恩返しするにも見た目が重要らしい
人は見た目が九割、なんて言葉があるけど君はどう思う?
僕としては、九割とまでは言わないけど、初対面の人を判断するのに重要な要素であるとは思っている。ここで僕が言ってる判断っていうのは、
「この人、なんとなく好感が持てるかも」
「信頼できそうな人だ」
「あまり仲良くなれそうにない雰囲気の人だな」
程度のものだけど、そりゃあたまには
「タイプの見た目だから、既にちょっと好きになっちゃってる」
という時もある。人間だから仕方ない。
やっぱり、初対面の印象ってそうすぐには変わらないし、見た目が美しい人のほうが得だよね。
だから美人やイケメンに対する嫉妬もある。こう生まれていたらもっと人生が薔薇色だったのかなあ、なんて。
でも、僕はそれ以上に不細工な人に対して同情の念を抱いている。どれだけ性格が好かろうが、優しく接していようが人から少し疎まれている。一定の距離を保たれている。
例えば、恋愛ドラマを見て胸が高鳴るのは何故かな。それは美男美女の恋愛だから、美しいんだ。これがもし醜男醜女同士だったら誰も見ないだろうし、テレビが流れているだけで嫌悪感を抱く人もいると思う。
もう一つ例を挙げると、都合よく美人が出てきてる昔話あるよね。鶴の恩返しっていう作品なんだけど。鶴を助けたおじいさんの家に美しい娘がやってきて、「一晩泊めてほしい」と。心優しいおじいさんは鶴を助けた上に娘さんまで一晩泊めてあげるんだ。それが結局は恩返しにつながっていくわけだけど、これってもし家に来たのが「美しい娘」じゃなくても成り立つのかな?
恩返しに来てくれた心優しい動物が、都合よく美男美女とは限らないからね。
*
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが仲睦まじく暮らしていました。
雪の降るある日、おじいさんが山道を歩いていると一羽の鶴が罠にかかっているのを発見しました。その罠は畑を荒らすイノシシやシカを捕まえ、あわよくば食べてしまおうという目的で設置されたものでした。しかし、鶴となると話は変わってきます。可食部はありそうですが、国の天然記念物ですから食べることはおろか傷つけてしまうだけでもおじいさんは逮捕されてしまうかもしれないのです。そう考えたおじいさんは、顔を真っ青にしながら丁寧に鶴を罠から放してあげました。鶴の細い足に食い込んだ罠が、後遺症にならないよう慎重に。それでいて痕にならないようになるべく迅速に。なんでこんな時期にまで罠を放置しておいたんだ、と自分を責めながら。
時間にすれば数分の出来事でしたが、冬であるというのにおじいさんの額には玉の汗がにじんでいました。罠から解放された鶴は、おじいさんの心配を払拭するかのように伸び伸びと羽を広げ、おじいさんを見つめました。おじいさんと鶴は、助けてあげた者と助けられた者という立場にも関わらず、おじいさんは鶴に畏怖の念を抱いています。鶴にケガが残っておらず、何事もなく過ごしてくれればそれでいい。そうおじいさんが念じていると鶴はその場から飛び立っていきました。
心労を抱えおじいさんが家に帰ると、おばあさんがいつも通り温かく迎えてくれました。
「おかえりなさい。いつもよりお帰りが少し遅かったので心配していたところですよ」
柔らかい笑顔をおじいさんに向けながらおばあさんがそう言うと、おじいさんの表情も少し柔らかくなったように見えました。
「すまないね。道中で動物が罠にかかっていたので助けてあげていたんだ」
「え? 動物が罠に? なんで持って帰ってこなかったんですか。この時期の野生動物の肉は貴重ですよ」
「それが、言いにくいんだが、……鶴だったんだよ」
おばあさんの顔がみるみるうちに青くなります。
「それは……。誰にも見られなかったんでしょうね?」
「大丈夫だ、周りに人はいなかった。それに、今日は幸いにもこの雪だ。視界も悪い。見えていたって儂だとは誰も断定できないはずだ」
「老後は落ち着いた場所で暮らしたいと言うからこんな山奥に暮らしているんですよ。そんな場所に来てまで刑務所暮らしなんて私は……」
おばあさんが言い終わる前におじいさんが強めに制して、
「わかっているよ。そうなったら、儂がなんとかする。前だってそうだっただろう。何も心配しなくていい。今日はとにかく疲れているんだ。早めに寝させてくれ。風呂は沸いているな」
そう言い残すとおじいさんはお風呂場に消えていきました。
おじいさんがお風呂から上がり、寝支度を整えようとした瞬間、玄関の方から声が聞こえてきました。
「夜分遅くに申し訳ありません。どなたかいらっしゃいませんでしょうか」
こんな夜遅くに営業が来るとは考えにくい。彼らは決まって昼間にやってきては昼の報道番組の話題が二つばかり変わってしまうほど長々と居座るのが常だからだ。とおじいさんが考えていると、
「今晩だけ、泊めていただけませんでしょうか。お願いします」と声が続きました。
この雪の日に泊まるところがないとなると、さすがに生きてはいられないだろう。一晩だけなら泊めてあげられそうだ。可哀想に思ったおじいさんが戸を開けると、そこには齢四〇そこそこの、みすぼらしい男が立っていました。
格介と名乗るその男に、なんとも水戸黄門の家来みたいな名前だなとおじいさんは思いました。しかし、格さんや介さんのような覇気はなく、なよなよしている姿におじいさんは少し苛立ちました。この様子だと女性からも好かれることもなければ、好いた女性に十分にアプローチしたこともないだろう。やっとの思いで付き合えた女性からも「つまらない」と一蹴されて別れていそうだ、なんて下世話なことをおじいさんは想像していました。
おじいさんの後に風呂に入っていたおばあさんがお風呂から上がったようで、玄関での話し声に気づきおじいさんに事情を聴きます。
「何があったんです? この方はどなたですか」
「なんでも、今晩家に泊めてほしいそうだ。道にでも迷ったというところだろう」
「来客用の布団ならありますが、食事の用意はもう片してしまっていますし、お風呂も先ほどお湯を抜いたところです。それでもよろしければ」
遠回しに他を当たれと言っているおばあさんの言葉をわざとか本気か字義通り受け取った男は、
「それでも構いません。一晩ではありますが、よろしくお願い申し上げます」
と半ば強引にこの家のお世話になることを決断したようです。
おじいさんとおばあさんは、お互い目を見合わせました。