◆第9話◆ 『理不尽なる仕打ち』
俺は最悪の気分のまま学校から外へと出る。
明日のことを考えると頭が痛くなるが、今は考えないようにしておこう。
そう自分に思い聞かせ、俺は配布された資料を取り出す。
「......あの寮か」
俺の部屋番号は『421』。
『400』番台の寮を見つけて、俺は寮の中へと入っていく。
どうでもいいが、とても綺麗な内装をしているな。
「お、あった」
目の前のドアに掘られた数字は『421』。
間違いなく俺の部屋だ。
俺は入学式前に渡されていたカードキーを取りだし、部屋のロックを解除する。
するとピーという機会音がして、自動でドアが開いた。
なかなかに近未来的だな。
「......」
中に入ると、とても寮とは思えないほどの小綺麗なワンルームの様子が分かる。
とりあえず、一通り部屋の中を探索してみるところから始めよう。
「トイレあり、風呂あり、キッチンあり、机あり、ベットあり......こりゃスゴいな」
見た感じ、生活必需品はすべて揃っているようだ。
無料でここまで優遇されるとは、ここは本当に大した学校だ。
「今日は早く風呂入って寝るか」
新たなる住みかを手に入れたとはいえ、だいたいの物が用意されている以上俺のやることは少ない。
今日はどっかのアホのせいで気分が悪いので、気を紛らわすためにも早く風呂に入ろうと思う。
ああ、本当に明日のことを考えると気が重いな。
***
――翌日。
俺は制服へと着替え、荷物を準備し寮を出る。
綺麗な青空が照らしてくるが、今の気分は最悪だ。
大東の『明日が楽しみだな』という言葉が頭の中にフラッシュバックして、俺の心が崩れそうになる。
入学早々ハプニングなど本当に勘弁してほしい。
「......はぁ」
俺が一つ大きく溜め息をつくと、後ろからカツカツと足音が聞こえてきた。
「――ん、あんたって大東に目つけられてた奴じゃね?」
「は? アンタは......木島さん?」
「名前知っててくれたんだ。うぃー。ヤッホー」
後ろを振り返れば、そこには同じクラスのギャル――木島咲が立っていた。
昨日、大東と連絡先を交換していたカーストの高そうな女子だ。
「あんた、大東に目つけられてるでしょ」
「ま、まあ多分」
「アイツ、なんとなくヤバそーだから気をつけた方がいいよ。昨日アイツ、アタシに夜連絡してきて、一緒に君をイジメね? とかなんとか言ってきたから」
「......それ、マジで言ってる?」
思わぬ情報に俺は耳を疑いたくなる気持ちになる。
まさかそこまでして俺を大東は追いつめようとしているのか。
「マジマジ。まーアタシはそーゆうのに興味ないから断ったけどー、アイツ、違う奴らにもアタシに言ってきたのと同じようなこと言ってるかもね」
「違う奴らにもって......冗談じゃねーよ。俺がアイツに何したんだよ」
「アイツ馬鹿そうだから、あんたが狙われているのには特に理由はないんじゃない? 単に目についたーってだけで」
「はぁ......?」
そういえば大東はおもしろいものか見たいとか言っていたな。
その具体例としてアイツはイジメを上げていた。
まさか、本当にイジメを始める気なのだろうか。
学校に着く直前に聞かされた思わぬ木島の情報に俺の気分はどん底を貫いた。
「ま、上手いように対処したら? 無責任だけどアタシにできることなんてないし」
「いや、情報くれただけでも助かった。ありがとう。......なんとかしてみせる」
「ガンバレ~。んじゃ、また学校で~」
そう言うと木島は俺の前を歩き出し、X高校へと向かっていった。
俺はそんなギャルの後ろ姿を見て思う。
なんでこんなにもこの高校は理不尽なのだろう。
クラスができてまだ1日しか経っていないのに、木島はもう完璧にカースト上位の女子として成り立っている。
それはもう本人が持つ生まれつきの素質なのだろう。
「――」
それに比べ俺は、早速高校生活の日々を踏み外そうとしているのだ。
***
俺はまだ見慣れない扉を前に、深呼吸をし気持ちを整える。
中に入ったとき、大東の目に俺が映らないことを祈る。
そんな、淡い期待を胸に抱きながら扉を開いて――、
「――お、彼女持ちの地味男が来たぞー!!!」
開口一番、大東の大声が俺の脳内に鳴り響く。
どうやら状況は最悪らしい。
「おいみんな、こいつ俺たちのクラスの沙結理ちゃんを強引にナンパして彼女になってもらったらしいぞ!」
「な、はぁ!?」
「ギャハ。そういえばこいつ沙結理ちゃんと無理やりキスしようともしてたなぁ」
「は? は? はぁ!?」
身に覚えのあるはずのない話が教室に響き渡る。
すると教室はどんどんと騒がしくなって俺の陰口が聞こえ始めた。
「おいおいお前、こんだけのことやらかしといてよく堂々と学校に来れるよなぁ。沙結理ちゃんがかわいそうだろ」
「マジでお前......大東! ふざけんじゃねぇ! んなことしてるわけないし、昨日ちゃんと説明しただろ!」
「ふざける? いやいや、事実を言ってるだけだから。というか、何お前俺のこと気安く呼び捨てにしてんの。舐めてんのか?」
大東の表情が曇ったと思った瞬間だ。
勢いをつけた大東の拳が俺の腹に直撃する。
「――!? ぐふっ......」
俺は手加減が一切なかった大東の腹パンに体制を崩し、地面に腹を抑えながら倒れこんだ。
腹を抑え蹲る俺の頭を、大東が足で踏みつける。
気持ち悪い笑みを浮かべながら、俺は大東に頭を足でぐりぐりされる。
「おい地味男。強引に彼女になってもらうなんて、ちょっと人としてどうかと俺は思うぞー?」
「ギャハハ。最低な野郎だぜ」
違う。違う。違う。
俺はそんなことしてないし、するわけがない。
反論しようにも、さっき殴られた腹が痛み、声が出せない。
「ねぇねぇ咲ちゃんもそう思うよね。彼女になること強要するとか最低だよね。もちろん俺はそんなことしないよー」
「アタシ、こーゆーのに興味ないんだよね。イジメるんなら勝手にやっといてー」
大東が木島に共感を求めるも木島の対応はそっけない。
木島は中立のポジションにいるようだ。
唯一の頼みの綱ではあったが、やはり木島は俺を助けてくれはしない。
もう、最悪だ。
「んで、地味男。お前、こんなに最低なことしてんだから誠心誠意謝る必要がやっぱりあるんじゃねーのか?」
「は、はぁ? な、なんで」
「なんでじゃねーよ。謝罪だよ謝罪。もちろん土下座くらいしてくれるよなぁ? 入学初日からか弱い女の子を脅しといてさぁ?」
理不尽に要求される謝罪。
しかもその謝罪の理由は全く意味不明。
理解不能の状況に俺の心が『恐怖』で満たされていく。
「早くしろよ土下座。はい、どーげーざ。どーげーざ」
どうすればこの状況を脱せられる?
土下座をすれば逃がしてもらえるのだろうか。
でも、俺がこいつに土下座する理由はなんだ。
意味が分からない。
――でも、この惨状から脱せられるのなら、土下座の一つや二つくらいどうでもいいのではないか?
「どーげーざ。どーげーざ。どーげーざ」
アホ三人組の土下座コールが掛かる。
それと同時に広まる周囲の笑い声。
羞恥心やら恐怖心やら屈辱感やら全てがごっちゃ混ぜになる。
――もう、早く土下座して、楽になろうか。
「どーげーざ。どー.....おっ? 土下座するのか?」
「ギャハ。マジで土下座すんのかよ」
俺が少し体の位置をずらすと長かった土下座コールが止まる。
どうやら腹を括るしかないようだな。
こんなにも理不尽な理由で土下座をすることになるとは。
そしてまさかここまで追い詰められるとは。
想像の遥かに上回った結果だった。
そう、俺が完全に希望を失い、諦めた瞬間だった。
「――それ以上はやめて。見てられないわ」
綺麗な少女の声が俺の耳に響く。
それは誰のものかと、俺は顔を起こし見上げた。
「あぁ? 邪魔すんなよ」
「言ったでしょ。これ以上は彼が可哀想だわ」
俺と大東の間に割り込む形で立つ人影。
雪色のセミロングヘアーが俺の視界に広がっている。
――俺を庇っていたのは、沙結理だった。




