙結理は俺の話に「あっそ」と言ってきた。


「それくらい別に大丈夫よ。......まあ、今日は早く寮に戻るわ」


「ああ、それがいいと思う」


 心配は無用だろうが念のためだ。

 俺は一つ気がかりだったことをスッキリさせて、オムライスを食べるスプーンの手を早める。

 一気に残りのオムライスを胃の中に消し、スプーンを皿の上に置いた。

 どうやら沙結理もサンドイッチを食べ終えたらしい。


「じゃ、これで罰ゲームは終わったってことでいい?」


「別に罰ゲームって言わなくてもいいだろ......まあ、いいよ。昼食付き合ってくれてありがとう」


「どういたしまして」


 沙結理から礼を言われて、俺たちは教室へ戻る。

 さて、今から午後の授業だ。

 


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