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◆第12話◆ 『許すことのできない現実』


 木島の勧めもあり、俺は学校を休み寮で一日を過ごした。

 とはいえ寮に一人でいても何もすることがないのでとても暇だった。

 暇となると自然と考え事をしてしまう。

 それはあまりにも人には言えないもので――、


「沙結理、か」


 何故だろう。

 改まって名前を呼んでみると、どこかドキリとしてしまう。

 それは胸の中でモヤモヤを残したままなかなか消えてくれない。

 この感情に名前を付けるとしたら、それは何だろう。


「......はっ。俺は単純な男だな」


 一度助けられただけでこんなにも感情を揺さぶられるとは。

 やはり俺は情けないな。



***


 

 騒動から一日後、俺は再び教室の扉に手を伸ばす。

 昨日の沙結理の勇気ある行動により事態はうまいように沈静化しているだろう。

 だが、やはり少し度胸がいるな。


「――」


 無言で教室内へと入った。

 そこに広がる光景は、ぎゃーぎゃーと騒がしいクラスの様子。

 だが少し違う点もある。


 この騒がしい中、大東は一人自身の机に座っていた。

 見たところ大東の取り巻きもいない。

 ちらりと一瞬、大東が俺の方に視線を向けるがすぐに逸らされる。


「おはよう、黒羽くん」


「あ、ああ。おはよう」


 俺は自身の机に向かうと隣の席から挨拶が飛んでくる。

 少し予想外だったので、ぎこちなく挨拶を返してしまった。


「彼、あの後クラスから盛大なブーイングを受けて、自分の取り巻きからも裏切られたらしいわ。だから今あんなに孤立してるの。正直、ここまでうまくいくとは思わなかったわ」


 まるで俺の思考を読んでいるかのように俺が聞きたかったことを答えてくれた。

 超能力かよ。


「そうか。じゃあ安心だな」


「ええ、苦労した甲斐があったわ」


「それで、ケガの方は大丈夫なのか?」


 俺は沙結理に一番聞きたかったことを質問する。

 正直、大東なんてどうでもよかった。


「そこまで大したケガじゃなかったし、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


「そっか。なら良かった」


 沙結理の頬には白い絆創膏が付いてるが、本人曰く問題はないらしい。

 俺は小さく息を吐いて、安堵する。 

 何せ、この傷は俺のせいで付いたみたいなところもあるからな。

 

「黒羽くんの方は大丈夫なの? お腹殴られてたみたいだけど」


「いや、沙結理の傷と比べたら、あんなの屁でもないから」


「そう」


 と、ここで教室の扉が開く音がする。

 入ってきたのは山下先生だった。


「――はい。それでは朝のホームルームを始めようと思います」


 そうして、俺は今日初めて学校での一日を過ごすことになる。



***



「こういう場合にする式変形は、これらの共通する部分を一つの文字に置き換え、先ほど使った公式に――」


 先生が黒板に数式を書き進め、授業を進めていく。

 この光景自体はどこにでも見るものだ。

 しかし、授業環境だけは常軌を逸していた。


「なぁなぁ、今日放課後どっか遊びに行こうぜー」


「おぅいいぜ賛成。どこ行くー?」


 授業中にも関わらず席を立つ者、ペチャクチャと隣と喋る者、ジュースやお菓子を食べる者。

 俺と沙結理以外、全員が授業を真面目に受けていないのだ。


「ねーねー、咲ー。今度、一緒に良い感じのアルバイト探しにいかない?」


「おっけー全然いいよー。それならみーみんも誘おうよ」


 良い奴だと思っていた木島でさえも、机に勉強道具は一切置かず、スマホを弄りながら友達と会話をしている。

 休憩時間やホームルーム時に多少お喋りするならまだ分かる。

 だが、一体どういう神経をしていたら先生の行う授業を無視できるのか。

 俺にはまったくもって理解することができない。

 

「では皆さん、今教えた公式を使って問題集の――」


「ちょっと待ってください先生!」


「――? 質問ですか、黒羽優斗くん」

 

 俺は咄嗟に手と声を上げ、席を立っていた。

 先生が不思議そうな顔で俺を見る。

 

「いや、質問じゃなくて、なんで注意しないんですか!?」


「注意、とは一体なんのことでしょう?」


 ――は? この教師は一体何を言っているのだ。


「なんのことって......この状況についてに決まってるでしょ! 誰一人真面目に授業を受けていませんよ!? こんなのもう授業なんて言えない!」


「......なるほど、それで黒羽優斗くんは私に注意をしてほしいのですね」


「はい、当たり前です!」


 俺は高校生にもなって当たり前すぎることを山下先生に強気にぶちまけた。

 そうすると山下先生は分かりやすく考え込む姿勢を取り出す。


「うーん......そうですね。黒羽優斗くんの言いたいことも分からないこともないのですが、注意するのはやめておこうと思います」


「いや、は!? なんでですか!」


「なんでと言われましても、この授業を受けるのも受けないのも、それは生徒の自由だからですよ。生徒がそれを拒むというのなら、私たち先生も無理強いする必要はありませんから」


 なんだその暴論は。意味が分からない。

 ここは学校なんだぞ?

 勉強をする場であり、遊びの場ではないはずだ。


「そんな無茶苦茶なことが許されるわけ――」


「黒羽くん」


 俺が再び山下先生に反論しようとしたところ、沙結理に名前を呼ばれて、出かけていた言葉を喉の奥に引っ込める。

 沙結理は呆れるような目で俺を見ていた。


「それ以上先生を問い詰めても何も変わらないわよ。薄々分かっていることでしょ」


「いや、でもこんな状況ありえていいわけがないだろ!? ここ教室だぞ!? 真面目に授業を受けたい生徒がいるのに、先生が注意しないとかありえねぇだろ!」

 

 当たり前のことを俺は言ったつもりだ。

 普通ならば誰もがこの俺の意見に賛同してくれるだろう。

 だが誰もこの意見に賛同などしないのだ。


「アンタの思う当たり前は、この学校ではもう当たり前じゃないの。先生は生徒同士のトラブルをどうとも思わないし、授業を無視しようとも関係ない。そんなところなのよ」


「ぐっ......」


 父さんから耳にタコができるほど聞かされた話だ。

 よく周りを見渡してみれば、この状況は父さんから聞いていたものと何一つ代わりない。

 まさに無法地帯だ。


「――でも、私もこの状況をこのまま放置する気はない」


「......こんなの放置できるわけねぇだろ」


「生徒の問題は生徒が解決する。何か良い案を考えなきゃね」


 こんなの、もう授業なんて言えない。

 授業の妨げなど、俺が一番許すことのできない行為なのだから。

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