【オルクセン王国史二次創作】かぶらずの王冠
父祖たちの偉大なドワーフの王国は滅びた。
首都たるモーリアの炉の輝きは失われ、多くの氏族の戦士たちが民と家族を守るために殿となって殺され、シルヴァン川はドワーフの血で染まった。
その当時、ドワーフ王は高飛車で尊大なエルフを嫌い、野蛮で冶金も稚拙なオークを嫌い、まったくの不干渉を宣言してロザリンド渓谷の戦いに至るまであらゆる戦闘行為を無視した。我らの地に踏み入るべからずと、いつも通りの生活を続けていた。背の高い連中のすることにいちいち付き合っていたら、炉も冷え込んでしまうというものだ。炉を冷え込ませるなどドワーフにとって、あってはならないことだ。この世界で石から真の鉄、真の金、真の銀を創り出せるのは我らドワーフだけなのだから、と。
それがあの連中の鼻についたのだという者もいれば、ドワーフの冶金技術を脅威に思ったのだという者もいるが、なんにせよロザリンド渓谷の戦いが終わった後、白エルフの軍団はシルヴァン川を渡らずロザリンドに留まり、霧の深い朝方、ドワーフの王国へと侵攻し、抗議する王の首を跳ねた。そして戦いとは言い難い、殺戮と略奪と、決死の脱出行が始まったのだ。
―――
オルクセン王国軍においてもっとも強靭でもっとも飯を食い、もっとも主流なのはオークである。
オルクセンという国がオークの国なのだからそうなって当たり前ではあるが、数々の種族がこの国に入り込んでいくに従って、オークの次点でもっとも強靭でもっとも飯を食う種族が現れた。それがドワーフだ。
ドワーフとは偏屈で排他的で腕っぷしが良く、大食いで大酒飲みでそのくせ食事の仕方と言ったら昔のオークのようで、ビールなどは浴びるように飲み――時折、本当に浴びる者もいるが――火酒を水のように飲むばかりか自分らで蒸留してこさえてしまう。大騒ぎしながら食い物をかっ食らい、空になった食器を投げて大笑いし、見事な銀食器があれば口笛を吹きながら懐に仕舞い、酒樽の下に寝転がって顔面ビール塗れになりながら空になるまで飲み漁る。下から上に至るまで、ドワーフはみんなそうだ。地下深く潜って採掘に勤しむドワーフから、玉座とアーケインの王冠を抱くドワーフ王に至るまで。
そんなドワーフの一面を端的に表している、昔ながらの月並みなジョークでこんなものがある。
「ふと思い立って夕食にドワーフを招きたいのだが、何人くらいを誘えばいいだろう?」
「君が食い物と酒樽と銀食器の心配をしないなら何人でもよい。ただし、マナーにうるさいならこの世にドワーフが存在することを忘れなさい」
だが、疑り深く頑固なドワーフたちから信頼を勝ち得た者は、ドワーフとは根本的に信義を重んじ礼儀正しい種族なのだと気づかされる。
一度受けた恩や仇は寿命を全うするまで忘れず、誠実さや勇気や、正義や仁義をなした者にはその行いと精神に対して深く敬意を払うのだ。たとえそれが初対面で悪口の洪水を浴びせた相手であっても、ドワーフは自らの判断が過ちであったという事実を認めてその高潔さを讃え、友として認めて欲しいと頭を下げる。疑り深く頑固なドワーフが頭を下げ謝罪し、誰かを認めるということは、そうそうあることではないが。
民の先導を王から任された、ドワーフ王の息子の一人、矢砕きのフンディンが女子供合わせて四〇〇〇から五〇〇〇人を引き連れてリヒトゥーム郊外に現れ、炊き出しを受けてグスタフ・ファルケンハインと初めて出会った時、フンディンは戦斧を帯びたまま王の天幕に入ろうとしたという。咎められたフンディンは巨体を誇るオークを見上げ、夜の帳さえ波立ちそうなほどの声で吼えた。
「オーク風情が我らを亡国の民と侮るなよ! 貴様らの同情や憐れみなど要らぬ! 我はドワーフの戦士、戦士から武器を奪おうなどとはなんたる侮辱か!!」
一気に殺気立つ周囲のオークをよそに、フンディンは直接グスタフ・ファルケンハインに「戦斧を帯びこのまま会わせてもらう」とさらに吼えた。
ドワーフもオークも一触即発の事態となったその時、天幕の中からオルクセン国王たるグスタフ・ファルケンハインが顔を出し、フンディンを見た。
その時の矢砕きのフンディンの有り様はグスタフ本人が書き残している。
「背丈は一五〇あるかないかで、癖のある茶髪は汗と脂で濡れ、髭も同様だった。彼は血を流し泥に汚れ疲労を色濃く残し、瞳には炎が輝いていた」
限界にまで追い詰められ、疲労と睡魔が目元を暗く染めた一人のドワーフに対して、このオークを統べる王は静かに言った。
「どうぞ、お入りなさい。私たちの新しき友よ、ここは汝らの穏やかな祖国だ」
それが、オルクセン王国におけるドワーフたちの始まり日となった。
矢砕きのフンディンはこの王の天幕での会話のすべてを話すことはなかったが、時折思い出話としてよくこの時に食べた料理の暖かさとオークにあるまじき優しき炎を湛えたグスタフ・ファルケンハインのもてなしに関しては口にしており、時にグスタフ王のこの時の印象を表した言葉として、後の歴史書で度々引用されることになる。
「オークにあるまじき穏やかで優しい、温もりを伴った炎をその目に見た。この王は戦士ではないと悟った。この炎は家族を、民を暖かくする。きっと奴はそんな王なのだ」
シルヴァン川南岸に位置するドワーフの王国からの難民の数は、増え続けた。ドワーフは肉体的にも精神的にも頑強で不屈であることもあり、樹皮を食べ小石を舐めて飢えを耐え忍び、小便を啜って逃れてきた者さえいた。中には複数の鉱石運搬船に一族を乗せてクラインファスの港に乗り付けた者さえおり、誰も彼も疲労困憊で空腹ではあったものの、まず第一にオークに対する侮蔑の言葉だけはしっかりと口にした。
ドワーフの難民は増え続けた。王国が攻め滅ぼされた後、付近の村や町も次々と白エルフの侵略を受けた。伝令が先に駆け付けたところでは着の身着のまま、家宝を手に持って家を出た。あの頑強なドワーフでさえも疲労と空腹の末に倒れる者がおり、熱病にかかったドワーフは白エルフの手にかかるくらいならと自ら望んで髭の一房を切り取って慈悲の一撃を受けた。伝令がたどり着けなかったところではモーリアよりも悲惨な運命が待ち構えていた。白エルフは木や家の屋根に陣取って広場に逃げ出したドワーフを次々に射殺していき、ドワーフは女も見分けがつかんと嘲笑して女も殺した。子供は‶醜いオークとの混血児〟と生きたまま埋められた。
矢砕きフンディンはドワーフらしく、常に戦斧を携えて歩き回り、後に何度も繰り返されたグスタフとの謁見でも戦斧は手放さず常に傍らに置き続けた。
グスタフ・ファルケンハインが本格的に星欧式の礼節を取り入れて、オークという種族全体が徐々に‶文明化〟されていく渦中であっても、その姿勢は変わらず、ドワーフらしい頑固者であり続けた。
彼がわざとそんな振る舞いをしているのではないかと思う者もいれば、露骨に嫌って険悪な仲になる者もおり、モーリアからの種族の柱であるにもかかわらずフンディン自身が自伝の編纂を頼むことなどはついぞなかった。
矢砕きのフンディンはアルベール・デュートネと対峙した黒旗戦争で真っ先に志願し、自らシュヴェーリンの指揮下にはせ参じ、ドワーフ連隊を率いた。反対する者は臆病者と唾棄し、貴様の氏族は千年続いてもシルヴァン川を跨ぐことも出来ないと罵った。一時の天才デュートネ程度を下せずして千年の知恵者エルフィンドなど討てるわけがないと、ドワーフだけでなく諸種族の意識を高揚させ、オルクセン王国軍の貴重な兵力となった。戦死した後に見つかった遺書には、簡潔に所有財産とその相続について、そして葬儀の方式、石細工の棺桶の寸法と製造に関する諸注意、雇っていた召使の再雇用に関してなどが書かれているのみで、個人への言葉らしい言葉はなく、ただ一言末尾に、
「その時が来た。我らの穏やかな祖国、我らのオルクセンに万歳」
とだけあった。ただそれだけで十分だったと彼は知っていたのだ。この一言で、ドワーフたちは自らがドワーフの王国の民である前に、オルクセン王国の民なのだということを告げたのだ。
矢砕きのフンディンの財産はほとんどがドワーフの内々で相続されたが、ドワーフにとってもっとも重要なものは国王グスタフ・ファルケンハインに送られた。豪奢な家系図のタペストリーに包まれたフンディンの戦斧である。初代ドワーフ王から脈々と続く、立派な家系図だ。そこにあるのはドワーフが己の命と同じくして大事にする家族の名前、歴史であり、それを他人に送ると言うことは深い意味があった。
フンディンが自ら鍛え上げたフンディンの戦斧には、ドワーフの使う文字が刻まれている。その文字は、フンディンたちドワーフがオルクセンに住み着いてから刻まれたものもある。
「ドワーフの王、ソーリンの三番目の子、フンディンが振るいし斧。この斧と我が忠義を心からの友に捧げん。―――オルクセンに栄光あれ」
以来、オルクセン王国陸軍のドワーフは正式に戦斧を帯びるようになった。
最初はフンディンの戦斧を模したものであったが、これは着席時や匍匐時に引っかかるなど大きすぎたため、徐々に小さくなっていったが、刻まれる銘だけは変わらずに製造されている。
―――オルクセンに栄光あれ。
―――
矢砕きのフンディン―――オルクセン王国に定住してからはフンディン・ソーリン・アイトゲノッセと名乗った彼は、いくつかの業績を残した。
脱出行の英雄であり正当なドワーフ王の後継者である彼は、その血筋を使ってドワーフという種族の派閥化さえ可能であったが、フンディンはそれを「友への裏切り」といって拒絶した。そしてなおもそうした動きや発言をする者があれば、恩知らずの愚か者だとか、屑石頭の無能だとか、ありとあらゆる言葉を使って罵倒した。一方でドワーフ難民に関する支援や福祉に関しては、オークとの不和が起きぬようにと配下の人材を登用させるなど、ドワーフとオークの間の潤滑油とでもいうべき立場でもあった。
一方ですぐに激発するその怒りっぽさと相手の対面を完膚なきまでに潰す口の悪さはフンディンの明らかな欠点で、採掘技術や鍛冶の腕を売り込んで新大陸へと渡った一族もあった。無事に新大陸に辿り着いた者たちは開拓の最前線に立ち、新しいモーリアを自らの手で作るのだと西を目指して進み続けた。無事では済まなかったドワーフたちは、ロヴァルナの極寒の金鉱で奴隷として死ぬまで酷使される者、どことも知れぬ炭鉱で肌の色が黒ずみ肺を病んで死ぬまで酷使される者など、さまざまだった。男であっても女であっても、ドワーフはとりあえず、鉱山に放り込まれる。そしてその山から生きて出てくることはなかった。
そうした一族がいる中、オルクセン王国でのドワーフはどうだったかと言うと、とてもではないが上手くいったとは言えなかった。オルクセン王国のドワーフの急先鋒として矢砕きのフンディンが不眠で働き歩き回っていたが、フンディンがいないとどうにも上手くいかなかった。それは当然で、言語も文化も見た目すらも違うまったくの別種族が必要に迫られて居候している形なのだから、不和が起きない方が不思議なほどだった。これらの諸問題の最終的解決にはフンディンの死後、グスタフ・ファルケンハインが我らの王と大々的に認められるまでを待たねばならなかった。
ところで、矢砕きのフンディンはグスタフ・ファルケンハインと時折対談を行い、ドワーフがいかにしてオルクセン王国に同化するかという点について熱心に議論を重ねていた。この時のオルクセン王国といえば、エルフィンド王国との戦い、特にその敗北を決定付けたロザリンド渓谷の戦いに敗れ、諸外国はこのまま没落するのではという声もあったほどで、国力の回復には数十年かかると見積もられていた。とはいえ、それは諸外国の声でしかなく、オルクセン王国そのものは急速に、まるで血を流した分だけ身軽になったかのように、変化というよりも変身を遂げ始めた。
「恩義と怨恨は血に染みて幾世と渡る。我らドワーフの血にはオルクセンへの恩とエルフィンドへの怨恨が流れておる」
この血統的に正当なドワーフ王と、敗走の中で見出されたオーク王の対談はほとんどが二人きりであったり、カール・ヘルムート・ゼーベックを交えたり、あるいはアロイジウス・シュヴェーリンであったりと、いわゆるオルクセンのロザリンド組も含めて行われたが、その内容に関してはほとんど記録が残っていない。なにせこの時期のオルクセン王国は‶文明化〟される直前、あるいはその最中であり、書物よりも当人の頭の中に歴史が詰まっているという有り様であった。
この対談の最中にフンディンが若きグスタフ王に帝王学を教えたのだとする説もあれば、若きグスタフ王があまりにも聡明であるためフンディンは絶対の忠誠を誓っただとか、またいつものようにフンディンがグスタフ王に向かって怒鳴り散らしていただとか、さまざまな説がある。興味を持ったドワーフのとある軍人が、大元帥の肩章をつけたグスタフ王に失礼を承知で問うたところ、王の回答は苦笑を交えながらのものであった。
「三つとも間違ってはいない。特に最後のは大当たりだ」
また、酒に酔ったシュヴェーリンに対して同じことを問うたところ、豪快に笑いながら答えた。
「あの髭野郎はよく陛下に、貴様が怒らぬから俺が怒るのだと怒っておったわ! いつも怒っているだろうと言うと、こいつが怒らぬからだと陛下を指さしおる!」
そうした気風の持ち主だからこそ、好かぬと言う者も多くいた。ドワーフをその身で体現するような振る舞い方をするので、ドワーフがもともと嫌いなオークはフンディンも嫌いになった。
フンディン・ソーリン・アイトゲノッセとドワーフたちの業績は、そんな嫌悪感情を押し黙らせるに十分だった。ドワーフはオークよりも金品の価値を理解し、またその勘定や贋物の見分けにもこれ以上ないほど長けていた。オルクセン王国銀行――設立当初の名称は‶王立銀行〟であった――はドワーフの存在なしには語れず、金貨であれ銀貨であれ銅貨であれ一枚の誤りも許さぬその姿勢は‶文明化〟に必要な金庫番の姿に相応しいものだった。
またオルクセン王国軍の緻密な兵站の祖となった初期の兵站総局の中で、ドワーフは複数の言語に通じた者が多かったため重宝された。一般的なドワーフでさえドワーフ語、キャメロットの言語とオークの言語を理解し、さすがに古アールヴ語までではないにせよエルフィンドの言葉を聞き取る者さえいた。特に悪態や罵り言葉に関しては覚えが良く、どこで誰になにを罵られたのかを聞き取ることができた。言語の習得にも秀でており、他の種族と話す際にはその種族の言葉で話すドワーフは両手の指どころか両足を足しても足りないほどに存在した。そのことが発覚するのはドワーフがオルクセンへ移住して三年後のことで、他でもないフンディンがまずオークの言葉を立派に使いこなし、さらには他の種族にも同じようにしっかりと喋っていることにふとグスタフ王が気が付いたからであった。
「なぜもっと早く言わんのだ!!」
キャメロット語の分かる通訳にすら事欠くその当時のオルクセン王国で、多言語話者は喉から手が出るほど欲しい人材だった。それがこんな身近にいた上に、こちらの苦労するのをいつも見ていたフンディンがそうであったので、珍しくグスタフ王が声も大きくフンディンを怒鳴りつけると、フンディンも眉間に皺を寄せて怒鳴り返した。
「貴様が言えと言わんからだ!!」
翌日、フンディンが知り得る中でも数多く言語を熟知したドワーフがずらりと兵站総局を初めとする各部門に登用された。
そうした書類仕事、ドワーフ風に言うなら尻で椅子を磨く仕事だけがドワーフの業績ではなかった。ドワーフの難民たちにグスタフ王は「鉱業採掘と鉄鋼業を中心に工業を興すべし」と言った。つまり、それまでと同じ仕事をしていいぞと言ったのだ。それだけならばドワーフも恨み言が一ダースほど投げかける程度で大した反応がなかったが、そのための道具と資材と、そしてそのための土地まで用意されるとなるとグスタフ王への忠誠を約束する者も出た。中には過去に――幾世代前の話でもドワーフは決して忘れない――オークに血族を殺された者もいたが、彼らは唾を吐いたりオークの見た目を罵ったり、やたらでかいその体躯を馬鹿にしたり、うすのろだとか豚頭の大飯喰らいだとか、さまざまな罵り方で散々に言い散らした後、ならばよし、これで自らの怨恨を晴らしたとしてグスタフ王が我らの王であることを認めた。他でもない、血統的に正当なドワーフ王のフンディンがそう認めているのだからと。
家族同然であるドワーフたちはフンディンの戦死に至るまで、そのほとんどが何と言われても彼のことをドワーフ王であると認め、そう信じていた。ドワーフ王のフンディンが、グスタフ・ファルケンハインというオークの王に忠誠を誓っている。そしてグスタフ・ファルケンハインはドワーフに食事と、住む家と土地と、そして再び金槌と炉を与えてくれた大恩があった。その二つが合わさって、ドワーフたちはオルクセン王国の中で、オルクセン王国の民として生きることを受け入れることが出来た。
だがそれは結局のところ、フンディンが身内とグスタフ王に度々悔しそうに零すように、
「ドワーフはオークを友と認めた。だが家族としての理解はまだ出来ておらん」
ということでもあった。
フンディン・ソーリン・アイトゲノッセの生涯の集大成は、悲しいことに、彼の戦死とグスタフ・ファルケンハインへの遺品という形で形成された。
由緒正しきドワーフ王の正当な後継者であるフンディンが、自らの家系図のタペストリーと自らの戦斧を異種族の王に与えたということは、ドワーフの慣習的にグスタフ・ファルケンハインを次期国王として推挙し認めたということだった。本来の慣習であればドワーフの王国の王冠、アーケインの王冠とモリム鋼で鍛造された元帥杖と腰に帯びる儀礼用の短剣も贈られるはずであったが、それらはモーリアの陥落の際にすべて散逸していた。
「俺が死んだとき、オルクセンはきっと大家族を抱える鉄の窯となる」
自分の最期が本当にそうなるとは知らずに、フンディンは酒の場で実に楽しそうにそう語ったという。
事実としてドワーフ、コボルドはオークと共にアルベール・デュートネの前に現れた。オルクセン王国がキャメロットと正式な外交的繋がりを持つようになり、ドワーフと同じようにエルフに追われ大鷲族と巨狼族が王国に加わった。
そうして年月が経ち、本来、同じ釜を食うような仲ではない他種族同士が肩を並べて飯を食い、酒を飲み、バカ騒ぎをして寝静まる。そんな光景がオルクセン王国にはあった。
その光景を見ずしてこの穏やかで暖かな祖国から去ったものは、この光景のためにその生涯をささげたのだ。
星欧の行方を決める戦いの場において、アロイジウス・シュヴェーリンは、
「黒旗を上げよ、息子たち! 捕虜もいらぬ! 慈悲もいらぬ! 突撃せよ!」
と号令を飛ばした。
突撃将軍の名が星欧に広まるその声の下、フンディン・ソーリン・アイトゲノッセは左手に黒い連隊旗を、右手に戦斧を、そして黒の軍服に身を包んで嬉々として突撃した。
シュヴェーリンの号令を受け、フンディンはドワーフ連隊の面々の前で戦斧をデュートネ軍に向け、連隊旗を掲げながら言ったのだ。
「ドワーフの友を死なせるな! オークは我らの家族だ、死の淵にても我らは共にある! 征くぞ兄弟、父祖の霊と共に竜の顎へ前進!!」
砲音が轟き、戦場のすべてが震え始め、オルクセン王国陸軍の黒き濁流がデュートネ軍本営側面に突入する。
栄光の日、栄光の瞬間、その瞬間にフンディン・ソーリン・アイトゲノッセは頭に銃弾を受けて前のめりに倒れた。
享年九十六歳、二百五十年から三百年を生きるというドワーフにしては、まだまだ彼は若かった。若すぎるほどだった。
――――
ドワーフの王国の滅びから一二〇年後、ベレリアンド戦争の終結に伴って、モーリアへの立ち入り調査が行われた。
調査団の団長はフンディン・ソーリン・アイトゲノッセに仕えていた旧名アウルヴァングル。彼はドワーフ王の傍系の子孫で、そして現在は改名し王国陸軍大佐のアルブレヒト・ソーリン・オルクシルトであり、彼が団長を務め、ドワーフ王国の宝物庫や所縁の品であるアーケインの王冠とモリム鋼の元帥杖、その他いくつもの品々の捜索が行われた。宝物庫はほとんどが破壊され中身が空であったが、月光文字やドワーフ文字の暗号とからくりが仕込まれたいくつかが一二〇年ぶりに開錠された。アーケインの王冠はモーリアでの調査で発見されなかったが、モリム鋼の元帥杖はその材質の貴重さから溶かされたことが判明し、代々のドワーフ王が腰に帯び戴冠式の度に新しく製造され、保管されていた儀礼用の短剣もすべてが炉に放り込まれて貴重なモリム鋼として再利用されたことが分かった。
アルブレヒト・ソーリン・オルクシルトは鉄道貨車の片隅に回収した金品を並べて、膝をつき、泣いた。かつてのモーリアの栄光は貨車一つなど満杯になるほどだった。今あるのは、目の前にある箱一つに納まってしまいそうな古びた品々だけだった。白エルフに受けた今までの屈辱を忘れたことはなかったが、まさかこのような形でそれが上書きされるとは思っていなかった。心の中では、あれほど見事な元帥杖と短剣ならば白エルフさえ目を剥いて我先にと壁に飾るだろうと驕っていたのかもしれない。まさか、なにもかもが消し去られていたなどとは。
「懐かしきモーリア、ドワーフの故郷、……我らはようやく、ようやく、ようやく帰ったぞ。そのなにもかもが俺たちを忘れていようとも、俺たちは一度たりとも忘れはしなかったぞ!!」
項垂れて一人男泣きに泣くアルブレヒトにかける言葉を持つ者は、誰もいなかった。
後にドワーフ王の戴いたアーケインの王冠は、エルフィンド首都のティリオンの首相公邸にて発見された。ちょうど占領軍総司令官としてアロイジウス・シュヴェーリン元帥が首相公邸を使用するとなった際、下見で入ったドワーフ兵が飾られているそれに気づき、いきなり膝をついて号泣した。彼の父はモーリアで鉱石運搬船に家族と親戚を乗せ、自分は船に乗らずに残りそれきりだった。近衛の兵だったのだと母から聞かされ、フンディン・ソーリン・アイトゲノッセがその頭上に戴くはずだったアーケインの王冠のことを、何度も繰り返し聞かされて育った。間違いなかった。それはアーケインの王冠だった。
アロイジウス・シュヴェーリンがその報告を受け、首相公邸に入っていき、飾られているアーケインの王冠を見た時、彼はしばらくその王冠を眺めて、ぽつりと言った。
「これがあの髭野郎の王冠か。これをかぶらずに死ぬとは、あいつももったいないことをしたものだ」
アーケインの王冠とモーリアの黄金は、それぞれオルクセン王国銀行にて査定が行われた後、グスタフ・ファルケンハインに現状価値とその処遇についての催促が飛んだ。
グスタフ・ファルケンハインはアルブレヒト・ソーリン・オルクシルト大佐に手紙をしたため、
「ドワーフ王国の遺産の相続対象はオルクシルト大佐であるため、これらの品を受け取るように」
と書いたが、返ってきた手紙の内容はひどく素っ気ないものだった。
―――宛、我が王、グスタフ・ファルケンハイン。
フンディン・ソーリン・アイトゲノッセの遺志を継ぎ、我、アルブレヒト・ソーリン・オルクシルトはアーケインの王冠とモーリアの遺産を我が王、グスタフ・ファルケンハインに進呈す。
使い道は、善きことのために。
フンディンの友、貴殿の忠実な臣下、モーリアのアウルヴァングル、アルブレヒト・ソーリン・オルクシルトより。