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◆第10話◆ 『ライン越えの暴力』


 俺と大東の間に割り込んで入ったのは沙結理だった。

 この場には似合わない華奢な体が、俺を庇うようにして立っている。

 なんで、そんな疑問が俺の脳内を訴えかけた。


「あー、沙結理ちゃんかよ。何邪魔してくれてんの。今そこにいる地味男がしっかり反省して土下座しようとしているとこだろーが」


「彼が土下座をする理由は何? 私には何一つ理解できないわ」


「いやいや、俺はただ、沙結理ちゃんがそこの地味男に強引に彼女にされたーって話を聞いたからさ、か弱い沙結理ちゃんを脅したこの地味男に反省を促してるだけなんだよ。これで理解できる?」


「いいえ、繰り返すようだけど何一つ理解できないわ」


「......あぁ?」

 

 大東の話は全くもっての捏造だ。

大東は若干強い口調で沙結理を説得し、話を合わせさせようとする。

 だが沙結理はそんな嘘話を理解できないと切り捨て、大東に反論。

 すると大東は、何一つ態度の変えない沙結理に苛立ち始め、舌打ちをした。

 大東の注目が俺から沙結理へと移る。


「勝手にいろいろと想像膨らませているところ悪いけど、あなたそんな出任せの嘘をよくポンポンと言えるわね。どんな神経してたらそんなデタラメを平気で言えるの? 私には到底理解できないわ」


「おいこらてめぇ、俺が嘘を付いてるとでも言いたいのか?」


「ええ、事実だもの。まさかあなたは自分が嘘を付いているということに自覚がないの? もしそうなのなら、本当に救いようのない重症ね。病院にでも言って頭の治療でもしてもらえば?」


「てめぇ......沙結理。言わせておけばボロクソ言ってくれるじゃねーか」


「私は事実を言っているまでよ。というか、勝手に呼び捨てにしないでもらっていい? 気持ち悪い」


 みるみるうちに大東の様子が不穏なものへと変化する。

 顔は赤く怒りに染まり、拳をぎゅっと握りしめていた。


「おい、沙結理。俺は女でも容赦しねーぞ......」


 怒りに体を震わせる大東が一歩、沙結理に近づく。

 ......まさか、アイツ。


「おい、沙結理! 逃げろ! アイツマジでお前のことをやる気だぞ!」


 痛む腹を抑えて俺は叫んだ。

 だが沙結理はその場から全く動かない。

 大東の気迫に怯えていないのか。


「なあ大東、さすがに女に手を出すのはヤバくないか?」


「ギャハ、それな」


 大東の取り巻きたちも、さすがに大東の暴走を心配しだす。

 しかし大東にはもうその言葉は届いていない。

 大東の視界には今、沙結理しか映っていないのだ。


「正論を言われたからって我を失うなんて本当に醜いわね。やれるものならやってみなさいよ」


「うっせぇよ。うっせぇんだよ。黙れよ」


「いいえ、黙らないわ。あなたが自分の馬鹿さ加減に理解するまでね」


「っ! うるっせぇんだよ! このクソ女がぁ!」


 大東が叫ぶと同時に、硬い男の拳が勢いを付け、沙結理に迫りくる。

 だが沙結理は一切の回避行動も防御体制も取らない。

 俺は咄嗟に叫んだ。


「沙結理ッ!!!」


 ――瞬間、鈍い音がして沙結理の華奢な体は地面へと叩きつけられる。

 

 沙結理が地面に崩れる音とともに、教室内はまるで時間が止まったかのように空気が凍った。

 大東が沙結理に拳を放った箇所は顔。

 女子の顔を、しかも本気の拳で殴ったのだ。


「おい、沙結理! 大丈夫か!?」


「......っ。平気よ」


 頬を手で押さえる沙結理の表情は芳しくない。

 大東が余程の力で沙結理を殴ったことがよく分かる。

 

「――あのさぁ大東、いくらなんでもそれはないわ」


 この凍った空気から最初に発言したのは木島咲だ。

 誰もが大東の最低なる暴力に唖然としているなか、木島だけは「はぁ」と溜め息をついている。


「......っ。いや、これはその、俺は別にやりたくてこんなことをしたっていうわけじゃなくて」


 大東も頭が冷えてようやく今の状況に気づいたのか、クラスのみんなの視線を浴びて焦り出す。

 だが、もう言い訳をするには遅い。

 大東の暴走を、このクラスの全員が完璧に見届けたのだから。


「悪いけど、アンタの連絡先消させてもらうわ。女に暴力振るう奴とかマジでイカれてるよねー」


「ほんと咲ちゃんの言う通りだよー。あんな野蛮な奴、早く退学してくれないかなー」


 木島がまず最初に反応し、次に木島の取り巻きが反応をする。

 そして最終的には大東に対する悪口がクラス全員に伝播した。


「ま、待って咲ちゃん。俺はこんなことやりたくてやったわけじゃ」


「――うるせぇよ。DV男」


 木島のドスの効いた声が教室に響く。

 木島は大東に対し、最大級の侮蔑の視線で見下ろしていた。

 その様子に大東は言葉を失う。


「アンタ、イジメをしている自分かっけーとでも思ってんの? マジでダサいよ。というかキモすぎ」


 追い討ちをかけるように木島はそう大東に言うと座っていた席から立ち上がった。

 怯える大東の横を歩き去り、俺と沙結理の側まで近づき屈んだ。


「二人とも大丈夫そ? アタシが保健室まで連れてくよ」


 木島が俺たちに手を差し出し、保健室へ行こうと提案してくれる。

 俺はともかく、沙結理は行ったほうがいいに違いない。

 一応俺もおもいっきり腹パンを喰らったため、念のため保健室へ行くことにする。


「わ、悪い」


「――」


 俺は木島の手は借りずに自力で立ち上がり、沙結理の方はよろよろと無言で木島の手を借りて立ち上がる。

 だが、沙結理は立ち上がった瞬間にグラッとバランスを崩した。


「おっと、危ない危ない」


 危うくまた地面に倒れそうになった沙結理を、木島が間一髪で助ける。

 いったい大東はどれほどの力で沙結理を殴ったのか。

 想像しただけでも恐ろしい。


「悪い......わね」


「いや、さすがにあんなん見てられなかったからさ、これくらいはして当たり前じゃね?」


 いつものギャル口調で飄々と保健室へ案内していく木島。

 木島は教室から出る去り際に、一度だけ後ろを振り向いた。


「――アンタ、多分このクラスの女子全員を敵に回したわね」


「ひっ......いや、俺は......!」


「御愁傷様」


 最後にそう、木島は残酷に告げる。

 すると大東は分かりやすく地面へと膝を付いた。

 周りから向けられる冷たい視線、陰口。

 どうしようもない状況に陥ったということに、ようやく大東は察する。


「大東、やっぱり女子殴ったのはやべぇよ。謝らねぇと」


「そうだぜ大東。いくらなんでもやべぇって」


 大東の取り巻きが焦った様子で大東に謝罪を促す。

 しかし、大東は聞く耳を持たない。

 なんでこんなことに、という疑問が大東の心を支配するのだ。


「なんで、なんで、なんでこうなった。ふざけんなよ、おいぃ」


 感情薄く、今の状況を悲観し嘆く。

 大東は自分に非があったとは一切思わない。

 ただ、沙結理が自分を挑発してきただけだと。

 だから制裁を加えただけだと。


「俺は、間違ってねぇ、間違ってねぇよクソ共が。クソ共が」


 疑問は大東にとって都合の良いものへ変えられ、最終的には怒りへと変化する。

 その怒りの矛先は、突然自分の目の前に立ちふさがって現れた沙結理。

 あの女さえ現れなければ、大東の頭はそう解釈する。

 捻れ曲がった大東の思考は、完全に確固たるものに固まってしまう。


「絶対に許さねぇぇぇぇ!!!」


 大東はここに誓った。

 理不尽なる復讐の誓いを。



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