◆第13話◆ 『抗い』
――俺がX高校に入学し、数日が経過した。
やはりというべきか、授業環境はまったく改善されず、俺はまともに授業を受けることができない。
先生も遊びほうける生徒たちを一切咎めることなく授業を進めていく。
そして、何より俺が恐ろしかったのは、授業妨害のエスカレートだ。
「ねーねー、今日はどこ遊びに行くー?」
「近くのデパートにでも行く? うち買いたいものあるんだよねー」
もはや授業中に立ち歩くことは当たり前と化し、それぞれがそれぞれの場所でグループを作り、完全に授業をサボっている状況。
これでは、休憩時間と何ら変わりがない。
―――腐っている。
今、自分が置かれている状況に体が拒絶反応を起こしている。
普段なら素早く回転する頭も、今はまったく機能しない。いや、俺が機能させようと試みないからだ。
この腐った空間に俺は必要ない。必要であるべきではない。
なのに何故、俺はここにいるのだろうか。
「おい、そこの地味男。ちょっとタバコくすねてこいよ。暇してんだろ?」
この声は大東の取り巻きの一人だったか。
その意味不明なアダ名はまだあるのか。
頭の悪い声が聞こえる。そしてその声が俺に向けられているのだと悟ると、俺の気分はどん底を突き破る。
せめてもの救いはないのか。そう藁にもすがる気持ちで別の方角に視線を向ける。
しかし、そんな淡い期待は予想通りというべきかあっさりと裏切られた。
「―――」
今この空間に存在する唯一の大人、先生。
この場で誰よりも支配力のあるはずの存在が、このしっちゃかめっちゃかの状況を一切咎めることなく、まるで命令されたことだけを実行するロボットのように授業を進めている。
無論、この授業をまともに聞いている者など俺を含めて誰もいない。
「―――はぁ? お前マジかよ。焼酎飲んだってやべぇな。レベル高すぎだろ」
意味が分からない。なんだこの低脳の集まりは。
「―――今度デパートであたしに似合いそうなネックレス探そうと思うんだけどー」
「マジー? 私も行く行くー!」
こいつらと猿を比べても、まだ猿の方が俺にとってマシだろう。
完全に常識の崩壊した頭のおかしい奴ら。
それに紛れる俺。
「おい地味男。なに生意気に無視しやがってんだぁ? あぁ?」
ちらりとこいつの制服を見てみれば『山根信時』という名前らしい。
俺は圧をかけてくる山根に対し、目を細めた。
「なんで俺がお前のために動かなきゃなんねーだよ」
「は? お前反抗する気か? またあん時みたいに腹パンされてぇのかよ」
気分が悪い。
なんで俺はこんな底辺に舐められているのか。
理解不能だ。
「悪いが、調子乗ってると痛い目に合わせるぞ」
「あぁ? 大東に一撃喰らっただけで泣きわめいてた野郎が何言ってんだ」
お前こそ、仲間を引き連れず、単独で俺の前に現れてなんのつもりだ。
この前の俺と、今日の俺とじゃ話が違う。
俺は今、キレているのだからな。
「ちょっと黒羽くん、落ち着いて」
沙結理が小声で俺に落ち着くよう促すが、俺はもう完全にスイッチが入ってしまった。
俺は何より授業妨害が許せない。
こいつらは一体なんの権利があって俺の授業を受ける権利を妨げる。
「ごだごだ言ってねーでタバコ買ってこい。あそこは職員専用のコーナーだけど店員の目を盗めば余裕だろ。ああ、もちろんバレたら責任は地味男に――」
「黙れよ、クズが」
自分でも驚くくらいに冷えきった声が出た。
その言葉を放った瞬間、山根の顔色が変わる。
「てめぇ、地味男。誰に向かって口聞いてんだよ!? あぁ!?」
山根の拳が大きく勢いをつけて俺の右頬に直撃する。
しかし、俺は少しもよろけることなくその攻撃を耐えた。
俺が吹き飛ぶとでも思っていたのか、山根から「へ?」といった間抜けな声が漏れ出す。
「悪いが、やられたらやり返せって父さんに教わってな」
そう一言を添えて、俺は拳を固めた。
素早く肩を回し、腕を下げる。
下げた腕は大きく旋回し、反動により最大限の威力が俺の拳に乗る。
そしてその拳は山根の顔面に直撃した。
「――ぶぉふぅ!?!?」
声ならぬ悲鳴と共に、山根は鼻血を撒き散らしながら近くの机に激突する。
鼻血を撒き散らしたため、派手に吹っ飛んだ山根に教室が騒然とした。
「きゃああああああ―――!?」
響く女子の悲鳴。
前回とは違い、血が飛び散ったから仕方がないか。
しかし俺はまったく動じない。
吹っ飛んでいた奴を一瞥すると、俺は大きくドンと机を一度叩き、全員の注目を集めた。
先生以外のすべての視線が俺に集まる。
「―――お前ら、よく聞け」
一度呼吸を整え、俺ははっきりとこう言い切った。
「俺が今日、今この瞬間からこのクラスのリーダーだ」
***
あのあと、山根は保健室に連れていかれた。
これが良いのか悪いことなのか分からないが、山下先生は俺の突然の暴挙に一切の反応を示さず授業を進めていた。
そして俺が大声を出したクラスの皆に放った言葉だが、見た感じあまり響いていなそうだ。
よく耳を澄ましてみれば「DV男2」なんて声も聞こえる。
ただ、さっきの俺の殺気めいた行動のおかげか、いくらか教室の雰囲気はマシになっていた。
「――黒羽くん、喧嘩強いのね」
「まあ子供の頃から体は鍛えていたからな」
ふと、小休憩中に沙結理から話しかけられる。
沙結理の表情はどこか暗くみえた。
「私も体を鍛えようと思ったことはあるけれど、私は体が弱くて、けっきょく挫折してしまった経験があるの。だから体が強い人は羨ましいわ」
「へー。そうなのか。なんか意外だな」
意外というのは沙結理がこうして俺に、弱味を見せつけるかのように挫折の経験を話してくれたことだ。
まあ、沙結理が体を鍛えようとしていた、ということについても驚きだが。
「ま、沙結理に大東みたいなヤンキーが襲ってきたら、俺が助けてあげるよ。俺、喧嘩には自信あるから」
「ありがとう。頼りにしてる」
......なんか、そんなに率直に礼を言われるとむず痒いな。
こうして時間が経っていく内に、どんどん俺の知らない沙結理を知れていくんだなと、少し気持ち悪いと言われてしまいそうな感想を抱いてしまう。
でも、本当に俺と沙結理の関係からよそよそしさが薄れてきている気がして、なんか嬉しかった。
「明日は実力テストだっけか」
俺は話題を変えて、明日のテストについて沙結理に話しかけた。
「そうね。黒羽くんは勉強してる?」
「まあぼちぼちだな。範囲は中学校の内容だけらしいし、余裕だろうけど」
と、本心からそう言ったのだが、沙結理からは怪訝な表情をされる。
はて、何か変なことを言ったか。
「アンタ、テストを舐めてかかると痛い目みるわよ」
「いや、どうせ俺100点取れるし」
「はぁ......能天気なのね。少しはマシかもって期待してたのに」
おいおい、なんか俺めちゃくちゃ酷い誤解を受けてないか?
俺、何一つふざけた覚えはないぞ。
なんか腹立つから、見返してやりたい。
というわけで俺はある提案を沙結理にしてみる。
「――じゃあ、テスト勝負するか?」
「え?」
「テスト勝負するかって聞いたんだ」
目を丸くする沙結理。
俺は平然とした様子でもう一度同じ内容を言う。
「いいけど、私に勝てるとでも思ってるの?」
「ああ、もちろん。もし俺が勝ったら罰ゲームとして、俺と一緒に昼食を取ること。これでいいか?」
パっと思いついた罰ゲームだが、ちょっとキモいか。
でもまあ、女子と一緒に食事なんてめったに経験できることじゃないからな(この前のはノーカン)
そう条件を付けると、沙結理は一瞬考え込む様子を見せる。
そこまで酷い罰ゲームじゃないのだから、そこまで悩む必要はないだろ。
「......まあ、どうせ私が勝つだろうし、良いわ。その勝負乗ってあげる」
と、あからさまなフラグ発言をして、沙結理は俺の勝負に乗ってくれた。




