2.舟の進路
「あれ、なんかあっちの舟と離れて行ってない?」
と、突然美結が言った。
確かに、先程まではお互いの顔が明確に見える距離にいたのに、あまり見えなくなっている。
「…ホントだ。どうしたんだろうね」
「電話してみる?さっきの人たちに…」
「そうだな、一応連絡したほうがよさそうだな」
岸辺を出る前の例の、若干怪しそうな人に電話をしてみる。
コール5回で相手が出た。
『もしもし?』
「先程説明を受けてただいま舟に乗っている倖田なのですが」
『はい、倖田様。いかがなされました?』
「前の舟とどんどん進路が違っていくのでどうしたのかと思い、電話しました。これは、そういうもの…ですか?」
『はい。コースは二つございまして、後で合流するものとなっておりますので、ご安心ください。なお、一度島に入るプランとなっております。詳しくは、その時まで楽しみにお待ちください。』
「なるほど。ありがとうございます。」
「後で合流するんだってさ。」
「あ、そうだったんだ。てっきり私たちだけ違うところ連れていかれるのかと思ってひやひやしちゃったよ。」
「確かに、そうだね。まあ、大丈夫そうだし、景色を楽しもうか。」
「そうだね!あ、友佑君見て見て!ほら、あそこお魚さんの群れがいる!」
「え、どこどこ…おっ、ホントだ!すげえ!」
「ああやって集団生活しているんだね~なんか、スイミーみたいだね」
「そうだな…ああやって敵に捕まりにくいようにしていんだろうね…おっ、あそこに綺麗な魚もいる」
「えっ、どこどこ…あ、ホントだ~!可愛いね」
「そうだね…乗ってみてよかったね」
「ね!楽しい!」
美結が満面の笑みで友佑の方を向く。
その笑顔は、とても純粋なもので、そして…友佑が今ここで死んでも後悔はしないと思ったほどに可愛かった。
あまりの可愛さに、友佑は全身の力が抜けて座ってしまった。
「え、と、友佑君!?いきなりどうしたの!?大丈夫!?」
驚く美結。
「俺…今ここで死んでも後悔しないよ…」
「え、何を言っているの!?だめだよ!死んじゃ!」
美結の驚きと慌てようが伝わってきて思わず友佑は笑ってしまった。
「大丈夫、比喩だから。そのくらい幸せだったってだけだから。」
「よかったぁ…でも、そんな比喩言わないでよ…本気で慌てちゃった…」
「ごめんごめん、まさか美結がそこまで慌てるとは思わなかったし。」
「慌てるよ!だって………」
美結の声がどんどん小さくなっていって“だって”の先が全く聞こえなかった。
「だって?」
「な、なんでもない!」
美結はいきなり顔を赤くして反対の方を向いてしまった。
しばらく会話はできそうになかったので、友佑はさっき翔音に言われたことー告白のことを考えることにした。
とはいっても、告白する気はない。友佑は、誰かと恋人になる気が全くない。一生独身を貫くつもりですらあった。
原因は、友佑の両親だ。
友佑は両親の顔を知らない。見たことはあるのかもしれない。だが、記憶には一切なかった。父親は、友佑が生まれる前に不倫相手と蒸発したそうだ。母親も、友佑が一歳になる前には新しい恋人を作り、友佑を置いて失踪した。幸いにも、友佑には可愛がってくれていた祖父母がいた。そして、育ててもらって、ここまで成長した。
しかし、
俺はあの両親の子だ。だからー
俺は多分、一人にずっと想いを寄せ続けることなどできない。
友佑は、そう考えている。
数分後。さっき電話で言われたように、島が近づいてきた。
美結が友佑の方を向く。
もう、顔色は普段通りだ。
「島が近づいてきたね!」
「だね。なんか、アニメの中とかに出てきそうな島だね。なんというかだけど。」
「確かに、そうだね!なんか、あんま現実っぽくない感じもするね」
「あ~確かに。なんかそれ分かるかも。人は住んでいるのかな?」
と、その時、
【音声ナレーションを開始します】
という女性の、電車内とかでよく聞くような自動音声が流れてきた。
【進行方向に見えるのは、来神島、半径1キロほどの無人島です。この後、この船は内蔵のアームを出して陸地へ行きます。】
「来神島だって!なんか、すごい神聖な感じの名前だね。」
「そうだな。神様の来る島だもんな。」
「なんか、パワースポットとかあるのかな?あるんだったらそこに行ってみたいな」
「そうだな。それは良さそう。」
そんな会話をしていると、舟の底で機械が動く音がしてきた。
どうやら、音声案内で言われたようにアームを出しているらしい。
二人して、舟から身を乗り出してその音の出どころ辺りを見ようとしたのだが…
ちょっと乗り出したくらいでは見えなかったので、友佑は見るのをあきらめることにした。
一方、美結は、体を限界まで乗り出してみようとしている。さっきも危なかったが、これもまた危ない。
「美結、危ない」
「え?このくらい大丈夫じゃない?」
「いや、見ている俺が怖いからもう少し乗り出すのは控えめにしてくれ…」
「はーい。むぅ…このくらい大丈夫だと思ったんだけどなあ…」
「大丈夫じゃないから。怖いから、それ。」
「はーい…」
口は尖らせていたものの、美結は従ってくれた。
一安心だ。
それにしても、前々から思っていたことだがこの子幼い。
学校で大人びているといわれている姿が嘘みたいだ。
まあ、6人で動いているときもあまり今と変わらず、この間なんて魅星に
「美結先輩、妹みたい」
と言われていたくらいだ。
魅星の方が年下なのに。
なんやかんやあるうちに、舟はアームを使って島に上陸した。
「上りーく!」
と、美結。
なんか、さっきからさらに幼くなっている気がする。
気のせいであろうか。
舟は、島の上を動き出した。
この二人何かしらバタバタしていますね…
まあ、ここからも結構バタバタしまくります。
そして、島の上を走る舟はもう舟じゃない…
美結さんが幼く見えるのは家で溺愛されて甘やかされすぎたせいです。
よく我儘に育たなかったなと感心しています。